6 町を見にいこう
いよいよ本格的に活動開始です。
2011/10/20 誤字修正
2013/08/04 全面的に手入れ 通貨の半○○を小○○へと修正、話の大筋に変更はありません
「あれ……?」
朝、目を覚ました私は今の場所が分からなくて混乱した。
「あー……、そっか」
ようやくセルデスさんの家でお世話になったことを思い出し、ベッドの中からもぞもぞと這い出した。
やっぱり眠るとスッキリするなぁ……。この気持ちよさは格別だわ。
眠る必要がなかった頃でも生きてた時の習慣で、目をつぶって横になることはあったのだが、本当に眠ることはなかったのでこの感覚は久しぶりである。
さて起きたはいいがどうしよう……。
と、悩んでるところへ控えめなノックの音。
「失礼します、起きてらっしゃいますでしょうか?」
静かにドアを開け、顔を覗かせるグリックさん。
「あ、はい、今起きました」
そう返事をするとグリックさんは一瞬こちらを見たあと、顔を引っ込めてドアを閉めてしまった。
……? と思っていると、ドアの外からグリックさんの声が聞こえてきた。
「失礼致しました。お早うございます、ハルナ様。朝食の用意が出来ておりますので準備が出来次第声をお掛け下さい。食堂まで案内させて頂きます」
「はい、分かりましたー」
グリックさんの行動に首を傾げつつ、備え付けの鏡を見て納得。髪の毛が大爆発を起こしたように跳ねまくっていた。
あははは……なるほど。
これ、生きてた頃の感覚早めに思い出さないと色々とマズイなぁ。
備え付けの櫛で髪の毛をとかし、後ろで束ねて紐で一纏めにくくる。いつものポニーテールの髪型だ。
少しだけごわごわした髪の毛の感触に、お風呂あるなら髪の毛洗いたいなーと思いつつ、手早く準備を整えた私はグリックさんに声を掛けた。
「グリックさん、お待たせしました」
「お気になさらず。
では、食堂まで案内させて頂きます」
グリックさんに付き従って廊下をぽてぽてと歩く。
食堂なら昨日も行ったから案内要らないんだけどなー。まあきっとこれも仕事のうちなんだろうけど。
「町を見てみたい?」
朝食後、セルデスさんの執務室で町の様子を見てみたいとお願いをしていた。
「ええ、これからしばらくはここで暮らしてくわけですから、町の様子を一通り見てみたいと思いまして」
「ふむ、なるほどな」
「行っていいでしょうか……?」
「ああ、構わんよ。
少しだが君が自由に使えるお金も準備しよう、持って行くといい」
「え、お金使う予定なんてないですから、要らないですよ?」
「念のためだ、お守りだと思って持っておけばいい。いつ入用になるか分からんしな。
もし気になるのであれば、使わなかった分をあとで返してくれればいい」
むぅ、そこまで言われたら断れないか。
「分かりました、ありがとうございます」
お礼を言って部屋に戻ろうとしたところで、セルデスさんに呼び止められた。
「ああ、それから」
「なんですか?」
「恥ずかしながら町の中でも完全に安全とは言い難いのでね。分かってるとは思うが、怪しげな場所には近寄らない方がいい」
「そうなんですか……。分かりました、気をつけます」
そっか。ここは日本じゃないもんね。どんな厄介事に巻き込まれるか分かったもんじゃないし、ヤバそうな場所には近寄らない方がいいか。
あ、日本じゃないといえば……。
「あのー、セルデスさん」
「ん、どうかしたのかね?」
「ここで使われてるお金を見せてもらってもいいでしょうか?」
一瞬ぽかんとしたセルデスさん。でもすぐに気付いたようだ。
「そうだったな、君は単位が違うほど遠いとこから来たのだったのだな」
苦笑を浮かべたセルデスさんにそんなことを言われてしまった。
でも危なかったー。お金の価値が分からないままお金持って出掛けるとこだったよ。
セルデスさんが机を漁り、何枚か硬貨を取り出すと机の上に並べてくれた。
机の上に並んだ硬貨は全部で6枚───端から順に2枚ずつ銅色、銀色、金色の円形のコインだ。
大小それぞれ2枚ずつあり、小さいのが50円玉ぐらいで、大きいのは500円玉ぐらいの大きさをしている。
「これがこの大陸共通で使われている硬貨だ。こっちから順に銅貨、銀貨、金貨となる。
本当ならばこの上にもう1種類、白金貨があるのだが、まず使うことはないのでここでは省略させてもらうよ」
指を差しつつ説明するセルデスさん。お金の名前は割と見たままのようだ。
「こちらの小さい方はそれぞれ小銅貨、小銀貨、小金貨と言う」
ふむふむ、順に小銅貨、銅貨、小銀貨、銀貨、小金貨、金貨ね。
「そして、それぞれが10枚集まるごとに、隣に並んでいる硬貨と等価となる」
つまり小銅貨10枚=銅貨1枚、銅貨10枚=小銀貨1枚と。
なるほどねー、割と単純っぽい。でも覚えやすくていいや。
とりあえず、お金の種類と交換比率は分かったけど、価値の方はどうなんだろうか?
