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第77話 大騒動の裏側で その2

お久しぶりです、大体4ヶ月ぶりの更新となってしまいました。

色々あって1月頭までほぼ手を付けれてませんでしたが、ようやく投稿する事が出来ました。


約12,500文字です。

 5日が経過した。

 順調に聖水を作りまくり、事態はほぼ沈静化している───といったわけでもなく。


「はい、おしまい。いくら治せるからってあんまり無茶しちゃダメですよ」

「いや、すまねぇな。大分楽になったぜ。

 無茶についちゃあ心に留めとくが、あいつらいくらでも湧いて出てきやがるからなぁ……」

「そんな事言って、なにかの拍子にあいつらの仲間入りをしても知りませんよ? とにかく気をつけてくださいね」

「あいよ、助かったぜ」

「お大事に。

 ウィリィ、次の人呼んでー」

「分かりましタ」


 どういったわけか、星屑亭にあるウィリィの部屋がミニ治療院と化していた。


 ……いや、理由は分かってるんだけどね。


 ここがこうなった発端は、4日前(ネズミゾンビを見た翌日)ナーフさんが治療のお礼を言いに来たのが始まりだ。

 血の足りない所為か少しふらふらとした様子のナーフさんが、付き添いと思われる2人の仲間と共に私達の元を訪れたのだが、その時怪我をしていた付き添いの人をついでとばかりに魔法で治したところ、その日の内に3人の怪我人が私達の部屋を訪れた。


 いや、確かに他の怪我人が居たら連れてきてもいいよとは言ったけどさ。


 その次の日には、両手の指だけじゃ足りない数の怪我人が押し掛けてきたので、さすがに治療院に行ってくれと言ったのだが───。


「怪我人の数が多すぎて、あっちはいっぱいなんだよ。

 それに、あっちの治療師はおっさんばっかでよ。んなとこよりも、ここできれいなねーちゃんに治してもらった方が何倍もやる気が出るってもんだ」


 と、いつか見たことのある筋骨隆々な冒険者のおっちゃんが熱く語ってくれた。


 まあ、満員ならしょうがないと治療を引き受け全員治したそのあとで、ひょっとしてこれって治療院の仕事を横取りしてる事になるんじゃなかろうかと思いウィリィに聞いてみたのだが、それは無用な心配だったようだ。


 ウィリィいわく、今この町にあるすべての治療院はパンク寸前になっているらしい。あまりにも怪我人の数が多すぎて、場所も手もまったく足りてないんだとか。

 結果、1人1人に掛けられる手間も時間も少なくなり、治療が荒く、治癒魔法もケチられ、それが元で更なる怪我を負って戻ってくる……といった悪循環が繰り返されているようで、治療院側もこの現状に頭を抱えている状態のようだった。


 というか、


「俺、治療院の外であぶれてたら、ここに来たら治療が受けられるって向こうの関係者からこっそり教えられたんだけど」


 などという人まで現れる始末。


 まあこれで、治療院側から睨まれる可能性を考えなくてもよくなったのだが……。

 それでいいのか治療院。


 それから、1つ予想外だった事もあった。

 以前路地で助けたナーフさん、意識を失ってたはずの彼だったのだが、なんと朧気ながらも私の事を覚えていると言うのだ。

 正確に言えば、私ではなく御使い様を見たと言っているのだが、状況からして私の事なのだろう。ネズミゾンビ達に齧りつかれているところを、大鎌から光る斬撃を飛ばして助けてもらった事になっているらしい。


