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69 ランクアップ

毎度の事ですが、本当にお待たせしました。


長くなった分、纏めるのにもの凄く苦労しました。

約12,800文字と、過去最長記録の更新です。

 先日からやたらとスフィルの機嫌がいい。

なんというか、昼夜問わずにずっとニコニコ笑ってるのだ。少しぐらいなら別段不思議でもなんでもないのだが、2~3日も続くとなんだか不気味である。


 とりあえず気になったので本人に聞いてみると───


「いや、この前の騒動で昇格が認められちゃってさ。

 ようやく念願のDランクになれるのよー」


 と、今にも踊りだしそうな雰囲気で教えてくれた。


「へー、そうなんだ。

 おめでと。よかったじゃない、念願叶ってさ」

「へへ。ありがと、ハルナ」

「それじゃ、お祝いしないとだねー」

「あー、うん。その事なんだけど……」


 スフィル曰く、近いうちにギルドの仲間内で打ち上げをすることになってるらしい。


「あれ、私は? なにも聞いてないんだけど」

「んー、ハルナがよければ来てもらっても構わないんだけどさ。来てもあんまり楽しくないかもしんないよ?

 ほら、ハルナの知らない人も混ざってくるわけだし……」


 あー、なるほど。気を使ってくれたんだ。

でも大丈夫だよ、ありがとう。


「なに言ってんの、行かないわけないじゃない」

「そう? アリガト。

 じゃあ日取りなんだけど、予定は明後日の夕方で、場所は冒険者ギルドの1階。

 っても、多分アタシと一緒に行くことになると思うけど」

「そだね、多分そうなるかな」

「それから決まりとして、1人1品、なにか食べ物を持ち寄る事」

「食べ物? なんでまた?」

「まあ普通なら、こういう席だとなにか贈り物をしたりするのが通例なんだけど……。ほら、アタシってば冒険者じゃない?

 最近は割と腰を落ち着けてはいるけど、アタシらって基本的にあちこち動き回る仕事ばっかりだからさ、物をもらっても扱いに困る事が多いのよ。

 だから、冒険者ギルドに所属してる人に対してのお祝いは、食べ物みたいなあとに残らない物で済ますのが基本になってるの」

「なるほど……」


 確かにあちこち動き回るような人に物なんかを送っても、邪魔になる事の方が多いだろう。捨てるにしても、かなり捨て難いだろうし。


「そーゆーわけだから、明後日までになにか考えといてね」

「なるほど、りょーかい。なんか考えてみるわ」






 そんなわけで、食べ物探して現在市場を捜索中。


 なにか1品物の食べ物を買って、ぽいと渡すのが一番お手軽なんだろうけど、それだと余りに味気ない。せっかくだからなにか料理してご馳走したいところ。……と言っても、素材名からしてさっぱりなこの世界、私の手持ちレシピでなんの料理が出来るかは全然分からないんだけど。


 ○○っぽい素材、ってのは結構あるんだけどなぁ。


 ジャガイモっぽいクメイン、小さなタマネギっぽいコネマ、キャベツのように幾重にも薄い葉が重なったヤツキ。それからコリベー肉にナヒナ鳥等々。

品物に名札が付いてても文字そのものが読めないので、店の人に指さし名前を聞いていく。


 ただ、野菜類に関してはこれでいいのだが、肉類に関しては塩漬けの物しかなく、しかも買うならタルサイズでしかないのがまいった。


 店のおばちゃん曰く、少量もしくは塩漬けじゃない肉が欲しいのなら、誰かに分けてもらうか冒険者ギルドへ行くのがいいと言う。


 分けてもらうのはともかく、冒険者ギルドってなんでまた……と思い聞いてみると、なんでもギルド員が仕事の途中で狩った獣を持ち込むことがあり、その買取りと加工をギルドでしているから、とのこと。

また、頼めば少しだけ買い取る事も可能なようだ。ただその場合は少々割高になるらしい。


 肉かぁ、と考えていくつかのメニューが頭に思い浮かぶ。


 せっかくの昇格祝いだ。多少割高になっても豪華にいきたいとこである。

それにどうせなら、今までスフィルが食べた事のない料理を用意したい。


 肉、肉、珍しい肉料理……。んーむ、カツでも作ってみるか?


