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とある島の市議会議員の長い夜

「柊君、きみは私を馬鹿にしているのかね!?」


 電話ごしに、苛立(いらだ)ちを隠さない不機嫌な声が聞こえてくる。

 声の主は広川市議会の議長、小松(こまつ) 政男(まさお)だ。議長職を務めて長いが、相変わらず頭の硬い爺さんだ。俺とは以前から相性が悪い。

 好き好んで話をしたい相手ではないが、臨時の議会を召集するためには、市長と議長の協力が必要だ。


 市長には先程和成から得た情報と臨時議会の必要性について、電話で既に一通り話をした。市長は、すぐにステータスを確認してくれたので、喜色満面(きしょくまんめん)な表情が目に見えるような興奮した声で、理解を示してくれたので助かったのだが……。

 市長は、役所の関係者に連絡を取っているはずだし、後はこの爺さんを説得できれば、議会を開く事ができる。


 ここが異世界である可能性が高い以上、悠長(ゆうちょう)なことはしていられないんだ。

 今のところ、モンスターは発見されていないが、そういった未知の生物がいないとは言えない。飛行するモノや海に()むモノが襲って来るかもしれないし、現地の住人が攻めて来ないとも限らない。


 また、今のところ電気や水はどうにかなるが、ガスやガソリンは有限だ。それに、電気の大半を島内にある内燃力発電所で作っている。これは、重油を使ったディーゼルエンジンを動かして発電する方法なため、こちらも燃料の問題が残っている。それに、水もこの世界の天候がどうなっているのかわからないため不安が残る。この辺りが雨が降らない地域なら、節水などの取れる対策は、早急(さっきゅう)に取るべきだ。食事においても、島内で生産できない食べ物や品物も多い。

 市としての今後の方針や対応など、議会で議論・決定しなければならないことは幾らでもある。


 いずれにしろ、現在の異常事態について、何らかの話し合いを行う必要があるのだ。

 おそらく小松氏は、まだ島のすぐ近くに日本の本土があって、単に連絡が取れないだけなのだろうと、悠長(ゆうちょう)な事を考えているのではないだろうか?

 実際、さっきまでの私がそんな認識だったからな。電気や水道を普通に使える事が、パニックを押さえている反面、緊急性のある事案として感じさせないのだろう。


 ――事態は一刻を争うかもしれないから、何とか説得するしかない!!


「――馬鹿になどしていませんよ。実際に私が見たものや得られた情報から考えれば、異世界転移の可能性が限りなく高いのです」


「いい歳をした……それも議員である人間が、こんな世迷言を言うなど……。君、気は確かか?」


「信じられない気持ちもわかりますが、私には確証があります!」


「確証? ……いいだろう。聞くだけ聞いてやろう」


「ありがとうございます! では、自分の能力を知りたいと念じながら『ステータスウインドウオープン』と言ってみてください」


「…………。柊君、ふざけるのも大概にしたまえ! 私も暇ではない。いつまでも君の妄想に付き合ってなどおれん! もう切るぞ」


「待ってください、議長! 一度言うだけでいいんです! 言ってもらえれば、納得してもらえ「ガチャン!」る……」


 あ、電話切りやがった! クソ爺ィめ!

 こうなったら、家に突撃して直接話すか? いや、市長から電話してもらう方が……。


 ――トゥルルルル、トゥルルルル、ガチャ――。


「はい、柊で「なんだこれは!」……」


 クソ(ジジ)ィだ。電話は切ったものの、気になってやってみたんだろう。だったら悪態つかずにさっさとやれよ、頑固爺ィ!


「なんだと言われましても……。何のことです?」


 一刻も早く話を進めるべきなのだが、腹が立っていたので、すっトボけてやった。


「……この、ステータス……なんたら言ったら出てきた、半透明の文字の事だ!」


「あぁ、結局やってくださったんですね。どうです? ここが異世界というのも、世迷言とも言えないでしょう?」


「……あぁ、そうだな。信じよう」


 ふぅ。納得させることができれば、議会の必要性は分かってくれるはずだ。まったく、(じぃ)さんのツンデレとかダレ得だよ。


「ありがとうございます。では、早速、臨時議会を開けるよう召集していただけますか? その必要性についてですが……」


 その後しばらく爺……おっと、小松氏と電話で話し合い、災害対策並みの緊急議会の開催を約束してくれた。小松氏も、空に月が3つあり、島外へ連絡できない事から、議会開催の必要性は感じていた様だが、電気や水が利用できることなどで、災害対策並みの緊急性は無いと判断していたらしい。緊急だとすると、周辺住民の不安をいたずらに(あお)りかねないと考え、明日の朝時点で状況に変化が無ければ、議会を開催するように働きかけるつもりだったらしい。


