とある島の市議会議員の転移
俺の名前は、柊秀一郎。今年で46歳になった。
地元でもある現住地の島には、市町村合併で唯一の自治体となった広川市があり、40の頃に市議会議員に当選して、現在は二期目となっている。家族は、専業主婦の妻と小学生の娘が二人いて、結構家族仲も良い方だ。
7月に入って暑い日が増えてきたが、こういう日は冷たいビールでの晩酌が楽しみだ!
とはいえ、今日も仕事柄、日曜だというのに政務にいそしんでいる。地元のため、知り合いのため、家族のためと思ってやっているが、こんな暑い日は正直早く帰って一杯やりたいぜ。
……そろそろ17時か。日曜だし、あと1時間くらい頑張ったら帰るか。
などと心の中で考えているところでソレは起こった。
ちょうど窓から外を見た瞬間に、上空に光の幾何学模様が発生した。一瞬光ったかと思ったら、次の瞬間には外が真っ暗になった。日頃の疲れから、めまいでもしたかと本気で思ってしまうくらい、目に映った光景が信じられなかった。さっきまでそこにあった太陽が、2つの月に変わっていたのだ。それも、青と紫という異様な色の月に。
「……ハァ?」
事務所でデスクに向かって仕事をしていた、自分より若い秘書と事務アルバイトの子は、そろって資料作成に集中していたようで、俺の声に反応して何事かという表情でこちらをうかがっている。
「あ、いや、すまん。何でもない、続けてくれ」
何なんだ一体といった風の、ムッとした表情になって、二人は視線をデスクに戻す。
外を見て驚いたが、自分が声を出したこと自体にも驚いて、とっさに続けてくれと言った。
が、時計を見ると間違いなく、日が沈むにはおかしい時間だ。曇ったとかではなく、ハッキリと夜になったのだ。この怪奇現象はいったい何なのかと考えてみても、太陽に惑星が衝突して爆発したとか消えたのであれば、もっと大騒ぎになっていてもおかしくないと思うし、そもそも月以外の衛星ができたというのも、突飛な話である。
連絡を入れようと、さっと、ポケットの携帯電話を取り出す。咄嗟の事で、どこに連絡しようとしたのか覚えていないが、携帯は圏外になっていた。
「なぁ、今携帯電話って圏外になってないか?」
2人ともすぐに携帯を取り出して確認してくれたが、返ってきた答えはいずれも「圏外ですね」であった。
事務所のある場所は、緊急時も連絡が取れるように、携帯の電波が必ず入る立地で選んでいたので、すぐに原因を秘書に確認してもらう。日曜ということで、通信会社のお客様センターに連絡してもらったが、「おかけになった電話番号は、現在使われて……」という、存在しない電話番号にかけた時のアナウンスになるらしい。電話の件でバタついているうちに、ようやく2人とも外が暗くなっている事に気がついたようだ。
その後、他にも事務所の固定電話から何件が電話をかけてもらったが、島外への連絡は軒並み通じないという結果だった。
なんとか詳しい情報を得たいが、連絡できるところがない。テレビやラジオなんかでも確認しようとしたが、スマホのワンセグも含めて通じない。停電はしてないようだが、何が起きているのかわからず、妙な胸騒ぎを覚えた。そのため直感に従って、とりあえず2人には帰宅してもらうことにして、事務所の戸締りを確認して、自分も帰宅した。
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親友の和成が訪ねてきたのは、夕食を食べ終わってすぐくらいだった。普段なら帰宅するかどうかの時刻だったが、今日は怪奇現象の発生で早々に帰宅したので、早めに夕食にしていた。こんな状況だから急な呼び出しを受ける可能性も考えて、腹立たしいが晩酌は無しになった。接待とかでなく落ち着いて家で飲める予定だったから、楽しみにしてたのに……。
「どうした? いきなり訪ねてきて」
客間でソファに座り、向かいに座っている親友に話しかける。学生の頃からの幼馴染で親友でもあるが、こちらが市議会議員なんてやっているため、最近はアポなしで訪ねて来ることは無いから、正直驚いていた。
「いきなりも何も、この非常事態じゃ、しょうがないだろ?」
わかっているだろう? といった風な顔でこちらを見てくる。
……とはいっても、いくら議員だからといって、そんなに何でも情報が入ってくるわけでもないし、外出している可能性もあるんだから電話しない理由にはならないと思う。
「でも、俺が不在な場合もあるのに、電話しないのは珍しいな」
「うん? 今、電話通じないだろ?」
ん? 何か話が噛み合ってないな?
