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79 大騒動の裏側で その4

忘れられた頃にひっそり更新。

言い訳その他諸々は活動報告に書かせて貰いました。いやもう、遅くなったってレベルじゃないですが……。


この間、感想を書いて下さった方、本当にありがとうございます。

 ゆっくりと意識が浮上する。真っ先に目に入ったのはここ数日で見慣れた天井だ。

 大きく伸びをしてから木戸を開けると暑いぐらいとなった日差しが入り込んできた。今日も昨日と同じくいい天気らしい。


 ウーンと大きく伸びをしてから、欠伸を抑えつつ身だしなみを整える。

 ちょうどそこにタイミングよくノックの音が響いた。きっとウィリィだろう。


「おはようございまス、ハルナさん」

「おはよ、ウィリィ」

「今日はいつもより遅かったですネ。彼女、もう待ちくたびれてるンじゃないですカ?」

「あー……、綾なら今日は来ないよ。外せない用事があるんだって」


 綾を初めてこっちの世界へと案内してから今日で3日目。昨日までは連日送り迎えをしていたが、それも今日はお休みだ。

 学園祭の最終日である今日はどうしても顔を出す必要があるらしい。


「あらラ、そうでしたカ。では今日ハ、ギルドの方には?」

「今日は行かないってさ。マレイトさんにも、ちゃんとそう伝えてたし」


 意外な事(?)に、綾とウィリィは普通に言葉を交わす仲になっている。


 最初の頃は私の友人という事で緊張しまくるウィリィだったのだが、それをほぐすためなのか、綾が羽を見せてくれと無理なお願いを言い出し、私の友人ならという事で羽を隠すのに使っていた阻害魔法を解除したところに綾の魔の手が伸びた。

 骨格がどうこう言いながら羽をいじくり回す綾に、顔を真っ赤にしながらぴくぴくと身をよじり耐えるウィリィ。どうやらかなりこそばゆいらしい。

 結局、緊張する力がなくなるまで悶絶させられたウィリィがベッドでぐったりしてるところに綾が謝罪するといった光景を経て、いつの間にやら普通に喋るようになっていた。


「そうですカ。では研究の方ハ?」

「やる事はたくさんあるから大丈夫だって。綾の考えと持ってった物がいい刺激になったみたい」


 持ってった物、というのは、以前綾が言っていた秘密兵器の事だ。

 なにを持って来たのか気になったので、マレイトさんのところに行く前に見せてもらったのだが、最初はそれを見て絶句した。


 綾が持ち込んだのは、細長い緑色がぐるぐる渦を巻いた物体───要するに蚊取り線香だったからだ。


 すぐにこんなモンどう使うんだというツッコミを綾に入れると、こう説明してくれた。


「春菜、以前お前はこのゾンビ騒動の原因が虫にあると教えてくれたな? 私はそこに少し疑問を感じてな」

「疑問? なにそれ、虫じゃないって事?」

「いや、そうではない。間違いではないが、それは半分正解でしかないという事だ。

 話を聞く限り、ゾンビというのは著しく運動能力が低い、つまり素早く動くことが出来ないらしいじゃないか。

 だが、虫が空を飛ぶには秒間数百回レベルで素早く羽を動かす必要があるだろう? 最初に疑問を感じたのはその点だ」

「……確かに、羽がゆっくりじゃ飛べないもんね」

「そしてもうひとつ。

 ゾンビ化した者に傷付けられるとその状態が感染するというが、そうなるまでにある程度の時間が掛かる事や、その間に治療を施せば助かる事から、潜伏時間のような物があるのではないかと推測される。

 そう考えると、虫は虫でもゾンビ化した虫ではなく、ゾンビ化している途中の虫によって被害が発生してるのではないかと考えられるんだ。

 病気に例えれば、病原菌を持っているが発症してない状態だな」

「えっとつまり、その状態でも症状は感染(うつ)るって事?」

「ああ、その通り。

 そうなると対処法は変わってくる。完全にゾンビ化した虫にこんな物が効くかどうかは分からんが、ただの虫なら話は別だろう。確実とは言わんが効果はあると見ている。

 後はこの考えが正しいかどうか確かめるだけだ」

「はぇぇ、さっすが綾……」


 と、感心したとこでマレイトさんの元を訪れると(即日会えた。というか個人の訪問にアポという概念がなかった。こっちの常識で考えすぎてて反省……)、綾の考えに大いに興味を示し、また賛同もしてもらえた。

 発症していないがその原因を持った者=保菌者という考えは、今までになかったものらしい。


 ただ、いくら効果が見込めるといっても、こちらの世界の蚊取り線香を大量に持ち込むことは不可能なので、マレイトさんが持ち出してきたあちらの世界の虫除けを元に色々と試行錯誤を繰り返しているようだ。


「今日はどうする予定なンですカ?」

「今日は1日、部屋に篭って聖水作りでもしてるよ。今の状況じゃいくらあっても足りないって事はないだろうし」

「それハそうですガ、量としてハもう十分だと思いますヨ?」


 そういえばこの2日で、もう1つ状況に変化があった。聖水の出所がバレた事だ。


 今まで余分に作った聖水は匿名の寄付という形でウィリィが持って行ってたのだが、そのあまりの量と頻度になにかヤバイ事してるんじゃないかと探られた結果、あっさりバレてしまった。


 ま、特に隠す努力してなかったもんな……。


 とりあえず、以前考えた言い訳(聖水作りに特化した能力~云々)を盾に凌いでいるので、今のところ、これといった騒ぎにはなっていない。

 そして、バレちゃったのならしょうがないと開き直って聖水を作りまくった結果、今この町の聖水の在庫は不足がちだったところから、ある程度他の町に輸出しても問題がないというレベルまで回復してたりする。


