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母の願いと子の叫び

ひろしが目覚めたのは警察署の霊安室。薄暗く、狭く、ごちゃごちゃとしている。ベッドから急いで飛び起きようとしたが、3日ぶりの人体を上手く操作できず、足がもつれて派手に転んでしまった。

 物音を聞いて誰かが来てしまっては、厄介なことになる。ひろしは慌てて息をひそめたが、外の廊下には電灯がついておらず、ひと気は無さそうだった。壁に掛けられている時計の短針は一時を指している。

 念のため警戒しながらゆっくりと廊下へでる。が、すぐに霊安室に戻ってきた。ひろしは自分が衣服の一切を身に着けていないことに気付いたのだ。ベッドから真っ白なシーツをはぎ取ると、器用に体に巻きつけ、再び部屋を後にした。

 

 なんとか警察署を出ると、弾けるようにして自宅の方向に走り出す。たまにすれ違う人々は真っ白なシーツを巻きつけた裸足の男をみて、気を失うほど驚いていた。母親を探しているひろしは道行く人を凝視しながら走っていたので、さぞ恐ろしく感じたことだろう。

 20分ほど走って、ようやく自宅にたどり着いた。玄関のドアは開け放たれたままだったが、念のため母親が戻っていないかを中にはいって確認してから、ドアを閉めずにまた飛び出していった。


 ひろしは走る。出際に自分の部屋から奪うようにして持ち出した上着とズボンに体をねじ込みながら。自分がどこへ向かっているのかもわからないまま、がむしゃらに走った。


 靴を履く時間すらおしいと、裸足のままに飛び出したせいでひろしの足の裏からは血が滲み始めていたが、お構いなしにアスファルトを踏みつける。

 真っ先に向かったのは父の眠る墓地だった。『美方家之墓』と書かれた墓石の傍らにはまだ新しい牡丹の花が供えてあった。ひろしは父の命日が先週だったことに気付き、自分の死んだタイミングがよろしくなかったことを今更に悔んだ。

 側にある国道をまばらに走っていく車のライトが墓地を照らす時を狙って目を凝らしてみるものの、墓地に人影はなく、只々無機質な直方体だけが並んでいた。


「父さん、頼む。母さんを守ってくれ」


 奥歯を噛みしめながらそう呟くと、再びひろしは走り出した。


 

 自宅の近くまで一旦戻ってきたころには、心臓が今にも弾けてしまいそうなほど脈打っていることに気が付き、ひろしはしぶしぶに足を止めた。

 深夜2時。曇天の隙間から薄紅色の月が不気味に見下ろしている。


「はぁ、はぁ。くそっ……くそっ! 母さん、どこにいるんだっ」


 ブロック塀に背中を預けながら息を整えていると、にわかに誰かを叫ぶような声が小さく聞こえた。母かもしれない。ひろしは荒い呼吸を無理やりに止めて、その声に耳を澄ます。


『――――――か! おお、ボリュームが低になっておったのか。おい、きこえるか!!!』


 ひろしの脳が左右に揺れた。大音量のGODの声が突然に頭の中で響き渡ったのだ。


「がっ……! ちょ、ちょっと待て、頭が……頭が割れる!」

 

