幸福論
猫はつながれている犬を見て笑っていた。俺は自由でお前はつながれてると。
犬は猫に言い返す。俺はご主人様がいるけれどお前はひとりぼっちだと。
猫は一人でも自由のほうがいい。俺は幸せだ。幸せは一人のものだ。
犬は不自由でも誰かといる方がいい。俺は幸せだ。幸せはみんなのものだ。
と言った。猫は野良で犬はとある家に飼われていた。
二匹は仲が悪いようにみえるけれども本当はお互いのことを嫌っていなかった。
猫はいつもお腹を空かせていた。
野良だから当然のことだ。
誰も薄汚い野良猫なんかに餌をやろうとは思わない。
ときおりねずみや小鳥をとって食べるが、毎日そう上手くいくわけじゃない。
いやむしろ上手くいかない時が多いくらいだ。
ある日、猫はいつものように犬のところへ行った。
今日はどんなことで馬鹿にしてやろかと考えていた。
昨日は外見のことを言ってやったから今日は鳴き声だな、と考えていた。
しかし犬のところにたどり着いた時、猫はバランスを崩した。
体を捻り無事、足から着地することができたのが幸いだった。
下手すると大怪我をするところだった。
猫は何事もなかったかのように犬に話しかけるつもりだった。
しかし犬が先に言った。
「おい、大丈夫なのか」
と。
寝そべっていた犬は起き上がって猫の方に近づく。
猫はこの言葉と行動に驚いた。
まさかいつも馬鹿にしている自分が心配されるとは思わなかった。
「何ともないよ」
猫らしくないそっけない言葉で返事をする。
しかし犬は見逃さなかった。
「おい、お前は腹減っているんだろう」
「そんなわけないだろ」
図星をつかれた猫は慌てて言う。
「そうか、それならいい」
犬は再び寝そべった。
「俺はお腹が一杯だからな。さっきご主人様から餌を頂いたが、腹いっぱいだから食えやしない。どうせ捨てられるんだが、食えないんだから仕方が無いな」
そう言って眠ったふりをして薄めで猫のことを見ていた。
猫はその場をうろうろして悩んだ。
お腹は極限まで空いていた。
もはやねずみを取る力さえないくらいだ。
「少しだけ」
言い訳のように一口、食べたが後は止まらなかった。
犬はその様子を見て完全に目を閉じた。
少し眠ろうと思った。
猫は食べ終わると犬の方へ移動した。
犬はすでに完全に眠っていた。欠伸までかいている。
猫は犬のほほを舐め、塀に飛び乗った。
犬に不幸が襲ったのはそれからしばらくした時だった。
ご主人が家を出ていくことになったのだ。
原因は離婚だけれど、犬にそんなことが理解できず、ただご主人ともう会えないということだけが分かっていた。
泣いているご主人に犬はたくさんなでられ、おいしい餌をもらった。
そしていなくなった。
犬は悲しみで一杯になったがそれをどうすればいいのか分からなかった。
「おい」
と塀の上から猫が現れた。猫も犬のご主人がいなくなるのを知っていた。
「お前、捨てられたんだってな」
何か言葉が帰ってくると思ったが、犬は黙っていた。
「おい、いいのか捨てられたままで」
犬は寝てはいなかったが目を閉じていた。
猫は犬のすぐ近くまで移動する。
目を閉じていたが猫がすぐ近くまで来たのは分かった。
どうせ殴ってくるのだろう、と思っていた。
しかし猫が犬にしたことは違った。
猫は犬のほほを舐めた。
まるで慰めるかのように。
これに驚いた犬は慌てて飛び起きた。
「おい。お前は分かってんのか」
猫は怒っていた。
「ここの家の奴らはお前のことを保健所につれていこうとしてるんだぞ。保健所って知ってるよな。あのお前の仲間や俺の仲間が殺される場所だ。運良く生き延びれるやつもいるが、お前は死ぬに決まってる」
そう言われても犬は諦めに似たため息をつくだけだった。
「ふざけるな。お前は自分が死んでもいいと思ってるかもしれないけど」
猫は叫ぶように言う。
「俺はお前に死なれたくないんだよ」
