とある島の漁師の異世界人との邂逅③
無線で連絡しているうち、ゴムボートの用意も終わったようで、武尊が木造船に近づいていく。向こうに着いて二言三言話した後に、あちらの副船長のディータと一緒に戻ってくる。今は俺も甲板に出て出迎えているが、何事もなかったようで、内心ホッとする。先にディータに乗船してもらい、武尊にはゴムボートをそのまま係留したままにしておくように指示して、山さんと俺とディータの三人で船室に入っていく。
近くで見ると、ディータはがっしりとした体つきで短い金髪の碧眼だった。力仕事が得意そうな若者に見える。見た目の年齢は20代前半といったところか。あきらかに外国人顔した人と流暢な日本語で話す機会というものがなかったので、違和感は感じるが、外国船籍の船乗りとも普通に会話したことはあるから、特に緊張はない。
「改めて、ようこそ。先ほど声で伝えていたが、俺がこの船の船長の竹下和友という。それで、そちらにいるのが、この船の機関士をしている山久真二だ」
俺と山さんは軽く会釈して挨拶する。
「キカンシ? というのは、どういうものなのだ?」
疑問に思ったことが、とっさに出てしまったようでそのまま質問してくる。どうやら、異世界言語認識のスキルでも、異世界に存在しない言葉は通じないようだな。まぁ、異世界とは船の勝手も違うだろうし仕方ないか。
「主に船の動力を管理する者だな。ちなみに、この船の最年長者でもあり、いわゆる副船長のような立場となる」
軽く質問に対する回答をするが、相手の返事を特に聞かずに、早速事情を聴くことにした。
「それで早速だが、どうしてこのあたりの海域にいたのか伺ってもよいだろうか? 見たところ、船体が一部破損していたようだが…」
「あぁ、先ほど伝えたように、私はディータ・メルクラストという。船に傷があったのは、モンスターの襲撃を受けたからだな」
「モンスター?」
こちらは、単純にモンスターがいることに驚いて発した言葉だったが、向こうはその種類を聞いているのだと思ったようで、モンスターについて説明してくれる。
「大型のウミヘビ型のモンスターで、おそらくシーサーペントだな。体長10メートルは超えるやつが2体現れた。出会ったのは5日前で、その際に、雇い主側の従業員が4名。平民の乗組員が4名。漕ぎ手の奴隷が10名。そして船長の計19名が亡くなった。モンスターは彼らを食べてある程度満足したのか、そのまま去って行った――」
ディータは、ずいぶん淡々と事情を説明してくれる。一緒に乗船していた仲間がやられただろうに、悲しみや不安など全く感じさせない調子で報告する。聞いている側としては、事実を完結に説明してくれるのは助かるが、その分、モンスターが日常に存在する世界である事を感じさせられていた。それに、奴隷制度があるようで、船の動力は簡素な帆と人力のようだ。
「――しかし、襲撃で船が壊れて舵が効かなくなってしまったのだ。幸い、食料は10日分はあったから、まだなんとかなりそうだったが、水がそろそろ底を尽きそうで……。この日差しもあって、昨日の朝、雇い主でクライン商会のケスラーさんが倒れてしまったのだ。そしてそれを皮切りに、生き残りのうち俺と奴隷以外は皆倒れてしまった。今はおそらく水分が不足ぎみで、体調を崩した程度だろうが、モンスターがいるかもしれない海の上で、舵の効かない船でさまよっていたため、身体はモチロン、心が疲れたのではないかと思う」
山さんをチラリと見ると、そのままうなずく。俺と同様に山さんも話におかしな点はなかったと感じたようだ。もちろん、非日常な会話だったが、わかりやすい嘘なんかを言われた気はしなかった。
「そうか、それは大変だったな。亡くなった方々は残念だった。こちらとしては、武装解除していただければ今すぐにでも、領土に連れて行き治療や食事の用意をしたいと思うが、どうだろうか?」
こちらの提案は、そんなおかしいものでもない気がしたが、向こうもすんなりとは返事しない。モンスターが出てくるような場所で、武器を手放せと言っているのだから、簡単には頷けないのはわかる。しかし、万が一を考えると、申し訳ないが武装解除は絶対だ。文化の違いで、何かの拍子に怒らせてしまったりして、持っていた武器で切りかかられた。なんて事になったらと思うと、このラインは譲れない。
