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魂魄消滅

「ああ。思い出しました。うん、そうでした……」


 顔を隠すようにしてうなだれるひろし。安立はかける言葉が見つからず、同じ様に視線を落とした。

 長い沈黙の間、ひろしは一気に噴出した前世の記憶によって心が深い水の中へと沈んでいくような感覚に襲われていた。

 噴き出したのは悲しみ、怒り、恨み、およそ人が心に抱く全ての負の感情が混じった記憶。

 そして一筋の涙だった。


「あの、その。……愁傷様です」


 安立は掛ける言葉がみつからず、やっと出てきたのは『ご愁傷様』だった。近年、様々な場面で皮肉めいた意味を持って使われるようになってしまっていたが、安立の芯から零れ落ちるようにして生み出されたこの振動は、混沌を漂うひろしの胸にわずかに響いていた。

 ひろしは生前、それほど女々しい性格では無かった。自分の涙を赤の他人に見せ、同情を買おうなどとは間違ってもしなかった。彼は眼前の少女が心から悲しんでいることを感じ取ると、慌てて顔を上げて軽く頭を下げながら笑った。頬が濡れていることに気が付いたのはその後の事だった。


「おっとと、すみませんでした。続けて下さい」


 ひろしは照れ笑いを浮かべたままシャツの袖で露を払うと、手のひらをひっくり返して差し出しながら言った。安立は少し遠慮をして間を取っていたが、やがて叱られた子供が言い訳を考えながら語るかのような調子で口を動かし始めた。


「美方さんは今回が初めての転生だったようで……、つまりですね、先ほどの結果がトータルの結果になりまして、その―――」


 安立が言っていることの意味はよく理解できなかったが、何か重大な言葉が続くであろうことは察した。


「はっきり言ってください。何かあるんですよね?」


 ひろしに促され、一呼吸おいたあとでおずおずと口を開く安立。


「今のそのお体、魂体こんたいというのですが、それがこのままだと消滅します。マイナストクポンが2000万を超えてる状態で49日が経過すると、魂体が消滅してしまうんです……」


「そうですか」


 ひろしは意外にも、さらっとそう呟いた。驚く様子も無く、むしろ少しほっとしたような顔をしていた。


「美方さんは死後3日が経過していますが、まだ46日以内に誰かから475万トクポン借りられれば、なんとかなります! あきらめないで下さい!」


 代わりに安立が慌てて、声色を荒げた。


「いえ、このままでいいんです。むしろ46日も猶予があるなんて嫌だなぁ」


 ひろしはため息を吐きながら自嘲的に笑って見せた。


「本気ですか!」


 安立がなおさらに真剣な顔で説得しようとしたが、ひろしは「いいんです、ありがとう」と言葉を遮った。本当に心配してくれているのは十分伝わっていたので、心からお礼を言ったつもりだった。


「……。わかりました。死亡手続は以上です。お疲れ様でした……」


 安立は悔しそうに下唇を噛みしめていたが、ひろしはあっさりと席を立ち簡単に礼をいってから去って行った。




 見たこともないほど背の高いビル群が切り取る四角い空の上を、見たこともない形の飛行機がゆっくりと飛んでいた。あの世というより未来の世界みたいだなと、ひろしは頬をポリポリと掻いた。 


 消滅までの時間を静かに過ごすことのできる場所を探してしばらく歩いているうちに、自分の腹が減っていることに気が付いた。


「死んでも腹は減るんだな」


 小さく呟くと、薄暗い路地裏の隅に腰を下ろす。

 ビルの隙間から見える街行く人々の姿は、生前の世界と良く似ていて、死んだという実感がまた薄れそうになる。

 

 ひろしは何をするでもなく、ただ時が過ぎることだけを願ってずっと座り込んでいた。時折、生前の記憶がひろしの胸を締め付けたが、その痛みに対してリアクションをすることすら面倒になっていた。

 辺りがすっかり暗くなり、これだけ暗ければ人目にもつかないだろうと、ひろしはそのまま路地裏で横になって眠ってしまった。



 暗い。暗い部屋。締め切ったカーテン。散らかった部屋。パソコンのモニター光で浮き彫りになるのは、くたびれた自分の顔。前世の記憶はひろしの夢の中にまで、しつこく付きまとっていた。


