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75 思わぬ帰還 その5

お待たせしました。

でも正直な話、1ヶ月期限に間に合うとは思わんかった……。


今回はちょっぴり長めの14,500文字です。


「…………」

「…………」

「…………」


 腰に啓介君をくっつけたまま見つめあう私達3人。私のすぐ近くでは落下したタンクがじゃばじゃばと水を吐き出し続けている。


 なにか言わなくてはと頭では分かってるのだが、どーしよう、やっちゃったよ、の2つの思いが頭をぐるぐると回り、上手く言葉が出てこない。


 そうしているうちに、直人君の後ろから綾が顔を出した。


「なんだか凄い音がしたので見に来てみれば……、なんだこの状況は。春菜が襲われているのか?」


 え? あー、確かにこの状況はそう見えるか。


 と思った瞬間、啓介君がものすごい勢いで跳ね起きた。


「ち、ちちち違うっす!? えっとこれはその助けるためというかなんというか」

「そうそう。屋根からタンクが落ちて来たと思ったら、啓介君に押し倒されてて……」

「春菜さんん!? その言い方はまずいっす!」


 パニクる啓介君をすっと目を細めて見つめる綾。

 そして中を指差し静かな声で言い放った。


「まあ、とりあえず中に入れ。そして着替えろ。話はそれからだ」


 降り続ける雨の中に長く居たため、私と啓介君はまたしてもずぶ濡れた。綾の言うことも分かる。

 とりあえず私達は小屋の中へと戻る事にした。


 部屋に入ったところで、スフィルがずぶ濡れな私を見つけて寄って来た。


「ちょっとどうしたのハルナ。ずぶ濡れじゃない。それにさっきの凄い音はなに?」

「ちょっと屋根からタンクが落ちてきてね。当たんなかったからよかったんだけど、雨で濡れちゃってさ。あーあ、参ったなぁ」


 さっき見られたことを思い出し、頭を抱えたい気分に襲われながらも濡れたままだと困るので手早く着替える事にする。といっても、幸い水は中まで染みてないので、ローブ脱いで干すだけだ。