 ふと思いついた料理にしては、なかなかにいい気がする。

今までここで見てきた料理の中では、主な調理法と言えば焼くか煮るぐらいしかなかく、蒸す、揚げるといった方法は見たことがない。


 なら、揚げ物を作れば、例え前例があったとしても珍しい部類の料理にはなるはずだ。


 ……よし、このセンで行ってみるか。

まぁ、なんの肉が用意出来るかはさっぱり分かんないけど。


 そうと決まれば早速素材集めだ。まずは冒険者ギルドからいってみよう。


 冒険者ギルドに行って肉を見繕い、再び市場まで戻って必要な材料を買い集め。そうやってあちこちウロウロしていると、必要なものが集まった頃には辺りが暗くなり掛かっていた。


 急ぎ足になりつつも宿に帰り着くと、早速調理場を借りての試作品作りを開始する。

さすがにぶっつけ本番をするほど無謀じゃないつもりだ。


「女将さーん、調理場お借りしますね」

「あいよ」


 女将さんに一声掛けて調理場へと入る。

説明は事前にしてあるので、器具を含めて調理場を借りることに問題はない。


「さって、始めますか」


 用意したのは肉、小麦粉、卵、パン粉、塩、それから大量の脂身。


 まあ、肉はコリベーの肉だったり、卵はナヒナ鳥の卵だったりするんだけど。

どんなものが出来るか、ちょっと楽しみだ。


 まず、用意した大量の脂身を切り刻み、中華鍋っぽい鉄ナベに放り込むと、少しだけ焦げ付き防止の水を入れて火にかける。これで熱によって油が染み出し、水は勝手に蒸発

するので油だけが残るはず。


 以前マンガかなにかで見た方法だが、きっとこれで大丈夫だろう。


 続けて肉の下準備に取り掛かる。適当な厚さに肉を切り分け塩を振り、小麦粉、卵液、パン粉を付ければ準備完了だ。


 ちなみにこの小麦粉、パンの元になる粉を下さいと言ったら出てきたものだ。分類するならきっと強力粉なんだろうけど……。まあ、多分なんとかなるだろう。


 ちなみにパン粉は、売れ残ったパンを粉々に砕いた自作品である。


 鍋を見るといい感じに油が溜まっていたので、脂身のカスを引き上げ、代わりに衣を付けた肉を投入。じゅわわっという久々に耳にする音が辺りに響き渡った。


 あとは様子を見つつ引き上げるだけ……、と思ったところで、女将さんが興味深そうに鍋を覗き込んでいるのに気が付いた。


「女将さん、どうしましたか?」

「なんだかいい香りがすると思ってね。これはなんていう料理なんだい?」

「カツっていう料理ですよ。コリベーの肉を使ってますので、コリベーのカツってとこでしょうか。見た事ありませんか?」

「へぇ、あのコリベーかい? 変わってるねぇ、こんな油で煮る料理はあたしゃ初めてだよ」


 そう言いながらも鍋から目を離さない女将さん。どうやらかなり気になるらしい。

そこでちょっとした提案をしてみることに。


「よかったら味見してもらえませんか? 何分、久々に作った物で色々と加減が分かりませんので。率直な感想を頂けると助かるんですけど」


 女将さんの顔がパッと輝いた。


 適当なところでカツを油から引き上げ、女将さんが用意してくれたお皿に乗せる。

包丁で2つに割ってみれば、その断面からは美味しそうな肉汁が滴り落ちた。


 よしよし、見た目合格。あとお味の方は……っと。


 女将さんと並んでカツを一口。カリッと少し硬めな歯応えと共に肉のうま味が口の中に広がっていく。


 おー、これぞ正しくカツの味。これはとんかつというより、どちらかと言えば牛肉のカツに近い感じか?