『ひろし、ごはん、置いとくね』


 母の声。部屋の入口のドアの方から、コトッと食器の置かれる音がした。ひろしは母が階段を降り切った音を確認してから、それを這うようにして取りに行く。かぶっていた毛布を引きずっていたため、途中で何かが倒れた様だったが、気にもしない。

 背中を丸めてモニターの前で食事をとりながら、ぶつぶつと何やら呟いていた。


『ばかじゃねえの、死ねよ、お前。なんで生きてるんだよ』


 その呟きと同じ文面を掲示板に書き込んで、少し笑う。

 部屋の隅にいた猫が声に反応してすり寄ってくると、ひろしは悲しそうな顔をしてその頭を軽く撫でた。

 ひろしは食事が終わると熱心に部屋を片付け始めた。引きこもっていた一年間、定期的にゴミを集めて廊下に出すくらいはしていたものの、およそ掃除と呼べるものではなかった。パソコンのファンが一年中埃を吸い込み続けてくれていたため、埃っぽくはなかったが、カーペットにはジュースやカップ麺のスープを溢した時の染みがくっきりと、いくつも残っていたし、たまにコンビニへ出かけては洗濯に出すこともなく部屋に脱ぎ捨てていた衣類からは、汗とは違う、粘土のような匂いがしていた。母に迷惑をかけている自覚だけは一人前にあったため、洗濯物などはなるべく出さないようにと遠慮してのことではあったが、それにしてもよくこんな物に袖を通して出かけていたなと、改めて頬を引きつらせた。

 しかし今夜は、この一年で一度も使用していない一軍の服を着て出かけるつもりだった。あまりオシャレに頓着のないひろしであったが、個人的に素敵だと思える服には一軍の称号を与え、大切にしていた。先ほどそろりと降りて洗濯機に放り込んできた服はほとんどが二軍の衣類たちだ。

 小さな襟のついた黒いTシャツの上に、アッシュ色で薄手の長袖ジャケットを羽織った。使い込まれているジーンズは良い具合にところどころの繊維が削げ落ちて淡い青色になっている。父親の形見の腕時計を着けるかどうかで悩んだが、これからしようとしていることを考えると、なんだかもったいない気がしてやめておいた。

 部屋は片づけた。パソコンのファンに層を成してこびりついていた埃も綺麗に拭いた。パソコンの外だけでなく、中にある如何わしいデータも掃除した。あとはこの部屋で最も不要で、最も大きなゴミを片づけるだけだ。ひろしはそう胸の内で呟いて、立ち上がった。

 

『さて、いくかな。母さんに言っておいてくれ、八つ当たりばっかりしてごめんって。もう苦しまなくていいからって』


 足元の猫が少し首をかしげて、小さく鳴いた。


 

 自殺の方法は至って簡単だった。薬物だ。高校生のひろしには少々値が張ったが、ゲーム機などを売れば手に入る程度の金額だった。

 きっかけは突然届いた一通のメール。ひろしが好んでプレイしていたネットゲーム内のメールだ。 そこには、ひろしが自殺を考えているであろうこと、その考えが正しいこと、そしてそのための薬を格安で譲るということが書かれていた。

 受け渡しの場所に現れた男は、帽子を目深にかぶった、いかにもな感じの風貌。男は薬を手渡す際に『お疲れ様でした』とだけいって去っていった。誰にも理解できないと思っていた自分の苦しみを、その男だけが良く分かってくれていたような気がして、ひろしは去っていくその男の背中に心から『ありがとう』と呟いた。


 自殺の際になるべく他人に迷惑をかけたくないと考えた結果、遺体が見つかりやすく、かつ、直接母親が発見できないような場所として、少し離れた町の森林を選んだ。ちょっとした行楽スポットなので、深夜に実行すれば翌朝には誰かがみつけることだろう。もっとも、発見した人にはもれなくトラウマを植え付けることになるであろうから、気の毒ではあったが。


 夜の森林はとても静かで、胸の鼓動と耳鳴りだけが騒がしかった。カプセル状の薬を飲みこみ、横になる。目を閉じてしばらく待ってはみたが、体には何かしらの変化も感じられなかった。もしかしたら安楽死の薬というのは真っ赤なウソで、詐欺にあったのではなかろうかとも考えたが、タダ同然の値段だったことを思い出して、それもないかと気を取り直した。気を取り直して、命が潰えるのを待った。