 啓介君は部屋の反対側で着替えている。


 汚れたローブを脱いでると、途中でスフィルがなにか手伝える事はないかと聞いてきた。

 特に私からはなにもなかったのだが、それならばと綾が食料と水の捜索をお願いしていた。綾が言うには、こういった避難小屋には食べ物等の常備品があるものらしい。


「それで綾、さっきの事なんだけどさ……」

「ああ、それなら説明は要らん。窓越しに見えていたからな」

「え、見てたんだ?」

「ああ。

 まったく、面倒な事になったな。どうするつもりだ?」

「どうするって、ごまかすしかないと思うんだけど……」

「目撃者が2人もいるのにか?」

「う、そこが難点なんだよねぇ……」

「そうだな。いっそ埋めるか?」

「ちょ、綾!?」


 イキナリなに物騒なこと言いやがりますか。


「冗談だ。だが私が思うに大して問題はないと思うぞ?」

「問題ない? 今のが?」

「ああ。魔法を目撃したのはあの2人だけだろう? そしてそれ以外に証拠はなにもない。

 もっと大勢の人の前で見せたとか、撮影されていたとかならともかく、これなら例え言いふらされたとしても痛い人扱いされるのが精々で、信じる人はいないだろうよ」

「……なるほど」


 確かにこの現代で"魔法を見ました"なんて言っても、錯覚扱いされるのがオチだろう。

 言えば言うほど周りからの見る目がキツイ物になっていく気がする。


「まあ、それを踏まえた上でどうするかは春菜、お前が決めろ。

 フォローぐらいはしてやるさ」

「分かった。ちょっと考えてみるよ」


 脱いだローブを干しながら、どこまで話したもんかと考える事にした。






 着替え終わってひと息ついたところで、綾と私、啓介君と直人君の4人でテーブルを囲んでの話し合いが始った。


 まず最初に口を開いたのは綾だ。顔の前で手を組み、静かに啓介君に語り掛ける。


「さて、私の友人を襲ってくれた言い訳を聞こうか」

「ちょ、説明してくれたんじゃないんすか!?」


 イキナリの宣言に慌てまくる啓介君。

 横から見れば綾の口元が緩んでいるのが分かるので、綾がふざけているのは丸分かりなのだが。


「綾……、それワザとからかってるでしょ」

「む、バレたか。私なりに緊張をほぐそうとしてみたのだがな」

「心臓に悪い冗談はやめてほしいっす……」


 啓介君がパタリと机に突っ伏してぐったりしていた。

 直人君もその隣でうなづいている。


「まあ冗談はこのぐらいにするとして。春菜、話す事があるのだろう?」

「うん、えっと……。

 まずは確認なんだけど、2人ともさっき私がやったことって見ちゃった、よね?」


 その言葉に復活した2人が揃って首を縦に振る。


「ばっちり見たっすね、オレも直人も。

 なんかゲームの魔法陣みたいなのが出て来て、落ちてきたやつを弾いてたっすけど……。なんなんすか、あれ」


 あー、やっぱりなぁ。


「うんまあ、見たまんま"魔法"なんだけどさ」

「は……?」

「魔法、っすか」


 未だ飲み込めてないといった感じの2人に、続けて説明を追加する。


「そう、魔法。

 魔法陣という名の図を描き、そこに魔力と呼ばれるエネルギーを流す事で色々な現象を起こせるの。……こんな感じで」


 指先に魔力を集め、"こんなかんじ"とひらがなで空中に文字を書いて見せる。魔法陣を描くときの応用だ。


「…………」

「空中に文字が……」


 呆然とした感じでつぶやく2人。


「とまあ、これがさっき私のやったことなんだけど」

「…………」

「…………」


 2人とも言葉もないようだ。


 そのまましばらく空中に書かれた文字をぼーっと見つめていたかと思うと、突然堰を切ったかのように直人君が叫び出した。


「す……、すげー! すげーすげーすげー!」

「なんだよいきなり。うるさいぞ直人、ちょっと落ち着け」

「なんでだよ啓介! 魔法だぜ魔法、実際あったんだぜ!? これが騒がずにいられるかよ」

「あのなぁ……」


 啓介君が呆れたようにつぶやいた。それとは対照的に直人君は目をきらきらとさせている。目に星が入るってのはこんな感じなんだろうか。


 と思っていると、机に身を乗り上げるような勢いで直人君に詰め寄られていた。

 その顔がどアップで目に映る。


「それってオレにも使う事出来るんですか!? 是非とも教えてください!」


 ちょ、近い近い近い!?


 思わず身を引くと、その間に綾が割って入ってくれた。


「落ち着け。また春菜を押し倒す気か? そう詰め寄っては話も出来んぞ。

 ……まあその問いには私が答えておこう、可能性はあるとな」

「そうか、そうかそうかそうか……っ」


 綾の答えに今度は両手を握り締めて震えだす直人君。なんなんだ一体。

 そこをそっと取り成すように啓介君が尋ねてきた。


「あの、よかったんすか? こんな事オレらに教えちまって……」

「春菜の決めた事だ、別に構わんよ。魔法があるなどという証拠はどこにもないからな。

 それに、こちらがとぼけてしまえば、そんなことを言い出した君達が周りからどういった目で見られるかぐらいは想像がつくだろう?」

「……そっすね」

「しかし私が言うのもなんだが、ずいぶんあっさり信じるのだな。嘘を言ってるつもりはないが、これもかなり荒唐無稽な話だと思うのだが」

「実際に目の前で見せられましたからね。

 それに、不思議な事は今日これで2回目っすから、ちょっとだけ耐性付いてるっす」

「え、2回目?」

「そっす。ここに来る前、顧問の先生とはぐれたって言ったじゃないすか。その時の話なんすけど……」

「なにかあったの?」

「ええ。

 オレら2人と先生がはぐれた時って、ちょうど雨がめちゃくちゃキツイ時で、気付いたら道を見失ってるわ先生消えちまうわで、2人で途方に暮れてたんすよ。

 ここ(避難小屋)がある事は緊急避難場所として教えられてたから知ってたんすけど、当然そんな状態でここへの道なんて分かるはずもなく、ホントどうしようかって困ってた時だったんすけど……。

 おい直人、そろそろ戻って来い。お前もあの声聞いただろ?」

「え、なに? 聞いてなかったんだけど……」

「舞い上がってんなおい……。

 オレらがセンセーとはぐれた後に聞いた、あの変な声の話だよ」

「声? ああ、あの声な。あれマジで助かったよな……」

「声か。ふむ、どんな声を聞いたのだ?」

「こっちだっていう、男か女かも分かんないような声で、それが頭に直接響くような感じで聞こえたんす。

 最初は幻聴かと思ったんすけど、直人にも聞こえてるみたいだし、何度も何度も響いてくるしで……。めちゃくちゃ不気味だったんすけど、ここで立ち止まってても埒が明かないっすし、他にアテもなかったっすからその声の通りに歩いてみようって事になりまして。そしたらここに辿りつけたんすよ。