「っても、他にする事って思いつかないしね。今出来る事ってこのぐらいだし。

 だからあとで大きい桶の準備手伝ってくんないかな? 朝食(これ)食べ終わってからでいいから」

「ハイハイ。相変わらず豪快といいますカ……」


 そんなやり取りをしながら朝食を終え、ごそごそと準備しているところで部屋を訪ねてきた人がいた。赤いバンダナがトレードマークのファーレンさんだ。


「や、ハルナちゃん。朝っぱらからすまねぇな」

「おはようございます、ファーレンさん。

 今日は早いですね、今から仕事ですか?」

「ああ、今日は朝イチから動く事になっちまってよ。人使い荒いぜ、まったく」

「その割には頻繁ニ来られてますよネ。今日もサボりですカ?」

「ちげぇよ! 今日は仕事でここに来たの。サボってんじゃねぇからな。

 それに、ここに用事がある時は、まったく知らないヤツより顔見知りが行く方がいいだろって事でオレに話が回ってくんだよ……」

「冗談ですヨ」


 おぉぅ。他の伝令の人見たことないと思ってたら、実は気を使われてたのね。

 まあそれ以外にも、割と頻繁にここに立ち寄っては向こうから持って来たお茶とお菓子を摘まんで行くから、そう思われても仕方ないとは思うんだけど……。


「まぁまぁ。

 それより仕事ってことは、今日はお茶を飲みに来たんじゃなくて、なにか私達に用事があるって事ですよね?」

「まーな。用事ってか個人的な心当たりを尋ねに来たって方なんだけどよ」

「心当たり?」

「ああ。

 ハルナちゃんが前言ってた事だけどよ、近くにいる動く死体やゴーストの気配が分かるるんだろ? ここ2~3日以内でそういったモン、感じたことねぇか?」

「ここ2~3日ですか?

 えーっとそれでしたら、動く死体のほうを何度か。全部ちっちゃいネズミとかの動物ばっかりでしたが」


 途中1度だけ、でろんでろんになった犬に遭遇したっけ。アレは気持ち悪かったなぁ……。


「それらハすべてワタシ達で対処しましたのデ、なにも問題ないはずですガ」


 ウィリィから暗に見逃してないよとフォローが入る。

 なるほど、その辺を気にしてるのかな?


「あぁいや、そういう話じゃねーんだ。オレが聞きたかったのは、そん中にゴーストの気配が混じってなかったかって事なんだけどよ」

「動く死体じゃなくてゴーストですか? それは無かったと思いますけど。

 怪しい気配は全部確認しに行きましたけど、動く死体ばっかりでしたし」

「あれ、ひとつもねーの? ふーん……」


 首をひねりながら、見間違いだのそれにしちゃ数が多すぎるだのといった言葉をぶつぶつとつぶやくファーレンさん。どうやら長考モードに入ったらしい。

 察するに、ゴースト(仮)が出たということだろうか?


 やがてじれたウィリィが声を掛けると、ハッと我に帰って謝ってきた。


「いや悪りぃ。つい考え込んじまった」

「それはいいんですけど。

 それより、なんかあったみたいですね、ゴーストでも出たんですか?」

「んーまぁな。

 大体その通りなんだが、ただちょっと変な部分もあってな、色々調べてるとこなんだわ。

 それにハルナちゃんはなにも感じてないんだろ?」

「ええ。近くにゴーストなんて居ないはずですよ」

「ま、それはいいんだが、そうすると今度はソイツはなんなんだって話になってくるんだよな。見間違いにしちゃ目撃者が多いし、こんな時にイタズラする馬鹿がいるとも思えねぇし。

 とりあえず、本物のゴーストじゃないって事が分かっただけでも収穫かね、こりゃ」


 ため息を吐きつつそう答えるファーレンさん。

 ゴーストモドキの出現ねぇ……。


「ところでファーレンさん。そのゴーストみたいなものって、どんなモノなんですか?」

「んー? そうだな。

 オレも直接見たことはねーから人伝になるんだが、まず見た目は白いのっぺらぼうの人影らしい。唐突に現れては溶けるようにして消えてくって話だな」

「……なんか普通のゴーストのように思えるんですが、それ」

「これだけなら、まぁそうなんだけどな。

 で、ここからが妙なとこなんだが、そいつ、喋るんだとよ。

 もっとも、なに言ってんだかさっぱり分かんねーって話だが。ゴーストがうめき声や雄叫びを上げるっつー話はよくあるけどよ、言葉らしきものを話すなんてのは聞いたことねぇよな」

「はぁ、喋るゴーストですか」

「それに、ソイツの行動もよく分かんねーんだ。ゴーストらしく静かに佇むでもなく、誰かに襲い掛かるわけでもなく、まるであちこち見て回ってるみてーにフラフラ動き回るんだとよ。それこそ使用中の手洗いの中までな」

