9 エクソシスト
2011/11/29 誤字修正
2014/03/30 ふりがなをルビへと変更
地面に落ちた炎の塊はすぐに消えてしまった。
ぼーっとしてる場合ではない、浮遊霊の方を見るとまた左手を振り上げている。
慌てて立ち上がる私。
再度飛来する炎の塊。ぺちんと大鎌で叩き落す。
炎が飛ぶ、大鎌で叩き落す。
また炎が飛ぶ、大鎌で叩き落す。
更に炎が飛ぶ、大鎌で叩き落す。
炎が飛んでくる速度はそこまで速くはない上直線的なので簡単に叩き落せるが、これでは唄い送るどころではない。
さてどうしたもんかと考えつつも飛来する炎の塊を叩き落す事6回、とりあえずアレを止めさせない事にはどうしようもないという結論に達する。
懲りずに飛んでくる炎の塊。
それを大鎌で叩き落しつつ1歩前へと踏み出す。
……いい加減うっとうしいっての。
こめかみに#を貼り付けた私はひゅんひゅん飛んでくる炎の塊を大鎌で叩き落しつつ浮遊霊に近付いていく。
すると浮遊霊は炎の塊が効かないことを理解したのか直接飛び掛ってきた。
「いー加減に、しなさいっ!」
恨みの篭った掛け声と共に大鎌を振りかぶり、柄の部分で飛び掛ってきた浮遊霊に思いっきり叩きつける。
軽い手応えと共に4~5メートル吹っ飛びぽとっと墜落する浮遊霊。
よしっ、ホームラン。すっきりしたー。
ふと昔の記憶が一瞬だけ頭をよぎるがそれは厳重に封印しておく。
落下した先で寝ている浮遊霊はぴくりとも動かない。
今の内に送っちゃいますか。
「♪~~~~~~~」
墓地に響き渡る優しげな旋律。それにつれて存在を薄れさせていく浮遊霊。
「♪~~~~……」
浮遊霊が消え去ったところで歌を止める。
ふぅ、やっと終わったよ。つっかれたー。
それにしてもなんだったんだろ、この浮遊霊。いくら幽霊が火の玉と共に出てくるにしても今のは度が過ぎてるでしょ。
それともこれが「魔法」の一種? またセルデスさんに聞いてみる事が増えたなー。
まあとりあえず、帰りますか。
そうして墓地を出ようと振り返った私の視界の隅に、なにかキラリと光るものが映った。
振り返ってみれば浮遊霊が倒れてた位置に透明な丸い何かが落ちているのが見えた。
なんだろう、と思い拾い上げてみる。
それはちょうど手のひらの上に乗る大きさの透明な丸い球状の物だった。
さっきの浮遊霊の持ち物? ……なワケないよね。
一応これもセルデスさんに聞いてみますか。落し物として届けるにしても届け先よく分かんないし。
それでは帰りますかー。
セルデスさんの屋敷まで戻ってきた私は、門の横に1台の馬車(?)が止まってるのが目に入った。
馬車と言い切らないのは引いている動物が明らかに馬ではないからだ。
サイみたいな巨体の6本足の馬なんていてたまるか。
変なところで異世界を実感しつつ門を開き中に入ろうとすると、中から誰かが出てきた。
「それでは、失礼します」
中から出てきた男性はそれだけ言うとさっと門を出て馬車モドキに乗って去って行ってしまった。
「お帰りなさいませ、ハルナ様」
声に振り返ってみればグリックさんが扉を開けて待ってくれている。
「今戻りました、グリックさん」
挨拶をしつつ家の中に入る。セルデスさんにも挨拶しないと。
「えぇと、セルデスさんにも挨拶したいんですけど……」
「かしこまりました、ご案内致します」
グリックさんに案内されて屋敷の中を歩く。相変らず広いなー。
少し歩いた後に辿りついた扉をグリックさんがノックする。
「セルデス様、ハルナ様が戻られたのでお連れしました」
「ああ、入りなさい」
グリックさんが扉を開けてくれる。中は執務室と思われる部屋だった。
「ただいま戻りました、セルデスさん」
「ああ、お帰りハルナ君」
挨拶を済ませた私はふと応接用と思われる机に目をやると、机の上にはお茶を飲んだと思われるカップが2つ乗っていた。さっきの人のかな?