そこで犬は初めて口を開いた。
「そうは言っても俺はご主人様のためだけに生きてきた。ご主人様と会えないのなら死んだっていい」
「だったら会いに行けばいいじゃないか。お前はご主人といて幸せだったんだろ。だったらその幸せを掴む努力ぐらいしてみろ。俺はずっとそうしてきたぞ、俺は自分の幸せを自分でみつけてきた」
「でも」
と弱気な声で犬は後ろを向く。そこには犬を繋いでいるくさりがあった。
「あれがある限り、俺はどこにもいけないんだ」
「じゃあ俺があれを壊してやる」
猫はそう言って鎖にかみついた。
しかし頑丈なくさりは猫の歯ではどうにもならない。
だけれども猫は諦めなかった。何度も何度も食らいついた。
「やめろ」
犬は叫んだ。
「このままじゃお前の歯がぼろぼろになってしまう」
猫は犬を見た。
「確かに俺の歯じゃ無理だった。だけどお前の歯ならいけるかもしれないぜ」
猫は言った。犬はそれでも迷っていた。本当に逃げ出していいのか分からないでいた。
「お前がやらないなら俺がやるぞ。もしかして歯がなくなるまでやれば壊れるかもしれないかな」
猫は再び大きく口を開けた。それを見た犬は慌ててくさりをおもいっきり噛んだ。
犬の歯と顎は強く、何度か噛んでいるうちくさりを壊すことができた。
これで犬を繋いでいるものはなくなった。
「やればできるじゃないか」
猫の言葉に犬は
「いや」
と返す。
「俺だけだったら絶対にできなかったよ」
「それもそうだな」
猫は笑った。
犬も笑った。
二匹が一緒に笑うのははじめてのことだった。
犬と猫は家の外へ出た。
犬は緊張で体が震えていた。
「何、びびってんだよ」
「びびってなんかいない」
そう言うも震えは止まらなかった。
「まぁ外に出る時はご主人と一緒だったんだからな」
猫は楽をしようと犬の背中に飛び乗る。
「おい、俺の背中に乗るな」
犬は怒った。背中に乗られるのがたまらなく嫌だった。
「分かったよ」
ふてくされたように言って猫は飛び降りる。
「ところでお前はご主人がどこに行ったのか知ってるのか?」
「もちろん知っている。ご主人様が教えてくれたし、匂いで分かる」
「そんなもんなのか」
猫は欠伸をした。
「どれくらいでつくんだ?」
「一ヶ月ぐらいだな」
「ふぅん、それなら間に合いそうだな」
「何が間に合いそうなんだ」
「こっちの話だ」
猫は話をはぐらかす。絶対に自分の秘密を知られたくなかった。
猫と犬はごはんを食べていた。
猫が捕まえたねずみに犬がみつけた人間の残飯。
ねこは犬にねずみや小鳥のとり方を教えてみたが、全くうまくいかなかった。
「役立たずだな」
そういう猫に自分も餌を見つけたと主張する。
自分は役立たずなんかじゃないぞと。
最初は自分がとったものだけを食べていたけれども、いつしかごちゃまぜにして一緒に食べるようになった。
「お前の方がたくさん食べている」
と言いあっていたけれども、二匹はその言い合いでさえも楽しく思えた。
犬の震えはいつの間にかなくなっていた。
そのことは猫に指摘されて初めて気がついた。
恐らく慣れもあるだろうが、犬は猫が一緒にいてくれることが大きいと思った。
猫は大きく欠伸をして犬の横を歩く、あれから犬の上に乗ろうとはしていない。
「気を付けろよ」
鋭い声で猫は言った。
「近頃、野良犬が歩きまわってると噂になってる。もちろん野良犬ってのはお前のことだ。そのことぐらい分かってると思うが」
猫は犬を見上げる。
「人間社会は野良猫には寛容だが、野良犬はそうは行かない。積極的に捕まえようとするし、捕まったら保健所行きだ」
「分かっているよ。だけど何を気をつければいい?」
「あまり人間社会の残飯を漁らないことだ」
「でも、そうしないと食料が」
「なぁあに心配するな」
猫は自信満々に言った。
「餌ぐらい俺がどうにかしてやる」
と。
