58 封じられた教会 その2
前回、森の名前を出し忘れてたってゆー……とほ。
そして今回、少しグロい描写が入ります。苦手な方はご注意下さい。
2014/03/30 ふりがな表記をカタカナに修正
翌日、私とスフィルは調査チームとして派遣された2人のギルド員の方々と共に、セルイドの森を目指して歩いていた。
セルイドの森というのは、昨日聞いた立ち入り禁止区域となってる森の事だ。
そこにある破棄された教会にも名前があり、こっちはセルイド教会というらしい。
うん、なんというかそのまんまだ。
太陽が大分傾いて来ているので、時間は大体午後5時といったところだろうか。
町を出てから休憩を何度か挟みつつ、街道に沿って、てくてくと歩き続ている。
「ハルナちゃん、大丈夫、疲れてない?」
こう私に話し掛けてきたのは、細いがしっかりした体つきの、ファーレンさん。
ギルドより派遣された調査員その1で、今回は斥候を担当するらしい。
頭に巻いたバンダナが特徴的な、20歳前後の男性だ。
「大丈夫です、ありがとうございます」
「そう? 疲れたらすぐに言ってよ」
体を鍛えてない私を心配してくれてか、割と頻繁に声をかけてくれる。
もっとも私は、体を動かしても疲れを感じる事はないという妙な体質なので、その心配は無用なのだが、理由を聞かれても困るので適度に休憩を入れさせてもらっている。
あと、ちゃん付けは勘弁してほしいんだけどなぁ……。
「ファーレン、お前が疲れたからといって、人をダシにして休もうとしているのではあるまいな?」
「そんなわけないだろ兄貴! オレはただハルナちゃんを心配して……」
こっちの落ち着いた感じの声をした男性はディグレスさん。
がっしりとした体格に厳つい顔つきをした20台半ばの男性で、今回の調査チームのリーダーだ。
ファーレンさんとはかなり昔からの付き合いで、2人でよくコンビを組んで仕事をしているらしい。
「あー、また始まったわね……」
「まあ、仲よさそうでいいじゃない」
じゃれあいを始める2人に、スフィルと2人顔を見合わせると、そっとため息を吐いた。
街道に沿ってまたしばらく進むと、やがて検問所らしきところに辿りついた。
ディグレスさんが少し待つように指示を出し、1人でそこに近付いていく。
そこの人になにかを見せ、2~3言葉を交わすとあっさりとそこを通された。
「ああやってちゃんと調べてるとこあるんだ……」
誰ともなしにつぶやいた言葉だったが、ディグレスさんがそれに答えてくれた。
「この先は立ち入り禁止区域だからな、見張りを立てるぐらいはするだろうよ」
「でも、今回の仕事って確か、この先で見られた不審な人影の調査ですよね? 見張ってる人がいるなら、不審者なんて入れないんじゃないですか?」
「あぁ、こうやってきちんと検査してるのは、街道沿いだけだ。
森は広いからな、一応見回りはしているそうだが、そこまで人を割いているわけでもない。街道を通らなければいくらでも入れる隙間はあるという事だ」
結構ザルな警備のよーで……。
「てことは、人影を見たって報告はその見回りの人から?」
「だろうな。
それに、森に入られる前に発見したならともかく、見つけた相手は既に森の中だ。こうなると何人潜んでいるか見当がつかん。
ここの連中で、最悪の事態に対処できるやつはそう何人もおらんだろうからな……。万一の事を考えて、上に連絡を入れたんだろうよ」
「なるほど……、ってうぁ……」
納得したところで、前方から感じる微妙なにおいに思わず声を上げた。
ゴーストと呪いが入り混じったようなこのにおいは恐らく……。
「ハルナちゃん、どうかした?」
「いえ、嫌な予感が当たったなーと思いまして」
「え? どういう事?」
「さっき言ったその、最悪の事態が起こってるって事です。
まだかなり遠いですけど、前方からゴーストに似たなにかの気配を感じますので……」
その言葉に全員が立ち止まり、私のほうを注目する。
微妙な沈黙の後、ディグレスさんがゆっくりと口を開いた。
