とある島の漁師の異世界人との邂逅①
「もう一度言うが、今いるところは、『異世界』らしい。お前たちも十分気を付けて調査を行ってくれ」
俺たち漁師が「武本のおやじさん」と慕う、地元の漁協の理事でもある武本さんが、出航前の俺たちに再度注意を促す。交友のある市議のお偉いさんから、伝え聞いた話らしい。俺も含めて、今朝の時点では「何をバカなことを」と言っていた連中も、今ではおやじさんの言葉を信用しているようだ。
「「おう、まかせてくれ!!」」
港には、調査に向かう男たちの声が響いた。
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――――今日は、いつもより早い時間に島内放送で目が覚めた。
俺こと、竹下和友は、39歳独身だ。水産系の高校を卒業してから、漁師として20余年を過ごしてきた。去年漁師の親父がなくなってからは、還暦を過ぎたお袋と俺の2人暮らしだ。船も親父から受け継いだ。刺し網漁船の19トンのやつだ。
島内放送で聞いた内容は、以下ようなものだった。
1.時差の発生による仮の時間の通達
2.島内の教育機関すべての臨時休校
3.島外への出航禁止と自宅待機要請
1つ目は、まぁ良い。何が原因か知らないが、昨日の夕方頃にいきなり空が暗くなって、空に月が3つ出てた。漁師仲間からも連絡があって、一応様子を見に港まで行ってみたけど、船のGPSが使えなくなっていること以外は、特に問題もなかった。まぁ、月が3つある時点でGPSはダメかもと思っていたが、色々な推測を言うやつらがいるだけで、原因はわからなかった。
若いのは、多くが「異世界転移だ!!」って騒いでたけど、年寄りは何のことだかわかってなかったな。そんな感じで突然暗くなったから、時差があるってのは確かだろう。放送聞いた時は、時計が真夜中を指していたのに、外は明るくなりだしていたしな。
2つ目も、まぁ良い。何が起こっているのかわからないから、休校っていうのは判断として間違っちゃいないと思う。今が、あまりにも日常からの変化に乏しいから、そこまでする必要はないだろうとも思ったけど、何か起こってからだと世間がうるさいだろうしな。それに、自分に子供がいるわけでもないから、どうでも良いというのもあった。
ただ、問題は3つ目だ。自宅待機というのも、2つ目と同じように、何が起こっているかわからないからという理由なんだろうが、この島の生活で出航禁止というのは、期限がわからないと死活問題になる。そもそも俺は漁師だ。海に出れないのであれば、徐々に生活が苦しくなる。俺は、貯えもあるから数年程度は問題ないが、ウチの船に乗っている乗組員の中には、数か月で生活がキツくなるやつも出てくるはずだ。
それで出航禁止について、漁協にどうなっているのか電話で問いただそうとしたが、話中が続いて連絡がつかない。もう、目も冴えていたので、結局そのまま港の方まで行ってみることにした。誰か情報を持っているやつがいるだろ。
港に着くと、すでに何人かの漁師がいて、漁協から説明のために来ていた武本のおやじさんが、まとめて話をするからと併設してある事務室に人を集めていた。どうやら島内放送の後で、各漁船の船長達に個別で電話連絡していたらしい。部屋の入り口に出席表みたいなのがあったから、記入してから中にあるパイプイスに座って待ってた。
30分くらいすると、あらかた集まったみたいで、説明が始まった。
どうやら、昨日の夕方から異世界に転移したらしい。少なくとも、市議会などの行政のトップ達は、そう考えて現在街の方針として対策を考えているみたいだ。大の大人が何をバカな事を! と、ヤジみたいなものも出てきたが、おやじさんに「能力を見たいと思って、『ステータスウィンドウオープン』!! こう言ってみろ」そう言われてから場が一変した。
その歳で何を言ってんだ……っと、当然皆思っただろうし、誰も試さなかった。そこでおやじさんが、この中でまだ若い倉田という30前後の男に名指しで強制的にやらせてみた。
――その表情の変化は劇的だった。
普段は、年寄りどもにも負けないと息巻くくらい強気の倉田が、少年に戻ったようなキラキラした顔をして「スゲーッ! ステータスが見える!」と叫んだのだ。
すると、あちこちで呟くくらいの声量で『ステータスウィンドウオープン』とおっさんたちが言い出した。自分も照れがあったのでボソッと言ったが、見てビックリした。これは、市議会の連中をバカにはできない。自分も既にそうなんだと思っているからだ。
しばらくザワついていたが、「出航禁止についてはどうするのか?」と誰かが聞くと、周りも騒ぎ出しておやじさんにつめよった。するとおやじさんは、市議会から漁協に周辺海域の調査依頼が来ていることを説明した。
「今すぐ漁に出ても、海にいる魚介類がそのままだとは思えない。
そもそも、ここがファンタジーな世界なら、海にはクラーケンとか、セイレーンのようなモンスターがいるかもしれない。
それに、転移してしまったなら、燃料の補給で本土に行こうとしても、たどりつかないだろう。
ひとまずは島民の安全のためにも沿岸部や、沿岸部から20カイリ程度の海を航行してみて、何か不審なものや問題が発生しないかを確認して欲しいという依頼だった」
仮にその際に被害が生じた場合は、できる限り市議会から補償するという話だった。
さっきまで少し浮かれた空気もあったが、クラーケンが実在したら……と想像すると、容易に出航する気にもなれなかった。しかし、確かにこのまま誰も行かないと、島内に上陸できるモンスターがいても、何もできないままになってしまう。逸る冒険心に突き動かされて、乗組員の命を危険にさらすのは躊躇するが、それが島民にも影響するものだとなると、行かないとも言えない。
要は踏ん切りがつかないのだったが、おやじさんが目を向けた先では、例の倉田が「俺は受けるぜ!」と、声に出して、いの一番に意志を示した。
「島内の今後のためにも……」
この言葉があるから、倉田の言った言葉を皮切りに「俺もやる」「俺も」と、皆もやる気になって、その場はまとまった。
急いで、各船長から乗組員にも連絡が入って、港は漁師であふれる事となった。
「今回は、万全を期すため沿岸部を確認する班と、海岸から20カイリの範囲を確認する班の2つに分ける。さらに、各班をいくつかの方向に分けてチームを分ける」
島を八方位に分けて、各担当の海域をチームごとに調べることになった。さらに、万が一危険が発生した場合の救助のためにも、必ず2隻以上の船で行動することになった。
また、GPSだけでなく魚群探知機も調子が悪いみたいで、約100メートル程度しか使えないことが判明した。無線はつながる事が確認できているので、周りと連携しながら調査することになった。
俺のチームは、あの倉田の船と組むことになった。