それから犬は餌をとることをひかえ、主に猫が捕まえたものを食べるようにした。
「じつを言うとな」
ねずみを食べる犬に向かって言う。
「俺は捕まえた時、とくにたくさん捕まえた時は食べてしまうんだ」
犬は最後のねずみを食べ終わらせる。
「これはもう本能でな。だからこういった時にはあんまり食べなくていいんだ」
「そうなのか」
猫の習性を全く知らない犬は簡単にその話を信じた。
しかしそれは嘘だった。猫はほとんど食べていなかった。
「自由ってのはどうだい?」
猫が犬に話しかける。
「思ったよりも悪くないな」
と犬は答えた。
「誰かと一緒にいるのはどうだい?」
犬が猫にはなしかける。
「思ったよりも悪くないよ」
と猫は答えた。
それは突然のことだった。
餌を探しに出かけた猫は見知らぬ猫と出会った。
それは体の大きな猫だった。
大きな猫はじっと見つめて言った。
「なんだお前は。見ない顔だな」
「そりゃそうだ。ずっと遠くから来たからな」
「何のようでここに来た?」
「別にここに何か用事はない」
猫はふんと鼻をならす。
「用事があるのはもっと遠くの方だ。ここはただの通過点だな」
猫はそう言ってその場を離れようとしたが、大きな猫は立ちふさがった。
「まぁそう慌てるな。ちょっと我々の集まりに参加しないか?」
「残念だけれど、そんな時間はないね。第一、俺はそんな集まりが大嫌いなんだ」
「そうか、それなら仕方がない」
猫は不吉なものを感じた。
すぐにその場から離れなければ猫は回れ右して逃げようとする。
「おい、お前らあの薄汚い猫を捕まえろ」
大きい猫が叫んだ。
するとどこに隠れていたのやら様々な猫が現れてきた。
大きな猫は猫の集団が集まるまで時間稼ぎをしていたのだ。
猫は急いで逃げようとするも集団の前では無力だった。
あっさりと捕まりどこかに連れて行かれる猫。
死に物狂いであばれたが、どうにもならなかった。
犬は猫が帰ってこないことにおかしいと思っていた。
いつもなら捕まえられなかった時も言い訳めいたことを言いながら現れるのに今日はいつまでやっても帰って来なかった。
犬は起き上がると何度か遠吠えする。
人間に見つかることも恐れず。
しかし猫からの返事はなかった。
犬はあたりの匂いを嗅ぎ猫を探す。
こんなことになるなら自分も一緒に餌探しへ行けばよかったと後悔した。
猫はどこか知らない広場へと連れてこられた。
ちょうど中央に投げられ、周りを何百という猫が囲っている。
「しくじったな」
と猫は小声で言う。とても逃げられそうな状況ではなかった。
大きな猫は土管の上に座り、見下ろしていた。
そこに一匹の衰えた猫が現れる。
「長老、体は大丈夫ですか?」
大きな猫が尋ねる。どうやらこの衰えた猫がこの辺のボスらしい。
「大丈夫だよ、ああお前、どこから来たんだ?」
長老猫に言われるも無視をした。
周りの猫がいっせいに殺気立った声を出して威嚇する。
猫は内心、かなり怯えていた。生まれてこんな状況に会ったことはなかった。
しかしでるだけそれが表にでないよう振舞った。
「答えたくないのか?」
再度聞かれても答えなかった。
さらに大きな声で周りの猫が威嚇する。
「この猫はどこか遠くから来てどこか遠くまでいくそうです」
大きな猫が長老猫に言う。
「そうかそうか。ここには留まらないのか、それは残念じゃ」
長老猫は残念ではなさそうな声で言った。
「それではこの街を通してやろう。ただし条件がある。ねずみ、または小鳥を五千匹、を我々に渡すのだ。なあにすぐにとは言わん。時間をかければできないこともないだろう」
長老猫は最初から猫を出す気はなかった。
餌を持ってくる奴隷が欲しかったのだ。
周りの猫もそのことが分かっているので威嚇するのをやめ、にたにたと笑っている。
猫は黙ったままだった。