「うげ」


 もしそんなとこでゴーストに出くわしたら、迷わず叩き切ってるぞ。

 つか、出歯亀するゴーストとか嫌すぎるんだけど。


「あとはそうだな……。出くわした奴が驚いて反射的に剣を振り回したら、傷を負って逃げてったっつー本当か嘘か分からん話もあったな。

 どうにもらしくないゴーストだろ?」

「らしくないってかそれ、ホントにゴーストなんですか? ただの白い布をかぶった人なんじゃ……」

「それにしちゃ血の一滴も出なかったって話だけどな。さっきも言ったが、この時期にイタズラするやつなんかいるとは思えねーし。

 まぁ、その辺を確かめるためにこーやって話を聞きに来てるんだけどよ。

 それにほら、時期が時期だろ? 動く死体になっちまったやつらのゴーストって線もあるし、もし本物だったらやべぇって事で調査しろっつー命令が出たわけよ」

「……なるほど」


 確かに、このゾンビがうろつきまくってる中でゴーストまで出てきましたってなると、この町、本気でヤバイかもしんないもんな。


「まあ、ハルナちゃんのお陰でどうも本物のゴーストじゃ無さそうだって事は分かったからな。次からはそっちの方向で調べてみるわ。ありがとな」

「いえいえ。お役に立てたようでなにより」


 用事は済んだのか、ここで席を立つファーレンさん。

 いつもなら、もう少しゆっくりしてくところなのだが、どうやら今日は忙しいらしい。


「じゃ、オレは次んとこ回ってくるから。ハルナちゃんも気をつけてくれよ」

「? 気をつけるって、ゴーストにですか?」


 どういう事だろ? ゴーストやゾンビなら、いくら来ても平気な気がするんだけど……。


「いや、そうじゃなくてだな。

 ほら、ハルナちゃんってよく上から下まで真っ黒なローブ着てるだろ? その格好で不意に出くわすと、一瞬ゴーストかって思っちまうんだよな。

 今はみんなピリピリしてるし、不意に切り掛かられないように注意してくれよ」

「なにそれ、怖っ!?」

「さっきも言ったろ、驚いて剣振り回した奴がいるって。そんぐらいピリピリしてる奴もいるんだよ。

 っと、これ以上遅れるとヤベェんだった。じゃ、またな」

「……うへぇ」


 ゴーストと間違えて切り掛かられるとか本気で勘弁してほしい。

 慌しく部屋を出て行くファーレンさんを見送りながら、しばらくローブ脱いで活動しようと心に決めた瞬間だった。






「……で、町をぐるっと一周してきたんだけど結局なにもなし。見回りの人と遭遇しただけだったわ」


 夜、綾の家で夕食の準備をしながら今朝聞いた話を綾に伝える。

 時刻は夜の8時、夕食にするには少し遅い時間だが、綾の帰りを待ってるうちにこんな時間になってしまった。

 リビングでつけっ放しになっているテレビでは、ニュースキャスターがここのところ頻発してるらしい通り魔事件についての記事を読み上げている。


 実は今日、私も帰るのが遅かったのだが、綾はそれよりもさらに遅かった。


 私の場合はあんな話を聞いたあとなので、念のためにと軽く町を見て回ってきたせいなのだが、綾からは特になにも聞いてなかった上に、ニュースでも言ってるように最近なにかと物騒なので少し心配していたのだが、無事帰ってきてくれてホッとしてたりする。


「ゾンビに続けてゴーストと、オマケに錯乱する人々か。まるでホラー映画だな。

 しかもすべて実際の出来事というからタチが悪い。世界は違えどいつの時代も世の中は物騒という事なのかね……」


 隣でチンしたジャガイモを潰しながら綾がそう返す。

 これはあとで刻んだ玉ねぎ、きゅうり、にんじん、ハムを加え、そこにマヨネーズを混ぜてポテトサラダにする予定だ。


「綾も結構あっちに入り浸ってるんだから、気をつけた方がいいと思うよ。勘違いで斬られましたなんて、シャレにもなんないんだし」

「そうだな、大丈夫だとは思うが気には留めておこう。魔術師ギルドと言ったか? そこから出ることがまずないからな。

 それより春菜、私よりお前の方こそ気をつけるべきだろう。私と違って外で動く事も多いんだ」

「私はウィリィとセットで動くから多分大丈夫だと思うんだけど……」

「ならいいんだが。

 しかしまぁ、上着を脱いで動くというのは正解だな。経歴の問題か、お前のあの格好は妙に迫力というか威圧感がある。そんな事になっているのなら、周囲に余計な刺激を与えん方がいいだろう」

「迫力って、あのねぇ……。

 っと綾、もう座ってていいよ。あとは私1人で出来るから」

「そうか? すまんな。

 ああ、こっちのサラダは私がやっておこう。任せておいてくれ」

「ほいほい、よろしくー」


 今夜のメニューはペペロンチーノとサラダ、そこに茹でたアスパラを添える予定だ。

 夕食にしては簡単すぎるように思えるが、今夜は軽くでいいという綾のリクエストによりこんなメニューになった。


 普段、夕食はしっかり食べるはずの綾がこんな事を言い出すなんて、なにがあったのやら。

 いつも通り振舞ってるようだが、疲れた感じが漂ってるし、肌も荒れ気味でくすんで見える。


 夕食にわざわざニンニクの入ったペペロンチーノを選んだのは、少しでも元気を取り戻してもらうおうと思ったからだ。明日は休日(土曜日)だから匂いとか気にしなくていいしね。


 スパゲティをゆでつつニンニクを刻み、オリーブオイルを引いたフライパンに乗せる。

 ニンニクの香りがしてきたところで、同じく刻んだベーコンと鷹の爪を加えて油と辛味を出し、ベーコンがカリッとしてきた辺りでスパゲティのゆで汁を加えて伸ばすと、ジュワっというイイ音と共に周囲にニンニクの香りが広がった。


 コンソメと塩、粗引きコショウで味を調え、そこに茹で上がったスパゲティ投入し仕上げをしたところで、タイミングよく綾から声が掛かる。

 サラダも仕上がったようなので、そのまま夕食タイムに突入だ。


「いただきます」


 2人揃って手を合わせ、スパゲティをつつき始めたところで綾に話を振ってみる。


「ねぇ綾、なんだか疲れてるみたいだけど、今日ってそんなに忙しかったの?」

「ん? なにもなかったとは言えんが、疲れて見えるか?」

「いつも夕食はしっかり食べるアンタが、軽くでいいって時点でなんかあったと思うでしょ、普通」


 そう返すと、わずかに苦笑する綾。


「……確かに、その通りだな。

 実は今日、学園祭でウエダコンビと再会してな」

「ウエダコンビ?」

「覚えてないか? 先月、二十日頃に行ったドライブで遭難した時に出会った、高校生のペアなんだが」

「高校生のペア……?