 ここら辺の昔話は結構有名っすから、直人と2人でこれが魔女の仕業かとか冗談交じりに話してたんすけど、そこに春菜さんがあの格好で出てくるじゃないすか。本気でびびったっすよ。

 あれってひょっとして、春菜さん達の仕業だったりするんすか?」


 私が出た時にやたらと驚いてたのはそーゆー理由か。


「違うよ。啓介君達が迷ってる事を知ったのは今だしね。それに声を飛ばすような魔法なんて私知らないし……」

「そっすか……。

 なんだったんすかね、あれ。まあ、助かったっちゃ助かったんすけど」

「うーん、そこまではさすがに。綾は?」

「私もだ。判断するには材料が少なすぎるな」


 頭に直接響く声といえばモコちゃんのテレパシーが真っ先に思い浮かぶのだが、モコちゃんにそんな事をする理由はないはずだし……。


 そんなことを考えていると、管理人室の扉を開けてスフィルがこちらにやってきた。

 なんだか困ったような顔をしている。なにかあったのだろうか。


「アヤ、ちょっといい? 食べ物と水を見つけたんだけど……」

「どうした? あー……、異常、あった?」

「ちょっとね。見てもらっていいかな」

「分かった。

 ……すまんが話はここまでだ、なにか問題があったらしい」

「うぃ、了解っす」


 啓介君達との話を切り上げ、スフィルを先頭に管理人室へと移動する。


 これなんだけど、とスフィルが指差す先には、クッキーや干し肉が詰まった箱が置かれていた。

 ただその中身には、びっしりと青かびが生えているのだが。


「なんともまあ……。これではとても食べれんな。管理人の怠慢だな、これは」


 干し肉を1つ摘まんで呆れたように言う綾。確かにこれではきちんと管理されてたようには思えない。

 続けて綾の目が隣に並ぶ大きなかめへと移る。そこにはなみなみと水が溜められており、飲料水との張り紙がされているのだが……。


「食料がこれではこっちの水も危ないかもしれんな。

 うん? よく見ると水の底にぷつぷつと卵らしきものが───」

「ちょ、やめてよ!? 飲めなくなるじゃない」

「君達2人はどう思う?」


 くるりと後ろを振り返り、ついて来ていた啓介君と直人君に尋ねる綾。


「やめた方がいいんじゃないですか? ここでお腹壊すと悲惨ですよ」

「そっすね、オレも同意見っす。よっぽどの非常事態ならともかく……」


 確かに。今この状況でお腹を壊すと、かなり悲惨な目にあうことは間違いない。


「……そうだな。

 君達の方は、水と食料は大丈夫なのか?」

「オレらは大丈夫っす。念のため、食べ物とかは余分に持ってくように言われてましたんで、それを食べれば」

「ふむ。なら君達はそれでいいとして、問題は私達か。

 食料はともかく水がないのはまずいな。この辺で水を汲めるような場所があればいいのだが……」

「あったとしてもこの雨の中出て行くんですか? もう暗くなってきてますし、今離れると最悪、帰って来れなくなりそうですけど……」

「確かに。今から外に出るのは無謀か」


 考え込む綾に声を掛けたのは啓介君だ。


「オレらの水を分ければいいんじゃないすか?」

「その好意はありがたいが、私達は3人だからな。最悪、君達の分までなくなってしまう事になりかねん」

「そっすか……」

「まあ、私達の事は気にするな。ひと晩ぐらい我慢するさ」


 諦めたように宣言する綾。


 うげ、ひと晩水なしか……、と思ってたところで、直人君がポツリとつぶやいた。


「魔法で水が出せればいいんですけどね……」

「あっ」


 そうだすっかり忘れてた。私には魔法があるじゃないか。


 急いで自分の荷物置き場まで戻ると、鞄を漁ってケースを取り出しパカリと開く。

 中に並ぶ10個の指輪が目に映る。


「なんすか、それ?」


 急に走り出した私を見て、追いかけてきた啓介君が尋ねてくる。


「これ? 綾が作ってくれた魔法の指輪だよ。これがあれば魔法を使うのが楽になるの」

「そんなのあるんですか!?」

「まあ見ててよ」


 『湧水』のラベルが貼られた指輪を取り出し、洗面台のところで魔力を流す。

 すると一瞬のうちに展開された魔法陣から水がざばざばと流れ出した。


「おおー、すげー!」

「なにもないところから水が出てるっすね……」


 再び叫び声を上げる直人君と、感心した様子の啓介君。

 その声が聞こえたのか、後ろから綾がやってきた。


「なるほど、その手があったか。春菜、それは飲める水なのか?」

「んー、多分大丈夫なんじゃない?