 時刻は21時過ぎ。本当なら今ごろは、風呂で火照(ほて)った体にビールを流し込み、それからまたゆっくり晩酌でも……というところだったハズなのに。さっきまであった、異世界に来たんだ!という、どこかワクワクした気持ちは既になく、むしろそれどころではない己の立場がうらめしい。

 俺は家族に充分注意するように言い残して家を出た。


 市庁舎で市長と小松議長と合流した後は、それぞれの秘書官や役所の長達も集めて説明した後、臨時議会開催に向けて準備を始めた。


 また、知り合いで、漁協の理事を(つと)める武本(たけもと)のおやじさんにも連絡を入れた。暗いうちから船を出す漁師もいるため、詳しいことを説明しておいて、出漁(しゅつりょう)を止めてもらう必要があった。今の段階で暗い海に出るのは危険過ぎる。日が昇ったらやってもらいたい事もあるし、漁師の反発はあるかもしれんが、おやじさんに(おさ)えてもらわないといけない!


 ----------


 深夜、ちょうど日付が変わった頃。数人連絡のつかなかった議員を除いて、召集されたほとんどの議員が集まっている。情報共有のため、警察署長と消防署長なども来ている。そろそろ臨時議会を始められそうだ。


 会議室はいつになくざわついている。所々漏れ聞こえる会話の内容は、当然、今日起きた不可思議な現象についてである。


 比較的若い議員の間では、「あの光は、やはり魔方陣では?」「ハハ……でもそうなら面白いかもな」「ちょっと、不謹慎だろ」「だが、それなら色々と説明がつく」などといった会話が交わされている。

 逆に、異世界説など鼻で笑う議員、天変地異だと騒ぐ議員、そのうち元に戻るだろうと未だに呑気(のんき)に構えている者と、反応は様々だ。


 集められた議員は皆「この現象の原因がわかった。対応を検討するために臨時の議会を開く」とだけ伝えられていた。素早く集めるため、また無用の混乱を防ぐために、異世界やステータスなど詳しいことはまだ話していない。


 そう、ここにいる中で事情がわかっているのは役所関係者以外は、市長と議長と俺だけだ。

 ふと市長と目が合うと、ニヤっと笑ってウインクしてきた。……隣の小松議長が顔をしかめてるぞ。野郎に向かってオッサンがウインクなんかすんなよ! 俺も心にダメージを負ったよ。今ので、ドッと疲れた気がする。


 気を()らそうと外を見ると、若干空が白んできていた。そろそろ日の出か……。皆に説明する前に、ちゃんとステータスウインドウが開けるか一応確認しておこう。皆の前でアレを言って、ステータスなんて見れません、じゃあ大恥だ。


 誰にも聞こえないよう、こっそりステータスを開く。すると、なんとHPが1減っていた。


 ――マジか? 何でだ?


 近くの議員がこちらを見る。思わず声に出していたらしい。その場は適当にごまかしてステータスウインドウに目を戻した。


 市長のウインクで、本当にダメージを負ったかと思ったが、よく見ると「【状態】睡眠不足」となっていた。なるほど。睡眠不足で疲れているのか。何日も寝かせないという拷問もあるらしいし、睡眠が足りないからHPが減っていたというのは、わからなくもない。


 いくらなんでもオッサンのウインクで減るわけないよな。そんなもんでHPが削れたら大変なことになる。


 ----------


 それからほどなくして、いよいよ議会が始まった。

 まずは現状の把握として、消防と警察の署長から、緊急通報などの対応も含めて普段と異なる事態ついて、確認のために報告してもらった。島内各所の様子や昨日のフェリーの最終便が未到着なこと。それらのフェリーで島に帰宅する予定の親がおらずに、警察に通報のあった家庭の子ども達を保護している事などを報告してもらった。電気や水などのライフラインについては、とりあえず問題無いようだ。