 あぁ、啓介君と直人君の事か。来てたんだ、あの2人」


 上の名前で言うからすぐには思い出せなかったよ。

 確か、苗字の読みが被るからって理由で名前で呼んでたんだっけ。


「ああ、その2人だ。

 どうも進学先の下見も兼ねて遊びに来てたらしくてな。出会った瞬間、大声上げて指を差されたから何事かと思ったぞ。

 それから学内を案内する事になったんだが、随分とお前達の事を気にしているようだったな。ついでに、"魔法"の事もな」

「あんな形で別れちゃったからなぁ……。えっと、直人君だっけ? 魔法にかなりの興味を示してた子って」

「その通りだ。彼の話題の8割はそれだったな。

 啓介君の方はまだ普通に学校について聞いてきたんだが……。指輪の入手先や使い方のコツとか、かなり色々と尋ねられたな」


 やれやれと疲れたように首を振る綾。いや実際疲れてるんだろうけどさ。


「ひょっとして、綾が疲れてるのってそのせいだったりする?」

「いや、それは違う。

 ここ数日、向こうに入り浸っていたから色々とやるべき事が溜まっていてな。それを今日一日掛けて片付けるつもりだったんだが、あちこち案内していたら時間がなくなってしまったんだ。

 いやはや、無理して一気に仕上げるものではないな……」


 綾が大きく伸びをすると、背中からゴキリというすんごい音が響いた。

 今日は帰りが遅いと思ったら、そんな事してたのか。


「いや、用事あるなら断ればよかったんじゃ」

「あの2人には、お前達2人の事を黙っててもらった借りがあるからな。そうそう邪険にするわけにもいくまい。

 それに溜まっていた仕事もこうして無事に終わったんだ。なにも問題はないさ」

「問題ないって……。綾がいいならいいんだけどさ」


 まあ、そっちの件は問題ないようなので置いとくとして、別で気になる事案が1つ。


「ところで話変わるけど、ゾンビ対策の研究って今どうなってるの?

 今のままの状態が続くと、町、かなりマズイみたいなんだけど……」


 避難勧告(?)が出されて約半月。今はまだなんとかなってるが、この状況の中、物資を持って来る物好きな行商人もいないので、このままじゃ町が干上がっちまうぜとファーレンさんがぼやいていたのを思い出す。

 出来るなら早目になんとかして欲しいとこなんだけど……。


「研究自体はかなり進んでいて、最終段階と言っていいぐらいだ。

 蚊取り線香(アレ)を元に既存の殺虫剤の改良がいい感じに仕上がってきていてな。他部門との調整もあるが、そろそろ公表されるはずだ」

「へぇ、じゃなんとかなりそうなんだ。

 ……んで、他部門って何?」

「我々の取った手段が唯一の対策というわけでもないからな。向こうそれぞれが得意な分野でチームを組み、色々と別方面からのアプローチを試みてるというわけだ。

 もっとも、進展はあまりないようだがな。我々のチームが一番進んでいるようだ」

「ふーん、そうなんだ。

 じゃ、綾んとこのチームは殺虫剤使ってどうするつもりなわけ?」

「簡単に言えば物量作戦だな。可能な限りの数を用意し、町を中心に出来るだけ広い範囲を覆うように、"滅菌作戦"を行う予定となっている。

 原因となる虫を根こそぎ退治してしまおう、という作戦だな。

 元凶さえ潰してしまえば、もう背後を気にする必要はない。あとは正面をなんとかするだけになる」

「え、一気にゾンビ達を壊滅させるとかじゃなくて、そんな作戦なの?」

「こうする他に手がない、というのが我々チームの出した結論だな。

 それに、ここまで事態がややこしくなったのは、いつ背後から襲われるか分からず、そちらに人手を割かざるをえないという背景もあるようだしな。町の外から襲ってくる分には他の害獣となんら変わりはなかろう。

 第一、ここまで増えて散らばってしまった物を壊滅させるのはまず不可能だぞ?」

「んでも、それだと解決してなくない? 虫だってまた寄って来るだろうし……」

「存在するゾンビを完全に消し去る事で解決というのなら、それはもう不可能だろうな。今の我々では、精々他の害獣と同等の扱いにするのが精一杯だ。

 新たな虫については、作戦後、町の出入り口、及び各所で少量の殺虫剤を使い続ける事で、虫除け代わりにする予定になっているな」

「……なんとまぁ、大掛かりな事で。

 それだけの量の殺虫剤を用意するのってかなり大変なんじゃないの?」

「大変だろうな。

 ただ幸いな事に、材料については入手が容易な上、大量に在庫があるそうでな。これならウィロまででも十分に持つと予想されている」

「ウィロ? ってなに?」


 さらりと知らない単語が出てきたので聞いてみる。

 なんとなく時期を表す言葉っぽいけど……。さっきから聞いてばっかだな、私。


「向こうの暦を表す呼び名だが……本当に知らないのか? 私よりも随分前から向こうに行っているのだろう?」

「行ってるけど、特に気にしてなかったからなぁ……。呼び名は初めて聞いたかも」

「さすがにそれはどうかと思うぞ。気にしなさすぎじゃないのか?」

「あはは……。なんていうかその、3年も現世(こっち)と離れてたせいか色々と興味や執着が失せちゃったっていうか。

 綾も一度体験してみる? 新しい世界が見えるかもよ」

「勘弁してくれ。

 それに興味や好奇心といった物は私の動力源の大本だ。わざわざ捨てる気にはならんよ」

「ちぇ。

 んで、ウィロっていつなのよ?」

「こちらでいう11月に相当する月だ。あちら風にいうなら巡りか?