「いいねぇ、熱々でじゅわっとしたコリベーの味と、カリッとしたこの歯応えが最高だよ。

 最初、古くて硬くなったパンをくれなんて言われた時はなにするつもりかと思ったけど、こんな使い道もあるんだねぇ」


 女将さんにも好評のようだ。一口一口、じっくり味わうようにカツに齧りついている。


 うーん、とんかつソースが欲しいなぁ。

いや、塩味だけでも十分美味しいんだけどさ。


 試作品のカツを平らげ、とりあえずこれでイケそうだと思った矢先、ここで女将さんから思わぬ提案が。


「ねぇこの料理、うちで出してみても構わないかい? きっと看板料理になると思うんだけどねぇ」

「え?」

「そうさね、代わりと言っちゃなんだが、あんたにはこの先、このカツって料理を注文したときに割引するって事でどうだい。いいだろう?」

「え? え?

 別にこの料理を出すぐらいなら構いませんけど……」

「よっしゃ。なら決まりだよ、ありがとね。

 あとで細かい作り方を教えておくれ」

「は、はぁ……。

 あ。1つだけ条件と言いますか、お願いが。

 この料理は、明後日、スフィル……同室の子のお祝いに使って驚かせるつもりなんです。ですから、出すならそれ以降にしてもらえませんか?」

「そのぐらいならお安い御用さね。じゃ、よろしく頼むよ」

「は、はい。こちらこそ……?」


 なんだかよく分からないうちに、カツの割引きが決まったようである。


 えぇと、別になにも問題なかった、よね……?






 2日後、打ち上げ当日。

打ち上げ会場に集まったメンバーは私、スフィル、ディグレスさん、ファーレンさんと、実に顔見知りな面子ばかりだった。


「ちょっとスフィルー? これのどこが知らない人も来るって?」

「いやえっと、あと3人ほど来るはずなんだけど……」


 スフィルをジト目で睨んでると、そこにディグレスさんが割って入ってきた。


「あぁ、そのことに関してなんだが、イレインのやつから言伝を預かってるぞ。

 "急な依頼が入って行けなくなった、すまない"、と。

 指名付きの依頼だったらしくてな、断るに断れなかったらしい」

「あらま、さっすがDランク。そりゃしょうがないわね」

「あん? アイツも来れなくなっちまったのか」

「ん? どういう事だ、ファーレン?」

「いや、シャスのやつも欠席っぽいからさ。

 ま、アイツの場合は、帰るのが間に合ったら参加って言ってたから、あんまり期待してなかったんだけどよ。

 でも、こう言っちゃなんだけどさ。せっかくハルナちゃんが来てくれてるんだから、居ない方がかえってよかったかもな」

「ああ……、そうだな」

「あー、あの癖ね……。やば、すっかり忘れてたわ」


 複雑そうな表情で話すファーレンさんと、うなづき返すディグレスさん。

それに加えてスフィルまでなにやら渋い顔だ。


「ええっと、その人って一体……?」

「あー、なんつーかな。アイツ、初対面のやつがいると所構わず勝負を吹っ掛けるんだわ。その人となりを見るとか言ってな。

 で、その勝負方法なんだが、真剣を使った斬りあいでよ。

 信じられるか? 初対面の人間相手にいきなり真剣での斬りあい挑むんだぞ。それにいくら寸止めするからっつっても、細かい傷は当たり前のように出来やがるし……。

 おまけに滅茶苦茶つえぇ。それから口癖は、"斬れば分かる"、だったか?」


 いやいやいや、待て待て待て。ツッコミどころが多すぎる。

なにその危険人物。つか自警団はなにしてるんだ。


「よく捕まんないね、その人……」

「まぁ、そう思うんだけどよ。アイツ、構えを見るだけで色々分かるらしくてな。実際に剣を合わせるとこまで行くのは、オレらみたいな冒険者ギルドに属してる人間とかの、"動ける"やつばっかりでよ。本当の素人に対しては、構えるだけ構えさせて、ハイおしまいって感じで終わっちまうんだ。だから、実際にやりあうとこまではいかねーんだよなぁ……。

 それからちょいと話が逸れるんだが、アイツ、治癒魔法の腕もすげぇくてな。それこそ順番待ちが出来るぐらいなんだ。だからソイツを捕まえちまうと、順番待ちしてるやつらから文句が出ちまってよ。

