映像科の日常
第1話 入学
市立デザイン高校。様々なデザインを学ぶことが出来、尚且つ公立という珍しい学校である。
何故珍しいかというと、デザイン系は私立か専門学校がほとんどだからだ。
この学校は幾つも学科があり、様々な分野のデザインを学ぶことが出来る。
僕、創地学は見事、市立デザイン高校写真・映像学科に合格した。
写真・映像学科はその名の通り、写真と映像を学べる学科で、将来映画関係に進みたい僕としては理想の進学先である。
「凄っ!? 校舎が文化遺産になってる……」
今日は入学式だったので、初めてこの学校の生徒として登校してきたのだが、正門に取り付けられた文化遺産認定のパネルを見て、驚愕していた。
ちなみに、入試の時と合格発表の時に登校しているのだが、あの時は緊張や不安など、精神的にストレスを抱えていたため、全く気づかなかった。
僕は恐る恐る正門をくぐり、ビクビクしながら教室へ向かった。
試験を合格して入学を認められているのだが、どうしても怖じ気づいてしまう、ヘタレな僕だった。
第2話 席順
教室へ入ると、これから共に学ぶクラスメイト達が早くもおしゃべりをしていた。
(なんで入学式の日にそんなに仲良く出来るの!?)
驚愕する僕だったが、ちょこちょこ耳に入ってくる会話に耳を傾けると、どうやら中学から友達だった人が同じ高校に入れて良かったね、みたいなことを話しているようだ。
僕は『入学おめでとう』と書かれた黒板の横に貼ってある座席表を確認する。
名前の頭文字が『そ』なので、四つ角の席になることはない。
案の定、僕の席は窓側から3列目、前から2列目のクラスメイトに周りを囲まれる席だった。
と、言うよりかはど真ん中より少し前、と言ったところである。
僕は自分の席に座ると、何をするでもなく、ただボーッとクラスの様子を眺めていた。
なぜなら、誰も僕に話しかけてくれないから。
ちなみにこちらから話しかけるという選択肢は、初めから入っていない。
時刻が始業の時間に近付くにつれて、教室内に人が増えてきた。
そして、始業のチャイムと共に皆が席に座る。
ふと、隣を見ると、そこには美少女がいた。
第3話 隣
隣の美少女は黒髪ロングの清楚系美少女だった。僕が彼女に見とれていると、彼女はこちらを見る。
目が合った。
僕は慌てて、目をそらす。
(別にやましいことなんてしてないのに、何故そらしたのだろう……)
僕は後悔の念に包まれる。
目が合うたびにそらしていては、友達なんて出来やしない。
きっと彼女にも、悪印象を与えたことだろう。
しかし。
「初めまして。私、東宝院清羅と言います。よろしくお願いします」
黒髪美少女、もとい東宝院さんは笑顔で挨拶をしてきた。
僕はそんな彼女の優しさに感激する。
「僕は創地学です。こちらこそ、よろしくお願いします」
僕は軽く頭を下げる。
(良かった。いい人そうだ。これなら上手くやっていけそうだ)
僕は安堵から笑みがこぼれた。
すると、周りから物凄い敵意を向けられた。
僕は人の心が読めるわけではないけれど、この敵意の理由は簡単に分かった。
敵意を向けている人達はこう言いたいのだ。
『あいつ、東宝院さんと楽しそうに喋るなんて許せない!』
どうやら僕は、入学初日から敵を作ってしまったらしい。
第4話 担任
居心地の悪さを感じながら待つこと5分。
教室に五十代から六十代の男の人が入ってきた。
男の人は、黒板に『新見 就』と書いた。
(恐らく名前なのだろうが、なんと読むのだろう?)
「これから君達の担任となる新見就です。担当教科は写真・映像なので、これから関わっていく機会が多いでしょう。よろしくお願いします」
なんだか感じの良い先生、これが第一印象だった。
僕はホッと一息つく。
少なくとも先生はいい人そうだったからだ。
体罰とかしそうな先生ではなくて良かった。
「それでは皆さん。入学式です。体育館へ移動──」
入り口付近に立っていた先生は、1番扉側の最前列の男子の前で足を止めた。
「ん? 君、中学まで『聖典無双』とか名乗ってそうな顔だなぁ」
「ななな、なんでわかるんですか!?」
(名乗ってたんだ……)
恐らく、クラスメイト全員が思ったことだろう。
「ハッハッハ。私は人の弱味を見つけるのが上手いのさ」
前言撤回。
僕らの担任は、粗を見つけるのが上手い先生だった。
第5話 委員長
入学式も無事に終了し、教室に戻ってくる。
今日の予定としては、後はHRだけである。
「残りの時間を使って委員を決めまょう」
先生の言葉に僕はドキッとする。
今日は入学初日で、まだお互いのことをよく知らない。
この状況下でなら、僕が委員になる可能性はゼロじゃない。
(どうしよう……委員なんて不安すぎる……)
「それでは委員長をやってくれる人?」
誰も手を上げない。
「なら、推薦でも良いぞ」
(え、えっ、推薦されたらどうしよう……僕、出来ないよ)
「東宝院さんが良いと思います」
(だから僕には無理だって……って、え? 東宝院さん?)