 そして私を含む向こうの研究者達は皆、ウィロまで凌げば事態はほぼ沈静化するであろうという見解だ」

「なんで? そこまで行けばゾンビが勝手に消滅するとか?」

「まさか。

 ここで重要なのは、向こうにもこちらと同じような四季があり、11月にあたるウィロは冬であるという点だ。

 今回、主な原因となった羽虫はこちらでよく蚊柱を立てているユスリカと蚊を掛け合わせたような性質を持っているようでな。夏に成虫が人や動物から吸血し、その栄養を元に産卵、一生を終えるとの事だ。

 つまり、夏の間しか生きられん虫という事になる。

 ゾンビ化したものにまでこの法則が当てはまるかどうかは知らんが、動く事もままならん虫に脅威はないだろう。冬まで持たせれば自然と騒ぎは沈静化するはずだ」

「……なにそれ。つまり、今は大騒ぎしてるけど、時間が経てば勝手に解決しちゃうって事?」

「そう簡単な話でもないんだがな。なにもしなければ冬より先に町が干上がってしまうだろう? それになにより、あちらはまだブシュの巡りに入ったばかりだ。そこからパン、クリ、メイ、ウィロとかなりの間粘らねばらん」


 綾の挙げた単語が巡りを示すとして、確か1巡りは30日って話だったから、1の2の3の……ざっとあと120日ぐらい頑張らないといけないのか。

 うわ、厳しいなぁ。


「つまり、先は長いって事だね」

「その通りだ。それに無事冬を迎えることが出来ても、相手が消滅するわけではないからな。その後も常に警戒を続ける必要があるだろう」

「なんて面倒な……」


 誰よ、こんな面倒な"呪い"を解き放ったのは。

 そんな思いと共に止まっていた手を動かし再びスパゲティを突きだす。


 長話をしていたためか、少し冷めたペペロンチーノの味は妙にしょっぱかった。






 そんな話をした4日後、色々と準備が整ったのか、冒険者ギルド主体で大規模なゾンビ対策を実行される事が決まった。

 その内容は綾から聞いてた通り殺虫剤を使った物で、実行は3日後。非常時に鳴らす鐘の音を合図に、町のあちこちで一斉に実行される予定になっている。


 この前、実物をチラッと見せてもらったのだが、殺虫剤自体は割とキレイなオレンジ色をしたピンポン玉程度の大きさの物体だった。この色はカンの実というオレンジに似た果物を材料に使ったかららしい。


 コレの使い方は簡単、火を付けて燃やすだけ。それによって出てくる大量の煙で燻すそうだ。


 でもこれって、当日スゴい事になる気がするんだよね。もう辺り一面煙だらけになるっていう予感が……。あとでマスクの準備をしておくか。

 向こうに避難するって手もあるけど、なんだかんだで当日、こっちに居なきゃならない気がするし……。


 まあ、それはさておき。今日私は大き目の鞄を持った綾と共に、冒険者ギルドを訪れていた。

 この件がひと段落する目処がついたという事で、ギルドの皆さんへの陣中見舞い───という建前でスフィルの顔を見に来ただけだったりする。


 いやほら、前に別れてからここ1週間程顔見てないし。どうしてるかなーとちょっぴり気になってたわけで。それなら様子見がてら行ってみればいいじゃない、というのが昨日綾との雑談ついでに出した結論だった。

 綾もそれに便乗したいと言い出し同行することになったのだが……今日は確か平日じゃなかったか?