 やがて、目を瞑っていても目の前の暗闇がぐるぐると回転しているような感覚に襲われ始める。ひろしは少し安堵のため息を漏らしたあとで、薄れゆく意識の中、自らの人生を思い返してはみたが、どうひねっても最後にふさわしい劇的な思い出などは出てこなかった。


『俺が死んで悲しむ奴はいないだろう。あいつらも、母さんも、内心はほっとするはずだ。悲しむ奴がいるとしたらネットゲーム内で知り合った連中くらいのものだ』


 そう考えると、急に自分がかわいそうに思えて、少しだけ押し殺すようにして泣いた。


 やがて、森林は本当の静寂に包まれた。




「嫌なこと思い出しちゃったな」


 ひろしは堅い地面で眠っていたので節々が痛かったが、ゆっくりと上体を起こして、目のあたりを拭う。空には大きな満月が浮かんでいた。よくよく観察すると他にも小さな月が二つあり、ここが自分の生きた世界と違うのだという事を改めて教えてくれた。ひろしは再び横になってはみたものの、睡眠はもう足りていると、体がそれを許さない。しぶしぶ立ち上がると、表通りへと出て行った。


 すり足でザッザと音を立てながらネオンの中を徘徊するひろし。街は近代的というより近未来的な建物で埋め尽くされ、走る車には車輪が無く、音も無かった。ひろしはその光景に少しだけ驚き、少しだけ胸を高鳴らせたが、楽しい気持ちになりかけると必ず生前の記憶が首をもたげて、それを押しつぶしていった。

 しばらく歩いた。ひろしにはもちろん当てがあるわけでもなく、ましてや金など持っているわけもない。しかし、ぶらついている内にあることに気が付いた。足は、確実に目的を持ってどこかへと向かっている。分かれ道になると、どちらに行けばいいかと考えるより早く、体が勝手に方向を決めていった。その不思議な感覚に身を任せるようにしてしばらく歩く。

 繁華街の路地裏を抜け、たどり着いたのは一軒の古い民家だった。よくみると、街中のビルは不思議な輝きをもった金属のようなものでできていたのに対して、この一帯にある家はどれも生前の世界の物にそっくりで、見慣れたコンクリートや木材で作られている。

 目の前にある、埃をかぶったこの木造の民家は特に懐かしい感じがした。表札を指でこすると『美方』の文字。


「そうか、また一つ思い出した。ここは、こっちの世界の俺の家だ」


 カギはポケットに入っていた。よく今まで気づかなかったものだと、自分に呆れながらも鍵穴にそれを差し込む。すっかり立てつけが悪くなった玄関の扉と格闘しているときだった。ふいに背後から覚えのある声がした。


「あっ、美方さん! 待ってましたよ!」


 そういって安立が長く余った制服の裾を、ひらひらとさせながら駆け寄ってきた。


「あれ、安立さん。どうしたの?」

「あのですね! どうしてもすぐにお話したいことがありまして!」


 ひろしは安立がなにかしらの説得に来たのであろうことは察しがついたが、そのあまりに幼く、屈託のない笑顔に気圧されて、邪険にはできなかった。安立に少し待つように言うと、なんとか玄関をあけて先に中にはいり、廊下と茶の間を手早く掃除をした後で安立を招き入れた。