「……わかった。武装解除に応じるから、倒れた者の治療を頼めるだろうか? 雇い主がクライン商会だから、滞在費あたりは出してもらえると思うが、正式にどれくらい払えるかは――」
「あぁ、わかった。とりあえず、費用などは後で話し合うことにしよう。それで、この船なら1時間かからずに陸まで行けるが、そちらの船はどうする? 乗員を全てこちらに移して放棄するか? それとも、あの船も引いて陸まで行くか? その場合は到着が遅くなるが……」
「いや、船は放棄する。木材は燃料になるかもしれないが、運搬する手間を考えたら、どうしても欲しいわけではない。それに、時間がかかって雇い主の体調が悪くなる方が一番マズイ」
俺は軽くうなずいて、すぐに船員に指示を出していく。
船乗りであるなら、例えもう使えないとしても、自分の船は簡単に捨てるような気持ちにはなれないだろうが、雇い主の人命や手間などを優先して考え、引き下がってくれたようである。
正直なところ、あの時代遅れな木造船を引きずって、モンスターのいるかもしれない海を時間をかけて移動するのは、まっぴらゴメンというのが正直な気持ちだ。だが、友好的に接するように指示があったことと、彼らの不運を考えると、目に見える危機が迫っていない今なら、頼まれれば船を引いていくくらいの事はしてもよかった。まぁ、できるならやりたくないけど。
ディータには、一度ゴムボートに乗って木造船まで戻って、木造船に残る他の乗員に説明してもらうように頼んだ。
こちらも、少ししたらゴムボートでなく本船を木造船に近づけるので、そしたら直接乗り込んで欲しいと伝えた。
再び武尊とディータがゴムボートに乗って木造船へと移動するのを見届けてから、再度港と倉田に無線で連絡した。
漂流者の人数と倒れている者がいること。武装解除を了解させて、武器類は預かること。そして、この船に乗せて港まで連れて行くということ。最後に彼らの船が10メートルを超える2体のシーサーペントというウミヘビのようなモンスターに襲われて人死にが発生していたことを伝える。
港も倉田も、10メートルを超える人を食うモンスターがいるという話に少々驚いていたが、人食いサメと言われるホオジロザメなら、5メートルを超えるものもいるし、くじらなんて10メートルを超えるものも結構いる。まぁ、大きさだけなら、そんなものかと思えなくもない。が、人を食う巨大なウミヘビなんて知らないし、他にも未知のモンスターがいるかもしれないというのが一番恐ろしい。どのくらいの凶暴性を持つかもわからないしな。
そのため、今、島周辺に調査へ出ている他の船にも、島の周囲についておおよその情報が取れれば、一度港に引き返してはどうかと打診しておいた。とりあえず、俺の船が動き出したら倉田の船には先行して進んでもらい、港まで戻っていくことにした。
こちらの乗組員や、向こうの奴隷やディータも手を貸して、倒れている者も含めてすべて俺の船に乗せてしまったので、早速出発する。動き出した船が、風向きとか考えずに動いている事に、ディータたちは驚いていた。
「どこに、漕ぎ手がいるのか?」と、質問されたときは、漕ぎ手はおらず、エンジンというからくりで進ませているんだと伝えたが、今一つ通じていなかった。まぁ、ディータの独り言から、漕ぎ手を使わずとも、風の魔法を帆に当てて帆船で進む方法はあるらしいので、何らかの魔法技術で進んでいるのだろうと結論付けたみたいだ。
とりあえず一時しのぎとして、船に積んでいたペットボトルの水と菓子パンなどを、起きている者たちに振舞ったら、ものすごい喜んでいた。
この喜び様を見るに、やっぱり異世界の食事事情は、現代日本に劣るようだ。
あまりにも質問続きで辟易してきたので、ディータからの質問については、途中から武尊に交代して船室に引っ込んでいた。まぁ、ほんの一時間程度の付き合いだろうから付き合っても良かったが、相手の理解できるように伝えるのが難しく、早々に諦めてしまった。
それにしても、モンスターが出るようなところで漁は難しいかもしれないし、何より船を動かす燃料とかどうするのか……。俺、もう漁師廃業になるのかなぁ~。




