59 封じられた教会 その3
長らくお待たせして申し訳ありませんでした。
今回、約10,000文字と過去最長記録を更新してしまいました。
長めの話となりますが、飽きずに読んで頂ければ幸いです。
今回は少々グロい表現が混じります。苦手な方はご注意ください。
───え?
なにが起きたか分からなかった。
一瞬の浮遊感の後、強烈な衝撃が背中から全身を突き抜け息が詰まる。
「───っつうぅぅ……」
痛い。めちゃくちゃ痛い。
「おい、大丈夫か!」
なんだか遠いところから声がする。あの声はディグレスさんだ。
辺りは一面真っ暗で、周りが見えない。
全身に感じる硬い感触から察するに、私は今、地面で寝ているらしい。
「2人とも無事かっ!?」
声は上のほうから聞こえる。
そちらに目を向けると、遠くの方にうっすらと光が差し込む穴があった。
……穴? ……あー、なるほど、落ちたんだ。
なんとか起き上がろうと痛む体をよじると、カランと音を立てて手のひらからこぼれ落ちる銅貨1枚。それと同時に周囲が照らし出された。
ずっと握ってたのか……よく落とさなかったな、私。
自分の妙な根性に感心しつつ辺りを見回すと、様々な道具がまとめて置かれているのが目に付いた。どうやらここは倉庫のようだ。
椅子、机、燭台、それから近くで倒れているスフィル───。
……ってスフィルっ!?
「おい、無事なのかっ!」
「あ、はいっ!?」
ディグレスさんの声に我に返った。
上では交戦中なのか、なにやらスコップで土を刺すような音が断続的に聞こえてくる。
「私は多分大丈夫です! でもスフィルが……」
「分かった! ただこっちは今、手が離せん! 手が空き次第縄を───」
「兄貴、やばいぜ、中からも出てきやがった!」
「なんだと!?」
上のほうからばたばたと走り回るような音が聞こえてきた。
まだしばらくは、救援を期待出来そうにないらしい。
すると、その音で目を覚ましたのか、スフィルがうめき声を上げた。
「スフィル、大丈夫?」
「あ、ハルナ……。なにが起こったの?
てゆか、どこよここ……」
「多分、床が抜けたんだと思う。それで地下に落ちたっぽい。
それより大丈夫? 怪我とかしてない?」
その言葉に、自分の体をチェックしようとしたスフィルが顔をしかめた。
「っつ、左腕が上がらない……。どこかにぶつけたかな。
ハルナ、悪いけど治療をお願いしていい?」
「そりゃもちろん構わないけど……痛くないの?」
腕が上がらないという結構な重症の割に落ち着いてる彼女を見て、なんとなく気になったので聞いてみると───。
「正直すごく痛い。だから早く治してくれると助かるかな」
「あー、了解。すぐ治すわ」
やせ我慢していただけのようだった。
グリモアを取り出し、スフィルに近付いたところで、彼女がはっと上を見上げたかと思うと警告の声を上げた。
「ハルナ、上っ!」
同時に上からなにかが落ちてくる。
それはそのまま床に激突し、べちゃりと湿った音を立てた。
「───っ!」
上から落ちてきたのは3体のゾンビだった。
どれもかなり腐敗が進行していたのか、落下の衝撃で体が潰れてしまってる。
下半身が砕けて飛び散ったモノが2つ、両腕がもげてしまったモノが1つ。
思わず身構えたが、どれも満足に動けそうにないので、とりあえず体の力を抜いた。
驚かせてくれちゃって……。
しっかしスゴイ生命力だこと。下半身が潰れたやつは上半身だけでもまだ動いてるし、もげた腕は腕だけでうぞうぞ這いだしてるし……。
うえぇ、気持ち悪い。
よく見れば、ゾンビの体を半透明のもやっとしたものが覆っている。