 頭を抱え、体を丸めながら舗装された道路の上を転げまわるひろし。


『おっと、すまんすまん。ボリューム調節を誤った。GODだぞ?』

「だろうなぁ! 痛ってー……。何なんだよ。お前、俺の頭の中にでも入ってるのか?」


 ひろしはなんとか立ち上がると、割と真剣に問いただした。


『バカを言え。貴様の頭の中になど、何も入っておらぬわ』

「何も、じゃなくて、誰も、だろう」

『おお!すまんすまん、気を悪くするな。天然だ』

「そうかそうか。天然なら仕方がない」

『エヘヘ。超指向性マイクを使っておるだけじゃよ』


 ひろしはこれほどまでに棒読みで、悪意に満ちた『エヘヘ』を聞いたことが無かった。言いたいことは多々有ったが、今は口論している場合ではない。


「GOD、母さんの居場所がわかるか?」

『無論じゃ。母親は今、貴様が死んだ場所へ向かっているぞ』

「隣町の森林か! わかった、ありがとな」

『急げよ。私もちと遠いが向かってみよう』

「いや、いいよ。ここからは俺が一人で解決しなきゃいけないんだ。何か動きがあったらまた教えてくれ」

『そうか。いいじゃろう。健闘を祈る』


 ひろしはすでに走りだしていた。母に逢ったら何と言おう、何と言われるだろう。怒られるだろうか、怒ってくれるだろうか。

 すでに体中が悲鳴をあげていたが、ひろしの耳には風を切る音しか聞こえていなかった。


『風呂にでもはいるかのぅ』

「おい、マイク切れてないぞ」

『おっと、許せ。天然だ』




「ここね」


 ひろしの母、正美は森林の奥まできていた。月は雲に隠れ、生い茂る草木は霧雨に濡れている。正美は両膝を地面につきたてるようにしゃがみこむと、不自然に雑草が倒れている辺りをやさしく、労わるようにして撫でた。


「ひろし、こんなところで、独りで―――――」


 正美は唇をちぎれんばかり噛みしめ、肩を震わせた。自分の息子が最後にここで何を悔んで死んでいったのか、何を願って死んでいったのか。それすらもわからない自分が悔しくて、悔しくて、しばらく声にならない声で呻いていた。

 やがて、正美は首から下がっているエプロンのポケットから果物ナイフを取り出すと、震える手でそれを広げ、首元にそっと当てた。所々に錆びの斑点がついている年季の入ったナイフだったが、刃だけは鋭く煌めいていた。


「ひろし、見てる? もし見ていたら、少しだけ目を背けて頂戴。すぐに終わるからね」


 正美は照れるように笑ってから屈んで手元を隠し、力を込めた。

 流れ出した赤色はすぐに雨と混ざり合い、辺りの闇へと溶けていった。



 ひろしが到着したのはそれから間もなくの事だった。横たわる母の姿を見つけると、慌てて駆け寄り、恐る恐る半身を抱きかかえた。

 その首筋からはゆっくりと、しかし確実に血液が流れ落ちていた。


「母さん? なあ、母さん?」


 ひろしが唇を震わせながら声を絞り出すと、正美は少しだけ瞼を開けた。


「あ……、ひろし。やっぱりここにいたのね」


 力無く微笑む正美。


「母さん、そうじゃない、そうじゃない!俺は、俺は戻ってきたんだよ!」

「……そう? そっかぁ。良かった……良かったぁ」


 正美は目を細めたまま、すっかり青白くなってしまった腕を懸命に持ち上げて首元を隠した。意識は混濁し視線も定まらなかったが、息子の心に傷を残すまいという気持ちだけが体を動かしていた。


「すぐに救急車呼ぶから、しっかりしてくれよ!」


 そう言ってひろしはポケットの中をまさぐってみるが、肝心の携帯電話を持ってきていなかったことを思い出し、青ざめる。なにか打つ手はないものかと辺りを見回すが、あるのは街灯の明かりぐらいのもので、民家すらみあたらない。

 正美は混乱するひろしの頬に震える手で触れ、目の下のあたりを親指で撫でた。


「本当だ。戻ってきた。優しい優しい、私の自慢の息子……。もう、大丈夫なのね?」

 

 ひろしが唇を噛みしめながら力強く首を縦に振ると、正美は、はぁっと安堵のため息をつき、またゆっくりと瞼を閉じた。


「母さん?」


 瞬く間に冷たく、重くなっていく母の体。間もなく、頬に当てられていた正美の手がどさっと地面を叩いた。

 この時、ひろしの頭に過っていたのは8年前に他界した父親の言葉。父は『母を守れと、友人を守れ』と最後に言い残したが、自分は誰も守れなかった。それどころか自分自身すら守れなかったと。そしてそのせいで母の命が失われようとしている現実に、心が砕けてしまいそうだった。。