「もちろん、お前にも選択権はある。ここで死ぬか、我々に五千匹の小鳥かねずみを渡すかのどちらかを選ぶ権利がな」
長老猫はゆっくりと笑った。
とても気味の悪い鳴き声に思えた。
「そんなことなら答えは簡単だ」
猫は初めて声を出した。
「俺は奴隷になって生きるより自由のままの死を選ぶ。堕落を選んだ人生なんて生きる意味が無い」
「そうか。そうか。分かった。そんなに死にたいのだな」
周りの猫が再び威嚇する。
「お前ら今日のメインデッシュは決まったぞ」
長老猫がそう言うと周りの猫は一斉に飛びかかってきた。
「もうだめだな」
とつぶやく猫の頭に浮かんだのは犬のことだった。
しかしちょうどその時、どこからか犬の遠吠えが聞こえた。
最初は幻聴かと思ったが、その声はだんだん近づいてくる。
猫たちは驚き、固まった。あたりを警戒するように見る。
長老猫や大きな猫も同様だ。
そして数秒が経過して犬が現れた。
「どけ、ぶち殺すぞ」
くさりを噛み砕いた歯を見せながら猫の集団に突っ込んでくる犬。
猫たちは驚き、いっせいに逃げ出した。
「馬鹿な」
と長老猫は言う。
「犬と猫が仲間だなんて」
犬は猫のほほを舐めた。
いつもは嫌がるのだが今回は気持ちがよさそうに目を細める。
「仲間なんかじゃねぇえよ」
長老猫に向かって猫は言った。
「こいつは友達に決まってるだろ。逃げるぞ、馬鹿犬」
猫は走りだし、それに合わせて犬も走りだした。
「お前らあの二匹を捕まえろ」
長老猫の命令で逃げ出していた猫たちは追いかけ始めた。
二匹は全力で走って逃げる。
「おい、どこまで逃げればいいんだ?」
走りながら猫に問いかける。
「となり町までいけばいい。あいつらのテリトリーからでれば安全だ」
すぐ後ろを猫の集団が走っていた。
少しでも気を抜いたら追いつかれてしまいそうだ。
猫は体が体力の限界だった。
足元はふらつき視界が狭かった。
自分のことは置いて逃げろ。
猫はそう言いそうになった。
しかしそれを犬が遮った。
「俺の背中に乗れ」
犬は走りながら猫の首元をくわえ、空中に浮かせた。
猫はバランスを取り犬の背中に乗る。
「おい、背中に乗せるのは嫌じゃなかったのかよ」
話すのがやっとの状態だった。
「友達を乗せるのが嫌なわけないだろ」
犬は月が照らす道をできる限りの速度で駆け抜けていった。
「もう大丈夫だぞ」
と猫は声をかける。
猫が言ったとおりもう後ろには何もついてきていなかった、
犬はその場に座り込んだ。こんなに走ったのは初めての経験だった。
「ありがとな。お前は二回も命を救ってくれた」
「お前も俺のことを救ってくれた。だから当然のことだ」
「それもそうだな」
無理をしてでも明るい声で猫は言った。
「しかし見たか、俺が来た時のあいつらの顔」
「ああ傑作だったな。特にくそじじいの顔はよかったぞ」
二匹は思いっきりの笑い声を出した。
「やっぱりな、幸せはみんなのものだと思うんだよ」
食事をしながら犬は言った。
「どういうことだ?」
否定せずに猫は尋ねた。
「俺はお前といて幸せだ。そしてこの幸せをご主人様と共有したいと思っている」
「そんなもんかね」
猫もネズミを食べていた。
餌を取りに行くのに犬もついてくるようになったので嘘がつけなくなった。
「そうだ。ご主人様のところについたらお前もご主人様と一緒に住めばいい。そうすればお前も俺の考えが分かるはずだ」
猫は何か言おうとした。
いつものように軽口を言えばいいはずだった。
俺はそんな暮らしはまっぴらだ、などといえばよかった。
しかし猫はもう隠すことに嫌になっていた。
もし立場が逆なら自分は話して欲しいと思うに違いなかった。
「俺はお前に黙ってきたことがある」
猫の真面目な口調に犬は口を止める。
「俺はもうすぐ死ぬんだ」
猫が何を言っているのか分からなかった。
「どういう意味だ」
すぐに聞き返す。
「そのままの意味さ、俺は出発する前から病気なんだ。もう治る見込みはない」