電話は通じる。それは、事務所から各所に連絡する際に、実際に電話できたことからわかる。まぁ、通じるのは島内だけだったし、どこにかけても詳しい事はわからないみたいだったけど。
「確かに、携帯はどこに行っても圏外になるけど、和成の家って固定電話あるだろ?」
「あるけど、固定でなくIP電話だな」
「あー、なるほど。たぶん、それが原因なんだろうな。実際にさっきも使ったんだけど、固定電話は今でも利用できるぞ!! といっても、通じるのは島内だけなんだけどな」
「そうなのか? IP電話と固定電話の違いかぁ~。んじゃウチからは結局電話できないけどな。まぁ、それよりだけど、今日の夕方から起こっている事について、市議会とかでは何か伝わっているのか?」
「いや、島内しか連絡が取れないことから、ほぼわかっていないな。本土から島に着く最終のフェリーが、未だにたどり着いていないらしいが、大きな問題は今のところ出てないみたいだな」
「そうか、んじゃ千歳のお手柄かもしれんな」
若干ニヤりとした表情で、和成が小さくつぶやいた。仕事柄、地名や人名はそれなりに頭に入っているけど、こいつの場合は、たぶん北海道の地名の事ではないよな。……確か息子の名前が千歳だったよな?
「ん? 千歳って和成の息子の千歳君の事か?」
「あぁ、さっき休日出勤から帰って夕食中に、息子が今の状況を『異世界転移したんだ!!』なんて言っててなぁ。言い出した時は思わず、遅れて発生した中二病かよ!! って思ったけどね」
「……その言い方だと、今は和成自身もそう思っているんだな?」
何言ってるんだ、この現代日本の世の中で生活していて、リアルでファンタジーの世界に転移したとでも言うのか?
月が3つ――事務所で見た時は2つかと思ったけど、帰宅時に別の方角にもう1つ赤い月があったことは確認済みだ――というのは、非日常な出来事だけど、だからといって、ファンタジーの世界に転移したというのも中々ありえないと思うものだろう。
まぁ、自分も月を見て全く考えなかったわけではないが、議員が妄想を言い出したらダメだろうと、早々に打ち切った可能性の一つだ。
「あぁ、お前も自分の能力を知りたいと思って、こう言えばわかるよ『ステータスウィンドウオープン』!!」
中二的なセリフを自然と俺の前で吐きながら、ドヤ顔をしてこちらを見ている。
本気か?
こいつ、酔っているようには見えないが……同じことやれっていうのか? いくら親友でもこの歳になって、簡単にできない事というのはある。何せ、今では肩書もあるし、簡単にバカもできなくなってしまった。まぁ、自宅の中なので多少やってしまっても大丈夫ではあるが……。
「……『ステータスウィンドウオープン』っッ!!?」
は?これは何だ?