 フェリーについては知っていた者と、知らなかった者が半々だったようで、少しざわついていた。


 その後、俺と市長とでステータスウインドウと異世界転移についての説明を行った。

 もちろん最初は皆信じなかった。中には「あなた方が宇宙人にさらわれて、頭がおかしくなったという方がまだ信じられる」と言う者までいたし、ヤジとまではいかないが、聞こえる程度の非難する声も多々聞こえてきた。


 意外なことに、その場をおさめたのは小松議長だった。


 彼が普段から人一倍お堅い人物なのは、周知のことだ。しかも、議長は通常、会議中に自分の意見を挟むことはしない。その議長が率先して『ステータスウインドウオープン』と言い、一度頷いて「私はお二人の見解を支持します」と宣言したのだ。


 騒がしかった周囲は一斉に静まり返り、すぐにあちこちから小声で『ステータスウインドウオープン』と言う声が聞こえてきた。


 よっしゃー!! 俺の中で小松議長の評価がすこーし上がった。


 ステータスを見た皆の反応は様々だった。少し嬉しそうな者、顔をしかめる者、頭を抱える者、涙を流す者、はしゃいでいる者……。

 とにかく、もう異世界転移ということに異を唱える者はいなかった。


 その後は、今後の方針と対応について様々な議論が交わされた。

 この世界についての情報は皆無(かいむ)であるため、まずは緊急性の高い事案から話し合う事になった。時差が発生していることは事実であり、また現在は確認されていないものの、モンスター等の脅威が発生する可能性がある。安全確認をせずに、フェリーなど、島外に向かう船をだすわけにもいかない。


 結局

 ・時差の発表と便宜上の仮の時間の通達

 ・島外への出航禁止と自宅待機要請

 ・島内の教育機関全般の臨時休校と、島外に通学していた生徒も休校する旨の通達


 以上の3件を防災行政無線――以降は島内放送と呼ぶ――で、取り急ぎ島全域に放送することが決まった。また、以下の内容についても決定された。


 ・上の3件についての概要を、書面にして島内全戸に至急配布すること。ただし、無用の混乱を避けるため、異世界転移やステータスについては、この世界の情報を得て今後の方針を決定するまで伏せておくこと(配布には郵便局に協力を依頼する)。

 ・漁協を通じて民間漁船に、島の沿岸部と近海の調査を依頼すること。

 ・警察署で一時的に保護している子ども達は、市の児童館――児童厚生員が配置された、子どもが遊んだり、子育て相談の親に対応する施設――に移すこと。

 ・モンスター等の発生や外敵の上陸の可能性があるため、警察や消防、役所の職員には転移やステータスについての情報を共有し、問題発生時には速やかに対処すること。ただし、一般市民に公表するまでは家族や友人等にも秘匿すること。


 これをうけて、関係各所は早速動き出す事となった。秘匿せず、公開する案もあったが、何も知らない状況でおおよその情報を公開する事で、自棄になったり不安を与える可能性もあるため、見送られる事になった。


 その後、議員達の疲れもあり、今後に備えるためにも議会は一時解散となった。


 しかし、問題は山積みだ。

 異世界転移の発表とともに起こるであろう混乱への対応。ガスやガソリンなどの使えなくなるエネルギー資源の対処。漁協へ依頼した調査結果を受けての対応。外敵等の脅威への備え。保護している子ども達の今後について。島外で就労していた人や、材料調達の関係で失業してしまう人への対応。逆に、仕事や観光で島へ来ていた人々への対応。……数え出したらキリがない。

 そもそも、外敵への対応などの軍事関連の活動や意思決定については、自治体の権限を大きく超えてしまっているし、実は転移せずに、日本の領海にいました! なんてことにとなると、議員全員が揃って逮捕されかねないよな。生命の危険も考えられるための(ちょう)法規的(ほうきてき)措置(そち)として、話し合ったが一体どうなるやら……。


 とはいえ、とりあえず現時点で出来ることはやった。HP回復のためにも、今は少しでも仮眠をとろう……。


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