第四話 魔王の卵は無垢な存在であったが、それでどうする?
「魔王を救ってくれ」
「魔王を……ね」
今までの話しから察するに魔王もある意味では、神様とやらの被害者だ。ただ、殺されるためだけの存在。道化師のほうがまだマシだろう。とは言え、
「あいにくと、会ったこともないやつを助けるほどお人好しじゃないんだけれど」
「だから、とりあえずは魔王に会ってくれ。
あんたなら、魔王を助けられる。だから、魔王を助けたいと思って欲しい。
出会った事もない魔王を助けようとは思わない。なら、魔王に会えば可能性が出来る」
「なるほどね。まあ、ほかに行く当てもないしな」
ノワールの言葉に俺は頷く。
何しろ異世界だ。俺はこの世界では住所も戸席も親も家もなければ、お金も常識もない。ついでに、俺の持って居るスキルが何らかの形でわかれば、また命を狙われるだろう。
この世界の人間はわずかにしか出会っていないが、どうやら黒髪黒目の日本人は珍しいらしい。だとしたら、黒髪黒目の存在と言うのでも十分に悪目立ちする可能性はある。
「じゃあ。案内してくれ」
俺はそう言って歩いて行く。町の方ではなく森の方である。
「念のために聞くけれどよ。
歩いてどの位だ?」
「普通にあるけば、徒歩で一年はかかるな」
「ふざけんな」
ノワールの言葉に俺は立ち止まって怒鳴る。
一年間もどうやって歩けと言うのだ。いや、歩くのは良いだろう。千里の道も一歩からと言う。だが、
「食料も水もないんだぞ」
間違いなく体力がつきて死ぬ。
つーか、一年間もかけて歩き続けるなら止めるぞ! 俺は!
「普通にと言っただろ」
俺の言葉にノワールは器用に眼を細めて言う。
「俺が一緒なら大丈夫だ。精霊の小道を使う」
「精霊の小道?」
中々に幻想的な言葉だ。
話しに聞くところによると、精霊の小道とは精霊が通る一種の短縮する道らしい。精霊は神出鬼没なのはそれにあり、その小道を使えば徒歩で一年もかかる場所も一瞬らしい。
いわゆる異空間にある抜け道らしい。
テレポートのようなものかもしれないが、違うのは歩く必要がある事だ。
そう思っている中で、やがて不思議な薄い灰色のもやが立ちこめる道へと出る。もや以外は何も見えない。
ここが精霊の小道らしい。
「まあ、お前なら精霊ときちんと契約していけば一人でも通れるようになると思うぞ。そうすれば、人間なんかにはまず捕まらない」
「そりゃ、ありがちな」
そう言いながら俺はもやをみる。
「ただし、精霊王の力がほとんど失われているから出入り口は少なくなっている。精霊王が解放されれば、出入り口は増えるけれどな」
「つくづく、俺に精霊王を助けさせたいんだな」
「お前に利点があるんだぞ」
「元の世界に戻れる。精霊王を復活させれば、力もパワーアップね。
はいはい。すごい。すごい」
適当に流してみせるがたしかに俺に利点が大きい。だが、精霊王を一人復活させる事すらおそらく大変だろう。つまり、言うは安いが困難は大きい。
何もせずに逃げ回るのも困難は大きいが、安全もある。
適当に期待をさせるぐらいなら、期待をさせないほうが良いだろう。この態度が白鳥は気に入らなかったらしい。あいつは、無理だろうと大丈夫。と、言って居た。ぬか喜びをさせかけた事も何度もあったが、それに対する自覚は無かったようだ。
そう思っている中で、
「遅いですわよ。ノワール」
「悪いな。ブラン」
俺の前に現れたのは二足歩行をしている一匹の白猫だった。
真っ白なフード付きのローブを身に纏い、胸元には十字架のペンダントがある。一言で言うなら聖女や巫女や尼さんのような出家した女性のような印象がある。ただし、やっぱり猫の耳と尻尾が映えている。
「こいつが、魔王の卵か?」
「いや。こいつは、俺の仲間だ。守護巫女の称号を持って居る」
「よろしくお願いいたします」
と、ブランと呼ばれたそいつは頭を下げる。
ノワールと違って礼儀正しいな。
「私達、猫妖精が守っているのが魔王の卵ですの」
「猫妖精?」
「ノワールはそこも説明をしてなかったんですね」
「しょうがねえだろ。そう言う常識すら知らねえんだから」
あきれたように言うブランにノワールが俺の懐から出て言う。
なんでも、この猫妖精と、言うのがこいつらの種族らしい。普通の猫は精霊が見えるだけだが、長生きすると精霊に近い力を持った猫は猫妖精となるらしい。
二足歩行が出来て喋ったりすることも可能らしい。
……猫又みたいだ。と、思ったのは内緒だ。
そのために、この国では猫は一定年数が経つと問答無用で殺していたらしい。自分たちは、数少ない猫妖精の生き残りらしい。
「その私達の命を助けてくれたのが、魔王の卵となってしまったお方。
……サリア様ですわ」
