島ごと異世界に転移
アルファポリスに投稿していた作品を改稿しつつ、たまーにアップしていきます。
不定期更新になりますので、あしからず。
まず落ち着け。
世の中には、驚きが満ちあふれているんだ。どんなことが起こっても、冷静に対処することで、失敗は最小限に抑えられ、最大限の成果が得られる。
『人生は未知との遭遇の連続だ。その中で経験を積み重ねて成長するんだ』
じぃちゃんが教えてくれた言葉を心の中でくり返す。
「よし、俺は落ち着いている」
落ち着いているって言ったら、落ち着いているんだ。
例え、さっきまで夏のきつい日差しが照りつけていた空が、一瞬で真っ暗な夜空になっていても! 自分の頭上にランランと輝く月が、赤と青と紫の3つあってもだ!!
さらに、暗くなる直前に、空から島を覆うほどの巨大な円形の幾何学模様、いわゆる魔方陣のようなものの光に包まれていたとしてもだ!!!
きっと、人生という長い道のりの中からすると、今日発生した摩訶不思議な出来事も、後日イイ思い出となって振り返る事ができるだろう。あるいは、苦い思い出になるかもしれないが……。
「なーにが、「俺は落ち着いている」なのよ、さっきまで、「えっ? えっ?」って言ってアタフタしてたじゃん」
後ろで何か耳触りな声がする。幻聴だろうか…。
「何が幻聴よ!!」
「あいた!!」
思ったことを独り言でつぶやいていたようで、後ろにいた女に頭を叩かれた。
俺の名前は、楠千歳。ド田舎な市内の高校に通う高校2年生だ。特にこれといって目立つところもない、ゲームやマンガが趣味という普通の学生だ。
一緒にいるこいつは、幼馴染の山下香里奈。同い年で家も近く、何かと一緒に行動したがる口うるさいやつだ。まぁ、兄弟のいない俺にとっては、いつもついてくるカワイイ妹みたいな感じかな。
最近は暑いからか、黒いストレートのロングヘアを、片側にまとめてシュシュを着けている。スレンダーと言えば聞こえはいいが、胸は若干寂しい感じだ。今日はオフショルダーとかいうブラウスにショートパンツという服装で、まあ、似合ってるかなと思う。
こいつとは、お互いゲームやマンガの趣味も似通っていて、話も合うし色々と一緒に遊びに行くこともある女友達って感じだな。決して、リア充バンザイな良い関係ではない。今日もさっきまで、こいつと、あと男女一人ずつの合計4人でカラオケに行っていた。
この4人は仲が良くって、よくつるんでいるメンバーだ。他の二人とは家が別方向のため、香里奈と二人で帰っている途中だった。ちなみに、さっき叩かれた頭はそんなに痛いわけでもない。俺たち二人のお約束という感じである。
それにしても、香里奈の表情を見るに、いつもどおりだ。
解せぬ。いつもは俺と一緒になってオロオロする感じなのに……。
そんないつものやりとりをやっていると、自分がすっかり落ち着いていることに気が付く。まぁ、ほんとは言葉にした時点で落ち着いていたんだけどな。香里奈との掛け合いで、さらに落ち着いたって事で、口には出さないけど心でありがとうと言っておく。もちろん、つぶやきなしでだ。
「んで、やっぱこの状況って、ラノベとかでよくある魔法とか転移とかみたいな感じ、だよな~?」
香里奈も俺の影響か、ラノベとか結構読んでいるので転移ネタも通じる。なので当たり前のように説明とか抜いて、確認してみる。
「頭湧いてんの!? って、ツッコミたいところだけど、確かにさっきの光とか今の空見てたら同意したくなるね」
失礼な発言をしているが、こいつの口が俺限定でちょっと悪いのは、いつものことだし気にならん。腐れ縁というやつだからな。
「もし、仮に異世界転移とかなら、俺たち二人だけってわけじゃ……なさそうだよな?」
そう言いながら俺は周りに視線を向ける。
空以外、周りはさっきまでと全く変わらない。アスファルトの道路に電線に電柱。田舎だから大きな建物はなく、緑生い茂る感じの眺めだけど、遠くに現代日本の民家も見える。草木も変わったものはなく、見知った感じのものばかりだ。
「まぁ、そうだよね。でも、あの変な色の月みたいなのはパッと見で作り物に見えないし、やっぱ夜みたいだし。少なくとも、私たちだけじゃなく周りも巻き込んで転移したって感じだよね。問題はその規模だけど……」
「やっぱ、さっきの魔法陣ッポイやつの大きさからして、だいたいウチの島全体くらいだよな?」
「だね」
2人ともとりあえず落ち着けたのは、その部分があるからだ。
これで2人だけ、いきなり見知らぬ植物でいっぱいの山中にいたりしたら、もう少しアタフタした時間は長かったかもしれないし、2人そろって取り乱したかもしれない。でも、空以外はさっきまでと全然変わらないのだ。
魔法陣(ッポイ何か)の光、月(ッポイ衛星?)×3、昼→夜。この3つの現象を目の当たりにしていなければ、誰も転移と思わないくらい、いつもどおりだったのだ。
「携帯は……ってこのへんは元々圏外だし、家の近くまで行かないとわからないか……」
「そうだね。ザ・田舎クオリティだからしょうがないよ」
ラノベなら、携帯圏外が現代日本でない判断の一つになったりする。けど、離島で人の少ない地域まで電波が届くわけもなく、今はそれで判断できない。田舎だからしょうがない。まさに田舎クオリティ。
「んじゃ、とりあえず帰ろっか」
香里奈が普通に帰ろうと歩き出す。まぁ、さっきまで帰宅途中だったし、帰るのは問題ない。が、この特別なイベントをフツーにスルーする感じはいただけない。若いんだから騒がねば!!