「どうですか?」
「精一杯頑張らせていただきます」
東宝院さんは、深くお辞儀をした。
こうして、委員長は東宝院さんに決まった。
(…………分かってたよ? 僕なんかが推薦されるわけないって。期待なんてこれっぽっちもしてなかったからね? 本当だからね?)
その後、図書委員や保健委員、風紀委員などを決めたが、僕が推薦されることはなかった。
………ちっ。
第6話 案内
翌日。
「今日は校内紹介を行います。この学校は構造が迷路みたいになっているので、はぐれないように」
ということで、今日は校内紹介をするらしい。
僕らは一列に並んで、先生の後に付いていった。
──階段。
「ここは一見、普通の階段に見える。しかし! 夜には出るという噂があるので気を付けるように」
(何が出るんだよ!? っていうか何に気を付けるんだよ!?)
──4号館の最奥。
「ここが1番重要だ。毎晩、出るらしく、目撃者も多数いる。張り込むときには、最低でも3人以上で張り込むように」
(重要じゃねえだろ!? っていうか何もねえ!?)
──映像棟4階。
「左の扉を開けると暗室、奥の扉を開けるとスタジオ、右の扉を開けると仕上げ作業室がある。階下には編集室やアフレコ室等もある。まあ、ここはそんなに重要じゃないので次」
(いや、ここは重要だろ!? 映像系の授業関係の設備が全てここに詰まってんじゃん!?)
その後、僕達は保健室や図書室など、ごく一般の施設を回った。
「これで、心霊スポット案内を終了する」
「校内紹介じゃなかったのかよ!?」
僕の叫びは、クラスメイト全員の気持ちを代弁したものだった。
第7話 撮影
入学してから数日が経過し、遂に専門科の授業が始まる。
「今日はデジタル一眼レフカメラで、校内を自由に撮影して貰う。校内なら何処でも良い。ただし、授業の邪魔になるような所は駄目だ。分かったら解散」
先生の言葉で、皆校舎内へ散っていった。
僕も歩き回りながら、色々と校舎を撮る。
「う~ん。ぼやけるなぁ……」
僕は、自分が撮った写真をチェックしながら呟く。
「ピントがあっていませんね。こうやったら綺麗に撮れますよ」
僕が困っていると、東宝院さんが助言をくれた。
僕は東宝院さんの助言通りに写真を撮った。
「またぼやけてるな。よし、今度こそ」
もう一度、今度は別の被写体を撮影した。
すると今度はキレイに撮影が出来た。
(この調子でどんどん撮影していこう)
キレイな写真が撮れたことに、喜びが隠せなかった僕は東宝院さんの後ろ姿にピントを合わせた。
僕がシャッターを押すと同時に、東宝院さんは振り向いて華麗にホーズをとって見せた。
「写真を撮るときは、ちゃんと許可をとらなければいけませんよ?」
「そう言う割には、カメラを向けた瞬間にポーズをとっていた気がするけど……」
「……許可をとることはマナーですからね」
僕の発言は華麗にスルーされたのだった。
第8話 確認
「それでは撮影した写真を確認します。データを持ってきてください」
僕は一眼レフからSDカードを抜き取り、2人の後ろに並ぶ。
1番目の人から順にチェックされる。
1人目の評価。
「うん。綺麗に撮れている。けど、女子ばかりが写っているね。他の写真も欲しかったな。けど加点」
結論、被写体が偏っている。けれど加点。
2人目の評価。
「君も綺麗に撮れている。けど、なんで校舎の隅っことかマニアックなところばかり撮ってるの!?」
結論、被写体がマニアック。加点は無し。
(いよいよか)
僕はSDカードを先生に手渡した。
「最初の方がピントがあってないかな。あれ? でもこの写真はピントはきちんとあってるのにぼやけてるな。……心霊写真か」
(ちょっ!? 怖いこと言うのやめて!?)
