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死亡手続

一年ぶりに書いてみることに。忙しさにかまけて、少々あらっぽくなっておりますが、追々修正していきます。

「ガイダンスお疲れ様でした。窓口で死亡手続きお願いしますね」


「あ、はい……」


 その少年は腑に落ちない表情で、死亡手続きとやらを済ませるべく、長い列に並んでいた。窓口は10番まであって、その全てに長蛇の列ができている。ある者は壊れたテレビを叩くがごとく、自分の頭に掌底を食らわし、ある者は突然に声を上げて笑い、泣いていた。

 少年は、頭の中にぼんやりと漂っている重厚な霧のせいで自分の記憶を上手く棚から取り出すことができず、何とも言えないもどかしさを感じながら列に並んでいた。


「よしやった!これで3年分はたまったな!」

「まずいなぁ、僕もうあんまりポイントないのに」

「私もですよ。あー、はやく綺麗なパーツ欲しいなぁ」


 多分、手続きが終わった集団だろう。窓口のある方向から歩いて来た一群が、手元の書類に目をやりながら叫んでいた。実際、少年にはそれを良く聞き取れなかったが、この雑踏の中で彼らの声だけが目立っていたのは、よほど大きな声を出していたからに違いない。ともあれとても死んだ人間のテンションとは思えなかった。

 

 そう、少年は死んだのだ。ここにいる人々も恐らく死んでいる。そう言われたから、きっとそうなのだ。

 彼は困惑しながらも、先ほどのガイダンスで聞いた一言一言を順を追って思いだしていた。




 話はほんの30分前に戻る


『――――――人生お疲れ様でしたっ!』

 くたびれた背広を羽織った中年男性が、カラっとした声を檀上から投げかける。


『長いようで短い人生。皆様いかがお過ごしになったでしょうか。そして今ここに、生き方も逝き方も違った方々にお集まり頂いているわけですが――――――』


『いいから、はやく説明しろよ!なんなんだよここ!』


 椅子に座らされている数十名のうちの一人が、困惑した表情で叫んだ。言葉を遮られた檀上の男が、苦笑いを浮かべながら額の汗を拭きとる。


『あ、はい、そうですか……。では説明に入ります。皆さまは亡くなられました。ここはいわゆるあの世というわけです。今は生前の記憶が曖昧になっていると思いますが、数時間もすれば全て思い出されることでしょう。ここを出ましたら、まず窓口でポイント清算をして下さい。ポイントは現世で皆さんが行った善行に応じて与えられるものです。良いことを沢山して人生を終えられた方は沢山もらえますし、その逆ですとマイナスポイントもあり得ます。ポイントを集めるといろんな特典と交換できます。どんな特典があるか、自分が何ポイント持っているかは、窓口で詳しく聞いてください。もっとも、今日は大変込み合っているので、待ち時間のうちに色んなことを思い出すとは思いますが。では、整理券をもらった方から席を立って窓口へ向かって下さい』



 少年は窓口に続く列の後尾で手元の整理券をぼうっと見つめていた。整理番号3176……災難?それとも苛むだろうか。どちらにしてもロクな番号ではない。まさか、3000人以上の人間が今日一日に死んでいるということだろうかとも思ったが、並んでいるのは全体でせいぜい200人といったところだ。多分頭文字の3は何かの整理番号なのだろうと思い直した。

 やることがなく、記憶もない少年は、空っぽの頭に何かしらの情報を与えてやるべく周囲を観察し始めた。ロビーはいかにもお役所といった様子で、時折不在の者を呼び出すアナウンスがスピーカーから流れていた。整然と並んだ書類記入用のテーブルの一つがちょうど真横にあったので、何気なしに備え付けのボールペンを拾い上げてみると、ボールペンには「転生管理局」の刻印。不思議なことに、記憶はないが、文字は読めるし計算もできる。知識は残っているのに、その知識が何に由来するのかは思い出せない。

 「転生管理局」。自分はもしかしたらこのあと転生という形で元いた世界に戻ることになるのかもしれないと推測してみたが、肝心の元の世界の情景がぼやけているせいで、期待も不安もさっぱり込み上げてこなかった。なによりもまず、死んだという実感が欠落していた。試しにボールペンの尖端を指に押し当ててみたが、普通に痛い。息を止めれば苦しいし、額に手を当てれば暖かかった。足も生えてるし、服も着ている。

 ただ、実感は無いのに、自分が死亡したということだけは、なぜかひどく納得してしまっていた。

 

 1時間近く待っただろうか。ようやく少年の番が回ってきた。窓口の席に座ると、光のカーテンのようなものが背後に出現し、ちょっとした個室のようになったが、並んでいる間に何度も目にした光景だったので大して驚くこともなかった。


「私は担当の安立レイです。よろしくおねがいしまーす! えーっと、生前のお名前は美方(みかた)ひろしさん、17歳で死亡。合ってますかね?」


 ニコニコと微笑みながら会釈をするその女性職員は、どうみても中高生、いや、へたをすれば小学校高学年くらいにみえる。制服を着ているというより、制服に彼女が収まっているという表現がにつかわしい。黒く、艶のある髪は頭の後ろで緩く巻かれて団子状になっており、団子の陰から花を模った銀色のバレッタが覗いていた。