 確かにあの時はウィリィが光る糸で縛り上げ、私が真っ二つにしたけど……。意識がハッキリしてなかった所為か、微妙に混じった記憶になっているようである。


 その御使い様はローブ姿だったために顔も体型も見えなかったらしいが、その話を聞かされた時にはかなり驚いた。

 まぁもっとも、本人も半ば幻だったと思ってるらしく、夢でも見たんじゃないかとウィリィに言われ、それで納得しているようではあるが……。

 とにかく、もう少し気をつけないとと思った瞬間だった。


「はい、終わりましたよ」

「ありがてぇ、助かったぜ」

「もう怪我しないようにして下さいね。では次の人───」


 と言い掛けたところで部屋の扉が開き、そこから見覚えのある人影が入ってきた。

 その赤いバンダナが特徴的な人物は、部屋を見回すなり言い放つ。


「うわ、えらく繁盛してんなこりゃ……」

「……ファーレンさん?」


 入ってきたのは久々に会うファーレンさんだった。


「おう、ハルナちゃん。久しぶりだな」

「お久しぶりです。

 ここに来たって事は、怪我でもしたんですか? 見たところ大丈夫そうですけど……」

「ああ、違う違う。オレは怪我したんじゃなくて、伝令としてここに来たの」

「伝令? 私に?」

「いんや、ハルナちゃんじゃなくて、それ以外のここに居るヤツら全員に、なんだけどな」

「全員?」

「おう。

 皆、注目だ、注目ー。今からここに居る全員に上からの指示を伝えるぜ」


 パンパンと手を打って皆の注意を引くファーレンさん。伝令と聞いてかざわつく室内が静かになった。その室内でファーレンさんが懐から命令書のような物を取り出しながら言葉を続ける。


「よし、じゃ伝えるぜ。

 まあ、小難しい事言わずにまとめるとだ、"治療目的でここを訪れている者は余程重症の者を除き直ちに解散せよ"って内容だ」


 え、それって解散命令? つかいいのか、伝令が勝手に内容を省いたりなんかして。


 いきなりの解散命令に、ここで順番待ちをしていた人達から当然のように不満の声が上がるが、ファーレンさんはそれを手で制した。


「お前ら落ち着け。なにも一切関わるなって言ってるわけじゃねーんだからさ。それに、ちゃんと理由もあるからな? 文句言うのはそれを聞いてからにしてくれ」


 そこで一旦言葉を切り、周りを見渡してから再び話し始めた。


「まず最初に、ハルナちゃんはエクソシストであって治療師じゃねぇ。確かに怪我は治せるかもしれねぇが、本業じゃねぇって事を思い出してくれよ。

 でだ。あまりにもこっちに手を取られて、肝心の聖水作りに支障が出るんじゃないかと思われちまったらしくてな。それでこんな命令が出されたわけよ」


 あー、なるほど。確かに私のやり方を知らない他所から見れば、今のこの状況は少々マズイわな。忙しさにかまかけて、聖水作りに手を抜かれでもしたらたまらんだろうし。

 実際はこれ以上手を抜きようがないってぐらい簡単なんだけど。


「えっと。一応、聖水ならちゃんと毎日納めてると思うんだけど……」


 念のため、遠慮がちに手を上げながらそう反論してみる。


「あー、まぁそれは知ってるんだがな……。

 でも、今はなんとかなっても、これ以上人が増えたら分かんねぇだろ?」

「まぁ、確かに」


 実際、今日は既に20人程度は見てるしなぁ。この混み具合からするとあと30人は来るんじゃなかろうか。それに全員の怪我を魔法で治してるわけじゃないから、1人につき短くても5分は掛かっちゃうし……。


「それに何人か、居るべきじゃない奴まで混じってやがるしな」

「居るべきじゃない?」

「ああ。ここって、町を守って傷付いた奴らを治療院の代わりに治してるようなもんだろ? あっちに入りきらなかったヤツばっかだけどよ」

「まぁ、そうですね」

「ところが、だ。こん中にゃ非番だからって昼間っから酒飲んで転んで怪我した奴や、ハルナちゃんに手当てしてもらいたいだけで、いつもなら治療院なんて行かないような軽い怪我しただけの奴とかも混じってやがるんだな、これが」


 調べはついてんだぞと言わんばかりに室内をジロッと睨むファーレンさん。

 それにあわせて順番待ちをしていた何人かの人がさっと目を逸らした。


 ……をい。

 たまにやたらと怪我の軽い人が混じってるってそーゆー理由かっ!?