「こんにちはー」


 挨拶しつつギルドの扉を押し開ける。

 夕方のこの時間帯、比較的手が空いている者が多いと事前にウィリィから聞いてはいるが、もし忙しいようなら手土産だけ置いて出直すつもりだ。


「誰だ? ……ってアンタか。

 よく来たな。なにかあったのか?」


 誰もいない受付カウンターの奥から出てきたのは、いつもの受付ではなく、1人のいかつい男性。実はこのギルドの副支部長だったりする。

 さすがに今、通常営業している場合ではないので、持ち回りで玄関口を担当しているらしい。


「ちょっと手が空いたので、差し入れに。

 今、大丈夫ですか?」


 手土産を示しつつ用件を伝える。


「暇とは言い難いが、ちょうど飯時だ。少しぐらいなら構わんよ。

 ただ、あまり長い時間は無理だぞ」

「分かりました、ありがとうございます」


 ついでに調理場も借りれないかと聞いてみたところ、妙に歓迎されてしまった。

 どうやら前回の揚げ物騒動の事を覚えてるらしい。


 なにをそんなに期待してるかな。……まあ、あながち間違いでもないんだけどさ。


 綾がウィリィに案内されて調理場へと向かったので、私は土産物を配る準備に取り掛かる。

 やがて調理場のほうから甘い香りが漂いだしたところで、ぞろぞろとギルドに詰めてる人達が食堂に顔を出してきた。どうやら気を利かせて皆を呼んでくれたらしい。


「なに? 暇してるヤツら集合って。

 ……あ、ハルナ」

「やっほ、スフィル。差し入れ持ってきたよ」


 そういって提げていた鞄の口を広げて見せると、瞬間、スフィルの目が輝いた。


「う……っわぁ」


 中に入っているのは、昨日綾の家で作ったミニプリン約30個。


「うわ、ちょっとハルナどうしたのよこれ。こんなにたくさん……」

「昨日綾の家で作ったの。このぐらいないと全員に行き渡んないでしょ?」


 出てきた人数を数えると、こちらも大体30人。男女比は大体8:2と言ったところだろうか。事前にウィリィから聞いていた通りの人数だ。


「え、じゃあ1人1個だけ?」

「そうだけど……んな悲しそうな顔しないの。気持ちは分かるけどさ。

 まずは1人1個。でも今、綾が奥で追加を作ってるから、少し待てばお代わりも出来ると思うよ」

「やったっ。絶対食べる」


 目に星を浮かべる感じで喜ぶスフィルだったが、ふと我に返ったように尋ねてきた。


「あ、でもこんなにたくさんどうしたのよ。

 これだけの数用意するのって、かなり大変だったんじゃないの?」

「あー……、そこは心配要らないから。綾の悪い癖が出ただけだし」

「癖?」

「えーっと。

 スフィル、向こうで綾んとこの学園祭……祭りの手伝いしたの、覚えてるでしょ?」

「もちろん。美味しい物いっぱい食べれたしね。

 焼きそばでしょ、りんご飴にたこ焼きに焼きイカ。あとはチョコバナナにチョコきゅうりに……」


 いや待て、ちょっと待て。特に最後。食べ物ばっかなのはさておき、なんだチョコきゅうりって。形が似てるからって誰かが面白がって混ぜたのか? しかも普通に美味しいって言ってるし。ああもう、どこからツッコめばいいか分からない。


 ……っていかん、そんな話をしてるんじゃなかった。


「あー、美味しかったのは分かったから。もういいって。

 話を戻すけど、それが終わったあとに、店で使い切れなかった材料が格安で売りに出されてたのを綾が大量に買い込んじゃってさ。置く場所もないから使えるだけ使っちゃおうって話になったのよ。

 ったく、普通10kg単位で買うかな、砂糖とか粉ミルクとか……」


 お買い得商品を見ると大量に買い込むのが綾の昔からの悪い癖だ。しかもそれが業務用品とかの場合はなお悪い。そんなにどうすんだって量を買い込んでくる。

 本人いわく、ちゃんと使うから問題ないとの事だが、賞味期限とかの問題もある。


「……よく分かんないけど、心配はしなくても大丈夫って事?」

「うん。……って、なんか愚痴っぽくなっちゃったね。ゴメン」


 スフィルと2人で微妙な笑みを浮かべていると、調理場の方から綾の私を呼ぶ声が聞こえてきた。


「どしたの綾、なんかあった?」


 スフィルに断りを入れてから場を離れ調理場に行ってみると、大きなバットの上に大量の木製のコップを並べた綾が手招きをしていた。中は焼き上がったばかりのプリンのようだ。ホカホカと湯気が立っている。上にちょん乗せられた薄桃色をした薄切り果肉が美しい。


「ああ、すまん。少し手を貸してもらおうと思ってな」

「手? って足りてるように思うんだけど……」


 綾の周りには年季の入ったエプロンを付けたギルドの職員が数人たたずんでいる。彼らは確か、このギルドの調理場担当者だったはずだ。


 その視線に気付いたのか、綾が続けて口を開く。


「彼らを頼るより、春菜にお願いした方がいいと思ってな。悪いが呼ばせてもらった。

 そのバットに魔力を通してくれないか? 魔法陣が刻んであるんだ」

「魔法陣?」


 よく見てみれば、バットの底に薄っすらと見たことのない魔法陣が刻み込まれている。


「『冷却』の効果を持った魔法陣だ。思ったよりも人気がありそうだし、これで手っ取り早く冷やしてしまおうと思ってな」

「……なるほど。確かに私向きだわ」


 さっきから、「あめぇ!」とか「うめぇ!」とか「今外回りの奴ら運がねぇなぁ」といった絶賛の言葉に続けて、「ちょっとくれよ」「ちょっとじゃねーだろそれ!?」とか「コイツ1つ隠し持ってやがんぞ」「んだと、取り上げちまえ!」といったちょっぴり物騒なセリフまでが聞こえてきている。早く次を出さないとちょっとした暴動が起きそうだ。

 それに、こういった事はギルドの職員さん達にお願いするよりかは、魔力を使いまくっても平気な私がやるべきだろう。


 バットの底に指を当て、そっと魔力を流すとたちまちのうちに冷気が漂い出した。そしてそのまま30秒もすれば、木製カップの表面にうっすらと霜が付き始める。


 いやしかし魔法って便利だねぇ。あの熱々だったプリン達がたった30秒でキンキンに冷えるんだから。

 これもマレイトさんの発明品の1つなんだろうか。


 そんなことを考えたのも束の間。


「すまんがそのまま持って行ってくれ。私は次を焼きに掛かる。あの様子では、それだけではとても足りそうにないからな」

「あー、うん。分かった」


 食堂の方から流れてくる空気に、なんだか微妙に殺気っぽい物が混じりだしたような気がするので、さっさとお代わりを持って行くことにする。

 まさかプリンごときで手が出る喧嘩になったりはしないとは思うけど……。


「お待たせー、お代わり持って来た……よ?」


 賑やかだった食堂が一瞬で静まり返った。そしてこちらを見つめる目、目、目……。

 この瞬間、奈良公園で鹿せんべいの束を持ちながら、大量の鹿に囲まれた時の記憶を思い出した。






「どうでス? スフィル、元気そうだったでショウ?」

「うん、よかったわ。大分向こうで過ごしてたから、こっちでちゃんとやれてるのか気になってたんだよね」


 いや実際、電灯とコンビニのある生活にどっぷりつかってたから、こっちに戻って大丈夫かと心配してたんだよね。


 冒険者ギルドでのプリン騒動が終わって宿へと戻る道の途中。隣を歩いているのは私の護衛(という肩書)であるウィリィだけで、綾は居なかったりする。彼女は一度魔術師ギルドに寄る予定があるらしく、冒険者ギルド前で別れてきたからだ。