 こうなると実害がほぼないだけに、ただの悪い癖ってことになっちまうのよ。

 ったく、剣も魔法もすげぇってどんな反則だよ……」

「あ、あはは……」


 ぼやくファーレンさんに苦笑を返すのが精一杯だった。


「まあそれは置いとくとして、あと1人ってのは誰なんだい? 確かあと3人なんだろ?」

「ええ。最後の1人はウィリィなんだけど……遅いわね。欠席かな? まさか忘れてはないと思うんだけど」

「忘れてませんヨ、勝手に欠席扱いしないでくだサイ」


 新たに聞こえてきた特徴的な声に振り向き、そして……目が点になった。


 そこに立っていたのはすらっとした細身の女性だった。真っ白なショートヘアにすっと通った鼻筋と、顔立ちもかなり整ってると言えるだろう。


 だが、驚いたのはそこじゃない。


 彼女の背中には、体を覆い尽くさんばかりのでっかい翼が付いているのだ。オマケになにか魔法でも掛かってるのか、びかびか眩しいぐらいに光ってたりするし。

これで頭に輪っかでも乗っければ、元の世界で天使と言っても通用するんじゃなかろーか。


「…………」


 あまりの事にぽかんと口を開けたまま絶句してると、スフィル達は順に彼女と挨拶を交わし始めた。


「あ、ウィリィ遅いー」

「よ、久しぶりだな」

「遅かったな。なにか用事でもあったのか?」


 ごくごく普通に話し掛ける3人。

え、誰も気にしてないの? これって普通なの?


「遅れて申し訳ありまセン、少し立て込んでましテ。ファーレンさんもお久しぶりデス。

 そちらの方は初めまして、ですネ。ワタシ、ウィリリスと申しマス。呼びにくいでしょうから、ウィリィとお呼びくだサイ」

「あ、えっと。初めまして……?」

「ハルナさん、で合ってますよネ? お噂は兼ね兼ね……スフィルから何度か話を窺ってマス。なんでもワタシと同じで、魔法が得意だそうですネ」


 いやちょっと待てスフィル、この人に一体なにを吹き込んだ。


「いやそのえーっと。

 ……なにを聞いてるのか気になるけど、聞きたくないような……」

「アハハ。心配されなくても、悪い話じゃないですヨ。

 色々と珍しい知識をお持ちと窺ってますのデ、今日お会い出来た事を嬉しく思いマス」

「は、はぁ……」


 ヤバイ、翼とか色々衝撃的で頭が回らない。


 そこでパンパンと手を打ち鳴らしたのはスフィルだ。


「はいはい、これでみんな揃った事だし、挨拶はその辺にしてそろそろ始めるわよー?」


 その言葉を切っ掛けに、立っていた人達皆が席に着き、順に飲み物が注がれ宴を始める準備が整っていく。


 うーん、間を取ってくれて色々助かったと思うのは事実だけどさ。

主役のあんたが言うセリフじゃないと思うよ、それ。






「それでは、アタシのDランク昇格を祝って……乾杯っ!」


 いやだからそれ、あんたがやる事じゃないって……というツッコミはさておき。何故だかスフィルが音頭を取り、全員声を揃えて乾杯したところで早速料理が配られる。


「最初はオレからだな」


 配り歩くのはファーレンさん。運ばれてきた料理は、器に綺麗に盛りつけられた肉と野菜の煮物だった。強いて言えばポトフが近いだろうか。色とりどりの野菜が並ぶその様は、見た目的にもかなり美味しそうだ。