「この写真は素晴らしい。特に被写体が良いね。加点かな」
先生が評価してくれたのは、東宝院さんを撮影した写真だった。
結論、被写体が良かった。
今日の授業で学んだこと。
被写体が女子なら点数が取れる。
(身も蓋もねえ!)
第9話 フィルム現像
今日はフィルム現像を経験する。
フィルムは先生が撮影したものを使用する。
まずは巻き込みという、フィルムをリールに巻いてタンクに入れる作業をするために、スタジオに集合する。
そして2人1組になる。
「準備はいいか?」
全員が肯定の返事を返すと、スタジオが暗闇に包まれる。
周りを見渡しても、何も見えない。
完全に光が遮断されている。
僕は丁寧に巻き込みをやっていく。
「ああん! ダメェ!」
東宝院さんの叫び声が聞こえてくる。
僕は平常心を保ちつつ、巻き込んだリールをタンクの中へ入れる。
少し待ったあと、肩を叩かれた。
「創地君。入れて」
直後、リールを落とす音や、タンクを落とす音が聞こえてきた。
東宝院さんから巻き込み済みのリールを受け取り、タンクの中に入れて、蓋を閉める。
(東宝院さんの声に反応した男子、多数)
僕は心の中で呟いた。
しばらくして、明かりがついた。
僕は自分と東宝院さんのリールが入ったタンクを、蓋が開かないように暗室まで運ぶ。
全員が暗室に集合すると、現像が開始される。
現像液、停止液、定着液、QW、水洗、乾燥を経て、フィルム現像は終了した。
第10話 暗室作業
ここからは暗室作業となる。
今日は至って簡単で、2人一組で同じ写真をプリントする。
つまり、試しが2人で出来るので、時間が短縮できるのだ。
「うん。30秒で本番」
(よし! この調子ならすぐに終わりそうだ)
印画紙をセットし、30秒にセットしたタイマーを押す。
♪~♪~
(ん? 何か音楽が聞こえる。あ、終わった。気になるけど、取りあえず、先にプリントしよう)
現像液、停止液を経て、定着液に漬けておく。
僕が引き伸ばし機のところに戻ると、東宝院さん焼こうとしているところだった。
「タイマーよし、フィルターよし、絞りよし。それじゃあ、スタート」
♪~♪~
(まただ……っていうか、これって東宝院さんの鼻歌か。東宝院さんは歌も上手……ってこれ、校歌だ!?)
僕は東宝院さんの選曲に驚いた。
まさか、入学式の日に1度聞いただけの校歌を歌っているとは……。
♪~♪~
すると今度は隣から、さらにその次には隣の隣から、その次には隣の隣の隣から、校歌が聞こえてきた。
(校歌が伝染している!?)
その後の暗室作業は、何故か校歌の鼻歌大会になっていた。
第11話 仕上げ作業
──傷や埃の跡を墨汁などで隠すスポッティング。
──印画紙の余分な部分を切り落とすカッティング。
写真実習のラスボス、と呼ばれるそれらの作業は僕達に牙をむいた。
「ここに傷が残っている。やり直し」
「はい……」
また1人やり直しをさせられる生徒が現れた。
僕もここまで3戦3敗で、終わりがみえてこない。
「あとちょっと。ここを直してこようか」
「分かりました」
東宝院さんもこれで3戦3敗だ。
あの東宝院さんが苦戦していることに、クラス全員が驚きを隠せない。
(先輩達はこんなにも大変な作業を平然とやってのけるなんて凄い)
僕が先輩に感心を向けていると。
「だったら先生がお手本見せてくださいよ!」
遂にキレたクラスメイトが先生に、スポッティングをやることを求めた。
「……いいでしょう」
先生がいすに座り、印画紙と向き合う。
筆を持ち、墨汁をつけ、構える。
ボトッ。
筆から垂れた墨汁が印画紙の上に落ちる。
「…………」
場を無言が支配する。
「スポッティングが出来るからなんだってんだ! こんなの出来なくたっていいんだよ!」
(先生がスポッティングを全否定した!?)