「まあそんなわけで、これ以上ハルナちゃんの仕事の邪魔をするなっつー指示が出ちまったんでな。悪いが皆、ここじゃなくて治療院の方に移ってくれ。

 ハルナちゃんが頑張ってくれたお陰で、あっちも多少受け入れる余裕が出来たらしいしよ」


 へぇ、悪循環から脱出したんだ。それなら私が抜けても大丈夫かな?


「いやだってよ、ここで治してもらうと、やたらと傷の治りが良くってよ……」


 そう言ったのは、順番待ちをしていた腕に包帯を巻いたお兄さん。


 それは多分持ってきた(持たされた)応急手当セットの中に入ってた消毒液を使った所為だな。こっちにはロクな消毒液がないっぽいし。マ○ロン(お徳用)バンザイ。


「わりぃが我慢してくれ。聖水作りが遅れると町が壊滅しかねねぇんだ。

 そんでハルナちゃん、こん中に今すぐ手当てしないとやべぇって奴は居るかい?」

「いえ、そこまで重症な人は居なかったと思いますよ」


 つかそんな人がいたら真っ先に手当てしてるし。


「そうか。それじゃ皆移動してくれ。解散だ、解散ー。

 ───それからハルナちゃん。さっきはああ言ったけど、酷い怪我をしたとかの緊急時には頼る事になるかもしんねえ。そん時はわりぃが診てやってくれるか?」


 後半部分をこっそりと伝えてくるファーレンさん。


「そりゃ構いませんけど。

 でも私、ずっとここに居るとは限らないですよ?」


 怪我を治すのは構わないが、至急手当てが必要な大怪我なんていつ起こるかなんて分かんないモンに対して備えるのはちょっと難しい。基本的にここに居るだろうが、さすがに常駐してるとまでは言い切れない。


「あー、そこは気にしなくてもいいぜ? 今のはもしもの話だ。ここは治療院じゃねえからな、ずっと備えてろとは言えねぇよ。つか、それだと今の伝令の意味ねーし」

「まぁ、確かに」


 もしそんな事になったら、うっかり出掛ける事も出来ないもんな。要は今まで通りの対応をしてればいいって事だろう。


 そんな事を話しているうちに、室内に残っているのは私、ウィリィ、ファーレンさんの3人だけになっていた。他の順番待ちをしていた人達は全員移動して行ったらしい。そして伝令を持ってきたファーレンさんも、今から他の治療院を巡ってさっきの伝令を伝えた上で患者が増えるぞと言いに行くらしく、"聖水、頼んだぜ"と言い残し、お茶も飲まずにさっさと行ってしまった。

 伝令という仕事も結構忙しいようだ。


 ファーレンさんが出て行くと、一気に部屋がガランとなった気がした。その中で唯一残ったウィリィが片付けをしている。


「なんだカ、いきなり手が空きましたネ」

「そうだねー。まさかこうなるとはね」


 私の方も手元に残っていた包帯やらガーゼやらを片付けながら相槌を打つ。


「ところデ、どうするンですカ? ファーレンさんハああ言ってましたガ、今日持って行く分ハもう作り終わってますよネ?」

「うん、そうなんだよね」


 ファーレンさんに伝令を下した上のほう(セルデスさんか?)は、聖水作りの遅れを心配していたようだが、実はまだまだ余裕があった。さすがに四六時中ひっきりなしに患者が訪れるようになればそうも言ってられないのだが、あの程度の人数ならまだ平気だ。

 実際、今日の分はもう既に作り終えて部屋の隅に置いてあるし。


「どうするンですカ?」

「んー……」


 ウィリィからの2度目の問いに、あごに手を当てて考える。

 この5日、きちんと聖水作りはしていたものの、怪我人の治療に手を取られて他の事をする余裕がなかったのは事実だ。そしてその聖水作りも終わった(終わってた)今、自由に使っていい時間が出来たと思っていいだろう、多分。