 少なくとも、あの水を飲むよりはいいと思うんだけど」

「それもそうだな。

 よし春菜、そのまま水を出し続けててくれ。あっちに鍋があったはずだ、それに汲み置きしておこう」


 そう言って管理人室から大き目の鍋を3つばかり持って来た。そしてそのままざぶざぶと洗い出す綾。

 先に鍋の埃を落とす事にしたらしい。見た目埃まみれだったもんな。


「もう少しそのまま頼むぞ」

「はいはい。私水道じゃないんだけどなー」


 ざばざばと水を垂れ流しつつぼやく私の横で、せっせと水を汲み上げる綾。

 全ての鍋を水で満たすと、ようやく綾のお許しが出たので水を止める。


 そしてなんだかさっきから直人君の目線がスゴイ。私の手、具体的にははめた指輪に釘付けだ。


「あの……、ちょっといいですか」


 しばらくすると、意を決したように声を掛けてきた。

 まあ用件は大体分かるけどさ。


「なに?」

「その指輪をじっくり見てみたいんですけど、いいですか?」


 あははは、やっぱりそう来るよねー。さっきの様子からして大体そんなことだと思ってたけど、大当たりだ。


「いいよ。ほら」


 指輪を外して直人君の手に乗っけると、恐る恐るといった感じで摘み上げる。

 つけてもいいよと言うと、ものすごく嬉しそうに右手の中指にはめていた。そして指輪をはめた手をニマニマと眺めている。なんだか今にも踊り出しそうだ。


「これ、どうやって使うんですか?」

「指輪に魔力を込めれば使えるよ。そしたら魔法陣が自動で展開されるから」

「魔力……って、どうやるんですか?」

「さあ? こればっかりは人次第みたいだから、ちょっと分かんないかなー。

 私の場合はか……、体の中から力をしぼり出すような感じでやるんだけど」

「しぼり出す、ですか……」


 あっぶな、鎌って言い掛けたよ。さすがにそれはNGワード過ぎる。


 内心冷や汗をかいていた私に気付かず、目をつぶって集中を始める直人君。その雰囲気に冗談めいたものはなにひとつ感じられない。

 続けて今度は目を開けて唸りだした。その目は指輪をじっと見つめている。というか、真剣すぎて目が怖い。にらみ付けてるといっても過言じゃないぐらいだ。


「彼は一体なにをしてるんだ?」


 いつの間にか私の隣には綾が立っており、その様子を一緒に眺めていた。


「指輪貸してっていうから貸したげたんだけどさ」

「なるほどな。あれを使おうと必死になってるのか」

「正解。使い方を説明した途端、ああなっちゃって」


 そう説明すると、綾の視線がなんだか微笑ましい物を見る目になった。


「まあしばらくは放っておくか、あの様子では壊す事もないだろう。ただ、返してもらうのを忘れるなよ?」

「分かってるって」


 その後結局、直人君の唸り声は食事の時間になるまでの間、約1時間にもわたって続いた。集中しすぎて食事前にぐったりとなった直人君を見て、頑張りすぎだと声を掛ける啓介君に同意しながら指輪を返してもらう。結局、一度も使えなかったらしい。やはり魔力を使うというのは一筋縄ではいかないようだ。