これがきっと、死体を動く死体として操ってる"呪い"なんだろう。
「ごめんスフィル、治すのはちょっと待ってて。
これ放置しとくと何するか分からないから、先に片付けちゃう」
「了解、でもどうするつもり?」
「こーするの」
荷物からお手製聖水を取り出すと、腕のないゾンビ目掛けてばしゃっと振り掛けた。
しゅうぅぅぅ……。
なにやら白い煙を吹き上げて、聖水の掛かった部分からゾンビが溶けていく。
やはり直接振りまいても効果はあるようだ。
とりあえずこれで、ゾンビに対して有効な手段をひとつ獲得したのだが、この先ずっとこの方法でいくにも恐らく問題がある。これ1体を溶かしきるだけでも、聖水をほぼ丸々1本使ってしまっているのだ。
「スフィル、聖水ってあといくつあったっけ」
「4つ……かな。ハルナから貰った3本と、ギルド支給の1本」
「てすると、残り8本っか」
困った、数が足りない。
ディグレスさんたちがいくつか潰してくれてるとは思うが、外にはまだ20近い数のゾンビがうろついているはずである。
武器にまぶして使うやり方をすれば相当長持ちするだろうが、敵の増援もあったようなので、聖水を節約するに越した事はないだろう。
そしてなにより、私には大鎌という手段がある。
あんなぐちょぐちょ、どろどろの相手に鎌を振るうのは、汚ないって意味で気が進まないのだが、さすがにそんな事を言ってられる事態でもない。
なんせ腕1本でも動き回る相手だ。行動を止めるには、完全にすり潰すか、指1本レベルで細切れにするぐらいしか方法がないだろう。
つか、1体1体ゾンビを解体する作業なんてゴメンだ。絶対にやりたくない。
覚悟を決めて大鎌を手に持ち、構えを取る。
「よっ!」
少しの気合と共にひゅんと横薙ぎにひと振りすると、なんの手応えもなく残りのゾンビ達が真っ二つになった。これ以上動く気配も感じられない。
よく見てみれば、まとわりついていた"呪い"も消えてしまっている。
どうやら鎌で切りつけた拍子に霧散してしまったようだ。
「魔法をぶった切ったり、動く死体を1発で倒したり……。
アンタのそれ、ほんっと非常識ねー」
呆れたようにため息を吐きながらそう呟くスフィル。
「まあ、そういう道具だから。
それより、早く治療しないと」
痛いんでしょ? と聞くと、よろしくーと返事が返ってきた。
肩から腕にかけて、でっかい青アザを作っていたスフィルの治療を済ませたあと、横に開けるタイプの大きな扉に手を掛ける。
「ディグレスさん達、大丈夫かなー……」
「でも、ここでジッとしててもしょうがないでしょ」
少し前、スフィルの治療が終わって一息ついたところで、上がやたらと静かな事に気が付いた。人のいる気配がしないのだ。
敵の増援が来てからどこか別の場所にでも移動したのか、がつんがつんと鳴り響いていた音も、いつの間にか聞こえなくなっている。
試しにと、上に向かって呼びかけてみたが、反響した声が空しく戻ってくるだけで、返事はなにも返ってこなかった。
ゾンビ達にやられてしまったかもしれないという可能性は、この際考えないでおく。
スフィルと相談した結局、ゾンビ達への対抗手段もある事だし、ここで救援を待つより自分達も動く事にしたのである。
なにより、ジッとしてると嫌な考えばかり浮かぶのが耐え難かった。
「じゃ、開けるよ。スフィルは念のため構えてて」
「了解」
鍵が掛かってるかも、といった懸念が一瞬頭をよぎるが、あえて気にせず力を込めると扉は難なく開いた。
そこは広く大きな部屋だった。銅貨の放つ光が辺りを照らし出す。
その中に浮かび上がったのは、部屋の中央に作られた祭壇らしきものと、その周辺にたたずむ5つの人影───ゾンビ達。