「あっ……つい本音が……」
僕達は先生の良心? でスポッティングから解放されたのだった。
第12話 先輩
「お金がない……」
僕は購買前で思わず呟いた。
先生の自爆によって、ラスボスを倒すことに成功した僕は、バックボードに写真を貼り付けようとしたのだが、バックボード代がなかったのだ。
「困っているようだな、後輩」
僕が振り返ると、そこには先輩が立っていた。
「えっと、先輩は?」
「よくぞ聞いてくれた。俺の名前は望杉零、この学校で最も有名な生徒の称号を持つ者だ」
「……はぁ」
僕は曖昧に頷くことしか出来ない。
「他にも最も金を持っている生徒の称号も持っているし、学年1位と学年最下位を同時に取ったという称号も持っているぞ」
(意味が分からない……)
「後輩よ。意味がわからないと思ったな。説明してやろう。俺は全教科満点を取りながら名前を書くのを忘れたことがあるのだ。職員室で土下座したおかげで、成績は全教科満点ということになったが、皆の認識では全教科零点で学年最下位なのだ」
(なんだかよく分からないけれど……、面倒くさそうな先輩だ)
これが僕の、望杉先輩に対する第一印象だった。
第13話 お金
先輩は仕切り直すように、咳払いをする。
「とにかく、だ。後輩は」
「後輩じゃないです。創地です」
「……創地君はお金で困っている。そうだろう?」
「ええ、まあ」
実際にお金には困っていたので、頷く。
(もしかしてたら、奢ろうとしてくれているのかも)
僕はそんな期待を抱きながら、先輩の次の言葉を待つ。
「ならばこの俺が払ってやろうじゃないか」
(本当に奢ってくれる気なんだ……)
意外感を感じながらも、先輩の好意に甘えることにする。
「いいんですか?」
「もちろんだ。後輩が困っていたら助けるのが、先輩の優しさだよ」
(良かった。なんだかいい人そうだ)
先輩が財布を取り出して、中を確認する。
「あっ、58円しかなかった」
「全然足りないじゃないですか! どうするんですか!」
僕が叫び声を上げると、先輩は。
「安心しろ。家に一万円がある」
そんなことをどや顔で言った。
「今出せなきゃ意味ないでしょ!」
「明日! 明日は絶対持ってくるから!」
「明日になるんだったら、自分のお金を持ってきますよ」
「お願いします。俺にもう一度チャンスを……」
先輩が泣いて縋り付いてくるので、仕方がなくもう一度チャンスを与えることにした。
第14話 一万円
翌日の購買前。
「ここに一万円札がある」
先輩は周りに見せびらかすように、一万円を目の前に突き出す。
「これでバックボードを買ってあげようじゃないか」
(昨日は自分で泣いて縋って、お金を出させてくださいと言っていたのに、随分と上から目線だ……)
僕は先輩の態度に呆れたが、寛容な心で許すことにする。
「まあ、奢って貰う側ですし、その態度は見逃してあげます」
僕の言葉に先輩は即座にお礼を言って、購買のおばさんに話しかけた。
「すいません。バックボードください」
「350円ね」
「一万円からで」
「ごめんね。今、お釣りないのよ」
先輩が一万円を手にしたまま、固まった。
「先輩。小銭ないんですか?」
「俺は一万円しか持たない主義だ」
「いや、昨日は小銭持ってたじゃないですか? それはどうしたんですか?」
「……お金持ちというのを自慢したかったので、50万円持ってきて、小銭は全部家に置いてきました」
(この役立たずの成金野郎が!)
第15話 両替
「そうだ! そこにある自販機で一万円を崩しましょ」
「まさかそれだけのために、買いたくもないジュースを買わされる羽目になるとは……だか、まあ、いいだろう」
先輩は自販機に一万円を入れる。
一万円が返ってくる。
「な、何故だ?」
「もう一度やってみますか?」
「そうだな」
先輩はもう一度、自販機に一万円を入れた。
しかし、またもや一万円は返ってきた。
「そこの自販機、札は千円しか使えないよ」
購買から売り子のおばさんの声が、聞こえてくる。
(千円しか使えない……これは、詰んだ!)
「創地君! 諦めるのはまだ速い! 何か方法はあるはずだ」
先輩は下を向きながら腕を組んで、考え始める。
「あの先輩? そこ、ものすごく邪魔になっているんで、どきましょう?」
「…………」
(返事がない。ただの屍のようだ。……じゃなくて! 早く先輩をどかさないと)
僕は先輩を揺さぶる。
すると、先輩は何かひらめいたようで、勢い良く顔を上げた。
「そうか! 学校近くのコンビニで何か買ってくれば良いんだ!」
先輩はそう言い残すと、それはもう、もの凄い勢いで走り去っていった。
第16話 入手
「創地君、どうかしましたか?」
僕が先輩を見送って、茫然と立ち尽くしていると、東宝院さんがやってきた。
「あ、東宝院さん。実はバックボードを買いに来たんだけど、お金が足りないんだよ」
「そうななんですか? ちなみに、バックボードっていくらするんですか?」
東宝院さんは、財布を取り出しながら聞いてくる。
「350円」
「それなら、私が買いましょうか? もちろん、貸した分は今度返して貰いますけど」
「良いの?」
「ええ。お金には余裕がありますから」
「ありがとう」
僕は東宝院さんに買って貰ったバックボードを持って、教室に戻る。
教室に戻ると、仕上げ作業を始める。
写真用セメダインで、僅かなずれもなく、写真をバックボードに貼る。
(後は裏に提出票を貼れば終了だ)
僕が提出票を貼り付け、満足げに作品を見ていると。
ドタドタドタッ!
