57 封じられた教会 その1
お待たせしました、新エピソードの開始です。
2014/03/30 ふりがな表記をカタカナに修正
創立祭を楽しんだ次の日、早速冒険者ギルドから私の元に協力依頼が舞い込んだ。
それにしても、いくら宣伝したからって昨日の今日とは……。
どんだけ人手不足なんだ冒険者ギルド。
「言伝を預かったアタシが言うのもなんだけど、外部への協力依頼って珍しいわねー。
で、どーするの、ハルナ?」
呆れる私を他所に、スフィルがそう聞いてくる。
「まあ、請けるかどうかはともかく、話は聞きに行くつもりだよ。
そろそろ仕事探そうと思ってたとこだしね」
「ほいほい、りょーかい」
「それで、話はギルドでするんでしょ? いつ行けばいいの?」
「あ、それが、なんか急ぎの話っぽくてさ。出来ればすぐにでも連れてきてほしいって言われてるんだけど……」
「……えらく急だね、ホント」
一体なんの用事なのやら。
「今すぐは無理でもなるべく早目にって言われててさ。
どう、行ける?」
「特に急ぎの用事はないから大丈夫。……準備しちゃうからちょっと待ってて」
ごそごそと外出の準備を整えつつ、ちょっぴり気になった事を尋ねてみる。
「ところで、外部への協力依頼って珍しいんだ?」
「まあ、滅多にあることじゃないかな」
スフィル曰く、外部に協力を求めまくってたら冒険者ギルドの意味がないじゃない、とのこと。
ま、そりゃそーか。人材の豊富さがウリの冒険者ギルドがいちいち外部に協力を求めてたら立つ瀬ないわな。
雑談をしながら手早く外出の準備を整える。
仕上げに黒のローブを羽織ってグリモアを懐へ入れれば準備完了だ。
「お待たせ、スフィル」
「ほーい。じゃ、出発ー」
ギルドに到着後、スフィルと別れた私は1人奥へと通され、ギルド支部長のデルディさんと向かい合って座っている。
「立ち入り禁止区域の調査、ですか」
彼が語った依頼の内容は、この町から徒歩で半日ほど行ったところにある、立ち入り禁止区域である森の調査に同行してほしいというものだった。
「ああ、その通りだ。
最近、その森付近でうろつく集団を見たといった報告があちこちから寄せられててね、その調査への同行をお願いしたいのだよ」
説明を続けるデルディさんの言葉をまとめると───
1.ギルド側で作った調査チームに同行してほしい
2.今回はあくまで調査なので、もし盗賊などが入り込んでいても手を出さなくてもいい
3.その場合、出来れば規模なども調べてほしいが、無理はしない
4.迅速な調査が必要なため、出発は明日の昼過ぎ
───と、こういう事らしい。
……でも。
「お話はわかりましたけど、それだけじゃないですよね?」
「察しがよくて助かる、その通りだ」
だよねー、今の話だけだと私を雇う理由にはなんないもんね。
「この問題となっている森には、放棄された古い教会が建っているのだが、その奥深くに厄介な呪いが封じられていてね。
この森が立ち入り禁止区域とされているのは、その呪いが存在するからなのだ」
「呪い、ですか?」
「そう、呪いだ。
触れた者を蝕み、死に至らせ、そして動く死体として蘇らせるといった呪いだ」
動く死体。それっていわゆるゾンビ……?
