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恋愛短篇集『graffiti of someone』

リグレットキッチン

作者: 自由帳

この物語は始まらずに終わった話です。

本当に書きたかった話については、後書きで















高校一年生冬、私はいつものように部室でお菓子を作り続けていた。


「俺、学校辞めるわ」


バターを多く含んだアップルパイをオーブンで焼き上げる途中、先輩は急にそんな事を口にした。


いつも自由で気まぐれな彼の事だ、私はもう驚きはしない。

そう自分で決めつけて、私は興味なさげに「どーしたんですか」と先輩の顔を見ずに返した。

「ちょっとフランスに行きたくなってな、四五年程修行に」

「四五年……また思いつきにしては長いですね」


呆れ口調でアップルパイの焼け具合を確かめる。

少し時間が短かったかもしれない、そんな具合だったのでまたオーブンのフタを閉じて火力を少し上げた。


「ところが驚き、今度は思いつきじゃないんだぜ」


先輩は机に置かれたウイスキーボンボンを1つ口にして、冷蔵庫の中から炭酸水を取り出した。

私は「紅茶」とだけ伝えてオーブンを見つめ続ける。

すると、いつも通りに先輩は紅茶を入れ始めた。


「驚く気は無いですし、聞くつもりも無いですけど……聞いて欲しいなら聞きます」

と安いツンデレみたいな前置きをして、「どうしてフランスに四五年も?」と聞いたあとに、ウイスキーボンボンの隣に置いてあるマカロンを口にした。


このマカロンもウイスキーボンボンも、先輩が作ったものだ。


この部活、調理部は部員五人中三人が幽霊部員といった有り様で、もはや先輩と私のスイーツ同好会とでも呼ぶべきになっている。

男のくせにマカロンやらケーキやらが好きで、尚且つ作るのが上手い先輩は、きっと変わり者だ。


「進学がめんどくさいから、本格的にパティシエでも目指そうと思ってな」

紅茶を私に差し出して、自分はペットボトルの炭酸水を飲んだ。関係ない話だが、先輩はスイーツと炭酸水をこよなく愛している。


「先輩の学力なら、どう考えても進学した方が楽ですよね」

「つまらない事は嫌いなんだ、知ってるだろ」


極めて微小な「つまらない事」などのために、この人はフランスにパティシエ修行に行くと言い出すのか。

私は少し呆れることすら阿呆らしく感じて来たのを胸に仕舞い込み、紅茶を少し口に含んだ。


「それに、今なら止める人もいないしな」


なるほど、それで。初めてそう納得した。先輩の性格を考えれば、これが一番の理由なのだろう。

先輩は一ヶ月程前に半年ほど付き合っていた彼女と別れた。

女子からそこそこの人気がある先輩は、別れても他の女子に告白されて断れずに付き合ってしまうのだから、1ヶ月間もフリーなのは珍しい事だ。


それに、先輩は自分を引き止めるものがあったら直ぐに立ち止まるような、優しく弱い人だ。


先輩の両親は早くに他界していて、ずっと姉と二人暮らしだったと聞いた事があるから、おそらくそこから人のために自分を犠牲にする癖がついたのだろう。

だからこそ、引き止めるものは家庭にはなく、恋人の有無に左右されるのだ。


「そういう理由があるのなら、いいと思いますよ」

焼き上がったアップルパイをオーブンから取り出して、型から外す。

形が崩れていないことを確認してから、六等分して先輩に一切れ渡した。

「いつ行くんですか?明日?」

「どんだけ早く追い出したいんだ、三週間後に日本を発つ予定だけど、学校は来週までかな」

「……先輩がいなくなれば、この部屋ひとりで使える」

「もう少し悲しむとかは無いのか」


「別にありませんよ、強いて言うならパシリと話し相手が居なくなることは惜しいですが」


先輩は苦笑いして「酷い言われようだな」とアップルパイを頬張った。

私はただ、先輩のそんな表情や言葉を感じて笑っていた。


「ま、君なら大丈夫だろ?後はこの部活の事とか、そういうの全部任せたぜ」

「はい、任されました」

当然の受け答えのように、先輩は私の頭を撫でた。



その日の夜、私の瞳からは涙と呼べる滴が静かに頬を伝っていた。

悲しくなんてないはずなのに、先輩との思い出を、くだらない冗談の応酬ばかりの日々を思い出しては涙がまた一筋伝った。


きっと、先輩の事だから「行かないで」なんて言ってしまえば立ち止まってくれるのだろう。

いつかの彼女がしたように、私がその役を担えばいいのだろうか、いや、それじゃダメだ。

私は先輩の彼女では無い。

私は先輩の事が好きなのだろうか?それすらも、よく分からない。


これを恋と形容するのならば、そう誰かが形容しているのならばこれは恋で、恋愛絡みのことなんて大して関心の無かった私だ、自分で「恋じゃない」なんて言ったって知らないだろうと一蹴するだろう。


つまり、逃げ場もやり場もない感情に押し潰されているのだ。


零れる涙の色は透明で、それは当たり前のはずなのに、私の心が溶けだしたかのように錯覚していた。











本来この物語は「後輩のポテチをひとつ貰う」というテーマから書き始めたもので、本当ならこの後にもう一個ストーリーがあるんです。

でも、その話を書くのはもう少し後かな……と思い、今はここまでで彼女らの話を終えようと思いました。


次も次で恋愛ものになるんですけど、次回の短編は少し世界観が違うものになるかと思います……まだ書き始めてもないんですけど


続編『https://t.co/xjTeW63uOg』

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