 ならこの機会に、今まで出来なかった事をしてしまおう。


「……そだね、魔術師ギルドに行こうか」






 空いた時間を利用して、やって来たのは魔術師ギルド。

 目的は、この5日間手のつけれなかったマレイトさんとの面会の約束アポを取り付けるためだ。

 そんな面倒な事をせず直に訪ねればいいと思うかもしれないが、この状況下で町の外へと避難せず、魔術師ギルドに身を寄せることを選んだマレイトさんだ。きっとこの状況をなんとかしようとしての事だろう。

 なら当然、今はメチャクチャ忙しいはず、と思っていたのだが……。


「おぉ、久しぶりじゃな、嬢ちゃんや。この町に残っておったんじゃな。

 こんな時じゃが、まあゆっくりして行ってくれ。

 ああ、今お茶をいれるからの、少々時間をもらうぞい」


 アポを取るどころか、いきなり中まで通され、応接室らしき場所で手ずからお茶をご馳走になるという事態になっていた。


 え、大丈夫なの? 忙しくないの!?


「えっと、時間とか大丈夫なんですか?」


 我に返ってから思わずマレイトさんに問い掛けていた。


「なんじゃい、唐突に。

 まぁ確かに、暇かと聞かれればそうではないと答えるんじゃがの。

 実は今、少々行き詰まっとっての。わしを助けると思うて、気分転換に付き合ってもらえんかな?」

「え? あ、はい。用があって訪ねたのはこっちですから、そのぐらいなら喜んで付き合いますけど……」

「結構、結構。よろしく頼むぞい。

 まあ、まずはお茶じゃな」


 そう言って席を立ったマレイトさんは、すぐにお盆にコップを2つ乗せて戻ってきた。

 ちなみにウィリィはこの場には居ない。魔術師ギルドまでは一緒に来たのだが、気を利かせてくれたのか、彼女は別室で私が戻るのを待っている。


 私は別に気にしないって言ったんだけどなぁ……。


「では、用件を聞こうかの。わしに聞きたい事があるんじゃったか?」

「ええ、そうなんですよ。実はある薬を探してまして───」


 マレイトさんの問い掛けに頭を切り替えると、改めて用件を切り出した。内容はもちろん、安全に仮死状態になれるは薬がないかどうかだ。

 だが、彼は少し考えた後に首を横に振った。


「いや、すまんの。そんな一度死んでから再び生き返るような秘薬なんて物は、わしにもとんと心当たりがないわい。

 まあひょっとすると、貴族、王族辺りには伝わっておるかもしれんが……」

「王族……って、王様?」

「そうじゃな、王とその一族の事じゃ。

 そこに伝わる秘伝の薬としてなら、そういった物があるかもしれん」


 え? いやちょっと待ってよ、なんでいきなり王様レベルの話になんのよ。いくらなんでも話が飛びすぎじゃない?


「えーっと。王様ってさすがに大げさすぎやしませんか?」

「なにを言っとるんじゃ。そんな物があれば政争の道具になるのは確実じゃぞ? 例えば後継者争いとかのぅ」


 いやいや、ンなもんどう使う……。って、ひょっとして死んだフリか?

 そういう事が出来るなら、政争なんてややこしそうな事に参加するにしても、そこから逃げるにしても、いい手札になるんだろうし。


「……あー、なるほど。

 え? てするとひょっとして私、とんでもない物を求めてた?」

「なんじゃい、自覚なしかいの。

 わしゃてっきり、見ない間にその手の厄介事に巻き込まれでもしたかと思ったんじゃが。

 まあ、王族云々はもしもの話じゃが、実際あったとしても相当な秘薬扱いのはずじゃ。手に入れるのはかなり難しいじゃろ」

「うわぁ……」


 もしマレイトさんの言う通りなら、それを手に入れるってかなり絶望的じゃない。王様なんかに知り合いはいないし、もしいたとしても、譲ってくださいって簡単に言えるモンでもなさそうだし……。ああもう、どうすりゃいいのよ。


 こりゃ一度戻って綾と相談かなぁと考えていると、マレイトさんが問い掛けてきた。


「のぅ、嬢ちゃんや。何故そんな物が必要か、事情を聞かせてもろうてもええかの?