 まあ、差し入れの礼だと今日の当番を終えたギルド員の1人が綾の護衛を引き受けてくれたので、特に心配する事もないだろう。


 綺麗な夕焼けを見せていた空もすっかり暗くなり、そろそろ明かりが必要になりそうな感じだ。ふと時計に目を落とすと午後7時。さすがにこの季節は日が長い。

 やがてもう少しで宿に到着する、という所で、建物の影から複数の人影が飛び出してきた。


 何事!? と思う間もなくすっと前に出るウィリィ。

 バラバラと音を立てて飛び出してきた人影達は手に持った武器を構え───と思いきや、すっと手を下ろして話し掛けてきた。


「なんだ、ぷりんの姉ちゃんか」

「なにその名前っ!? ……って」


 思わず突っ込んだところで相手の顔をよく見てみると、さっきのプリン騒動中、見回りの時間だとかで途中抜けしていった、口周りの髭をもじゃもじゃと伸ばした髭のオジさんだった。


 いや、この容姿(かお)でプリン3つもお代わりしたから印象に残ってんだよなー。


 向こうが同業者なのが分かったのか、前に出ていたウィリィが隣に戻る。なんか初めて護衛らしいとこを見たな。


「なにかあったンですカ?」

「ああ。怪しげに喚く白い人影を見掛けたんでな。

 動くなと警告したにもかかわらず、近づいて来たうえに手を上げて何かする素振りを見せたんで切り付けたんだが、怯みもせずに逃げちまいやがった。

 あれが多分、噂のヤツなんだろうが……。姉ちゃん達、この辺で怪しい人影を見なかったか?」


 いきなり切り付けるとか物騒すぎるよこの人達……。

 とりあえず、ウィリィと2人顔を見合わせて確認するが、お互い同時に首を横に降った。


「ワタシ達は宿に戻る途中ですガ、なにも見てませンヨ」

「私も。特に怪しい気配とか、なかったと思いますけど」


 さっきから探ってはいるが、特にこれといったにおいは感じない。ゴーストやゾンビがこの辺に潜んでないのは確かなはずだ。


「そうか、驚かせちまってすまんな。

 俺達はもう少しこの辺りを探って行くつもりだが、そっちも気をつけてくれ。得体の知れん相手だ。なにをしてくるか分かったもんじゃない」

「……分かりましタ。十分に警戒しておきまショウ」


 そういい残すと髭のオジさん(名前聞いてなかった)は仲間達と去っていった。

 それを見送ってからそっと囁くようにしてウィリィが尋ねてくる。


「ハルナさん、この辺りにゴーストとか居るンですカ?」

「いないよ。さっきから探ってるけど、ゴーストも動く死体もこの辺りにはいないはず」

「そうですカ……。

 彼らハなにを見たんでしょうネ?」

「それはちょっと分かんないけど。でも、気をつけた方がいいのかもね」

「そうですネ」


 まあ、宿はもうすぐそこだし、特になにかあるって事はないんだろうけど……。


 そんな事を考えたのがフラグというやつだったんだろうか。

 宿と隣の建物の間、その狭い隙間に隠れるようにしてうずくまる、全身真っ白な人影を見つけてしまった。


 ───イタイ、コワイヨ、コワイ、イタイヨ……。


 わずかに漏れ聞こえてくる、頭に直接響く感じの肉声ではない思念のような声。


 そんな事態に凍りつく私を置いて、すぐさまウィリィが前に飛び出し、持っていた武器を抜き放つ。


「アナタ、何者ですカ? ここでなにをしてるンです?」


 いつもと全然違う固い声色で冷静に問いかけるウィリィ。その左手には小さな魔法陣が浮かんでいる。準備完了、いつでも発射出来ますといった感じだ。


 その声に反応したのか、幽霊さん(?)はこちらを振り向く───と同時に、ヒッ! っと悲鳴を上げて一目散に奥へと走り去ってしまった。


「あっ」

「ア!? ……逃げられてしまいましたカ」


 それを呆然と見送る事しか出来ない私と、少し悔しそうにしながら武器を仕舞うウィリィ。どうやら後を追うつもりはないらしい。


 いや、そりゃそーでしょ。あんだけ怯えてるところに詰問口調で、しかも武器持って迫れば誰だって逃げるっての。

 ……って。


「えーっとウィリィ? あのゴーストっぽいのが喋った事って分かる?」

「喋ル、ですカ? なにカ言ってたように思いますガ、言葉には聞こえませんでしたけド……」


 あー、やっぱり。言葉通じてないじゃない。


「私にはこう聞こえたの、痛い、怖いって。酷く怯えた感じで。

 ……ごめん、ちょっと様子見てくるわ」

「エ!? ちょ、ちょっと待ってくだサイ!」


 逃げたゴーストモドキを追いかけようとすると、慌てた様子のウィリィに手を掴まれ、阻止されてしまった。


「なによいきなり?」

「それハこっちの台詞ですヨ、なにをするつもりなンですカ。

 ワタシはアナタの護衛ですヨ? わざわざ怪しいモノに近づくのを見過ごすワケがないでショウ」


 う、確かにその通りかもしんないけど……。


「少し話をしてみたいだけなんだけど、ダメ?」

「ダメでス。なにしてくるか分からないンですかラ。それニ、話が通じるンですカ?」

「そっちは多分大丈夫。