「ほう、久々だな。それを作ったのか」

「おうよ。久々に気合い入れて作ってみたぜ

 で、そういう兄貴はなにを持ってきたんだよ?」

「俺か? 俺はコイツだ」


 コップを掲げるディグレスさん。その中にはさっき配られた飲み物がなみなみと注がれている。


「コップ……なわけねーよな。いつも使ってるやつと変わんねーし。

 あ、ひょっとして酒か?」

「正解だ。バレデクレスまで行った際に見つけた俺のとっておきだ。

 こういう席にはふさわしかろう?」

「アレを開けちまったのかよ……えらく奮発したんだな。

 こりゃ味わって飲まねぇとな」


 どうやらこのコップの中身はそれなりにスゴいものらしい。

私にはさっぱり分かんないんだけど……。


「あら、あなたが用意されたのも飲み物なんですネ。実はワタシもそうなんですヨ」

「ほう、それは奇遇だな」

「ウィリィさんはどんな飲み物を?」


 なんとなく興味がわいたので聞いてみる。


「ウィリィ、と呼び捨てでいいですヨ、ハルナさん。

 ちょうどいいのでワタシもここで披露することにしまショウ」


 彼女が鞄から取り出したのは、かなりぴっちりとした造りの水筒が1つ。

そのまま空いてるコップを手繰り寄せ、水筒を傾けるとその中身がしゅわしゅわと音を立てて注がれていく。


 はて、どっかで聞いたような音だが……。


「さ、どうぞ、スフィル。召し上ガレ」

「え? なんでアタシだけ? 他のみんなのは?」

「分かってないですネ。これはワタシがスフィルのために用意したものデス。なら最初にスフィルに飲んでもらうのが筋じゃないですカ」


 なにやら怪しい笑みを浮かべてスフィルに迫るウィリィ。


「いつもの事ながらどーにも胡散臭いんだけど……まあ一理あるわね。

 ……いただきます」


 そういって一気にコップの中身を煽った……と思った瞬間、ブフォと音を立ててスフィルが口から毒霧を噴出した。


「あははははは! 一気に飲みすぎですヨ」


 けたたましく笑うウィリィの横でゲホゲホと咳き込みまくるスフィル。

大丈夫なのか、あれ。


 と思ったら、即時復活したスフィルがウィリィの頭を抱え込み、両の拳でコメカミの辺りをぐりぐりとし始めた。


「あ・ん・た・はー! またなんてもんを飲ませてくれんのよ!」

「うにああぁぁっ!?」


 羽が舞い散り椅子が倒れて机が揺れる。じたばたと両手と翼を動かして暴れるウィリィだったが、どうやらスフィルの力にはかなわなかったらしい。

威勢よく動いてた手足はどんどんと勢いをなくし、やがてぐったりと動かなくなってしまった。


「ぅきゅうぅぅ……」

「ったくもう。まだ口ん中おかしいわ……」


 目を回したウィリィから手を放し、口直しとばかりに前のコップに手を伸ばすスフィル。


 うーわ、スフィルってば容赦ないなー。

大丈夫かな。翼とかぴくぴくしてるから生きてるとは思うんだけど……。


 そんなひと騒動の後、なんとか場が落ち着きを取り戻すと、改めてその飲み物が全員に配られた。

当のウィリィは、ダウンから復活はしたものの、未だ頭を抱えたままだったりする。


「なんだか口がチリチリするな」

「これを一気に飲んだのか。そりゃああなるわな」


 ディグレスさん、ファーレンさんがそれぞれそんな感想を漏らす中、私もそれを一口含むと、口の中を刺すチクチクとした感触と二酸化炭素の匂いに襲われた。


 おー、これってアレじゃん、炭酸水。


 久々の感覚に嬉しく思いながらも口を付けていると、いつの間にか周りから変な目で見られてる事に気がついた。


「え? なんかあった?」

「いや、よく普通に飲めるなーって……」

「あー、確かに慣れないとこの刺激はちょっとツライかもね。

 私は以前何度も飲んだことあるし、全然大丈夫なんだけど」

「え、飲んだことあるんですカ? ワタシはこれ、ロドピ山脈に行った際に見つけた湧水から湧いて出てるのを持ってきたんですガ」

「あー、うん。どこから持ってきてたのかは知らないけど、飲む機会があったのは確かだから……」


 やば。ここじゃ炭酸水って一般的じゃないんだ。