 なにか変な事に巻き込まれでもしたかと思うたが、嬢ちゃんのその様子を見る限りそうでもないようじゃ。

 よければ話してくれんかの。ひょっとしたら力になれるかもしれんぞ?」


 んー、事情っか。事情といっても……。


「友達を連れ戻すため、でしょうか」

「……友達のため、じゃと?

 なんじゃい、その友達が実は大貴族の坊っちゃん嬢ちゃんで、家から出してもらえず連れ出すにはそんな誘拐同然の手段が必要になったとか……」

「いやいやいや、違いますって。なんでそうなるんですか」

「ほほ、冗談じゃよ。

 じゃがしかし、パッと思いつく理由が他になくてのぅ。一体なにがあったんじゃ?」

「えっと、そうですね。

 マレイトさんは妖精郷って言葉、知ってます?」

「妖精郷じゃと……?

 おとぎ話とかによく出てくる、ここであってここでない場所、精霊達の住まう場といわれるあの妖精郷かの?」


 異世界なんて言い方をしても通じそうにないので、ウィリィの言葉を借りてそう伝えてみたのだが……なんだか知らない言葉が出てきたぞ。


「えっと……、多分それで合ってると思います。

 実は先日、その妖精郷のような場所に友達と2人で迷い込んじゃいまして。

 私はこのモコちゃんのお陰で戻って来る事が出来たんですが、友達があっちに取り残されたままなんですよ」


 懐に向かってモコちゃん、と呼び掛けると、その声に応えて現れ手の中にぽふっと納まるモコちゃん。

 うーん、このふわふわでもこもこな手触りは癖になるなぁ。


「妖精郷に迷い込んだじゃと? 一体どうやって?」

「なんだか怪談のような不思議な出来事に遭遇して、気が付いたらってとこでしょうか。

 それにあくまでも似た様な場所であって、妖精郷そのものじゃないですよ?」

「なんじゃい、いやにはっきりと断言するのぅ。

 それに、その友達とやらは大丈夫なんかの? その話が本当なら、向こうに取り残されたままなんじゃろ?」

「あ、それは大丈夫です。向こうにいる、私の古くからの知り合いに面倒見てもらってますから」

「なに?」

「これは出来れば秘密にしててほしいんですが……、私ってそこの出身なんですよね、実は」

「……なんじゃと?」


 マレイトさんにならいいかとさっくり秘密をバラしてみたが、困惑した様子で聞き返されてしまった。


「あー、その、なんじゃ。つまり纏めるとじゃ。

 嬢ちゃんとその友達が妖精郷に迷い込んだ。

 連れ戻すには秘薬が必要。

 そして嬢ちゃんは妖精郷出身で、その友達は今、そこにいる嬢ちゃんの古い知人と共に暮らしてる、という事になるんじゃが……。

 嬢ちゃんが嘘を言っとるとは思わんが、さすがに信じがたいのぅ」

「……ですよねー」


 言われてみればその通り、かなり胡散臭い話だ。

 嘘は言ってないが、そうざっくり纏められるとかなり嘘っぽいし……。


「んっと、そうですね……。

 証拠になるかどうかは分かりませんが、向こうで作られた、ここでは見られない珍しい物を持って来てるんですよ。それをお見せしましょうか」

「ほう?」


 そんな提案をするとマレイトさんの目つきが変わった。

 趣味でこんな店経営してるだけあって、やっぱり珍しい物には目がないんだなー。


 そう思いながらごそごそと懐を探り、取り出したのは綾に持たされたスマホ。これで写真でも撮って見せれば、少しは信じてもらえるだろう。きっと。


 とりあえずボタンをぽち……って、あれ?