もの凄い勢いで、何かが近づいてきた。
その何かは扉を開けると。
「創地君! 見てみろ! 新発売のアイスだぞ!」
買ってきたコンビニの袋を僕の方に突き出し、自慢しだした。
僕は何か、ではなく先輩にゴミを見る目で一言。
「遅いです」
第17話 面接
今日から映像の授業に入る。
内容としては5分ほどのショートドラマを創るのだそうだ。
「まずは班決めをしましょう。5人一組で8チーム作って下さい」
僕はまず、東宝院さんを誘った。
東宝院さんは快諾してくれ、残りは3人。
当然ながら、東宝院さんがいるチームに入りたがる人は多く 僕達が選抜することになった。
1人目──竜崎君だ。
「俺がいればどんな仕事もこなすぜ。もちろん、盗撮もな」
速攻で却下した。
2人目──佐藤君だ。
「俺は昔、カスとかクズと呼ばれていた」
速攻で却下した。
3人目──矢上君だ。
「俺ならば力になれるだろう。なんせ俺には黒のk──」
速攻で却下した。
(このクラス、ロクなのいねえ!)
僕が困っていると。
「あと3人どうしようか?」
「そうだね。真面目な人が良いよね」
普通の会話を繰り広げる2人組を見つけた。
(普通の人、いたー!)
「僕達を入れてくれないかな?」
「良いよ」
僕は普通の人っぽい2人組、山本さんと中村さんとチームを組むことに成功し、残るは1人となった。
「最後の1人はやはり俺だろう」
「なんで先輩がいるんですか!?」
僕の質問は無視され、先輩は僕達を見渡すと。
「些細なことはおいといて、これでチーム結成だな」
リーダーっぽく決め顔で言った。
第18話 シナリオ
映像の授業、2回目。
今日はシナリオの決定がなされ、僕達の班は先輩の書いたものになった。
ストーリーとしては、いじめを受けていた男の子が、女の子に助けられながら、仕返しをするという物語なのだが。
「先輩、お話自体は面白いですけど、おかしな部分が見受けられますよ」
「えっ、マジ?」
「この最初の男の子がいじめられるシーン、なぜ台詞が『こんなの、ご褒美じゃないか!?』なんですか! これじゃあ、喜んじゃってるじゃないですか!」
「男は皆、ドMなんだよ」
「先輩と一緒にしないで下さい! 他にもヒロインが手を差し伸べているこのシーン、なぜ台詞が『この株、今が売り時よ』なんですか! 完全に駄目な奴でしょ!」
「俺、株で儲けたから……」
「知りませんよ! 最後にこの男の子が女の子にお礼を言うシーン、なぜ台詞が『君のおかげで儲かったよ』なんですか! 途中の良いシーン台無しですよ!」
「金で全て解決さ」
「いい顔で言わないでください! これ全部書き直しますから」
「理不尽!?」
僕達は先輩が止めてくるのを無視し、台詞のおかしな所だけ、手直しを行った。
第19話 配役
「シナリオが出来たので、次は配役を決めましょうか?」
「……それで良いよ」
(先輩のテンションだだ下がり!?)
僕らは気落ちした先輩を放っておくことにして、配役を決めることにした。
「今回の役は4つ。いじめられる少年君役、少年君を助ける少女ちゃん役、いじめっ子役、先輩役だね」
「やっぱり、先輩役は望杉先輩にやってもらいたいですね」
「実際に先輩ですしね」
その後、少女ちゃん役は東宝院さんに決定した。
これで残るのは男の子役といじめっ子役の2つ。
「いじめ、と言えばどういうのを想像しますか?」
東宝院さんの質問に、山本さんと中村さんが答える。
「靴隠したりとか、かな……」
「私は、水を頭からぶっかけたり?」
(2人とも考え方がエグい!)
ここは僕が、いじめとはどういうものかを教えよう。
「僕は無視──」
「創地君は言わなくて構いませんよ? 創地君は少年君役で確定してますから」
(あ、そう)
僕はがっくりと項垂れた。
ちなみにいじめっ子役はジャンケンで、中村さんに決定した。
第20話 仮撮影
映像の授業3回目。
仮撮影──文字通り仮の撮影である。
大体こんな風に撮影する、という目印みたいなものである。
道具などは実際に使うものを使っても良いし、代用品を用意しても可能だ。
それでも……!