「安立さん、すみません。なんせ17年もほったらかしだったものでお茶をだすのは難しそうです。水道や電気は使えるみたいで助かりましたが……」


 お茶の葉はあったが、17年物なので、味わい深すぎて飲めないだろうと思いやめておいた。


「あ、水道ももう使えるようになってましたか。今日中は無理かもと言われていたんですけど、よかったです。私が淹れますから、ゆっくりしててください」 


 安立はバッグからティーパックのようなものを取り出すと、足早に台所へと向かった。


「安立さんが電気や水道の手配をしてくれたんですね、ありがとうございます」

「いえいえ、亡くなられた方のアフターケアも、私の仕事のうちですから」


 そういって肩越しに微笑む安立。外見は中学生くらいに見えるが、しっかりしている。たぶん安立は何度か転生を繰り返した人なんだろうと、ひろしは勝手に納得していた。


「ご自宅にたどり着けたということは、もうこちらでの記憶ももどりましたか?」


 湯呑を二つ、おぼんに乗せて安立が丁寧に運んできた。


「うん、おかげさまで。まだ少しぼやけてますけど」

「そうですか、よかったぁ。美方さんがあちら側に転生されたのは、おいくつの時ですか?」

「18の時です。18で転生して、17で死にました。なので見た目はほとんど変わってなかったです」  


 ひろしは湯呑をうけとると、礼をいってさっそくに口に含んだ。腹の中には何も無かったため、暖かい物がのどを通って胃に到達したことまで鮮明に感じ取れた。


「そうでしたか。私はまだ15才ですけど、転生管理局に勤めるためにもう3回も転生してるんです。ある意味ではおばあちゃんですね」


 転生管理局の職員になるためには、転生を3回、プラストクポンで終えた上で、厳しい試験を突破しなければならない。大抵は4回、5回と転生を繰り返さないと突破できない試験らしいので、安立はよほど優秀なのだろう。 


「じゃあ僕は18と17で、合わせて35。中年オヤジってとこですかね」


 ひろしがそういうと、安立がお茶を噴き出しそうになった後で、カラカラと笑った。

そしてすぐに真剣な顔を作って、にじり寄った。


「さて、本題ですが、美方さん。大変なことになりました!」


 大変なことになったという割に、安立の声はどこか明るい。


「なんとですね、神様から直接連絡がありまして、美方さんのマイナストクポンを全部引き受けてくれるそうなんです!」


「え……。神様が?まさか、そんなことしてなんの得になるんですか」

 

 ひろしは困惑していた。この世界では、神様というのはトクポンの大量所有者を指す。要は大金持ちみたいなものだ。トクポンを使えばこの世界で、あるいはあちらの世界でも様々な特権、能力を得ることができる。大量にトクポンを持っている神たちは時にそれを使って様々な奇跡を起こす。


「いや~、私にもわからないのですが、とにかくその神様に、美方さんからの連絡を待つので、探してくるようにと言われまして」

「いやぁ、俺はこちらの世界では孤児だったんです。まさか神様に知り合いなんていませんし……」

「そう、でしたか……。しかしながらその神様、かな~り由緒正しい方ですよ。転生管理局の試験に名前が出てくるくらい有名です。美方さんにはGODといえばわかるとおっしゃってました。なにか思い当たります?」

「えっ!」 


 ひろしはひどく困惑していた。思い当たる節はある。でもまさかと思わずにはいられなかった。


「心当たりがあるんですね。とりあえず連絡してみませんか?神様は現在、現世に降臨中でのようですが」

「ばかな、あっちの世界からこの世界に連絡してきたっていうんですか?」

「あら、ご存じないですか? 神様の特権で可能なんですよ。といっても、並の神様では無理ですが。今から電話をおつなぎしますので、まずは話してみて下さい」

「まじですか……。はぁ、あまり気は乗りませんが……」


 ひろしには気が乗らない理由があった。GODの正体がひろしの予想通りであれば、気が乗らないのだ。しかし安立はそんなことはお構いなしに電話を掛けはじめる。


「もしもし、瀬尾様でございますか? はい、見つかりました! 今そばにいますので、代わりますねっ」


 安立は希望に満ち溢れたような瞳を向け、得意げに携帯を差し出した。ひろしは苦々しい顔をしながらもそれを受け取る。


「おい!ヒロシンか!?」


「その呼び方、やっぱりお前か。っていうか女だったんだなお前」

 

 ひろしの悪い予感は的中した。GODはひろしがネットゲーム内で出会った痛い子で、なぜかなつかれてしまっていた。ヒロシンというのはひろしのゲーム内でのハンドルネームである。


「我が式神の分際で相変わらず無礼な。口のきき方に気をつけろといつも言っておっただろうが」


 自らをGODと名乗るこの女は、ひろしをいつも式神、下僕、召喚獣などと呼び、ネットゲーム内のフィールドを連れまわしていた。自虐的な一面のあるひろしはそれを特に気にするでもなく、暇があれば進んで付き合ってやっていた。おそらくこのGODにも友人と呼べる者はいないのだろうと思い、ちょっとしたシンパシーを感じていたのだ。