 ひろしの叫びが辺りの木々を揺らした。




 音楽だ。非常にうすっぺらい、昔のゲーム機のような4和音程度の音色。


「やれやれ、喧しく吠えるでない、下僕よ」


 にわかに辺りが明るくなったかと思うと、上空に出現した魔法陣のようなものから、蒼い光を纏った何かがゆっくりと降りてきた。やがてそれが地面の近くでふわりと跳ねると、光の泡だけが空へと昇っていく。地上に残されたのはブルーのジャージ上下に身を包み、だらしなく髪を頭のてっぺんで一つに縛った少女だった。

 神々しい登場シーンとは裏腹に、入場テーマはうすっぺらく、中身は生活感に溢れていた。その小柄な少女は地に足をつけると、手に持っていたラジカセの停止スイッチを押し、胸を張って、腕を組んだ。


「お前……GODなんだよな?」

「ふふ、かっこよすぎる登場に驚きを隠せない、といった顔じゃな」


 少女はニヤリと微笑むと、そのグリグリとした大きな瞳でひろしを見下ろした。

 ひろしは呆気にとられていた。GODの姿があまりにも想像していたものとはかけ離れていたことと、あまりにも空気の読めない入場演出にだ。

 ぽかんと口を開けているひろしの側に歩み寄ると、GODはちょこんとしゃがみこんで、抱きかかえられている母親の首元にそっと触れた。


「ふむ、まだ助かるかもしれんな」

「ほ、本当か!」

「まぁ、わからんがやってみよう。まずは首元の傷を治す」


 GODは何やら呪文のような言葉をしばらく唱えた後で、叫んだ。


「ヒーリング オブ エディケーショナル グラインド天誅殺!」


 GODの手がぽぅっと緑色の光に包まれると見る見る正美の傷口が塞がっていった。


「ふぅ。とりあえず傷口はこれでよい」

(いや、最後に殺って言わなかったか今……)


 ひろしは何か釈然としなかったが、ともあれ、正美の傷がすっかり見えなくなっていたことを喜んだ。


「これで、母さんは助かったのか!?」

「待て待て、まだ傷口を塞いだだけじゃ。血が足りぬ。貴様の血液型は母親と同じか?」

「ああ、同じだ。輸血か? 好きなだけ使ってくれ!」

「よかろう。しかし、輸血スキルは少し痛みを伴うが覚悟は良いか?」

「ああ、構わない。頼む」

「よかろう、母親をそこに寝かせて貴様は少し離れておれ」


 ひろしは言われた通りに正美をそっと寝かせると、二歩三歩と下がってから頷いた。GODは神妙な面持ちで再び呪文を唱え始める。ひろしは覚悟を決めて瞼を閉じた。

 ひろしと正美の体がほんのり赤く輝き始めた頃、GODが目を見開いて両手を強く打ちつけながら叫ぶ。


「ヒーリング オブ トラディショナル グラインド天誅殺!」」

「それさっきと同じだよね!?」


 たまらずツッコむひろしだったが、全身を駆け巡る痛みに耐え兼ねて地面に倒れ込んだ。ひろしの体を包んでいた赤く、柔らかな光が正美の体の中へと吸い込まれていく。体を駆け巡る激痛に悶えながらもひろしは奥歯を砕けるほどに噛みしめて耐えていた。

 二人の体から光が消えた頃、ひろしはようやく痛みから解放された。そして眩暈や吐き気、体全体に圧し掛かる倦怠感に襲われながらも、這うようにして母親の元へ行くと、恐る恐る顔を覗き込む。

 すると、先ほどまで真っ白だった正美の顔にほんのりと赤みが戻ってきていた。ひろしは母の口元に耳を近づけ、その息吹が確かに鼓膜をくすぐったことを確認すると、眉根にしわを寄せ、何かを堪えるように肩を震わせた。


「良かった、母さん……」

「大丈夫そうじゃな。とはいえ、貴様の血液を1リットルほど移したのだがまだ足りん。貴様も母親も病院送りじゃ」


 そう言ってニカッと笑うGOD。ひろしは子供のように歯を見せて微笑み返すと、ありがとうと言って、そのまま母の傍らに突っ伏してしまった。


 いつの間にか空は白んで、暗雲から晴れ間が覗いていた。 

思ったより話が進みませんでした……。

はやく説明パートに入りたいデス。

毎週日曜には一話ずつアップしたいデス。

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