「先輩。なんでジャージ姿なんですか? 一応、ここ学校ですよ。制服着てください」
「創地君。一応じゃなくて、普通に学校ですよ」
東宝院さんの指摘に、数秒黙り込んだけど、すぐに先輩に向き直った。
「だからこそ、じゃないか! ここは学校である。『だからこそ』制服以外の服を着用するんだよ」
「いや、意味分からないです。大体、本撮影の時は制服なんですから、そのままでいいじゃないですか?」
「わかってないな。仮撮影だからこそ、出来ることもある!」
「「「!!」」」
先輩の名言っぽい言葉に東宝院さん達、女子組が衝撃を受けたような表情になる。
「私、演劇部に衣装借りてきます」
そういって東宝院さんは、演劇部の部室へ向かって走って行った。
数分後、東宝院さんが衣装を抱えて戻ってきた。
その結果──「僕、制服」「先輩、ジャージ姿」「東宝院さん、巫女服」「中村さん、ナース服」となった。
撮影はストーリーのスの字も合っていなかった。
第21話 撮影
4回目。
ついに今日から本撮影。
今日は冒頭の、僕がいじめられるシーンの撮影なのだけど……。
「さあさあさあ! 創地君、観念しなさい!」
「創地君、諦めることも大事だぞ」
「そうです。これは撮影なのです。何も恥ずかしがることはありません」
「ストーリー的に必要なんです」
僕は4人に詰め寄られていた。
本来、ここはいじめ役である中村さんにいじめられているところを撮影するのだが、撮影は未だ始まっておらず、僕は壁側に追い詰められている。
何故、僕がこんなことになっているのかと言えば。
「創地君って、可愛い系の男子だから、このワンピース絶対似合うと思うの」
僕以外の班メンバーが、僕に女装させようとしているのだ。
「そうそう。それにこう、男子を苛めるのに相応しいと思うんだ。俺としては変わって欲しいくらいだが、俺は先輩役だからな。残念なことに!」
(全然残念そうにみえない……)
その後も僕は、説得を続けられた。
その説得を受けて、結局僕は──
第22話 撮影2
今日は、少女ちゃんが少年君に手を差し伸べているシーンの撮影だ。
先輩はカチンコをカメラに映るようして、撮影を始める。
「それじゃあ、シーン3カット4。5、4、3……」
2と1は指で示す。
カウントが0になると、演技が始まる。
「やっぱり俺は、学校をやめた方が良いのかな……」
僕が──少年君が──黄昏れていると、東宝院さんならぬ、少女ちゃんがやってくる。
「そんなことないよ!」
「けど、学校に行っても楽しくない」
「なら復讐しようよ! 苛める人がいなくなれば楽しくなるでしょ!」
少女ちゃんは少年君に手を差し伸ばす。
少年君は差し出された手を掴もうと、手を伸ばす。
僕はその手を握ることは、出来なかった。
なぜなら東宝院さんが手を引っ込めていたから。
(…………なんだこれ?)
「カット! 面白い! 面白いよ! 予想外の展開だ」
「ありがとうございます。先輩のアドバイスを活かせました」
東宝院さんは 先輩に頭を下げる。
(先輩の入れ知恵かよ! っていうかシナリオ無視すんなよ!)
第23話 撮影3
今日は、ラストの少年君が少女ちゃんに、お礼を言うシーンだ。
ちなみにカメラは既に回っている。
「ようやく俺の復讐も終わりを告げたな」
「よかったね。少年君」
夕陽の方を向きながら、佇む少年君の後ろから少女ちゃんが歩み寄る。
「俺のことをいじめる奴はいなくなった。つまり、俺の学園生活を邪魔する奴はいなくなったわけだ」
「そうだよ。だからこれからは私と一緒に学校生活を楽しもう」
少女ちゃんは少年君に手を差し伸べたあの時と同じように、手を差し伸べた。
少年君はその手を取る。
「これからよろしく」
「うん。よろしくね」
少年君と少女ちゃんは向かい合いながら、徐々に顔を近づけていく。
そして──
「おい! そんなの台本にないぞ!」
先輩が無粋にも乱入してきた。
(自分はシナリオ無視しまくってたくせに……)
僕は先輩を睨んでいると、その横で東宝院さんが何かを取り出した。
「残念ですね。あのまま顔を近づけていっていたら、通販で買った『デブ仮面』とのキスが見ることが出来たんですけど」
僕は東宝院さんが取り出した仮面を見て、背筋が凍えた。
(先輩。グッジョブ!)