 ちなみに私達の夕食は、スフィルの鞄に入っていた保存食を使った鍋で煮込んだ簡単なスープだ。辛うじて生きている携帯用コンロがあったので助かった。

 啓介君直人君の2人は、カ○リーメイトのような棒状の携帯食をかじって過ごしている。


 それぞれが寂しい夕食を取ったあと、私とスフィルを除く3人は疲れが出たのかうつらうつらとし始めたので、早々に明日に備えて休むことになった。






「春菜、起きてくれ。おい春菜」

「……う?」


 揺すられる体と綾の声で、寝ているところを起こされた。

 ところどころ体が強張っている気がする。固い床の上で寝ていた所為だろうか。


 うぅ、やっと寝付けたと思ったのに……。


「なによもう……」


 文句を言いながらも体を起こす。辺りを見回してみるがまだ真っ暗だ。


「まだ真っ暗じゃない、何時よ一体……」

「午前3時を少し回ったところだ。少々急を要する事態と判断したのでな、悪いが起こさせてもらった。

 それから、向こうの2人はまだ寝たままだ。少し小声で頼む」


 午前3時て……、そりゃ暗いはずだわ。


 込み上げてくる欠伸をかみ殺しながら用件を尋ねる。


「それで、急な事態ってなんなのよ?」

「ああ、手短に説明するぞ。

 実はさっき私の携帯に連絡があってな、地元の警察からだったんだが」

「携帯? 電波届いたの?」

「ああ。雨が上がったお陰か繋がるようになった」

「なんで綾の携帯に警察から連絡がくんのよ」

「崖崩れで立ち往生していると連絡を入れた所為だろう。この避難小屋まで移動する事を勧めてきたのは向こうだからな」

「あー、そいやそうだったね」

「それでだ。向こうの話をまとめると、今救助隊がここに向かってるので、そのまま待機していてほしいという内容だったのだが……」

「救助隊ってまた大げさな」

「いや、私達は言わばついでだ。どうやらあの2人の話が警察に行ってるらしくてな。彼らも言っていただろう? 山道で先生とはぐれてしまったと。元はその捜索をしていたらしい。ここに居ると知って随分と安心していたようだったが」

「へぇ、よかったじゃない」

「まぁ、それはな。

 それより話を戻すぞ。さっき救助隊が来るという話はしたな? このままここに居て一緒に救助されてしまうと、少なくとも身元確認は確実に行われる。私だけなら問題はないが、お前とスフィルが見つかるのは少々まずい」