「誰か来てたんですか?」
「あぁ、ギルドより通達だそうだ」
ギルド?
「ギルド、ですか」
「ああ、君にも話しておかないとな。グリー、悪いがハルナ君の分もお茶を頼む」
「かしこまりました」
グリックさんはささっとカップを片付けると部屋を出て行ってしまった。
「えーと……その前に質問なんですけど。ギルドとは何ですか?」
「ふむ……。ギルドとは特定の技術を持った人々の相互補助組織を指す言葉だ。今回はその中の1つである冒険者ギルドからの通達だな」
「冒険者って……技術なんですか?」
「このギルドだけは特殊でね。大量の人員を揃えておき、用件に応じてそれに対応した技術を持った人をギルド内で募り派遣して問題解決に当たるやり方をしているのだ」
「はー、なるほど」
でっかい派遣会社みたいなもんか。
「それで、通達の内容なのだが。町外れにある墓地に中級の悪霊が発生しているらしく、危険なので近寄らないように呼びかけて欲しいそうだ」
墓地? ゴースト? ……ちょっと待て。
「……念のためお聞きしますがゴーストと言うのは?」
「強い無念を持ったまま死んだ人の思念と言われてるが、どのようにして発生するかは未だはっきりしてはいないな。生前の人の形を取る事が多いそうだ」
ここでノックの音。グリックさんがお茶を持ってきてくれたようだ。
「失礼します、お茶をお持ちしました」
「ああ、ご苦労。あとは私がやろう」
「かしこまりました。では、失礼致します」
グリックさんが退室後、セルデスさんがお茶を入れてくれたのでそれを受け取る。
「すみません、ありがとうございます」
「それで、ゴーストの話だったな」
セルデスさんも自分のお茶を入れ話を続ける。
「ゴーストは大概が意思の疎通も出来ず敵対的な行動をとる上、実体を持たない故、退治するのは極めて難しいと言われているな。今回発生したものは炎の魔法を使うことから中級と認定されたようだ」
うわ、確定っぽい。殴り倒して送っちゃったよアレ。
言わなきゃダメだよねー、なんか町中に呼びかけるっぽいし。
「あー……すみません、セルデスさん」
「? どうかしたのかね?」
「そのゴースト、でしたっけ。それはもう大丈夫だと思います」
「どういう事かね?」
「それ多分私が退治しちゃいました……あははは」
退治ってのも語弊があるんだけどね。
「なんと!?」
「町外れの墓地って言うのは多分、今日別れた場所からしばらく歩いたところにある鉄の柵に囲まれただだっ広い場所で、このぐらいある石がいっぱい並んでる場所ですよね」
両手で石の大きさを示しながら話をする。
「あぁ、恐らく間違いないと思う」
「今日セルデスさんと別れた後、気になる気配を追っかけてたらそこに辿りついたんです。そこでその、ゴーストに行き着きまして」
「よく無事であったな……どこか怪我とかはないのかね?」
「えーと……なんか炎の塊を投げてきたのに驚いて顔から転んだぐらいです」
アレはホントに痛かったよ……。
「ハルナ君、君は……宝石持ちの破魔師だったのかね?」
宝石持ち? エクソシスト? 後者は聞いたことはあるけどどーゆー意味だろ。
「すみません、エクソシストと言うのは……?」
「エクソシストとは、御使い様の力を借りて人や物から有害な悪魔やゴーストを追い払う事の出来る、対デーモンや対ゴーストの専門職だな」
「なるほど……その言葉で言うなら私もそれに当て嵌まりそうですね。まだ新人でしたがここにくる前にも似たような事をやってましたし」
本職死神です。デーモンとはさすがに相対した事ないけど。先輩ならあるのかな?