そう言って案内した場所に少女はいた。
「……誰……」
そう言って俺を見たのは、黒曜石のように翡翠のような緑色の瞳に光の加減で透明に見える白銀色の長髪。年の頃は、俺とほとんど同じだろう。
ただし、胸だけはものすごく大きい。
「……東。東京だ。いや、この世界でいうなら、京東だな」
「サリア。……家名は無い。
親に捨てられたから」
「…………」
重いと俺は思う。
「で、捨てたのはお前達を召喚した国の王だ」
「はあ」
俺は驚く。
なんでも、俺が殺したと濡れ衣を着せた姫君は架空の存在ではなく、本当にいた姫君だったらしい。だが、魔王の卵としての資質を見て、王は簡単に捨てたのだ。
あの国王に対する好感度はただでさえ低かったが、さらに低くなった。もうマイナスである。これから先も上がる事はないだろう。
俺は改めてサリアを見る。
やせ細っているのは、猫二匹だけが面倒をみていたのだろう。だが、彼女も何かをしていたのだろう。料理の後や治療の後など、自分でなにかが出来る事をしていた様子だ。
ただ、誰かに世話をされるだけと言うのを当然としているやつは嫌いだが、出来る事をやろうと努力する人間は嫌いではない。
「まあ、しばらくはここにいろ。
そして、ここで精霊魔法を学べ」
「まあ。良いぜ」
精霊魔法が学べる。こいつらの頼みを断って一人で生きていくにしても、こいつらと協力するにしても精霊魔法は必要だ。
ならば、学ぶ必要はあるだろう。
俺はそう思いながら少女を……サリアを見る。
その後、案内されたのは小さな小屋のようなものだった。
小さな家であり、そこには最低限の家財道具すらなかった。なんとか布があって寝床にしているんだろうが、布団と言うよりもただの床に布を置いただけだ。
皿も歪でゴミ箱から拾ったようにすら見える。
台所もなく石を集めただけのキャンプなどに使う焚き火用の場所に見える。
とても、文明的には思えないが……。猫二匹と共に暮らしている環境ではこれが精一杯なのかもしれない。
辛うじて文明的なのは、精霊魔法に関する書物だけの小屋を見て俺はそう思った。
そして、生活が始まった。ほとんど自給自足以下の生活だった。なんでも、サリアは外に出れば魔族に捕まってしまうらしい。
魔族は魔王の卵を監禁して魔王の城にいれる。
勇者が倒すときに、魔王が魔王の城にいなければ困るからだ。
そのため、猫二匹だけが食料を集めたりしている。また、サリアは姫様暮らしのために料理や洗濯と言った家事の知識がまったく無い。
それでも、必死に作ろうとしていたが道具すらまともにない状態だ。
「とりあえずこれはあく抜きが必要だろ」
と、ドングリのような味がするそれをぺっと吐き出して言う。
ガキの頃、祖父によっていろんなものを食べさせられた。その中にはドングリもあった。普通に食べるとものすごく苦いし、後で腹を下す。だが、水でさらして茹でて粉にすればそれなりに食べれる。
木の実の上手な食べ方や調理の方法などを俺は教えていたり、つくって居た。
さすがに衣食住を任せて本を読み続けるほど、俺も薄情ではない。
くるみを炒ったりして食べながら俺は空腹と戦っていた。
もちろん、精霊魔法の勉強もそれなりに順調だ。
なにしろ、俺は精霊魔法に関してはチートな能力である。ただし、精霊魔法の精霊が力が弱いために、それなりの精霊の力しか出せない。
「よっしゃ! 今日は魚を」
「ノワール! 大丈夫?」
と、ボロボロのノワールが帰ってきてサリアは悲鳴を上げる。
一匹の魚……両手の手の平より大きい程度の魚を持って来たノワールは大怪我をしていた。どうやら、魚屋(あるかどうかは謎だが)から、盗んできたらしい。
泥棒は駄目だが、植物の木の実ばかりでは健康に悪い。
事実、俺もここに来てからだいぶやせた。いや、やつれたと言うべきかも知れない。
守護騎士を名乗るノワールはそのために、時たまに無茶を……危険を冒す。その魚をどうでも良いと言いたげにノワールを心配するサリア。
その行動に俺はサリアが徐々に気に入ってきていた。
少なくとも、魔王になんかにならないで欲しい。
俺はそう思える程度にだ。
そう思いながら、必死で包帯でノワールの怪我を治療を施そうとするサリア。
世界と言うのはどうでも良いと俺は思う。
だが、すくなくともサリアが不幸になって泣くのを……この目で見たくはない。と、俺は思うようになって居た。
まあ、それもノワールやブランの思惑通りかも知れない。
それは、少しばかり腹が立つが……彼らはサリアを助けたいのだ。
サリアを助けるために、あらゆる手段を使う。
腹は立つが、嫌悪感は持たない。
卑怯だと自覚をしているのもむしろ、好感が持つ。正義を大義名分に卑怯な手段を卑怯と思わない連中よりも遙かにマシだからだ。