「う、確かに。ちょっとそれはマズイね」


 戸籍もパスポートもビザもないスフィルと、死んだはずである私の組み合わせだ。怪しいことこの上ない。


「それでだ。私の出した結論は、救助隊が来る前にこっそりとここを出て、徒歩で山を越えてしまうというものだ。

 これはお前達2人だけで行ってもらう事になる。私はここに残って救助待ちだ。連絡を入れたはずの私までが居なくなるのはおかしいからな。

 救助隊は恐らくこちらのふもと側から山を登って来ているはずだ。山を越える意味もないしな。ここから直接降りたのでは、途中でそれと鉢合わせになる可能性がある。

 山を越える必要があるというのはそのためだ。かなり厳しい道のりになるとは思うが、お前達2人なら恐らく大丈夫だろう」


 真剣な顔をしてそう言い切る綾。頭のいい彼女がここまで言うからには、ホントにこれが一番いい方法なんだろう。


「はぁ、勘弁して……と言いたいとこなんだけどなー。

 まぁ事情は分かったとして、あの2人はどうするの?」

「あの2人には、あとで私の方から口止めをしておく。別に凶悪犯が逃げ込んだわけではないからな、恐らくそれだけで事足りるはずだ」

「分かったよ。じゃあ、そっちはよろしくね」

「ああ、任せてくれ。とりあえず春菜はスフィルを起こしてくれ。私はその間に山越えルートの選別と、お前達2人の荷物をまとめておく」

「はいはい、っと」


 それから30分ばかりごそごそと準備をしてから、スフィルと一緒に小屋を出た。

 雨はもうすっかり上がっている。


 『光源』の魔法で明かりを作り、暗闇の中を1歩1歩と歩いていく。地面がかなりぬかるんでいるので、気を抜いて歩くと転んでしまいそうだ。


 綾の立てた予定では、まずレンタカーを置き去りにした道路まで戻り、徒歩で崖崩れを迂回。その後道路に沿って龍昇寺まで登って行くことになっている。

 そしてそこからは、山の向こうへ降りる道を探し、そのまま道路沿いに歩いて山を降り(あるならバスを使ってもいい)、電車を使って帰宅する手筈になっていた。


 さすが綾。基本道路沿いに歩くだけの迷いようのないルートだ。

 ……と思っていたのだが。


「ねぇスフィル、こっちで道合ってると思う?」

「こう暗くちゃなんとも言えないって……。登ってる事だけは確実なんだけど」

「うぅ、そこは嘘でも大丈夫って言って欲しかったかなー」


 小屋を出てから確実に30分以上は歩いているのだが、未だにレンタカーを止めた道路すら見えてこないという情けない事態に陥っていた。


 まさか最初の一歩でつまづくとは……。一度通った道だと油断していたのがマズかったのだろうか。

 同じ道でも行きと帰りとでは見え方が全然違う上、周りの景色も似たようなものばかりで、どっちを向いて歩いているかすら分からない。


 あははは、困ったなぁ……。


 思わず天を仰いだところで、頬にぽつりと冷たい感触。

 それと同時に、ザーという音と共に再び雨が降りだした。


「うそー? 勘弁してよ、もう……」

「そんなこと言ってる場合じゃないって。急ごう、ハルナ?」

「分かってるよ。

 ……あ、待って。一応傘、1本だけあったから」


 避難小屋の隅に転がっていた、使い古されたぼろぼろのビニール傘を取り出して広げる。

 そこらのコンビニで売ってるような安物の傘だが、無いよりはずっとマシなはずだ。


 1本の傘にスフィルと2人並んで入り、暗い山道を再び歩き始めた。


「道、こっちでいいのかな」

「分からないけど、こんな雨の当たる場所で立ち止まってるよりはいいと思うよ」

「それもそっか」


 暗く、明かりのほぼない山の中。辺りには鬱蒼とした木々が生い茂るのみで、目立つようなものはなにもない。なにもかも周り全てが同じような景色に見えてくる。

 歩いても歩いても変わらない景色に、同じ場所をぐるぐると回っているんじゃないかという考えが頭をよぎる。

 ずっと坂を登り続けている感覚はあるので、それはないはずなのだが……。


 これはますますもってヤバイか、と思い始めたその時。


 ───こっちだ。


 なにかが聞こえた気がして足を止めた。

 並んで歩く片方が足を止めれば、必然的にもう片方も足を止める事になるわけで。


「……?」

「どうかしたの、ハルナ? 急に立ち止まったりなんかして」

「いや、なんか聞こえなかった?」

「え? ……特に変な音は聞こえないけど」


 スフィルの五感は私なんかよりずっと鋭い。それは今までスフィルと一緒に行動してきた私がよく分かっている。


 スフィルが聞こえないというなら気のせいだったんだろう。


 そう結論付け、再び歩き出そうとした時。


 ───こっちだ。


 またしても頭の中で響いた声に、思わず足を止めていた。

 今度はスフィルにも聞こえたらしく、彼女も同時に足を止めている。


「なに今の声? ひょっとしてモコちゃん?」


 スフィルが私に尋ねるようにして聞いてきたので、モコちゃんに確認してみる。……が、答えは否。

 ひょっとして、これがあの2人の言っていた謎の声なんだろうか。


 ───こっちだ。


「なんなの一体。ひょっとしてゴーストとか?」

「それは違うと思うよ。……特になにも感じないし」


 感覚を研ぎ澄まさせるように集中してみるも、これといってなにも感じる事はない。

 ゴーストの類ではないはずだ。


 ───こっちだ。


 あの2人の話が本当なら、この声に従って動いても多分問題はないのだろうが……。

 声に従ってみるか? 手詰まり状態ではあるし、これ以上悪い状況になる確率はこのまま普通に歩いているのと大して変わらないだろう。


 よし、行ってみるか。


 結論を出し、適当に数歩踏み出したところで、また頭の中で声が響いた。


 ───違う、こっちだ。


 えぇい、頭の中で響く声の方向なんか分かるかっつーの。


 文句を思い浮かべながらも、また違う方向に向けて数歩踏み出した。


 ───そう、そのまま。


 どうやらこっちで合ってるらしい。そのまま真っ直ぐに歩き出す。


「いいの? あんな声の言うとおりにしちゃって」

「分かんないけど……。これ以上悪くなるならこのまま歩いてても一緒なんじゃない?」

「そうかもしんないけどさ……」


 微妙に納得行かないといった感じのスフィルだったが、これといって反対する理由がないのか黙って一緒について来る。


 こっちだ。違う。そのまま。等といった声に従いつつ1時間ぐらいは歩いただろうか。

 ふと気付けば前方に、小さな光る玉のようなものが浮かんでいた。


 ───ここだ、ここまで。


 先程よりも強く声を感じる。あれが発生源なのだろうか。


 スフィルと2人で顔を見合わせ、なにが起きても大丈夫なように慎重に光る玉へと近づいていく。

 手を触れられる程の距離まで近づいたと思った次の瞬間、光の玉は大きく膨れ上がり、向こうが透けて見える腰の曲がった老人に姿を変えた。


 なんじゃそりゃ。


 びっくりして固まる私の隣で、スフィルも同じく目を大きく開いて固まっている。


 ───なんじゃ、嬢ちゃん達。ワシらの姿が見えるんかいな。


 再び頭の中で響く声はさっきまで感じていたのと同じものだ。


 ───ん? 聞こえとらんか?

「ああいえ、聞いてます聞こえてます。ちょっとびっくりしまして……」


 慌てて返事を返した。


 ───ふむ、では見えてはおるんじゃな。

「まぁ、色々と事情がありまして、あなたの事は普通に見えてます。

 それであなたは一体……?」

 ───ワシらか? ワシらは昔この山に捨てられた婆達のなれの果てじゃよ。今はこうしてこっそりと道案内なぞをしておるがの。


 そう言ってふぇふぇふぇと笑う半透明な老人。


 それって綾から聞いた姥捨て山だったっていうあれ?