今回はちゃんとした服を着込んでる事もあり、パッと見、生きた人と見分けがつかないが、体にまとわりつく呪いがそれを否定している。
当てられた光に反応したのか、ひた、ひたと足音を立てながら、ゆっくりとこちらに向かって歩いてくる。
「ハルナっ」
「大丈夫、任せといて」
そう言いながら相手に近付くと、ひゅんひゅんと2回、大鎌を横薙ぎに振るう。
呪いを打ち砕かれ、どさっと音を立てて倒れるゾンビ5体。
おぉー……、と感心したような声を上げるスフィル。
相手が鈍く、重さがほぼない鎌だからこそ出来る芸当だったりするんだけど。
「ね、ふと思ったんだけどさ。ひょっとしてアタシ要らなくない?」
「うん、そうだねー」
「うわ、酷っ!? ちょっとは否定してよっ」
「あははは、冗談だって。
それより、その怪しい祭壇なんだけど……」
祭壇の中央には、飾られた透明なガラス球のような物が乗っていた。
それは銅貨の放つ光を受けて、きらきらと輝いている。
これだけだとただの綺麗なガラス球なのだが、教会の外で感じた強いにおいと同じものをこのガラス球から感じられる。恐らくこれが、そのにおいの発生源なのだろう。
それに、なんかヤバそうな呪いのオーラが渦巻いてるのがよく見える。
「こんなところに祭られた宝珠……? あからさまに怪しいわね」
「あー……スフィル、触んないでね。
多分それ、ここの呪いの元凶だから」
「げ……。それホント?」
「多分ね。動く死体の呪いの強いやつ、って感じがするし」
「へぇ、これがねぇ……」
「とりあえずこれ壊しちゃうから、ちょっと下がっててくれる?」
多分、大鎌で殴れば壊せるだろう。
それに、ゾンビ製造装置なんてあっても絶対ロクな事にならないだろーし。
「はいはい、こーゆーのはハルナに任せるわ」
スフィルが下がるのを待って、宝珠目掛けて大鎌を振り下ろすと、がちゃんと音を立てて宝珠が割れた……というより、粉々に砕け散った。
「なにもそこまで粉々にしなくても……」
後ろから眺めてたスフィルが呆れたように呟いた。
あれ、そんな力を込めたつもりないんだけどな……?
若干の戸惑いを覚えたが、大鎌を使ったからかな、と頭の中で理由付けすると、スフィルがいる方へと向き直り、先へ進むことを告げた。
宝珠のあった部屋を出ると、真っ直ぐな廊下が続いていた。
廊下といっても幅2メートル程度はあるだろうか、そこそこ広い感じがする廊下だ。
廊下の先は折れ曲がっていて、その先を見ることはかなわない……が、廊下を照らし出す明かりに気付いたのか、曲がり角から4体のゾンビが現れた。
私達に気付いたのか、両手を前に出し、よろよろとした足取りで迫ってくるゾンビ達。
それに向けて大鎌を一閃させると、あっという間に大人しくなる。
「やたらとしぶとい動く死体も、ハルナに掛かれば真っ二つでおしまいっかー……。
ところでハルナ、こーゆーのは平気なの? さっきからかなり凄惨な光景が続いてると思うんだけど……」
確かにここに来てから、腐った死体やそれが潰れたやつ、おまけに真っ二つになったやつ、といった光景が続いている。
荒事に慣れてない普通の人なら、悲鳴のひとつも上げているのだろう。
「まあ、見てて気分のいいもんじゃないけど、一応は」
なんたって私は死神だ。老衰から事故で悲惨な事になった遺体まで見慣れてる。中でも酷かったのは、交通事故で体が上下泣き別れになった挙句に中身が飛び散ったやつとかあったけど……。
そーゆー人達を迎えにいってる間に、そういった悲惨な事になった遺体を見ても、だんだんと平気になってしまったのである。ある意味これも職業病か?