「それより果実酒とかをこれで割って飲むと美味しいよ? 誰かやってみない?」

「へー、面白そうだな。オレがやってみるよ。

 ウィリィちゃん、その泡の出る水、もうちょっとくれないかい?」

「えぇ、いいですヨ」

「あ、アタシも飲んでみたい」

「俺も興味があるな。頼んでいいか?」

「おやおや、大人気ですネ。ハルナさんもいかがですカ?」

「私はいいや。それよりちょっと調理場借りてくるよ。私が持ってきた物もそろそろ出しときたいし」

「そういえば、ハルナちゃんのがまだだったな。

 厨房の方には話を通してあるから、そのまま行けば普通に使わせてくれると思うぜ」

「了解。ちょっと火を通す必要があるから時間掛かると思うけど、楽しみにしてて」

「了解、行ってらっしゃい」


 さて、カツのお披露目タイムだ。






「それで、そこから帰ってこれた人はほぼ居ないらしいんですヨ」


 下拵えを済ませておいたカツを揚げ、切って盛り付けてから席に戻ってみると、ウィリィがなにかを話していた。


「お待たせ。一体なんの話をしてるの?」

「あ、お帰り、ハルナ。

 今は情報の交換会ってとこかな。出先で聞いた噂話とかを、こうやってみんなで話し合って聞いとくの。

 それよりそれ、なに?」

「カツっていう料理だよ。私んとこの故郷(?)にあった料理」


 そう返事をしながらカツの乗ったお皿を全員に配って歩く。

スフィルはお皿の上のカツが気になるようだ。


「へぇ、ハルナちゃんとこの故郷の料理か。

 また変わったもんだな。そのまま食べればいいのか?」

「そのままでいけますよ。一応、塩で味付けはしてますので。

 あ、熱いから気を付けてください」

「ふーん……」


 さっきの例もあるのか、恐る恐るといった感じでカツに齧りつくファーレンさん。

そのまま一瞬動きを止めたかと思うと、今度は一気にカツを食べ始めた。


「うめぇっ、なんだこれ」

「ほう、これは……」


 どうやらここでもカツは好評のようである。ウィリィなんかは翼をぱたぱたさせながら、美味しいデス、なんて言ってるし。

ただスフィル、ハルナってばこんなの作れたんだ……、ってのはどーゆー意味だ。


 皆が口々にカツを頬張る中、さっきの話について聞いてみるとにした。


「ところでさっきの話って? 帰ってこれた人が居ないとか、なんか物騒な言葉が聞こえたんだけど」

「あー、さっきの話か?

 別にいいけどよ、信じる信じないは自分で判断してくれよ? なんせウィリィちゃんの話だし」

「ちょ、ひどいですヨ、ファーレンさん!」


 ワタシが持ってきた話だから、とファーレンさんを押しのけて、ウィリィがしてくれた話を纏めると……。


 日暮れ間際の夕方、その時間帯から動き出す馬車の中には、妖精郷の馬車と呼ばれるものが混じっており、その馬車に乗った者は皆妖精教に連れ去られ、戻ってくることすらかなわない、という物だった。


「その馬車は、見た目みすぼらしい小さな馬車デ、自分達以外の乗客は、陰気な御者さんを除いて他は誰もいないそうですヨ」

「そ、そうなんだ……」


 なんかどっかで聞いたような話である。主に怪談や都市伝説方面で。

それだけに、なんとも返事に困るのだが……。


「あー、俺達からも少しいいか?」

「なんですカ?」

「ああいや、こっちからも出しておきたい話があってな。

 特にここにいる、ウィリィを除く4人には関係が深い話でな。出来ればここで話しておきたい」

「え、アタシはともかく、ハルナにも関係ある話……?」

「ああそうだ。

 ウィリィ、構わないか?」

「もちろん構いませんヨ。お願いしマス」


 はて? この4人で私にも関係ある話……。ってあ。ひょっとして?


「気付いた者もいるかもしれんが、以前取り逃がした動く死体共の話だ。

 ここ最近、こいつらの物だと思われる噂がちらほらと囁かれている。具体的な目撃例も色々上がってるようだ。

 取り逃がしたあいつらの追跡は、これまでも俺達冒険者への依頼としてギルドに貼り出されてはいたが、どうやら付近の獣まで巻き込んで数が増えてるらしくてな。もう個人への依頼だけでは手に負えんところまで来ているらしい。