「お前も相変わらずで何よりだよ。調子はどうだい?」

「うむ、貴様がおらぬようになってから、狩りの効率が落ちてならん。早々に戻れ」

 

 狩りとは、もちろんネットゲームでモンスターを倒して回ることを指すわけだが、そんな理由であの世まで電話してきたとはと、ひろしは少々あきれていた。


「バカかお前は。いや、そういえばバカだったなお前は。もちろん答えはNOだ」

「なんでじゃ! 貴様のマイナストクポンも全て引き受けてやるといっておるのだぞ!」

「死にたくて死んだんだぞ。今更生き返ってなんになる。それにお前にそこまでしてもらう義理は無い」

「なにぃ!?貴様、ほうっておけばあと46日で消滅するのだぞ?」

「望むところだよ。切望してるよ。俺はな、こっちの世界に絶望したから、必至こいて働いて転生したんだ。けど、そっちの世界はこっち以上に地獄だったじゃないか。もう疲れたっつーの!」


 ひろしは吐き捨てるようにそう言い放つと、俯いて黙り込んでしまった。


「そうか。ならば腹を割って話すぞ。そもそも、なぜ貴様が消滅すると思う?」

「自殺したからだろう?」

「そうじゃな、確かに自殺は罪深い。しかし、どうしようもなく悲しい思いをしたものが自らの命を絶ったとして、即座に消滅に追いやられるほど、この世は無慈悲ではないぞ」

「なにが言いたいんだよ」

「貴様の母親だが、死ぬぞ。近いうちにな。その原因が貴様にあるから、マイナスポイントが倍増しておるんじゃ」

「はぁ!? なんで母さんが死ななきゃならないんだ」 

「貴様の死を悔み、己の無力さを悔み、自害する」

「嘘だろう? 母さんは俺を恨んでいたはずだ」

「嘘ではない。神である私が言うのだから間違いない」

「信じられないな。そもそもお前が本当に神様だったってのも信じ難い」

「それについてはそこの転生管理官が保証しておるだろが」


 ひろしがちらりと安立の方に目をやると、安立が首を大きく縦に振って見せた。笑顔で。


「わかった、百歩譲ってお前が神様だということを信じるとしても、母さんが俺を追って自殺なんて考えられん。俺は母さんに、それこそ死ぬほど迷惑をかけていたんだ」


「馬鹿者。気づかなかったのか。貴様のトクポン査定書に書いてあったであろう。母親に対する所業によるマイナスは一年間でたったの14万だぞ」

「……」


 ひろしは思い返していた。連日、母親に対して数々の暴言を吐き、物を投げつけ、接触を拒みつづけていたのに対して、マイナスがたったの14万というのは、余りにも少なすぎた。   


「思い出したか? 馬鹿者。トクポンの増減は相手の気持ちによって大きく左右される。つまり、貴様の母親は貴様を心配して心を痛めることはあっても、全く恨んでなどおらん!」

「そんなっ……。くっ、母さんは……本当に死ぬのか?」

「ああ、間違い無かろう。そしてマイナス800万というところじゃろうな。調べてはおらんが、これまでのトータルによっては……」

「まさか、消滅しちまうってのか?」


 双方、しばらく沈黙する。横で正座していた安立は泣きそうな顔でうつむいていた。


「母親の様子をみてみるか? そこの小娘に頼めば、管理官の裁量で映像として見ることができると思うぞ」

「……わかった。安立さん、頼めるかな?」


 安立は真剣な顔で頷き、バッグから黒いサイコロのようなものを取り出した。その正六面体の一面についている丸いスイッチを指先で強く押すと、宙にPCのモニターとキーボードが立体映像として浮かび上ががる。安立はしばらくそのエアパソコンのキーを叩いた後で、ひろしのほうへモニターを向けた。


「私の死亡者に関する記憶は、プライバシー保護のため、手続き完了から3日程度で消滅させることになってはいますが、流石に今回は席を外させて頂きますね。あとはそこのエンターキーを押すだけですので」