「ふーん。まあ、無理しないでよ?」
「うん、ありがとね、スフィル」
曲がり角を曲がると、その先は階段になっていた。
どうやらここから上に戻れるようである。
「お、階段だ」
「よかった、やっと上に戻れるわね」
「でもこの階段、木で出来てるみたい……。また落ちたりしないよね?」
「それ、笑えない冗談ね……。
でも他に道もないし、慎重に登りましょ。そーっとね」
木製の階段を慎重に上がり、上に到着したところで、スフィルがなにかに気付いたように動きを止めた。
「ね、なんか聞こえない?」
その声に耳を澄ましてみると、ドン、ドンドン……といった感じの音が確かに聞こえてくる。
「なんの音だろ、あれ?」
「うーん? なにかを叩いてるって感じの音だけど……」
「廊下もそっちに続いてるようだし、とりあえず行ってみましょ」
廊下に沿って慎重に歩みを進める。
廊下の幅は地下と同じく幅2メートル前後だが、左右にぽつぽつと、個室の入り口と思われる扉が備え付けられている。
「あれは……」
廊下の角を曲がると、1つの扉の前で群がり両腕を叩きつける4体のゾンビの姿があった。
部屋の中になにかがあるのか、扉を破ろうとしているようだ。
ああ、ゲームとかでもこんなシーンあったなぁ、と頭のどこかで冷静にそう思う。
まさかこんなシーンをリアルで目にする事になるとは……。定番だけど、誰かがあそこに篭っているって事かな。
そしてこの場合、その誰かってのは、今探しているディグレスさん達の可能性が高い。
「どうするの、ハルナ?」
「倒すよ。こっちにしか道はないし……、あの部屋には誰か居そうだしね」
私がゾンビ達に向けて1歩踏み出すと、ぎしりと床が音を立てる。
その音に気付いたのか、一斉にこちらに向けて動き出してきた。
まさしくターゲット・ロックオンって感じだ。
迫るゾンビ達に向けてもう1歩踏み出すと、ひゅひゅんっと2回大鎌を振るう。
大鎌によって呪いを打ち砕かれたゾンビはただの死体となり、どさっと音を立てて地面に倒れ伏した。
それを見届けると、スフィルが合流するのを待ってからトントンと扉をノックする。
「誰かいますかー?」
「その声は……嬢ちゃん達かっ!」
ばんっ、と勢いよく開かれた扉から顔を出したのはディグレスさんだった。
あっぶな。大鎌を消すのがギリギリだったよ……。
「2人とも無事だったのか……。いや、よかった。
ところで、あいつ等はどうした?」
「扉の前に群がってた子達でしたら、そこに。
死体を動かしていた呪いを砕いたので、これはもう動く事はないですよ」
私の指差した先にあるのは、ただの死体に戻った元ゾンビ達の姿。
「……そんな事も出来るのか。いや、助かった、礼を言う」
「そちらも、無事なようでなによりです。
ところで、ファーレンさんもここに?」
「ああ、中にいる。
あと、唐突ですまないが、聖水が余ってたら分けてもらえないか?」
「え、いいですけど……。1本でいいですか?」
ごそごそと鞄から聖水を1本取り出すと、ディグレスさんに手渡した。
「すまん、恩に着る」
「……なにかありました?」
「ああ……。
とりあえず、中に入ってくれ。話はそこでしよう」
部屋の中に入って真っ先に目に付いたのは、奥のベッドに寝かされているファーレンさんの姿だった。頭につけたバンダナはそのままだが、なぜか上半身は裸で、細身の割に引き締まった体を外気に晒していた。
慌てて目をそらす私。
「やあ、2人とも無事だったようだね。こんな格好で失礼するよ」
「いやあの、なんで脱いでるんですか……」
「こいつがドジ踏んでな、動く死体から傷を貰っちまったのさ。
その手当てをしてたんだが、手持ちの聖水が全部なくなっちまってな」
「えっ!? 確かあいつ等に傷付けられたら、呪いが感染するって……」
「ああ。ただ記録を調べた限りだと、傷付けられたからといって、即座に動く死体と成り果てるわけではないらしい。
ごく早い段階でなら、傷口を聖水で清めることによって、しばらくは呪いの進行を止められるとのことだ」
「へぇ……」
そう言いながら聖水の蓋を開け、手当ての準備をするディグレスさん。
よく見ればファーレンさんの腕にはざっくりとした傷があり、その周囲が黒ずんだ色に変色している上、呪いのもやがそこを覆っているのが見て取れた。
「いくぞ、ファーレン」
「頼む、兄貴」
少しずつ、ゆっくりと傷口に聖水を垂らしていく。
しゅうぅぅ……、とゾンビに聖水を掛けた時のように、白い煙が上がった。
「っぐうぅ……」
うわ、痛そう……。つかあれ、腕溶けてないか?