 何度かボタンをかちかちしてみたが、スマホは一向に反応を返さなかった。


「電池が切れてる……」


 そっか、あれから5日も経ってるもんな。数年前の型落ち品だって綾言ってたし、これは更にそのお下がり品だ。

 きっと電池がダメになり掛かってたんだろうなぁ。


「どうしたんじゃ? その手に持った黒い物が持ってきたという品かの?」

「まあ、そうなんですけど……、ちょっと待って下さいね」


 むぅ、困った。電池の切れたスマホなんてただの黒い板じゃない。材質は珍しいかもしんないけど、さすがにこれだけじゃちょっと弱い気がする。とはいえ、他に持ってきた品といえば、化粧品や応急手当セット、それから下着等の着替え類ぐらいだ。


 下着類を見せるのはまぁ論外として、化粧品とか見せてもなぁ。


 応急手当セットも似たような物がここにもあるし……、と考え込んだところで、ふと思いついた事が1つ。

 綾の作った指輪があるじゃない。


 そうと決まれば即行動。スマホを懐に戻し、モコちゃんにお願いして指輪セットを取り出してもらう。


「なんじゃい、さっきのは違ったんかいの? 今度はなんじゃ?」

「違うって事はないんですけど、こっちの方が分かりやすいかと思いまして。

 中身は見ればすぐ分かりますよ」


 そう言って、蓋をスライドさせるようにしてパカリと開く。

 中に納まっていた指輪が燭台の明かりを受けてきらきらと輝いた。


「ほぉ……、これは美しいのぅ。

 見たところ指輪のようじゃな。見事なまでに磨き抜かれておるわい」

「ええ、キレイでしょう?」

「うむ、かなりの一品じゃ。

 しかしのぅ、確かにこれは珍しいが、見られないといったほどの物ではないぞい?」

「もちろん、ただのキレイな指輪じゃないですよ。

 これはあっちにいる私の知人が作った魔法の杖の代わりでもあるんです。スゴいと思いませんか?」

「なんじゃと……?」

「指輪に付いてる石、実はこれ魔石になってまして。中に魔法陣が刻んであるんですよ」

「…………。

 もう少し、詳しく聞かせてもらえるかの?」


 なにやら真剣な声色で聞かれたので、実際に魔法陣を投影した実演も交えながら指輪の説明を続けていく。

 それに伴いどんどん怖い顔になってくマレイトさん。


 ひと通りの説明が終わっても、マレイトさんは指輪を手にしたまま難しい顔をしていたが、やがて思いついたように問い掛けてきた。


「ところでこれはどうやって魔法陣を書き換えるんじゃ? 見たところ、それらしい仕掛けはないように思えるんじゃが」

「書き換えですか? それは多分無理だと思いますけど。

 さっきも言いましたが、これって魔法陣を直接刻み込んでますし」

「なに? それらしき傷はどこにもなかったぞい?」

「綾……あ、私の知人の名前なんですけど、彼女が言うには確か、魔石の中に傷を入れる形で魔法陣を刻んだって言ってましたので、見た目じゃ分かんないと思いますよ」

「いやしかし、表面に傷は見当たらんぞ? 一体どうやったんじゃ?」

「さぁ、そこまでは私にはちょっと……。本人に聞けば教えてくれると思うんですが」

「ふぅむ……」


 大学にある機材を使ったような事を言ってた気はするけど、どんなのを使ったかまでかは、私には分かんないしなぁ。


「……面白い、面白いのぅ。是非ともこれを作った賢者殿と話がしてみたいわい」


 指輪を弄びながらうつむき加減で考え込んでいたマレイトさんだったが、やがて不気味な笑い顔を浮かべながら顔を上げた。


 うわ、なんか変なスイッチが入った!?


「ふむ。嬢ちゃんの悩みを解決すればその友人が戻ってこられるんじゃったな? つまり、その賢者殿とも会えるようになる、という事じゃろ?」


 しかもそっち!?


「えっと、私の友人の事は……」

「なに、嬢ちゃんの友人を連れ戻すついでに少し賢者殿と話をするだけじゃ。なにも問題あるまいて」


 いやいやいや、どう考えてもそっちメインで考えてますよね!?