「俺ぁ、宝石持ちのエクソシストと組むのは、これが初めてだから聞かせてもらうが、スフィルの嬢ちゃん、そっちの嬢ちゃんの感覚は信用できるのかい?」
「ハルナの感覚なら、信用していいと思うわ。今のとこ外れた事ないし」
「そうか……」
「どうするんだい、兄貴?」
少し考え込んだディグレスさんだったが、すぐに口を開いた。
「……調査は続行する。
そっちの嬢ちゃんを信用しないわけじゃないが、このままなにも確認せず、"ヤバイ気配を感じたので途中で引き返しました"、じゃ報告にもなりゃしないからな。
それに、他にも侵入者がいるかもしれん。そこの確認もしておきたい」
「なるほどね……。
そうなると、出発前にハルナちゃんから貰ったこれの出番もあるかな?」
そう言って手に持って見せるのは、今日出発前に配った聖水入りの瓶。
ファーレンさんとディグレスさんに、それぞれ1本ずつ配ったやつだ。
「ファーレン……、戦う事を前提に話をしてどうする。俺達は偵察に来てるんだぞ?」
「おっと、そうだった。わりぃ、兄貴」
「あはは……、使うような事態にならなきゃいいですね」
なんにせよ、これでもう普通の偵察とかじゃなくなったワケだ。
まあ、ゾンビが相手ならにおいで居場所がわかるわけだし、そうそうヤバイ事にはならないと思うんだけど……。出来れば外れてほしい予感だったかなー。
甘かった。においで相手の居場所を探るってのは甘かった。
目指す森に辿りついたはいいものの、どうやら相手は1体2体じゃないらしい。
正面から強めのにおいを感じる以外は、森全体がにおいに包まれてるように感じられてしまう。
こうなると、においで位置を掴むどころではない。
そして視覚に頼ろうにも、鬱蒼とした森の中では日の光がほとんど入って来る事がなく、辺りは既に夜のように感じられる。
おまけに時間は夕方と来ている。今はまだうっすらと視界が確保出来ているが、もう1時間もしないうちに辺りは真っ暗になってしまうだろう。
「嬢ちゃん、どうだ? 気配でヤバイ相手のいる場所は掴めるかい?」
私は黙って首を横に振る。
「ダメですね。あっちの方に強めの気配があるのが判るだけで、あとは相手の数が多いのか全体的に気配を感じるだけで、細かな位置まではとても」
「そうか……。ファーレン」
「なんだい?」
「あっちには確か教会があったと思うが、嬢ちゃんの言う強めの気配ってのが気にかかる。
いけるか?」
「了解、任せてくれよ」
そういうが早く、ほとんど足音もなしに私の示した方へ走り抜けていくファーレンさん。
その姿は木々に紛れてあっという間に見えなくなってしまった。
はー、さすが斥候担当……。
「さて、ファーレンが戻るまでここで待機だ。
多少は気を抜いてくれても構わんが、なるべく静かに頼む」
「了解」
「はい……あ、明かりをつけていいですか?」
辺りが大分暗くなって来たので、明かりがないとそろそろツライ。
「目立たぬ物なら構わんが……」
「それなら大丈夫です」
そう言ってグリモアを取り出し『光源』の魔法を使う。対象はいつものように銅貨だ。
最初は手元に適当な対象がなかったため、苦し紛れに銅貨を使っていたのだが、何度か使ってるうちに、これがなかなか使い勝手のいい事に気がついた。
持ち運びに困らない上、明かりが不要になれば、手で握るなり懐に入れるなりすればいいのだ。
それを見たディグレスさんが、感心したような声を上げる。
「ほう、魔法も使えるのか。
それに銅貨を使うとはな。いや、考えた物だ」
そんなに感心しないで下さい、偶然の産物なんです。
「俺の銅貨にも1つ頼んでいいか?」
「いいですよ、お安い御用です」
そんなやり取りをしていると、ファーレンさんが戻って来るのが見えた。
茂みの動くガサガサという音にディグレスさんとスフィルが一瞬身構えるが、すぐに力を抜く。
「ファーレンか、早かったな。それで、どうだった?」
「兄貴の言った通り、こっちにボロイ教会があった。他には周囲を含め、怪しい物はなにもなかったな」
「ふむ……そうか。ではそこまで移動する。出来るだけ静かにな。