「まずいな……、随分進行してやがる。
このまま続けると、腕が使い物にならなくなるかもしれんが……」
「いや、続けてくれ、兄貴。
ここで止めるとオレ、あいつ等の仲間入りだろ? 腕1本失う方がまだマシだぜ……」
「……そうだな」
軽く言ってるように思えるが、それは結構な死活問題のはずだ。
腕1本失えば、今までと同じように冒険者ギルドで働くのはかなり難しいだろう。
同じ事を思ったのか、隣のスフィルも厳しい顔をして手当ての様子を眺めていた。
そりゃまあ、命には代えられないんだろうけどさ……。
内心悶々としていると、手当てを再開したのか、再び白い煙が上がりだした。
痛みをこらえるファーレンさんのうめき声が上がる。
あーもう、見てらんない。今やれる事をやるっ。
懐からグリモアを取り出すと、手当て中のディグレスさんにつかつかと近付いた。
「手伝いますよ」
「む、なにをするつもりだ?」
「『負傷治癒』の魔法を横から掛け続けます。
少なくともこれで痛みは抑えられると思いますし、傷もどうにかなるかと」
「おい……本気か? 腕の骨が見えてる状態だぞ?」
「本気ですよ。それならますます放っとけないじゃないですか」
ディグレスさんがジッとこちらを見つめてきたので、ぐっと睨み返してみた。
「……分かった、頼む。が、無理だけはするな」
「了解」
『負傷治癒』の魔法陣を作成し、ゆっくりと魔力を流す。
柔らかな光が傷口を照らし出したところに、ディグレスさんが聖水を注いでいく。
たっぷり5分ぐらいの時間を掛けて聖水を注ぎ終えると、腕の傷はすっかり元通りになり、呪いのもやも完全に消滅していた。
……あれ? 聖水って呪いの進行を止めるだけじゃないっけ?
ひょっとして私の作った聖水を使ったからか?
まあなんにせよ、呪いも傷も治ったので、これはこれで良しとしておく。
「もうよさそうですね。魔法、止めますよ?」
「あ、あぁ。
助かったのだが……、その、なんだ。疲れてないのか?」
「ええ、なんともないですよ?」
むしろ神経使うような作業をしたのは、ディグレスさんの方だと思う。
「凄いね、ハルナちゃん。そこまで魔法を使い続けて平然としてるなんてさ。
腕の骨が見えるような傷なんて、普通の魔術師なら即ぶっ倒れてたと思うよ?」
あ……、そういえば『負傷治癒』の魔法はかなり消費が激しいんだっけ。
やば、すっかり忘れてた。
「おいファーレン、そんな事よりまずは礼を言ったらどうだ?
お前の腕がくっついてるのは、まず間違いなく嬢ちゃんのお陰だぞ」
そうだった、とファーレンさんはベッドから起き上がるとすくっと立ち上がり、びしっと90度頭を下げた。
「腕1本失う覚悟をしてたが、本当に助かった、ありがとう。
もしオレに出来る事があるならなんでも言ってくれ、喜んで力にならせてもらう」
「え、えーっと……」
今までの態度とのギャップに頭の回転が一瞬止まったが、それならばと1つお願いをしておく事にする。
「でしたら、1つお願いがあるんですけど……」
「なんだい?」
「そっちのディグレスさんにもお願いしたいんですが、さっきの事……魔法を使い続けた事について、詮索しないで貰えますか?」
「ああ……。確かにあれだけの事をしておいて、けろっとしてるのは普通じゃないと思うけど。その事についてはなにも聞かないって事でいいのかな?」
「ええ、そうしてくれると助かるんですが」
「そのぐらいならお安い御用さ。気にならないと言ったら嘘になるけど、こういった稼業をしてる以上、切り札の重要性ってのは分かってるつもりだし、それについて詮索するような野暮な事はしないよ。むしろ誰にも言わないと誓ってもいい。
兄貴もそれで構わないよな?」
「ああ、そうだな。だが、対価としてそれだけでは少々安すぎるな。
そうだな……もし俺達が力になれることがあったらいつでも言ってくれ。1回だけだが無料で手を貸そう」
「ちょ、待ってくれよ。なに勝手に決めてんだよ!? しかも"俺達"ってオレ、巻き込まれ決定っ!?」