「……君には驚かされてばかりだな」
「あはは……それは取りあえず置いとくとしまして。その、ギルドに知らせた方がいいんじゃないでしょうか、ゴーストはもう居ませんって」
「ふむ、そうだな。ハルナ君、魔石は回収したのかね?」
「えーと、魔石と言うのは……」
「丸い球状の、透明な石の事だ。デーモンやゴーストの力の源とされており、退治した証拠にもなる」
あー、あの落し物。
「コレ、ですか。誰かの落し物かと思ってたんですけど」
そう言って拾った透明な球体を取り出しセルデスさんに見せる。
「ああ、それだよ。……ふむ、大きいな」
「大きさが関係あるんですか?」
「一般的にはゴーストの力が強いほど大きいとされているな。君もエクソシストをしていたのなら、見たことはないのかね?」
今まで祓ったことのある浮遊霊はこんなもの落としませんでした。
「これを見たのは今日が初めてですね。まあ、あんな炎の塊をぽんぽん投げてくるゴーストなんてモノ自体も初めてでしたが……」
「ふむ、漂うだけの低級のゴーストなら落とさない事もあるらしいが……」
今まで祓った浮遊霊も実はコッソリ落としてたんだろーか? 微妙に気になるわ。
「ともあれ、これでゴーストが退治された証拠も揃った。早速ギルドに通達を出そう」
そう言ってセルデスさんは何かを書き出した。
カリカリとペンが滑る音を聞きながら、お茶を飲みつつ待つ事約10分。セルデスさんはチリンチリンとベルを鳴らしてグリックさんを呼び出した。
そして10秒待たずに響くノックの音。
「お呼びでしょうか、セルデス様」
相変らず登場早いね、グリックさん。どこに控えてるんだろう。
「冒険者ギルドに通達を頼む。これが通達内容だ。あとハルナ君の持っている魔石も一緒に持っていってくれ、通達内容の証明となる物だ」
「かしこまりました。ハルナ様、魔石をお預かりします」
「あ、はい、どうぞ」
魔石をグリックさんに手渡す。
「では、失礼致します」
「ああ、よろしく頼むよ」
グリックさんはささっと部屋を出て行ってしまった。
「ひとまず冒険者ギルドの方はこれで大丈夫だろう。あと証拠として持って行った魔石についてだが……恐らくギルドの方からそれなりの値段で引き取りたいと言ってくると思うが、どうするかね?」
へぇ、引き取ってもらえるんだ。アクセサリにでも加工するんだろーか。
半銀貨2~3枚(2~3千円)にでもなればちょっとしたお小遣いだし別にいいよね。
「そうですね……私が持ってても観賞用ぐらいにしか使いませんから、引き取ってもらえるなら嬉しいですね」
「あの大きさの魔石を観賞用とは……。分かった、私に任せておきなさい。精々吹っかけるとしよう」
なんか呆れられた? てゆーかセルデスさん、悪い顔してますよっ。
「一体どのぐらい吹っかけるつもりなんですか……」
「そうだな、正確な鑑定をしたわけではないが……あの大きさと純度なら最低でも金貨3枚は取れるだろう」
金貨3枚、つまり300万円……えぇ────っ!?
「さ、さすがにそれは高すぎじゃないですか……?」
「何を言っているのかね。あの大きさなら魔剣の核としてや魔法の発動体、魔力元としても申し分ない。手に入れたいと思う輩は何人でも居ると思うぞ」
ただのガラス玉じゃなかったんだ……。
てゆかそんな貴重品持ち歩くのは怖すぎる。さっさと売ってしまおう。
「分かりました……そんな高価な品を扱ったことなんてないのですみませんがセルデスさん、よろしくお願いします」
「うむ、任された」