ファーレン、案内を頼む」
「了解、こっちに来てくれ」
ファーレンさんの案内の元、木々の合間を縫って奥へと進む。
しばらくすると木々が途切れ、ぽっかりと開いた空間の中に建つ1件の建物が見えてきた。
建てられてからかなりの年月が経ってるようで、はっきり言ってボロい。
あちこち崩れている上に、入り口と思われる部分には扉がなく、暗い闇がぽっかりと口を開けている。
恐らく、この建物が例の教会なんだろう。
「なんつーか……ボロい建物だなー」
ぼそっと呟いたところで、ふと、木々の揺れる音がした。
何気なくそちらに視線を向けると───。
目が合った。
ぼさぼさになった頭髪、ボロボロに朽ち果てた服、肉が削げ落ち、ところどころで白い物を覗かせる腐った体を持つモノが、そこにたたずんでいた。
直立してはいるが、とても生きている者には見えないソレが、どろりと濁った目でジッとこちらを見つめている。
「スフィル、ちょ、あれ、あれっ!」
手近にあったスフィルの肩を、ばしばしと叩きながら小声で知らせる。
「痛いわね、急にな……」
喋りかけたスフィルがぴしりと固まった。どうやらアレに気付いたらしい。
……が、立ち直るのも早かった。すぐにディグレスさんに警告を発する。
「チィ、ここでお出ましか。おいファーレン」
「あいよ」
ゾンビに向けて武器を構える2人。距離は約30メートルといったところか。
ディグレスさんは幅広の剣を、ファーレンさんは大振りのナイフをそれぞれ手している。
「敵は1体、俺の合図で突っ込む。スフィルの嬢ちゃんはここで待機だ。
んじゃ行───」
「あ、待って!」
それに慌ててストップをかける。
「んだよ、どうした、嬢ちゃん?」
「まだ他にもいるみたいです、よく見てください」
「……なに?」
改めてそちらに目をやると、さっき見えたゾンビのすぐ近くにもう1体、そしてその後ろからさらにもう1体のゾンビがゆっくりと姿を現した。
視界の隅でなにかが動いた気がしてそちらに目を向けると、そっちにも2体のゾンビが。
振り返って後ろを見ると、後ろからも3体のゾンビが迫っていた。
その他、木々の隙間からも2~3体のゾンビが湧き出し、その後ろにもまだ控えているようだ。
気が付けば、この教会はいつの間にかゾンビ達に囲まれていた。
そこにいるゾンビ達は、半分腐ったものからまだ生きてると思えるようなモノまで様々だが、それぞれに共通しているのは、どろりと濁った光のない目だ。
それにしても数が多い。20体以上はいるんじゃなかろうか。
かなり不気味な光景だ。
「おいおいおい、なんの冗談だこりゃ?
おいファーレン、これのどこが"なにもなかった"んだって?」
「おかしいな、さっきまでは確かになにもなかった筈なんだけどな……っ」
ゆっくりとした足取りでこっちに迫ってくるゾンビの群れ。
ホラー映画などではおなじみの光景ではあるが、実際目にするとかなりコワイ。
「まずいな、相手が多すぎる。
……おいスフィルの嬢ちゃん、俺らがしんがりになる。そっちの嬢ちゃんを連れて教会の中に入れ。入り口を利用して中で迎え撃つ」
「了解、分かったわ。行くよ、ハルナ」
言葉と同時に私の手を取って駆け出すスフィル。
その後ろに付いて走るディグレスさんとファーレンさん。
そしてそれを追うようにして動き出すゾンビ達。
扉のない教会の入り口に辿りつくと、スフィルが中を覗き込み、なにもない事を確認してから足を踏み入れる。
ディグレスさん達も続けて入ってくると、入り口に向かって構えを取った。
「2人はもう少し下がっててくれ、そこだと剣を振るうのに少し邪魔になる」
そう言いながら鞄を漁ると、中から1本の瓶を取り出しその中身を剣にまぶしていく。
ファーレンさんも入り口を挟んだ向こう側で、同じようにナイフに聖水を振り掛けていた。
2人の邪魔にならないよう、スフィルと共にもう少し奥へと進んだ途端───。
べきりっ! となにかが砕けるような音と共に、視界が反転した。
その3へと続きます。