「なに、気にするな。俺からの礼だ。
それにファーレン、お前もその程度じゃ釣り合わんと思ってるのだろう?」
「いや、気にするってーの。そりゃ釣り合わねぇと思ったのは確かだけどよ……」
ここに来る前にも思ったが、この2人は本当に仲がよさそうだ。
2人とも悪い人ではなさそうだし、そんな2人と繋がりが出来たのは運がよかったのかもしれない。
「分かりました。でも、1回ですか」
「1回だ。この世界は厳しいからな」
笑いながらそんな事をいうディグレスさんに、私も笑いながら返した。
「では、なにか手を借りたい事が出来た時はまたお願いしますね」
「ああ、遠慮なく頼ってくれ。力にならせてもらおう」
森の夜道は危険だからという事で、交代で見張りをしながら教会の一室で夜を明かすと、明るくなるのを待って教会の外へと脱出した。
無論、事前ににおいによるゾンビの確認は済ませてある。
昨日部屋の前で倒したゾンビ達が最後だったのか、特ににおいは感じられなかった。
教会を出て少し進んだところで、辺りの様子を探っていたディグレスさんがポツリと呟いた。
「妙だな……」
「どうかしましたか?」
「ああ、ちょっと引っかかってな……。
なぁ、嬢ちゃん。本当になにも感じないのか?」
その言葉に改めて意識を集中してみるが、特にこれといったにおいは感じられなかった。
「……ええ、なにも。近くにはいないはずです」
「そうか……」
なにやら難しい顔をして考え込むディグレスさん。
「どうしたんだよ、兄貴?
この辺にいないって事は、あいつ等ならもう全滅したんだろ?」
「……いや、違うな。
俺達がボロい教会に逃げ込んでから完全に倒したのは、精々5つってところだ。
嬢ちゃん達2人が地下から登って来る時に倒したのは、確か15~6だったよな?」
「ええ、そうですけど……」
「昨日、外で動く死体共を見た数は約20だが、教会の中に潜んでた奴らもいたはずだ。
そうなると数が合わん。残りのやつらはどこへ消えた?」
その言葉にファーレンさんがはっとした顔になる。
「兄貴、それってまさか……」
「ああ。やつらは今でもこの森のどこかを彷徨ってるはずだ。
それだけならまだマシだが、あいつ等の気まぐれでこの森から出て行くかもしれん。もしそうなったら最悪だ」
「やべぇ……、それって恐れてた最悪の事態じゃねぇかよ」
「ああ。これはもう俺らの手には負える事態じゃない。急いでギルドに報告する必要がある。嬢ちゃんには悪いが、帰り道、休憩の時間もそう取れそうにない」
「あ、私の事でしたらお気遣いなく。多分大丈夫ですから」
私としては、休憩なしでずっと歩き続けても問題はない。
少し不審に思われるかもしれないが、今は時間の方が重要である。
「いや、オレが先にひとっ走りしてギルドに知らせてくるよ。兄貴達はあとからゆっくり帰ってきてくれ」
「ファーレン、それは危険だ」
「平気平気。ハルナちゃんがこの辺にいないって言ってるんだから、森を抜けるまでは大丈夫でしょ。森を抜けたあとなら、あんな鈍いやつに捕まる事はないって」
「いや、しかしだな……」
「兄貴……、らしくないぜ? 今は急いで知らせることが大事だろ?」
「……そうだったな、分かった、頼む。だが気をつけろよ?」
「あいよ。んじゃお二人さん、またギルドでな」
それだけ言い残すと、ファーレンさんは森の中を真っ直ぐに走っていってしまった。
それを心配そうに見つめるディグレスさん。
「大丈夫ですか?」
「ああ、すまんな……。どうも昨日の事が頭から離れなくてな」
あー、なるほどね……。
「でしたら、私達もなるべく急げばいいじゃないですか」
「……いや、普通で構わん。あいつはあいつの仕事を果たしているだけだからな。
嬢ちゃん達に合わせて帰るのが、俺の仕事だ」
「そうですか……、分かりました」
それでも私達はなんとなく急ぎ足になりながら、ジェイルの町を目指して歩き続けた。
話としてはここで一区切りとなりますが、この騒ぎはまだ続く予定です。
次話はまた、全く違う毛色の話になりそうですが……。