第24話 編集
今日から編集に入る。
僕等はビデオ編集室、通称V室で、編集作業を行う。
「試しに撮ったものを絵コンテ順に並べていこう」
先輩の提案で、撮影した素材をタイムラインに並べていく。
「えっと、次が復讐を成功させるシーンっと」
僕がタイムライン上に置こうとすると、横から先輩がマウスを奪い取って、いじめられているシーンを乗せた。
本来なら復讐→成功のはずが、先輩が勝手にいじめらているシーンを乗せたので、復讐→失敗になってしまった。
(物凄く返り討ちに遭って、ボコられている所にしか見えない。というか、服装が一瞬で替わっているので、違和感がもの凄い)
「ダッセ! 失敗してやんの!」
大笑いする先輩に、僕は涙目で訴える。
「いや、それ先輩のせいでしょ!? ちゃんと絵コンテ順に並べましょう」
「創地君はどれだけこの服が好きなんですか? もしかして新しい性癖に目覚めちゃったんですか?」
「東宝院さんもひどい! 先輩のせいなのに!」
僕が本格的にふさぎ込むと、さすがに罪悪感を感じたのか、先輩達が謝ってきた。
「ごめんなさい」
その様子を見て、僕は内心でほくそ笑んだ。
(撮影の時の復讐、大成功)
第25話 特殊効果
絵コンテ順に、素材を並べ終え、次に特殊効果を入れていく。
「今度こそ真面目にやりましょうね?」
僕がそう言うと、先輩達がビクッと震えた。
(まさか……)
僕が詰め寄ると、観念したように編集途中の画面を出した。
その画面には、少年君がいじめられて、悔し泣きをしているはずのシーンが出ていた。
なぜ、はずの、とつけたのかと言うと、目にはモザイクがかけられ、画面の下の方に『被疑者 少年君 (15)』というテロップが出されていたからだ。
僕は恐る恐る再生ボタンを押す。
すると、まるでニュース番組のような映像が流れ出した。
『うっ……はい。私が……やりました。申し訳…ござい……ません』
「先輩。これなんですか? というかいつの間にアフレコしたんですか? なんで少年君が被疑者になってるんですか?」
僕の怒涛の質問攻めに、先輩達は目をそらしながら。
「えっと、むしゃくしゃしてやりました。反省はしてません」
「いい加減にせい!」
僕はこの日、本気で先輩に向かって怒声を浴びせた。
第26話 回想
真面目に編集作業をやり始めたら、とんでもなく速かった。
特に圧巻だったのは先輩と東宝院さん。
この2人のおかげで、あっという間に完成してしまった。
他の班が完成していないため、僕等は休憩になったので、気になっていたことを聞いてみた。
「先輩はなんで1年の授業に参加してるんですか?」
「そうだな。そろそろ、その話をしようか。あれはほんの2ヶ月前……」
「望杉。1年の授業に参加したいだなんて、おかしなことを言うな」
「先生。別におかしなことではないですよ。僕自身の手で後輩を育てたい、ただそれだけです」
「だとしても、下級生の授業を受けることは許されない」
(やはり新見先生は認めてくれないか。なら、奥の手を使おう)
「わかりました。諦めます。あーあ、これじゃあ、先生が漫画雑誌をゴミ捨て場から拾ってきてたこと、喋っちゃうかもな」
「ふん、言いたければ言えば良いさ」
「その時に一緒に落ちてたエロ本も持ち帰ってたこと、言っちゃおうかな。しかも凄くマニアックな本だって」
「ふざけるな。俺はもっと普通のエロ本をだな……あっ」
「──って感じかな」
(ただの脅迫じゃん!)
それからしばらく、先生の評価はだだ下がりとなった。
第27話 パスワード
今日は依然撮影したデジタル写真を、フォトショで加工するらしい。
僕はフォトショの予習はバッチリ済ませてあるから、余裕の表情で、パソコンと向かい合う。
電源ボタンを押し、マックを起動する。
そして、マックに貼り付けられているパスワードを入力する。
『パスワードが違います』
(…………あれ?)
何度か別のパスワードを入力してみたが、サインインすることは出来なかった。
僕は先生に相談することにした。
「先生。サインイン出来ないです」
「ああ、あそこは望杉が勝手にパスワードを変えていたところだ。俺にもパスワードはわからん」
(先輩……! 何してくれちゃってるんですか!)