 そういって安立は玄関から表へ出て行った。安立の気遣いに感謝する一方で、携帯のスピーカーからはGODの催促の声が喧しく漏れており、ひろしは唇の端を吊り上げた。


「ほれ、早く見るのじゃ! 時は一刻を争うぞ!」

「わーってるよ! 今から見るから、少し静かに待っててくれよっ」


 GODまだ何か喚いていたので、ひろしは携帯の上に座布団をかぶせておいた。そしてごくりと唾を飲み込んだ後で、ゆっくりとエンターキーを押した。

 


 映し出されたのは薄暗い部屋で茫然としている母親の姿だった。乱れた髪の毛の先を軽くつまんだり離したりしていたが、突然にそれを力いっぱい引き抜いた。よくみると床にはちぎられた髪の毛の束が、いくつも散らばっていた。


「なんで、どうしてあの子が……! あんな優しい子が死ななければならないの!? 正義まさよしさん、どうしてあの子を守ってくれなかったの!?」


 ひろしの父親は8年前に病気で他界していた。父に似て正義感に溢れ、悲しいほどに優しい息子がいたことが母にとっての唯一の誇りであり、生きる希望だった。ひろしの様子がおかしくなってしまってからも、いつかきっと自分の力で立ち直ってくれると信じて、献身的に身の回りの世話をしていた。

 一方で、ひろしは自分の辛さを上手く表現できず、連日八つ当たりのような形で母親を拒絶し、疎んでいた。いつも気丈に振る舞っていた母は「きっと大丈夫」「あなたはお父さんと同じ、強い子よ」と声をかけてきたが、ひろしは励ましの言葉ではなく、ただ「つらかったね」と言ってほしかった。甘えたかった。泣いてすべてを吐露したかった。二人の間にはすれ違いがあったのだ。立ち直りたい、立ち直らせたいという目的は一緒であったのに。


「ごめんね、母さんバカだから、上手に言葉をかけてあげられなくて、本当にごめんね」


 顔をくしゃくしゃにしながら泣き崩れる母。両手で髪の毛を下に引っ張るようにして、しばらくむせび泣いていたが、やがてぴたりとそれが止む。


「そう、寂しいよねひろし。わたしも寂しい。とうとう一人になっちゃった。私がそっちにいけば、また3人で過ごせるよね?」


 そう言ってゆらりと立ち上がると、靴もはかずに玄関から出て行ってしまった。



「母さん!やめろ!やめてくれ!」

 

 ひろしはモニター越しに必死で叫ぶが、その声が届くわけもなかった。母親はゆらゆらと上半身を左右に振りながら歩いていく。その眼にはもはや生気はなく、まるで死者が徘徊しているようだった。

 ひろしは携帯電話をざぶとんの下から引っこ抜くと、口早に叫んだ。 


「おい、GOD、さっき俺に戻って来いっていってたよな!? お前ならできるんだろう、俺を生き返らせることが!」

「ふん、無論だ。少々条件はあるが、かまわないな?」

「なんだっていい! どんな条件でも飲むから、早く俺をそっちに戻してくれ!」

「よかろう。ふむ、貴様の遺体はまだ警察病院の霊安室か。状態は悪くないな。これならすぐにでも戻せるじゃろう。小娘を呼んで来い、サポートが必要じゃ!」


 ひろしは弾けるようにして表へ飛び出すと、安立の袖をひっぱって中に引きいれた。安立は驚いて目を回していたが、パソコンに映った母親の姿を見てすぐに状況を飲みこみ、GODと連携し始めた。安立は長く余った袖をまくりあげると、携帯を首元にはさみこみ、ゴッドの指示に時折頷きながらも信じられないスピードでキーを叩く。その姿はピアノを演奏しているようにも見えた。そう、ショパンの幻想即興曲の冒頭部分を弾いているかのような。


「あがりです! 美方さん準備ができました、今から貴方を復活させます!」

「ありがとう安立さん、あとGODも!」

「付け加えるようにいうな! まったく……。ではいくぞ!」

 

 GODが電話越しに何か呪文のような言葉を叫ぶと、ひろしの体がわずかに輝きはじめ、間もなくその姿が光と共に消えた。


稚拙な文章で申し訳ありませんが、読んで下さいました方々に心からお礼申し上げます。


世界観を説明すると、色々とネタバレになりそうなので濁しています。

イライラくるかもしれませんが、どうかご容赦ください。次話で大体明らかになります。

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