「今のこの状況でですか?」

「この状況だからこそじゃ。わしは今、この状況の解決に向けての研究をしとるんじゃが、少々行き詰まっとってな。これほどの物を作れる賢者殿なら、なにかいい知恵を貸してくれるに違いあるまいて」


 んな断定されても。しかも賢者殿って、綾の評価がなんかスゴい事になってるし。


「いやまぁ、確かにそうかもしれませんが……。

 そのために必要な秘薬は、そう簡単に手に入らないんですよね?」

「それが問題なんじゃよなぁ……」


 再び考え込むマレイトさん。だが、すぐになにかを思い付いたように顔を上げた。


「のぅ、嬢ちゃんや。少し聞きたい事があるんじゃが……。

 嬢ちゃん自身は、そのモコちゃんの力でここに戻って来たと言っとったの?」

「ええ、そうですね」

「じゃが、その友達は戻って来れんかった。という事は、その力にはなにか制限がある、と考えてええんかの? 例えば主人以外には使えない力である、とか」


 スゴい、ほとんど当たってるじゃない。


「そうですね、大体合ってます。モコちゃんにお願い出来るのは、私自身か生き物じゃない物だけのようで……。ですからそんな秘薬を探してるワケなんですが」

「なるほどのぅ。

 なら、それに替わる手段があればいい、という事になるの?」

「え? あるんですか?」

「ある。妖精郷にまで届くかどうかは分からんが、試してみる価値はあるはずじゃ」


 実際に試した事はないからの、と言葉を続けるマレイトさん。

 そんな方法があるのなら一気に問題解決じゃない。


「それってどんな方法なんですか?」

「そうじゃな。言葉だけで説明するよりも、実際に見た方が分かり易かろう。

 すぐに持ってくるでな、少々待っとってくれ」


 そう言って席を立ったマレイトさんは部屋を出て行き、少ししてから1冊の分厚いアルバムのような本を抱えて戻ってきた。


「待たせたの、これがその方法じゃ」


 手に持った本を開いて見せるマレイトさん。その本にはページと呼べるようなものが存在せず、真ん中から2つに割れるのみだ。


「これってグリモア、ですか?」

「そうじゃ。少々特殊な魔法陣を記録しておくためのグリモアでな」


 マレイトさんがグリモアを操作すると、複雑な模様と文字がぎっしり詰まった1つの魔法陣が表示される。


「うわ、これはまた……複雑ですね。描くのに苦労しそうな……」

「まあ、これを宙に描くのは無理じゃろうな。複雑さ故に描き終わる前に霧散してしまうのがオチじゃ。

 大きな板かなにかを用意して、それに直接描くのがよかろうて」

「はあ、それは分かりましたけど。これってなんの魔法陣なんですか?」

「これは転移魔法陣といっての。魔法陣に触れているモノを対になった魔法陣へと瞬時に移動させる効果があるんじゃ」


 瞬時に移動させる? それってワープ装置!?


「え、それって人も、ですか?」

「もちろんじゃ。これを使えば、嬢ちゃんの友人も賢者殿もここに呼べるじゃろう」


 スゴい、そんな物があったんだ。

 ついでに綾を呼ぶ気満々なのはひとまず置いとくとして、まぁとりあえず。


「いいんですかこれ? 使わせてもらえるんですよね?」

「もちろんじゃ。大した機密でもないしの」

「え? この転移魔法陣が、ですか?」


 こんなもんがあったら色々とスゴい事になりそうな気がするんだけど。悪用とか簡単に出来ちゃうよね?