「他のパソコンは?」
「台数がないから使えない。なんとかパスワードを解明してくれ」
取り敢えず、僕は先輩の名前を入れてみた。
『パスワードが違います』
次にゼロと入れてみた。
『パスワードが違います』
最後に成金野郎と入れてみた。
『パスワードが違います』
(ちくしょうめ!)
第28話 解明
僕は自分1人では解明できないということを悟り、クラスの皆に助けを求めた。
「望杉先輩って結構、称号って言うよね」
「俺、最も好かれる人って称号を持ってるって聞いたことあるぞ」
「えー、私は最も嫌われる人って称号を持ってるって聞いたよ」
「僕は最も運のいい人って称号を持ってるって聞いたことある」
「えっ? 私は最も不幸だって聞いたんだけど……」
(先輩、いろんなあだ名持ちすぎだろ……)
僕は全てのあだ名を入れていってみる。
『パスワードが違います』
(これでも駄目なのか。何か手掛かりは……)
僕が悩んでいると。
「やっぱり、称号、じゃないでしょうか?」
東宝院さんが、呟いた。
(称号か……。先輩ってあだ名ではなく称号って言ってるんだよな……。つまり、称号を持ちすぎ、望杉? 名前? そうか!)
僕は称号と名前の両方の意味を持つ英単語『name』と入力する。
『ようこそ』
僕は、いや、僕達はパスワードを解明することに成功した。
(先輩には、最も僕を苛立たせる人の称号を贈っておこう)
第29話 変化
最近、僕は変わったと思う。
というより、このクラスのほとんどが変わったと思っている。
引っ込み思案だった性格は、先輩へのツッコミを繰り返していくうちに、改善の兆しを見せた。
(正直、先輩のおかげというのが気に食わないけれど)
東宝院さんも、お淑やかなイメージはどこかへ消え去り、すっかりやんちゃなイメージが定着した。
(清楚系大好きな男子の夢が、ぶち壊された気もするけれど)
その他にも、元からひどかった性格にさらに磨きをかけた人もいるし、欠点を克服する人もいるし、真面目だった人が騒いだりするようにもなった。
(一貫して変わっていない人もいるけれど)
それでも、入学当初のような、一定の人だけで固まっているという光景は見られなくなった。
時間は否応なく、自分を、他人を、環境を変えていく。
その中で人は成長していく。
つまり何が言いたいのかというと。
(数十人に注目されても平気! 怖じ気づくな。ただのプレゼンじゃないか。それに僕は成長しているはずだ)
僕はプレゼンの順番を待ちながら、絶賛震え中だった。
第30話 プレゼン
1つの課題が終わると、最後はプレゼンである。
プレゼンの形式は至ってシンプルで、順番に前に出て、作品の説明と工夫した点などを話すだけだ。
今回はデジタル写真、アナログ写真、VTRの3つの中から1つを選ぶのだ。
僕は他の人のプレゼンを参考に、何を話すか考える。
何かを考えていないと、また震えてしまいそうだったからだ。
「──以上でプレゼンを終わります」
前の人のプレゼンが終わった。
いよいよ僕の番がやって来た。
僕はガチガチに固くなりながらも、皆の前にでる。
皆の視線が僕に注目する。
(やばい、怖い、逃げ出したい)
震えはさらに激しさを増す。
「創地君。皆に見られるこのシチュエーション。興奮するだろ?」
「先輩……別に興奮とかしてないんで、ヘンなこと言わないでください」
いつものように先輩にツッコミを入れていると、震えは止まっていた。
(これなら、いける!)
「これからプレゼンを始めます!」
僕は先輩に感謝しながら、プレゼンを始めた。
最終話 これから
「──という所を工夫しました。以上でプレゼンを終わります」
僕が一礼すると、拍手が起こる。
ここからは質問タイムになる。
数人が手を挙げる中、新見先生が質問者を選ぶ。
「まずは東宝院さん」
「はい。創地君は何が印象に、残っていますか?」
「勿論、先輩の悪ふざけですね」
視線が一斉に先輩に向く。
「いやいやいや、あんなんただの遊びじゃん! ちょっ、待ってよ」
先輩が慌てたように弁明する。
(先輩、ざまあみろ)
そこから数人の質問に答え、次が最後の質問者となった。
「最後に望杉」
「はい。創地君。君はこれから、何をする?」
(これから、か……)
僕は自身の心に問いかける。
そして、顔を上げこう答えた。
「創ります。映像を、写真を、小説を、漫画を、版画を、デッサンを、この学校で学べる全てのものを。だって、僕の名前は創地学、地道に学んで創らなきゃ」
僕は笑顔で、そう答えた。