ソワソワしちゃうぜフライトは!
7月30日(土)晴れ
成田からチューリッヒ行きの飛行機の中、
窓際の自分の座席を見つけた私は、人一倍ソワソワと、
自分の席に着こうとしていた。
自分でもニヤついているのがわかって、わざと眉間にしわを寄せてみる。
しかし、手荷物の一つが、デカい。
軽いけど、デカい。デカすぎ。しかも、真っ赤なバック。
「そちらのお手荷物、私共でお預かりしましょうか?」
客室乗務員の軽やかな声に、また私の顔がゆるむ。
「はいっ。よろしくお願いし…」
私が言い終わらないうちに、その女のまたきれいな声がした。
「そちら、ドレスですよね。シワにならないようにしましょう。気をつけますね。もしかして…ウエディング…ドレス…かな?」
ニコニコと、私を見つめている。
「はい。これからスイスの教会で式を挙げる予定で。」
「ステキですねーっ!」
そう言われて、ますます私のソワソワは止まらない。
客室乗務員のお姉さんは、真っ赤なカバーがかかった、
私のドレスを斜め前のクロゼットの中に入れてくれた。
それはそれは丁寧に、大切に、大切に。
さらに私に、あそこにありますからねっと、場所を示して教えてくれた。
何から何までが、細やかで優しく、とても温かい。
そんな風に感じるのも、私が出国間際だからかな?
今度東京に来るのは、いつだろう?と、ふと思う。
そう、私は今から生まれ育った日本を出国して、スイスへ嫁ぐのだ。
正確にいうと、
5ヶ月前に日本を出国して、チューリッヒに住み始めた、たかし
(日本人。長野出身、30歳。1ヶ月前に私たちは、晴れて入籍!!)
のもとへ、私は東京から一人、向かうのだ。
二週間前に、船便の荷物を実家から送った。
一昨日、航空便の荷物も送った。
あとは私が、チューリッヒへ飛び立つだけだ。
たかしは、勤めている企業のチューリッヒ支店へ、
5ヶ月前にサクッと転勤になった。
たかしには、2ヶ月前のゴールデンウィークに、
チューリッヒで会ったきりだ。
この時に、婚姻届も書き上げた。
ほとんど毎日連絡は取っているけれど、文字や声だけというのは、
やっぱり寂しかった。
自分の職場を退社したり、親戚や友達に結婚の報告とお別れを告げたりで、
なかなか忙しくもあったから、気が紛れたけれど。
婚姻届は、区役所へ私が一人で届けに行った。
成田の景色=日本の景色を目に焼き付けておこうかなっと、
窓の外を眺めていると、突然、隣のオジ様に声をかけられた。
「もしかして、松君の奥様?」
はじめて奥様と呼ばれた。
ソワソワがドキドキに変わる。
うなづいきながら私は、誰だろうかとオジ様を見つめてしまった。
髪は、さらさらシルバーグレー。
ラルフのボタンダウンをサラッと着てらっしゃる。
自分のラフさがちょっと恥ずかしい、かも。。。
もう少しキチンとしてくれば良かった、かも。。。
誰?だあれ?
「ぼくね、松君の会社の人事部にいます、長崎です。食事なんかも、松君とよくご一緒してます。ちょうどぼく達家族は、子供の夏休みの間に一時帰国していまして、今スイスに帰るところで。いやぁ、松君の奥様のことは聞いてはいましたよ。奥様が出国される時期とぼくらのフライトが近いかもなぁとは、思っていたのですけど。アハハ、便、一緒でしたね。今、横で話が聞こえて、もしやっと思ったんですよ。ぼくが隣に座るより、妻の方がいいですね。生活のこととか、わからないこと、何でも聞いてください。席、妻とかわりましょう。」
おじ様が、スッと立ち上がる。
仕草も話し方も、全てが落ち着いていて、なめらかだ。
紳士ってこういう人のことを言うんだろうなぁと、思う。
初、遭遇、紳士。
「ママ、松君の奥様だよ!」お淑やかそうな女性に声をかける。
女性がはっとして、立ち上がる。
「その奥は、うちの子達です。」小学生位のお姉さんと、弟くんだ。
「めぐ、ゆうた、松君の奥様だよ。この前話してた、スイスで結婚式をする奥様だよ。」
子供達も立ち上がる。
すごいっ!
なんてきちんとした、お子様達なのだろう。
私ごときに、立ち上がってお辞儀までしてくれているっ!
「まあまあ、ここでお会いできるなんて、びっくりだわっ!この度は、ご結婚おめでとうございます。お会いできるのを私達も楽しみに、お待ちしていましたよ。よろしくお願いしますね。機中、おしゃべりしながら行きましょう。」
歌うような澄んだ声だった。
決して社交辞令ではないことが、その声からもわかった。
たかし以外に、私のことを待ってくれている人達がいたなんて。
「ずっと実家暮らしで、本当に何も分からなくて。世間知らずでお恥ずかしいんですが、どうぞよろしくお願いします。薫と申します。」
自分なりに、できるうる限りの丁寧な声を出してみた。
けれど、目の前の圧倒的な家族の一体感に包まれて、
私のお辞儀はぎこちない感じだったと、思う。
さっき空港で私を見送ってくれた、両親を想った。
「チューリッヒに着いたら連絡するから。結婚式でね。待ってるね。いろいろ…ありがとうございます。」と、なんとか伝えて、手荷物検査場前で別れた。
父も母も、私の後ろ姿を見て、泣いていたに違いない。
私は、振り返ることができなかった。
見るのがこわかったのもあるけれど、
そこがたとえ空港の通路でも、
しっかりと歩む自分の後ろ姿を両親に見てもらいたかった。
自信無げな私の姿を見たら、両親の心配が膨らんでしまうと思ったから。
でも、ちょっと冷たい娘だったかな。。。
もっと手を振ってあげればよかったかな。。。
やっぱり昨日の夜にでも今朝でも、
一度は、正座して三つ指ついて、しっかりと御礼を言うべきだったかな。
映画みたいなやつ。
今まで育ててくれて、ありがとうと。お世話になりましたと。
でも、まだまだお世話になっちゃいそうだし。
もちろん、ちゃんと頑張るけど。
そしてこれからも、私は二人の娘には変わりないわけだし。
自分でも気がつかないところで、お世話になっているんだろうな。
んんん〜?
ま、、、いっか。
こうして私は、チューリッヒへと向かった。