「効果だけを見れば便利に思うかもしれんがの。色々と不便な部分もあるでな、今ではよっぽどの事がない限り使われる事はないんじゃ。例えば消費魔力とかのぅ」

「そんなにスゴいんですか?」

「そうじゃな。転移させる距離によって消費魔力が変わるんじゃが、これを使うだけの魔力があるなら、別の事にまわした方が遥かに効率がいいというぐらいにはの」

「それはまた……」

「じゃが、その効果は保障するぞい。対になる魔法陣と魔力さえあれば、いつでも好きな時に移動出来るしの。

 さすがに妖精郷と繋げた事はないが、まぁ物は試しじゃ。これで駄目ならまた別の手段を考えればええ」

「……それもそうですね。

 ありがとうございます、早速試してみる事にしますね」

「うむ、成功する事を祈っとるよ。

 ついでと言ってはなんじゃが、もし上手くいったら例の賢者殿との繋ぎを取ってもらえんかのぅ?」


 あははは……、やっぱりそう来るのね。


「まぁ、そのぐらいでしたら構いませんけど。ここに呼ぶつもりなんですよね? 来るかどうかは分かりませんよ?」

「その辺も含めて、まずは交渉してみたいんじゃ。話してみん事にはなにも始まらんからの。嬢ちゃんには悪いが、伝言役を頼みたいんじゃ」


 まぁ、その程度なら魔法陣の使用料という事で……、とマレイトさんの頼みを引き受ける事にする。そして、いくつかの注意事項と共に分厚いグリモアを借り受けると、ウィリィと合流し魔術師ギルドを後にした。


 それにしても、魔法技術に惹かれまくりな綾とこっちの技術に興味津々なマレイトさんか。この2人が会った時にどんな会話が行われるかは非常に気になるところだけど……、私がついていける内容じゃないんだろうな、きっと。






 その日の夜、宿に戻って夕食を済ませると向こうへ戻る準備を整える。

 移動に必要な大鏡は店から借りて来たので(ちゃんとマレイトさんの許可を得てある)、宿から向こうへ飛ぶ準備は万全だ。


「じゃあウィリィ、あとをよろしくね。多分大丈夫だとは思うけど、誰か来たら適当にごまかしといて。遅くても明日の朝には戻るつもりだから」

「ハイ、分かりましタ」


 私はここで寝泊りしてる事になってるので、念のためウィリィに留守を預かってもらう事にする。


「モコちゃん、綾の家まで連れてってくれる?」

(是)

「行ってらっしゃイ」


 ウィリィに見送られながらモコちゃんにお願いすると、頭の中に声が響くと同時に軽い眩暈のような感覚に襲われる。

 気付けば見覚えのある脱衣室の、鏡の前で立っていた。


 この感覚には慣れないなぁと思いながら扉を開け、暗い脱衣室を後にする。


「ただいまー、綾。今戻ったわよ」


 と言いながらリビングの扉をがちゃりと開ける。


「あれ?」


 リビングに明かりは点いていたものの、中には誰もいなかった。

 替わりにすぐに隣の部屋から声がする。


「春菜か? 私達はこっちだ」


 声が聞こえてきたのは、普段は使わないが客間として使ってる和室の方からだった。

 珍しい事もあるもんだと思いながらふすまを開く。


「ただい……ま?」


 客間の中央には布団が敷かれていた。その布団にはスフィルが寝かされていた。そして看病するように綾が傍に寄り添っている。

 枕元には、花、果物、お菓子やジュース類など、見舞い品と思われる様々な品がたくさん積み上げられていた。


「え、え?」

「ようやく戻ってきたか。まったく、5日も放置しおってからに……」


 事態が飲み込めない私に綾がぶつぶつと文句を言う。


「え、スフィル、病気───」

「あ、ハルナ。お帰りー」


 になったの? という私の言葉を遮って、寝ていたスフィルが暢気な声を上げた。

 その声に不調を感じさせる部分はない。


「ああ、もう起きていいぞ」

「ホント? 寝るのは楽でいいけど、寝たままってのは結構窮屈なのよねー」


 そう言いながら、がばりと元気よく身体を起こすスフィル。


 え、なにこれ、どーゆー事?


ようやくここまで持ってくることが出来ました。一応予定通りの流れです。

ぽっと出てきた転移魔法についてですが、初出ではなく実は第5話でチラッと出てきてます。


混ぜるな危険? なんのことですか?

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