 それに、逃げたって事は害意はないって事でしょ? なにかあったとしても、ああいう相手には滅法強いはずだから、私」


 相手の言葉を聞き取れたって事は、話し掛けても通じるはず。これは綾とスフィルが初めて会った時に実証済みだ。

 頑張れ謎の翻訳機能。


「そうかもしれませんガ……」

「あと、さっき逃げ出した時にチラッと見えたんだけど、あの子の背中に大きな傷跡が見えたんだよね。多分さっきの人達から逃げた時にやられた傷だと思う。切ったような事も言ってたし。

 だから、話を聞いて、出来れば傷の手当てだけでもしてあげたいんだけど……」

「……ハァ、分かりましたヨ。

 ですガ当然、ワタシも同行しまス。少しデモ危ないと思ったラすぐに即割り込みますからネ」

「ありがと、頼りにしてるからね」


 ウィリィが折れてくれたので、お礼を言って路地裏に足を踏み入れる。

 例の幽霊さんはもう遠くに行ってしまったかと思いきや、意外とすぐに見つけることが出来た。というか、路地裏入ってすぐ行き止まりになっており、そこで背を向けて屈み込んでいた。

 さっきは気付かなかったが、見た感じかなり小柄だ。子供の幽霊なんだろうか。


 ───コワイ、コワイヨ、コワイ。


 なんかさっきより恐怖度がアップしてるし。

 うーん、なんといって声を掛けよう。この様子からして、下手に声を掛けるとまたさっきのように逃げられるというオチになりそうだし。


「えっと、大丈夫かな?」


 少し悩んだ結果、怖がらせないようになるべくそっと声掛けしようというありきたりな結論に。

 屈み込んで優しく声を掛けるとそれが効を奏したのか、ビクッとはしたものの逃げ出すような事はなかった。白いのっぺらぼうな顔(?)の部分がこちらを向く。


 ───タスケテ、コワイ、イタイ、タスケテ。


 こちらの言ってる事が通じたのだろうか。響いてくる言葉に助けを求める物が加わった。

 最悪、襲い掛かかられる事も想定していたが、これなら穏便に済ませることが出来るかもしれない。


「落ち着いて。怖い事はなにもしないから。

 なにがあったの? それから、ここでなにしてるの?」


 その問い掛けに、一瞬ぴたっと動きを止める幽霊さん。


 ───ワカラナイ、ワカラナイ。ココドコ、タスケテ。


「分からない……って言われてもなぁ」


 今、自分がどこにいるかも分かってなかったらしい。

 うーん、参ったな。幽霊の類にはよくある症状なものの、これじゃどう対処していいのやら。


 ───イタイ、ワカラナイ、タスケテ、タスケテ、タスケテ。


 考え込んでいると、まるでそこに救いを見つけたかのようにすがり付いてきた。

 慌てて割り込もうとするウィリィを手で制し、あやすように頭の部分を手でぽんぽんと叩きながら考える。


 うん、ふつーに触れるな。なんなんだろうか、この子は。

 嫌な感じとかは全くしないから、害ある存在じゃないとは思うんだけど……。まぁ、根拠は全然ないんだけどさ。


 しばらくそれを続けているとどうやら落ち着いてきたらしく、タスケテ、コワイ、と繰り返していた言葉が消えて静かになった。そろそろ手を離さないと、後ろでやきもきしてるウィリィがなにかをやらかしそうだ。


 そんな怖い顔しないでよ、あとでとっておきのお菓子あげるからさ。


 後ろのウィリィの雰囲気が怖いが、目の前でぱっくり開いている傷口が痛々しいので手を離す前にこれだけ治してしまう事にする。


「ちょっとだけ、ジッとしてて」


 そう言って、右手にはめたままだった指輪から『負傷治癒』の魔法陣を展開する。

 と同時に、腕の中の子がびくりと身をすくませた。


 ひょっとして怖がらせたかな?


「あー、大丈夫。これは傷を治すための物だからね。怖がらなくていいよー。

 ほら、背中痛いんでしょ?」


 簡単に説明を付け加えておく。

 それで安心したのかどうかは分からないが、とりあえず暴れたり逃げ出したりする気はないようだ。

 のっぺらぼうの顔が興味深そうにじっと魔法陣を見つめている。というか、むしろ釘付け?


「そんなに珍しいかな? これ。

 とりあえず始めるから、後ろ向いてねー」


 後ろを向かせてそのまま傷の治療を始める。……が、いつもと比べて魔法の効きが格段に悪い。あっという間に傷が消えるハズなのに、ゆっくりとしか傷口が塞がらない。

 生き物以外には効き目が薄いのだろうか?


 効き目がまったく無いわけではないので、もどかしく思いながらも治療を続ける。

 そして、治しきるまであと少しというところで。


 ───アッタカイ。


 そのひと言を残し、すぅっと薄くなって消えてしまった。


「え……?」

「消エた……。ハルナさん、祓ったンですカ?」

「いやいやいや、なんにもしてないって。普通に治してただけだよ」

「ですよネ。ワタシにもそう見えましたシ」


 まさか本当に今ので成仏しちゃったとか?

 ……まさか、ね?


短いですが、明日も更新します。

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