 よって近々、大体的に討伐隊が組まれるかもしれんとの事だ」


 うげー、アイツらまだしぶとく生き延びてたのか。

ギルドからもかなり大隊的に追手が掛かっただろうに……なかなかしつこい連中のようだ。さすがゾンビといったところか。


「その話でしたら、ワタシも聞いたことがありマス。募集が始まったら、ワタシも討伐隊に志願しようかと思ってましたカラ。

 ところで少し気になったんですケド、その話にハルナさんは関係あるんですカ? 確か、ギルド員じゃないんですよネ?」

「ああ。ハルナちゃんはギルド員じゃないけど、宝石持ちのエクソシストだからな。

 あいつらの発生源を調査した際にオレ達と知り合ってな、色々と助けてもらったんだ」

「え、本当ですカ?」

「本当だよ。ほら」


 そう言ってブローチを取り出して見せると、ウィリィが驚きと意外さが混じったような微妙な表情になった。


 うーん、そんなに意外かな? 私がコレ持ってるのって。


「……すごいですネ。儀式を通過されたんですカ」

「うん、まぁ、そういう事」


 正確には儀式を通過したってか、説明だけ聞いて、あとは見てるだけだったんだけど。


「ところでハルナちゃん。このカツってやつ、お代わりないのかい? もっと食いたいんだけど……」

「あー、持ってきたのはそれだけなんです、ごめんなさい」

「えー? 本当にこれだけー? アタシももっと欲しいー」

「スフィルまで……」


 ファーレンさんに続いて、ぐいぐいお酒を飲んでたスフィルが子供みたいな声を上げる。

どうやらかなり酔いが回ってきてるらしい。


 うーん、困った。今日のために準備していたものは、本当にこれだけしかない。


 ファーレンさんだけならともかく、目が座りつつあるスフィルのリクエストを蹴るのはなんだか怖い気がしてならないのだが、無い物はどうしようもない。


「嬢ちゃん、今日の主役である彼女がこう言ってるんだ。なんとか出来ないのか?」

「んー、私もなんとかしたくはあるんですけど、材料がないんですよ。

 肉や卵もありませんし……」

「肉ならここで買えるぜ? 卵も多分、厨房の方にいくつかあると思うんだけど」


 あ、そう言えばここって冒険者ギルドだっけ。んじゃ、肉に関してはなんとかなるのか。

あとは塩、小麦粉、パン粉……パン粉はパンがあれば出来るから多分大丈夫で、あとは小麦粉っか。うん、あとは人手さえあればなんとかなりそうだ。


「……分かりました。ちょっと厨房の方に尋ねてみることにします。

 それから、もし行けるようでしたら、誰か1人、お手伝いをお願いしたいんですけど」

「それなら、ワタシがやりまショウ。

 この食べ物の作り方も気になりますしネ」


 しゅたっと手を上げて立候補するウィリィ。


 うーん、大丈夫なのかな。主に羽が飛び散ったりとか。……まあ、それは後回しだ。まずは材料の確認だ、確認。


「……すまんな、苦労を掛ける」


 厨房に向かおうと席を立った私に、ディグレスさんがこっそりと呟いてくれたその言葉が、妙に耳に残った。






 ぼんやりとした感覚の中から、意識がゆっくりと浮上する。

目を開けてみれば、見慣れた宿の天井が目に入った。


 ぅあ……。寝ちゃってたのか。あれから色々大変だったもんなー……。


 厨房に出向き調理場の人と交渉してみたところ、材料については問題なく手に入ったので、一度席に戻ってなんとかなりそうだと伝えてからウィリィを連れて厨房へと戻る。


 そこから先は怒涛の作業の連続だった。


 予想以上に材料があったので、カツだけでなくフライドポテト(クメインを細切りにして揚げて塩を振った)を作って出してみたところ、これまた大好評。そのまま調子に乗って、から揚げモドキ(ナヒナ鳥のぶつ切りに小麦粉+塩をまぶして素揚げ)、コロッケ(残ったクメイン+肉の切れ端入り)まで作ってしまった。


 思えばこれが地獄の始まりだったんだろう。途中から匂いにつられた別の冒険者が飛び入りで打ち上げに参加し始め、最終的には調理場スタッフまで巻き込んだ大宴会の場と化してしまった。


 持ち込んだ油全てが真っ黒になるまで2人で揚げ物を作り続け、最終的にギルドに置いてある肉以外の素材が尽きたところでようやく解散となり、後片付けもそこそこに宿まで戻ってくると、倒れるようにしてベッドに寝転んだところまでは覚えている。


 うーん、もうしばらく揚げ物は見たくないや。なんか向こう1年分は揚げ物作った気がするし……。


 え、材料費? そんなの全然払ってないよ。それどころか逆に飛び入りの参加者全員からのカンパがあったらしく、過剰分は手間賃として私とウィリィの収入になっている。


 いや一応、受け取れないとは言ったんだよ? でも強引に押し切られて……。あの酔っ払い集団に押し付けられた物を断れる人がいるってんなら見てみたい。


 あと、なんか別の意味で顔が売れた気がするけど……まぁ、それはさておき。


 今は一体いつ頃なんだろうか。どのぐらい寝てた?