 しかもなれの果てって事は、私達死神に送られなかった魂ってことなんじゃ……。


 ───なにやら考え込んでいるところを悪いが、もう少し歩くでの。嬢ちゃんたちの行き先は龍昇寺じゃろ? そこまで案内するでな、もう少しだけ頑張ってくれ。

「……目的地が分かるんですか?」

───長年こういうことをやっとると、大体分かるようになるでの。まあワシらの勘じゃがの。


 再びふぇふぇふぇと笑う老人の霊。


「行こう、ハルナ? 多分ついてっても大丈夫だと思うよ」


 私の横で固まっていたはずのスフィルがそう言い出した。

 そういえばスフィルも色々と見える体質だったっけ。


「分かるの?」

「まあ、勘だけどね」


 勘か。でもスフィルの勘は結構アテになるからなぁ……。トランプの時でも冴えまくってたし。


「まぁ、スフィルがそう言うなら。

 すみませんが、案内お願いします」

 ───任せておきな。こうやって直接頼られるのもいいものだねぇ、ふぇふぇふぇ。


 その後特にこれといった会話もなく、なにやら上機嫌そうな老人の後ろについて歩き続ける事約10分。がさごそと茂みをかき分けながら進んでいると、やがてアスファルトで舗装されたしっかりとした道に出た。

 ぽつぽつと降り続いていた雨もいつの間にか上がっており、辺りはうっすらと明るくなってきている。


「ここは……?」

 ───龍昇寺が管理しておる庭園の奥の方じゃな。このまま道に沿って歩けば寺につくじゃろ。


 おー、ホントについたんだ。


「ありがとうございます、ホントに助かりました」

 ───年寄りの趣味じゃ、礼はいらんよ。それからひとつ忠告しておくが、人に見つかる前に立ち去る事じゃな。ここは本来、見物料を払って入る場所らしいからの。


 そう言って再びふぇふぇふぇと笑った。


 ちょっと待て、なんつー場所に案内してくれやがりますか!?


「……分かりました、さっさとに立ち去る事にします」

 ───ああ、それがええ。達者での。

「助かりました、ありがとうございます」


 私に続いてスフィルもお礼を言うと、そこから立ち去ろうとする老人の霊。

 私はそれを呼び止めた。ひとつ確認したい事があるからだ。


「待ってください、ひとつだけ聞いていいですか?」

 ───む、なんじゃ?

「こんな大きな鎌を持った人、見たことありませんか?」


 手の中に大鎌を出現させると、それをひと振りしてから見せつけるように突き出した。


「ちょっと、ハルナ!?」


 隣でスフィルが慌てたような声を出すが、これは必要な事だ。

 もし嫌々留まっているようなら、ここで私が送らねばならない。


 それを見て少々驚いた風だった老人の霊から答えが返ってくる。


 ───なんとまあ、嬢ちゃんは黄泉路への案内人じゃったか。いや、お主のような者は見とらんのぅ。


 てことは、これは完全に先輩方のミスか。


「そうですか、分かりました。

 もし必要でしたら、私が向こうまで送ってあげられると思いますが……」

 ───いや、不要じゃよ。ワシらは好きでこうしておるよってな。なにも悪さはしとらんゆえ、見逃してもらえるとありがたいんじゃがの。

「あー、無理やりどうこうしようと思ってるわけじゃないのでご心配なく」


 手の中の大鎌を霧散させる。老人の霊もどこかほっとした様子だ。


 ───ふぇふぇふぇ、そうかい? それは助かるのぅ。そうじゃな、もしこの現状に飽きたら、また嬢ちゃんが来た時にでも送ってもらうとするかの。

「また来た時って、えらく気の長い話ですね」

 ───そのぐらい先だと言うことじゃよ。またいつか、思い出した時にでもワシらの事を見に来てくれればええ。

「……分かりました。いつか、必ず」

 ───ああ頼むよ。ではまたの、そちらのご同輩にもよろしく伝えといておくれ。


 そう言い残すと、老人の霊は再び山の奥へと帰っていってしまった。


 ご同輩……? と頭をひねっていると、今度はモコちゃんからのテレパシーが届く。


(主)

「ん? なに、モコちゃん」

(先程の者、我、同類)

「同類? さっきの人とモコちゃんが?」

(是)


 同類ってことは、あの人も精霊だったってことだろうか。ご同輩とか言ってたし。

 もしモコちゃんと同じなら、なにも感じないのも分かるけど。でもなれの果てとか言ってたしなぁ……。


 普通の霊が精霊化したとか? どうやって? そんな事があるのか?

