驚怖の星
星新一賞に応募する為に書き下ろした試作品です。
本当は長編にする予定だったものを、最初の章だけ取り出し無理矢理ショートショートの形式としてまとめたので、とても中途半端な感じで終わります。
よくある展開のSF短編です。
まるで最悪の日だった。
星間飛行中に事故に遭い、脱出用ポッドで一人宇宙空間を漂流していた私は、その星を見つけてしまった。
水に覆われたその星は、私の故郷にそっくりだった。
仲間との連絡手段も断たれ孤独だった私は、宝物を見つけた思いで、引力に引かれるまま、その星に向っていった。
大気圏突入時に船体が壊れたのか、強い震動を感じた時には、着陸に失敗したのだと悟った。
船外に出てみると、私の船は正に、泥水のように濁った海に沈み行く最中だった。
間一髪海に飛び込んだ私は、沈没する脱出艇を背に、茶色の不透明な水上を、岸に向って泳ぎ出していた。
運良く近くにあった海岸に辿り着き、安堵したのも束の間、水中から現れた巨大な怪物が私を目掛けて襲ってきた。
すんでの所で飛び退いた私の、一瞬前に居た地点に、無数の丸太のような牙が空を咬んだ。
硬い皮膚に覆われたその怪物は、ゆうに私の十倍もの体がある。私一人を丸吞みに出来る程の大きな口を開け、獲物であるこの私を黄色い目で狙っていた。
恐ろしさのあまり私は、海面に飲まれて行く船を捨て、森の中に走って逃げ込んだ。
あそこに居ては死んでしまう。強烈な洗礼に、私はこの星の怖さを知った。
空は灰色の厚い雲に覆われている。この星の生物は全てが大き過ぎる。異様な進化を遂げた植物が、まるで塔のように天高くそびえている。
そのとき、またも巨大な生物が私の行く手を塞いだ。濃い体毛に覆われた、真っ黒な四足歩行のそいつは私に向かい合うと、牙を剥き出し飛びかかってきた。逃げようとするも私は、次の瞬間、間合いを飛び越えてきたその化け物に連れ去られていた。
右腕に食らいついた怪物の、口内の黒い肉襞が眼前に迫る。右腕に填めていた通信用の金属の装置が、怪物の牙から守ってくれていた。
地面に落とされたとき、これ以上の悪夢はないだろうと思っていた私は、戦慄した。
毛むくじゃらの怪物に運ばれた先は、さらに巨大な生物の前だったからだ。
これもまた私の十倍はあるだろう巨体は、二本の黒い幹で直立しており、頭部にだけ密集した体毛の近くに、目や、その他の何の器官か分からない腔がたくさん空いている。
深緑色のその体からは、茶褐色のゴムのような二本の触手が伸びていて、その先端もさらに細い触手に分岐している。
直立の怪物は、その太い触手を私の体に絡ませると、私の体を高々と持ち上げ、歩き出した。
万事休す。
異形の惑星に不時着しエイリアン共の餌にされるなんて、こんな不幸な宇宙飛行士は後にも先にも、私以外にはいないだろう。
運び去られた私は、唸りを上げる怪物共の巣に連れて来られた。
もう一体、触手と頭部以外がピンク色の、一回り小さい触手の怪物が居る。恐らく幼体だろう。
下ろされた場所は、平らな床の上だった。
こいつらは、この星の巨大な植物を加工して組み合わせ、四つ壁に囲まれた立方体の家を作り上げているのだ。
私は、私を連れてきたこの怪物に、原始的な知性がある事を知った。種類の違う生物同士がコミュニケーションを取り合い、明らかな社会性を築いている。
それから数日の間、私はこの四角い牢獄に監禁された。家畜のように捕らえておき、観察されているらしい。肥え太らせてから食べるつもりなのか、私には分からない。
時折、食べ物のつもりなのか、皿に載せた物を差し出してくる事があったが、大量の白い虫の幼虫や謎の白い液体、スポンジのような植物の欠片など、どれも私の口に合うとは思えないものばかりだった。
私は日に日に痩せ衰えていった。
最も私を怯えさせたのは、ピンク色の一体が、夜になると毎晩、そのブヨブヨとした触手で私の事を縛り上げ、離さない事だった。
私は毎日が恐ろしくて仕方が無かった。
仲間同士でコミュニケーションを取り合える音声言語が存在しているなら、私のトランスレーターを使えば会話が理解できるかもしれない。だが、船に備え付けられていたその装置は、既に海の底に沈んでしまった。もうう打つ手は無い。飛行士の仲間と連絡する方法も無い。私はただ、絶望した。
そんなある日の事だった。
四方を囲む壁に空いた僅かな隙間から、ふと、外を覗いた私は、驚いた。
沈んだはずの脱出ポッドが、壁の向こうに置いてあるのだ!
今なら怪物は一体も居ない。この穴をどうにか壊せれば、脱出艇に行き、中からトランスレーターを取って来れる!
私の手に、希望の力が入った。
*
突然、曇り空から轟音を立て、何かが落ちてきた。
「隕石!? 」
私は落下地点へと急いだ。林を抜けたその先には、ワニ沼がある。
先に飛び出していった私の飼い犬が、ワンワンと吠え立てたかと思うと、その口に何かを咥え、私の元に駆け寄ってきた。
「なんだろう」
彼が私の足下に落としたのは、見慣れない小さな動物だった。
二足歩行で、体中にふわふわの白い毛が生えていて、ツチブタのような顔をしている。三本指の右手には、何やら金属の装置が取り付けられていた。
私は取り敢えず、その生物を抱え上げ、家に連れて帰り、飼う事にした。
何かの実験動物だと直感していた私は、その生き物が可哀想に思えたのだ。
家に帰ると、6歳になる私の娘が、大喜びで世話をした。毎晩それを抱きしめて寝る娘は、とても懐いているようだ。
しかし、食べ物に何を与えてよいのかが分からない。白米もミルクもパンも、全て口に合わないようだ。
そんなある日、ワニ沼から大きな機械が上がった。
不法投棄されたゴミだと判断した発見者からそれを譲り受け、私は家の前に運んで置いておいた。
私の憶測が確かなら、あの生物は宇宙人だ。信じられないが、ワニ沼に不時着でもしてしまったのだろう。
なんとかすれば、助けてあげられるかもしれない。
彼と会話する方法があればいいのだが……