「例えばこの銅貨1枚でどんなものが買えるんですか?」
「ふむ、銅貨1枚なら……。手のひらサイズのパン2つか串焼き1本と言ったところか。無論、ばらつきはあるがね」
えーと……、銅貨1枚で大体100円ぐらいかな? てすると、銀貨が1万円で……金貨100万円!? えぇぇ!?
「え、えぇと。ひょっとしてそこの金貨って、ものすごーく大金なのでは……」
「ほう、算術が出来るのかね。それに理解も早い。その通りだよ」
その通りだよ、じゃなーい。そんな大金ポンっと出さないで下さい。
さすがは元領主様……、なのか?
「硬貨については大体分かったかね?」
「はい、ありがとうございました」
ついでに金持ち具合も分かりましたが。
「ああ、そうだ。君にも伝えておかなくてはな」
「? なんですか?」
「君が出掛けたあとになると思うが、私もこの後病気の具合を調べるために治療院に行く事になっていてね。もし私の居ない間になにかあるようならば、グリーか妻に言ってくれ。優先的に対応するように言っておく」
「分かりました。なにからなにまで、ありがとうございます」
お礼を言って執務室をあとにした。
さて、出掛ける準備をしますか。
セルデスさんの屋敷を出て、町中をうろうろと歩く。格好は昨日と同じく黒いローブを着てフード部分は外してる状態だ。
時刻は大体、朝と昼との中間ぐらいだろうか。
出掛けにグリックさんから、"セルデス様より預かり物です"と小袋を渡されたんだけど……、中を見てびっくりした。
袋の中には銀貨10枚、半銀貨10枚、銅貨10枚が入ってたからだ。
お小遣い11万1千円てどーゆーことですか。
落としたりしたら大変って額じゃないと思うんだけどなー。
それともセルデスさんの感覚ではこれが普通なんだろうか?
疑問が尽きないまま適当に歩いてると、市場っぽいところに行き当たった。
果物や野菜っぽい物をカゴに入れて売る人、地面に敷物を敷いてその上でなにやら道具を並べて売る人、アクセサリのような細工物を並べて売る人、色々な人が居る。
出店のようなものもあり、なにかの肉の串焼きやパンの間になにかを挟んだもの(ホットドック? サンドイッチ?)などを売っていた。
いい匂いを漂わせている店にふらふらと吸われそうになりながらも、そこを通り過ぎてしばらく行くと、次は職人通りのようなところが見えてきた。
こちらはどこもしっかりと店を構えてるようだ。看板の文字は読めないけど、描かれている絵で大体なんの店かは見当がつく。
すぐ目の前のハンマーを模した絵を掲げてるのは鍛冶屋で、あっちにある剣と槍と斧の後ろに鎧っぽい物の絵が描かれた店は恐らく武器や防具を扱ってるのだろう。こっちのでっかいジョッキみたいなコップの絵は酒場だろうか?
それにしても武器や防具かー。こんなモノが普通に売ってるって事は、これまた普通に武器や防具が必要になる状況があるってことなワケで。
町の外は思ったよりもずっと危険なのかもしれない。
いや、町の外だけじゃないか。こういった物が普通に売られてるという事は、町中でも普通にこれらを持った人達がいるわけで。
セルデスさんが怪しげな場所に近寄らないように言ったのも分かる気がする。
そう言えばこの世界って魔法があるんだっけ。どんなものかはあるかは知らないが、よくゲームなんかに出てくる魔法が使えるようなら、防具はともかく武器は要らなくなるだろう。
まあもっとも、例え武器や防具、魔法が使えたとしても戦う気なんてものはさらさらなかったりするのだが。
ひ弱な私が戦えるなんてとても思えないしね。精々威嚇で魔法ぶっ放して逃げるのが関の山だと思います。
でも魔法かー。覚えれるなら覚えてみたいけど、どーすればいいんだろうか? セルデスさんに聞いてみるかな?