 うーむ、さっぱり分からん。まあ考えても答えなんて出ないんだけどさ。


 頭を振って疑問を追い出し、早朝の誰もいない道をスフィルと2人で並んで歩く。

 道の左右に植えられた、色とりどりのアジサイがとてもきれいだ。


「きれいねー、また来てもいいって思えるぐらいきれい。

 ね、ハルナ? ここがアヤと3人で来る予定だった場所なんでしょ?」

「そだよ。まぁ、その前に酷い目にあったんだけどさ」

「確かにね。あれはもう2度としたくないわ、びしょ濡れになったし。

 でも本当なら、そんな目にあわずにここまで来れる予定だったんでしょ?」

「うん、あれは運が悪かったとしか言いようがないかな」


 崖崩れに2連続で遭遇するなんて、相当運が悪くないとありえないだろう。


「だったらまた来てみたいかな。今度はアヤも一緒でさ。3人でここを歩くってのも気持ちよさそうじゃない」

「そうだね……。分かった、また来れるように綾と相談してみるよ」

「よろしく、ハルナ。

 じゃ、今日のところはさっさと退散しましょうか。確か人に見つかったらヤバイんでしょ?」

「っとそうだった。こっそりと抜け出さなきゃ……」


 入園料なんてこれっぽっちも払わずに入ってるもんな。ここの人に見つかったらちょっとマズイ。


 コソコソと茂みに隠れつつ、辺りの様子をうかがいながら人目に付かないように進むというスニーキングミッションのような事をしながらも、なんとか見つからず龍昇寺を出た私達は、バスと電車を乗り継ぎ半日掛けて綾の部屋まで帰ることが出来た。


 綾は綾でそれなりに大変だったらしい。救助されてから身元確認、軽い事情聴取と始まり、病院での検査フルコースを経て帰り着いたのが私達とほぼ同じだったというから驚きだ。

 ちなみに私達の事は、あの2人への口止めも含めて上手く誤魔化してくれたらしい。


 続けてこちら側の話をしようと思ったのだが、スフィルがかなり眠そうにしていた事もあり、その話はまた明日ということにして今日はもう休む事になった。






 次の日起きると、午前10時と既に朝とは言い難い時間だった。

 私の隣ではスフィルがまだ爆睡していた。あの長い道のりはスフィルでもかなり堪えたのだろう。

 肉体的な疲労とは無縁の私が寝過ごしたのは……、帰ってこれたという気の緩みからだろうか?


 スフィルを起こさないようにそっと起き上がって水を1杯飲むと、綾の部屋からなにやら物音がするのに気が付いた。


 はて、今日は平日だったはずだけど……。


 そう思いながら綾の部屋の扉を開けると、なにやらパソコンの前で唸ってる綾の背中が目に入ってきた。


「おはよ、綾。今日は休み?」

「ん? ああ、やっと起きたのか。おはよう。

 なに、昨日の検査の結果、大事を取って今日1日休むように言われていてな。特別どこか悪いというわけじゃないから安心しろ」

「そっか。それでなんか唸ってたけど、どうかしたの?」

「いやなに、ちょっと感心していただけだ」

「感心?」

「ああ。

 そうだな、まずはこれを見てくれ」


 パソコンの画面を指差す綾。それを横から覗き込み、並んでる文字を読んでいく。


「名無しさん……? なにこれ?」

「いわゆる匿名掲示板というやつだ。こういった掲示板は基本的に発信者が分からないように作られてるため発言に対する責任が薄く、あることないこと割と自由に書き込まれるのが特徴だ」

「ふーん? でもそれがどうかしたの?」

「昨日お前はあの高校生2人に魔法をバラしていただろう? ここに書かれている内容からして発信者はほぼ間違いなくあの2人だ、間違いない」

「え それってマズくない?」

「いや、昨日も言ったと思うが、基本的に話して信じられる内容ではないからな。問題はないのが……、まさかこう使われるとはな」


 綾が画面を操作して、記事タイトルを表示させるとそこにはこう書かれていた。


 "流沢岳の魔女に会ったんだけどなんか質問ある?"


記事の内容については各自想像で埋めてください。

正直、この手の記事は書いた事がないのでさっぱりです。


現代での話は、とりあえずここでひと区切りとなります。

無事帰ってこれたしもう完結でいいんじゃね? と思ったりもしたんですが、まだ問題が残っているので続きます。


次回からは、向こうとこっちを行ったり来たりしながらの話になる予定。

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