「いやいや、これは一大事件だぜ? テレビの全国放送で、『この島の特集を2時間番組にしちゃったぜ!!』ってくらいのありえない事件だぜ?」
「テレビ番組なら異世界転移よりはありえそうじゃん。いや、こんなド田舎を特集とかナイけどさ。いいとこ『笑ってこ○えて』のダー○の旅……。まだ異世界転移よりはありえるでしょ」
おたがい田舎をバカにする発言みたいだが、二人とも別にこの島が嫌いでもバカにしているわけでもない。むしろ、小学生くらいの頃と違って、地元愛みたいなものに溢れているくらいだ。今じゃネットで買い物も普通にできるし、田舎生まれはたいしたマイナスでもない。うちの親父も自宅でインターネットを通じて会議したり仕事したりすることがあるみたいだし。人ごみは疲れるし、行列に並ぶ人の気持ちとかってのもよくわからん。田舎バンザイだ。
「おまえも、言う事結構ひどいな……。けどそれは置いといて。異世界ってなったらさ、魔法とかステータスとかアイテムボックスとか、特有の何かあるじゃん! あるいは、チートなスキルとかモンスターとかな!!」
「……まぁ、お決まりのパターンならあるかもしれないけど、モンスターは……周り見た感じいるとは思えないし。あーいう魔法とかって、呪文とかないと出ないんじゃない? それにイキナリ力が強くなったような感じもしないし。状況を確認するためにも、とりあえず家に帰るのが先でしょ? 自宅近くなら携帯の電波も確認できるはずだし」
俺はノリノリだが、香里奈は呆れた顔をしている。若者がそんな現実を悟った顔では、早く老けるぞ! 若いんだからバカやらなきゃ!!
「とりあえず、何かやってみて損はしないはずだろ。魔法とか使えたら楽しいじゃん!」
「まー、使えたらね~」
ノリ悪いなぁ~。
小学生の頃なら、「そうだねっ! んじゃ、ファイヤあたりから試してみようか!」なんて言いそうなノリで会話してたのに、全く。色気づいたのか、大人になったとかぬかすのか、最近は落ち着いたフリなんかしやがって。
「とりあえずファイヤあたりから試してみようぜ! 呪文はどんなのかよくわからんし、発動しなかったら(精神的な)ダメージを(俺が)くらいそうだから、よくあるイメージだけの無詠唱で、呪文名だけ言って発射って感じのやつをやってみようぜ!」
「ガンバレー」
香里奈め。棒読みも良いとこだな。自分はやらないから、見学しててあげるよって感じ満々の返事だった。
しかたない、自分だけでやってみるか。
へその下の丹田ってところあたりに力をこめる。血流みたいな魔力の流れをイメージして手の先にそれを集める。そして、呪文をイメージして、最後に呪文名を唱えながら手から発射。ってのがベタなテンプレ設定だったかな?
んじゃ、やってみよう。レッツ、トライだ!
まずは、血流みたいなもの……。
そもそも血流自体も魔力みたいなものも何も感じない。まぁ、血管に神経があるわけじゃないだろうし、血流は感じられないだろうけど、当然のごとく魔力なんてものも感じたことないから、よくわからん。
「……ん゛、ん゛ーー」
「ガンバレガンバレー」
丹田、というか下っ腹に腹筋で力を込めていると、思わず脱力しそうな応援が聞こえてきたが、気にせず続ける。その力を腹→胸→肩→腕→手といった順で右手に力を集めていくイメージ。気分は地球生まれのサイ○人が元○玉の元気を手のひらに集めて作っているような感じ。
「押忍、オラ千歳!」気持ちは、バッチリできあがってきた感じだ。そして、最後に直径10cmくらいのお化け屋敷で見れそうな火の玉をイメージして唱える。
「いけ!!!『ファイヤ』ーーーー!!!!!」
思いっきり右手を前につきだして声を出す。こういうのは、勢いで何とかなるはずだ。
たぶん!
出るの出るの?