「嘘だっ」
と犬は叫んだ。猫が死ぬなんて信じられなかった。
「いや本当だ。俺はあと二、三日で死ぬ。猫は死期を悟っていなくなるって話があるだろ。俺もそれにならってどこかに消えようと思ったんだ」
猫は泣いていた。
「でもお前と離れたくないと思った。最後まで一緒にいたいと思った。ごめんな」
「あやまるなっ」
犬は再び叫んだ。
「俺の背中に乗れ。ずっと走っていけばご主人様のところにすぐつく。そうしたらお前の病気なんてあっという間に治せるんだ」
犬は猫を背中に乗せようとする。しかしそれを拒否した。
「どうにもならないんだ。もうねずみだって食べる気はしない。ほとんど消化できないんだよ」
泣いている犬のほほを猫が舐める。
その後は泣いている猫のほほを犬がなめた。
二匹は寄り添って眠った。
この暖かさがなくなる時がくる。
そう考えただけで犬は眠れなかった。
それから猫のお衰弱は目に見えて進行した。
ほとんど一人では歩けなくなりずっと犬の背中に乗っていた。
二匹は言葉をかわさなかった。
何を話せばいいのか分からなかったし、こうやって一緒にいるだけで幸せだった。
そして別れはやってきた。
背中に乗っているのも難しくなった猫が落ちる。
犬は慌てて猫のもとに戻った。
猫はすっかり痩せている。何も食べることができなくなっていた。
犬は猫の体を必死に舐めて呼びかけた。
「もうすぐ着くんだ。がんばれ」
と。
猫はそんな犬を見ながら笑っていた。
「何をそんなに泣いているんだ。この弱虫め」
言っている内容とは反対に猫の声は弱々しかった。
「なぁ覚えるか、初めて会った時のこと」
続けて猫は言う。犬は舐めるのをやめ、猫の顔に自分の顔を近づけた。
「覚えているに決まっているだろ」
そして犬と猫はゆっくりと話し始めた。
それは昔のことだったりすごく最近のことだったり。
楽しいことだったり悲しいことだったり。
まじめなことだったりふざけたことだったり。
本当に色々なことを話した。
猫の息は少しずつ弱っていき、もう長くないことは明白だった。
犬は泣いていた。猫は笑っていた。
「なぁ」
猫は犬に言った。これが最後の呼びかけだった。
「お前が言う幸せはみんなのものだって考えたかも少しは分かってきた。本当だぞ。でもさ、やっぱり俺は幸せは一人のものだって思うんだよ」
犬は何か言おうとした。
しかし何も言葉にできなかった。
猫は苦しそうにせきをした。
犬は優しく猫をなめる。
「だってな、俺は今な、とても幸せなんだ。一番大切なやつと一緒にいられるなんてこんなに幸せなことはない」
そして猫は最後の言葉を言った。
「そして俺はこの幸せを誰にも渡したくない。この幸せは俺のものなんだ」
猫は眠るように目を閉じた。
しかしそれは二度と開かれることはない。
犬は大きく遠吠えをした。
しかしそれは二度と猫の耳に届くことはなかった。
犬は猫を乗せてひたすら歩き続けた。
太陽が登りだす朝も、太陽が照らし続ける夜も、太陽がいなくなる夜も。
ひたすら歩き続けた。
どれくらい歩いたのかも分からなくなったころ、犬はご主人のもとに帰りついた。
主人は犬を見ると駆け足で近づき、抱き寄せた。
「ごめんな。本当にごめんな」
泣きながら言った。そして背中に乗っている猫に気がつく。
「お前の友達なのか?」
問いかけに犬は大きく返事をした。
「そうか、立派なとても立派なお墓を作ってやろうな」
ご主人が猫を優しく抱き上げ、歩きだす。
犬はついていきながらその後を思った。
これから自分はご主人と一緒に過ごせる。
これから自分は幸せになるかもしれない。
しかしその幸せを一番分かち合いたい相手がもういないことに
深い悲しみを覚えた。
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