和成が言った言葉を繰り返して言ってみたら、ゲームなんかで見たことある半透明なステータス画面が表示された。この歳にまでなって、まんまと驚かされたことも忘れて、じっくりと自分のステータスを見る。
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【名前】柊 秀一郎
【年齢】46歳 【性別】男 【種族】人族
【階級】平民 【レベル】2
【称号】異世界人、議員
【HP】 24/ 24
【MP】 4/ 4
【筋力】 13
【耐久】 11(+2)
【精神】 3
【敏捷】 10
【器用】 12
【知力】 11
【幸運】 10
【スキル】
異世界言語認識、読心の心得(Lv.1)
【魔法】
なし
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「な、ステータス出ただろ? 息子が言うからやってみたら、俺はレベル1の平民らしいぜ!! まぁ、他人のステータスは見えないみたいだから、お前のステータスはわからないけどな!! ステータスが見れて、月が3つあるって事もふまえると、息子が言う異世界転移というのもあながち間違ってはいない気がしてるんだ」
和成の声で現実に戻されたが、俺が一通り見終わるまで待っててくれたようだ。あぁ、これは……俺も異世界転移という線が濃いと思えてきた。議員がこんな荒唐無稽な話をしていたらいけないんだろうが、心は素直だ。ここは異世界に違いないと思っている自分がいる。
「……フフ。どうやら俺はレベル2の平民らしいけどな!!」
「なに!? 今日一日で何したんだ? 何かモンスターとか倒したりしたのか?」
「モンスター……は、いないとは言えないよな。いや、特に普段と変わったことはやっていないと思う。
今日は事務所で資料を作っていて、アノ後は各所に連絡したりしたくらいだな」
「そうかー。レベルの概念がゲームと同じなら、『経験値』っていうくらいだから、何かを経験することでレベルが上がっていくのかな? まぁわからんけど、妻も息子もその友達も皆レベル1だったって言ってたから、上がる可能性があるなら、今の初期のステータスもメモっとこうかな」
ノリノリだな。最近は、会うと同窓会の話とか、島の世間話とか、子供の話とか、健康の話とか、まぁ年相応な話題が多かったが、久々にゲーム的な会話をしていると思うと、年甲斐もなくワクワクする気持ちも出てくる。なんたってファンタジーといったら『冒険者と盗賊』の世界だからな!
が、ふと自分の肩書を思い出して、これからの事を考えると楽しい事ばかりではなく、少し大変そうだと思えてくる。
日本でなく異世界で街の運営かぁ~。
「なぁ、このステータスの話って広めていいか?」
「あ? うん、いいと思うぜ。息子も『どうせ小中学生の誰かが、同じ結論にたどり着くだろうし、隠してて何かの優位性が上がるわけでもないだろうから、むしろ広めていた方がイイんじゃないか』って言ってたな。俺も同意見だったから、お前のところに来たんだ。後は、ステータスの自慢をしようと思ってたけどな」
レベル負けたけど。と、ちょっとふて腐れている和成だけど、すぐ情報を持ってきてくれたことは感謝している。
「あぁ、全体に通知する役目は議員や役所に任せとけ。まぁ、ここがホントに異世界だとしたら、外部との交流で政治形態が議会制民主主義でなく、大統領制とか王政とかに変わったりするかもしれないけどな。とりあえず今の肩書の仕事はしっかりやるよ」
「おぅ、そこに不安はないよ。まかせるぜ」
「おぅ、まかせとけ」
そう言うと和成は、お茶を出す間もなくそのまま帰ってしまった。
時間は有限だ。これから、異世界転移というものについて、臨時の議会を招集して、色々と決定しないといけないだろうという、こちらに気を使ったのがわかる。まぁ、話に出たようにモンスターがいないとも限らないから、早急に明朝にでも議会を招集する必要があるだろう。災害対策本部ではないが、可能性とはいえ多数の人命に関わることだ。急いだ方が良いに決まっている。
まずは、電話で市長や市議会の議長なども含めた各議員にも連絡して、臨時議会の開催を取り付ける必要があるな。とはいえ、これは『ステータスウィンドウオープン』と言ってもらえば、電話口でも相手をおおよそ納得させれるだろう。
あと、一日の長さが24時間なのかもわからないし、季節や天気もわからない。こちらに人工衛星は無いだろうから、天気予報もないだろうし、明日台風や竜巻がこないとも言えない。天気がわからないと、島の一次産業である農業や林業や漁業にも影響があるはずだし、これらは今後の食生活や島民の財産にも影響が出る。
その他にも洗い出さないといけない事案は、とにかく増えると思われるが、何を決めていくにしても優先するのは「いのちだいじに」だろう。
よし、まずは市長に電話…………する前に、妻と娘達に説明して驚かすか!!
「おーーい!!………」