色々と考え事をしながら職人通りを通り過ぎ、民家が続く中をしばらく歩いていると、遠くにとんがり屋根に十字架のシンボルを乗っけた、そこそこ大きな建物が見えてきた。
これって教会、かな? へぇ、こっちの世界にも十字架ってあるんだ。
興味が引かれたので、その教会に立ち寄ってみる事にした。
近くまで来てみると、この教会はかなり大きな建物である事が分かる。
建物の周りは石造りの壁で囲まれており、建物の前にある少々広い庭では7~8歳に見える子供達が遊び回っていた。
こんなところもあるんだなー、と通り過ぎようとしたところで、なんだか妙な物が見えた気がして振り返った。
少々古い気がするがしっかりとした建物、建物の周りを囲う壁、いくつかのグループに分かれて遊んでいる子供達。……特におかしな所は見当たらない。
気の所為だったかと思い始めた頃、走り回っているグループ内にいる1人の子の胸の辺りに、なんだか黒いもやもやとしたものがくっついてる事に気がついた。
それを見つけた途端、そこから目が離せなくなってしまった。
アレはよくない物だ。何故だかそんな気がしてたまらない。
そのまま子供たちの様子を窺っていると、唐突にその子がグループから遅れだし胸を押さえてうずくまってしまった。
慌てて集まる一緒に走ってた子供達。さすがに放ってはおけないので、私も駆け寄って声をかける。……あぁもう、門が遠い。
「ねえ、ちょっと大丈夫?」
「やべ、発作だ!」
「誰か中行って先生呼んで来い!」
「あたし行ってくる!」
1人の子が建物の方へ駆けて行く。そして私の声は見事に無視された。
胸を押さえてた子は横向きに寝かされており、まだ胸の部分を押さえたまま苦しそうに息をしている。
胸の部分にある黒っぽいものも変わらずにくっついたままだ。
これって一体? 特ににおいは感じないけど……。
疑問に思いながらも黒い部分に手を伸ばすと、触った部分がさらさらと崩れるようにして、風に溶けて消えた。
「ちょ……、なんだよお前!?」
ここで初めて私に気付いたらしい。寄り添っていた子のうちの1人が食って掛かる。
「ちょっと任せてくれる? なんとか出来るかもしれないから……」
「なんとかって……、どうすんだよ?」
その問いには答えず、寝かされている子の胸部に手をやり、そっと撫でるようにして黒いものを剥がし始めた。
手を動かす毎に黒いもやもやが剥がれ、回を重ねるごとに薄れていく。
それに伴うようにして、この子の呼吸も落ち着いていった。
最初はなにか言いたそうな目で見ていた子供達も、みるみるうちに息が穏やかになっていくこの子の様子を目の当たりにすると、黙って見守ることにしてくれたようだ。
繰り返し手を動かし、おおよそ10回ぐらいはらっただろうか。黒っぽいもやもやは完全に消え去り、倒れた子の息も普通の静かな物になった。
なんとかなった、のかな?
アレで落ち着いたということは、なんだかよく分からないがやはりあの黒いやつはよくない物だったらしい。
そんなことを考えてると建物の中から走り寄ってくる女性が1人。多分さっき駆けて行った子が呼んだのだろう。
「アール君、大丈夫!?」
この子はアール君って言うのか。
落ち着いて横になっているアール君を見た彼女は、ほっとした表情をしたのち周りの子供達をにらみつけた。
「コラっ、嘘をついてはいけませんと何度も言ったでしょう! アール君なんともないじゃないの!」
「う、うそじゃねーよ! アールのやつ確かに胸を押さえて倒れこんだんだよ!」
私に食って掛かっていた子が言い返すと、ホントだよー、ウソじゃないよー、と周りの子供達も騒ぎ出す。
「そこのねーちゃんがアールの胸んとこ撫でたら、みるみるアールが落ち着いてったんだよ。ホントだって!」
そう言われた女の人は、初めてこっちに振り向いた。少々驚いた顔をしている。
……ひょっとして気付いてなかった?
「……失礼ですけど、あなたは?」
「ただの通りすがりです。
町の散策中、たまたまここを通りかかった時に、走り回っていたその子が倒れ込むのを見てしまいまして。どうにか出来そうだったので治してみたのですが」
治療でいいよね? もう。
「走り回っていた?」
「ええ、走り回ってましたよ」
「…………」
「…………」
なんか目の前の人の顔が怖いです。
「コラーっ! この子を無理に走らせたらいけないって何度も言ってるでしょーっ!」
子供たちの方を振り向くなりいきなり吼える先生。
「うっわ、先生ごめんなさーい」
「ごめんなさいー」
「ゴメンなさい先生」
吼えられて小さくなる子供達。
び、びっくりしたぁ……。
「失礼しました。アール君を助けて頂いたそうですね。改めてお礼を言わせてもらいます。ありがとうございました」
今度はこちらを向いて静かにお礼を言う先生。結構緩急が激しい人のようだ。
「いえ、大変な事にならずに済んだようでよかったです。
ただ念のため、今から治療院(だったっけ?)に行って、キチンと診てもらった方がいいと思いますよ」
「そうですね……、分かりました。そうさせてもらいます」
「それから、私もその治療院まで付き添っていいですか? このままだと途中で放り出したようで、後で色々と気になりそうです」
まあ、それだけじゃなくて、ちゃんと治ったかどうか確かめるって意味合いもあるんだけどね。感覚的には大丈夫なんだけどさ。
「ええ、もちろん構いませんよ。この子達もお礼を言いたいでしょうし。
わたしは出掛ける準備をしてきますので、少々お待ちくださいね」
そう言って先生はアール君を連れて建物の中へと戻って行った。
えっと……、私ここで待つの?
この先生はかなりのうっかりさんです。
地面に倒れたままだったアール君を見ても、彼もイタズラの参加者だと思ってました。
第5話の活動報告にも書きましたが、この先は2~3日に1度の更新予定となってます。