辺りが暗いことから今が夜なのは分かるのだが、時間まではさっぱり分からない。


 まずは時計を……と体を起こそうとするが、まるでベッドに縛り付けられたかのように体が動かなかった。身じろぎに合わせてベッドからぎしぎしと音が上げる。


 え? 一体なんなの?


「おや、目が覚めましたカ?」

「ウィリィ……?」


 声がした方に目を向けてみれば、暗がりの中、ランプの灯ったテーブルの傍で腰掛けているウィリィの姿があった。


「ごめん、ちょっとスフィル呼んでもらえるかな。なんか動けなくって……」


 同室であるはずのスフィルは今この場にはいない。彼女は確か、積もる話があるからと、この宿に泊まる事にしたウィリィの部屋に行っていたはずだ。


「その必要はありませんヨ。それをやったのはワタシですカラ」


 はい? 今なんと?


「なに、どういう事?」

「どうしてもハルナさんに聞きたいことがありましてネ。

 こうして魔法でベッドに縛り付けさせてもらいまシタ」


 首を持ち上げ視線を下げて見てみると、自分の体に巻き付く光る糸のようなものが目に入った。糸は私の体を押さえつけるようにしてベッドの陰に消えていってることから、縛り付けられているというのはどうやら本当の事らしい。


 ぐるぐる巻きと言うわけではないので、動かそうと思えばある程度は動かせそうではあるのだが……。つか、聞きたいことがあるだけでここまでするか?


「さて、ハルナさん。アナタは一体何者ですカ? アナタ、ワタシのこれに気付いてますよネ?」


 思考を遮るようにしてウィリィの声が響く。

彼女が指し示すのは自分の翼。それはいつの間にか魔法の輝きを失っていた。


「いや、気付いてるっていうか。

 あんなに堂々と出してて、気付くもなにもないでしょ」


 おまけにびかびか眩しいぐらいに光ってたし。あれで気付くなと言う方が無理である。


「それがおかしいんですヨ。

 ワタシのこれには、いつも『阻害』の魔法を掛けましてネ。普通の人間は気付くことすら出来ないはずなのですガ、アナタはそれに掛かることなく普通に気付いてますネ。そんな事出来る人が普通の人間だとは思いまセン」


 えっとつまり、普通は気付くはずのない物に気付いちゃったから怪しまれたって事?

えー、それでここまでするー……?


「さて、改めて問わせてもらいマス。

 ハルナさん、アナタ、一体何者ですカ?」


 うわぁい、どう答えようか。


以前予告した、スフィルの友達登場回です。


もう出す機会もないでしょうからここで書いてしまいますが、65話でのスフィルの相談事の内容とは、友達が妙な食べ物を持ってきては食べさせようとしてきて困る、といったものでした。

それがここでの炭酸水騒動に繋がるんですが、上手く活かしきれずにちょっと反省です。


そして打ち上げ欠席者が多いのは仕様です。5人動かすのすらキツイのに、7人ってそれどんな無理ゲー。


実は今回には次の次、71話から始まる予定の話のネタフリも混じってたりもします。気になる方は色々と予想してみてください。


さて、70話目を頑張るぞー。



P.S. その1

セリフの中では名詞以外、カタカナを使わないようにしてきた身としては、ギルドランクの英数字表記になんだか違和感を覚えるこの頃。

代替え表記も思いつきませんのでこのまま通しますが、テキトーにやってたのが今更ながら悔やまれます。


P.S. その2

ギルドがあるのに、ここまでにギルドのシステムについて解説のない話も珍しいんじゃなかろうか。

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