「そう……ですね。記憶がいまいちはっきりしませんが、確かそんな感じでした」


 美方ひろしという名前には、はっきりと覚えがあった。少年はそれが自分の名前で間違い無いのだろうとも感じていた。が、ひろしの興味は自分の名前より眼前の珍事に集中していた。安立と名乗るこの少女は本当にここの職員なのだろうか、ひょっとすると職場体験の中学生なのかもしれない、そんな疑惑で頭の中が一杯になってしまっていた。

 

「あらら、まだ記憶もどってないですか? いやー、まいっちゃっいましたねぇ。でも、説明を聞いている内に思い出すかもしれないですし、続けますね」


 安立はひろしの向けるじっとりとした視線を気にする様子もなく、弾むような声色で続ける。どうやら安立の身に着けている腕章や名札は他の職員と全く同じ物のようなので、ひろしは諦めて話を聞く姿勢を作り直した。


「なになに~、美方ひろしさん、あだ名は『ヒーロー』。プッ」


「ちょっ、なんであだ名まで知ってるんですか! てかそんなあだ名だったんすか俺、超はずかしいんですけど。んで、今ちょっと笑いませんでした?」


 ひろしが前のめりになって不機嫌そうに覗き込むと、安立は袖をバタバタと振った後で、真剣な表情を造って見せた。


「いえいえ、滅相もない、気のせいですよ。私がひろしさんのあだ名を知っているのは、死亡者の生前の情報がすべてコンピューターに記録されているからです。そしてそれを元にあなたのトクポンか査定されますっ」


「えええ!? 個人情報がダダ漏れじゃないですか」


 「全ての情報」がどこまでの範囲を指しているのかはわからないが、あだ名まで記録されているとなると、相当細密であろうことは想像がつく。ひろしは濁ったままの記憶を大急ぎで漁っていた。もしかすると自分に有ったかもしれないとんでもない性癖や、何気なく呟いた恥ずかしい独り言までコンピューターに記録されているのかもしれないと思うと、眼前にあるのっぺりとしたPCモニターが爆弾に、キーボードが起爆スイッチに見え始めた。


「いえ、大丈夫ですよ、手続きが終わりましたら私の記憶から死亡者さんの情報は削除され、PC内の情報も厳密に保管されますので」

「そ、そうですか。できれば保管ではなく破棄してほしいですけどね……」


 記憶を消すなんて、頭を壁に打ち付けたりでもするのだろうか。とはいえ、死後の世界だし、なんでもありなのだろうと思い直した。


「それで、トクポンって言うのは最初のガイダンスで説明されたポイントのことですか?何かの特典と交換できるとかっていう」

「ですです~。生前の善行、つまり徳に応じてもらえるポイントだからトクポン。洒落てるでしょう?」

「はぁ。自分はどれくらい善いことをしてから死んだのですか?」

「なんせ情報量が多いので、めぼしいのだけざっと印刷してみますね」


 安立がなにやら忙しそうに、パソコンのキーボードを叩きはじめる。余りに余っている制服の袖ごしによくキーを叩けるものだなと、ひろしは感心して見ていた。


「では、ご覧ください」


 差し出された用紙にはこう書かれていた。




―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

          [主な善行]


○母の日にお小遣いで花束を贈呈。(10歳) +10万トクポン

○怪我をした猫を助ける。(13歳) +12万トクポン

○万引きを発見し、やめさせる。(14歳) +4万トクポン

○教師に乱暴されていたクラスメイト、御木本幸子を庇って怪我をする。(16歳) +36万トクポン

○いじめられていたクラスメイト、山田健人を助ける。(16歳) +4万トクポン

○その他細事521件 +156万トクポン


 合計+222万トクポン


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「へぇ、こんなことしてたのか。結構いいやつじゃん」


 ひろしはまるで他人事のように感心し、うんうんと頷いた。


「そうですね~、流石はヒーローってとこですね~」


 安立がニヤニヤとしながら顔を覗き込む。


「いや、それはマジで勘弁してください……。でもなんだか、これみてたら少し記憶が戻ってきましたよ。確かにこんなことありました」

「おお~、それはなによりです。222万ですかぁ、17歳で亡くなられたにしてはポイント高いほうですよ、相当」

「そうなんですか?ははは……」

「けど、悪行によるマイナスポイントもありますから注意してください。こっちも今出しますね」


 ひろしが照れ笑いを浮かべる一方で、安立は急に神妙な顔つきをしながら一指し指を立てた。もっとも、制服の袖で指はほとんど隠れていたが。

 再び忙しそうにキーを叩き始める安立。


「でました、どうぞ」



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

      ≪主な悪行≫


○ひきこもる (16歳~17歳) -16万トクポン

○母親に対して、連日理不尽な八つ当たりをする (16歳~17歳) -14万トクポン

○インターネット上の掲示板で、常習的に暴言を吐く (16歳~17歳) -9万トクポン

○自殺をする (17歳) -2650万トクポン

○その他細事42件 -8万トクポン


 合計-2697万トクポン


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「な……なんだよこれ」


 意外だった。善行の内容を考えれば、大した悪行などしていないだろうと、ひろしは高をくくっていた。


「自殺……だったんですね……」

 

 安立はこれまでの自分の陽気さを恥じるようにして、急にかしこまった。

 


 そして、ひろしはようやく生前の記憶を全て取り戻した。

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