「この呪いの厄介なところは、呪いに犯された者によって傷付けられた場合、その呪いが伝染するところにある。
理由は不明だが、蘇った死体は命ある同属に襲い掛かる傾向があり、先ほどの呪いの性質と相まって非常に危険なものとなるのだ」
「うぁ……。なんでまたそんなものが……」
それって下手したら、国レベルの大事になるじゃないの。
「この呪いに関して分かっている事は2つある。
1つは先ほど言ったように、呪いに犯された者を動く死体へと変化させる事。
そしてもう1つ。こちらが重要なのだが、この呪いに対してはゴーストと同じやり方で対処出来るという事だ」
あー、段々話が読めてきたぞ。
「つまり私は、その呪いが漏れ出していた時の保険ですか?」
「その通りだ。もし何者かがその教会に立ち入り、その呪いに触れるような事になれば一大事だ。手早く情報を集め、これに対処する必要がある。
アナタには万一の事態に備え、調査に同行してもらいたい」
なるほどねー。そういう事なら多分大丈夫かな。
「──……分かりました。その話、引き受けさせて頂きます」
いくら最悪のケースとはいえ、これを放置した所為で町中にゾンビが溢れました、なんて事になったらシャレになんないし。
「ありがたい、感謝する」
「あ、1つだけ、条件といいますか、お願いがあるんですけど……」
「なにかな?」
「私としては、見知らぬ集団の中に1人放り込まれるってのは少し身の危険を感じるので、1人、私の知り合いを調査に同行させてほしいのですが……」
「……ふむ、その懸念はもっともだな」
「彼女はギルド員なので、足を引っ張る事はないと思います。
調査員の1人として加えて頂けませんか?」
「ふむ、了解した。その人物にはこちらから通達を出すとしよう。
名はなんというのかね?」
「彼女の名は──」
誰のことかって? 決まってるじゃないですか。
「ちょっとハルナー! ってうわっ!? ……なにやってんのよ?」
宿の部屋で、水の入った深めの桶に腕を突っ込み、ぐるぐるとかき回している私を見たスフィルが、部屋の扉を開けるなり変な声を上げた。
「あ、スフィル、お帰りー。えっと、聖水作り?」
「聖水って……、あの聖水?」
「聖水にそんな種類があるかどうかは知らないけど、エクソシストが使う道具のひとつの聖水だよ」
スフィルの視線が私の顔と桶を交互に行き来したあと、思わずといった感じで呟いた。
「……神秘性のカケラもないわね」
「うるさい。いいの、実際これで作れるんだから、気にしないの。
……それで、どうしたの? なんか私に用事があったみたいだけど」
まあ、大体見当つくけどさ。
「あ、そうだった。
さっきギルドで、次に請ける依頼を探してたらいきなり呼び出されてさ。話を聞いてみたら、名指しで仕事が入ったっていうじゃない。
それで、アタシを指名したのがハルナだって聞いて……。どういう事よ?」
「あれ、それ以外はなにも聞いてない?」
「立ち入り禁止区域の調査隊の一員に加わってほしいってのは聞いたかな。理由も含めてね」
「だったら、私が付け加える事なんてほとんどないと思うんだけど……」
「違うわよ、聞きたいのはアタシを指名した理由よ」
「あー、そっちね」
さすがにそこまでは説明されてなかったか。
「ひと言で言えば、知らない集団の中に1人放り込まれるのが怖かった、かな?」
「……なにそれ?」
「しょうがないじゃない、私普通に弱いんだからさ。1人は心細いのよ」
対ゴースト関係ならなんとでもする自信はあるが、いくら尽きる事のない(?)高出力の魔力があっても、それを有効に使う事が出来ないとなんの意味もない。
正直、掴み合いとかになったらどうしようもないです、はい。
「それ、心配しすぎだと思うけど……」
「いいでしょ、別に減るモンじゃないし。スフィルの仕事にもなるしさ」
「まあ、そうなんだけどね。
了解、正直次の仕事も決めかねてたとこだし、ありがたく受けさせてもらうわ」
「ありがと、助かるわ
……っと、そろそろいいかなー」
桶の水をかき混ぜ始めてから体感で約10分。水の量が多い事を見越して長めに混ぜたので、もうそろそろいいだろう。
ギルドからの帰り道に空っぽのガラス瓶をたくさん買って来たので、それにさっきの水を注ぐ。
あとはこれにフタをすれば、自家製聖水の完成だ。
「ほい、完成。スフィル、これ持ってて」
出来上がったばかりの聖水を、3本ばかりスフィルに手渡す。
「これ、どうするの?」
「明日行う調査の、念のための保険かな。ゴーストと同じ対処法が有効って事で、ギルドからもある程度聖水が支給されるとは思うけど、数の余裕があったほうがいいでしょ」
「まあ、そうなんだけど……。
それにしてもさ、もう既になにか起こりますって感じの準備だね?」
「なんていうか、どーにもイヤな予感が消えなくってねー。きっちり準備して行こうと思ったのよ。ただの杞憂で済めばいいんだけど……」
「ふーん。ま、そういう事なら、ありがたく受け取らせてもらうわ。
ハルナが作ったのなら、なんか普通の聖水より効果高そうだし」
「そう言ってくれるのはありがたいけど、実際に使ったことはまだないから、アテにしすぎないでよ?」
「でも、効果の程は確かめてあるんでしょ?」
「一応はね。王都の神殿長の保障つき」
「全く問題ないじゃない、それ。
まあ、それはいいんだけど……」
スフィルがテーブルの上に目をやりひと言。
「こんなにいっぱい作って、どーするつもり?」
そこには、自家製聖水が20本ほど並んで立っていた。
「明日、他の人にも配ろうかと思ってちょっと多めに作ったんだけど……」
「いやいやいや。あんまり多いと逆に邪魔になるって。
基本偵察って事忘れてない?」
「あ……、そいやそうか」
いつの間にかゾンビに対抗する事だけを考えてたわ。
いや、私はそれでもいいんだけど、他の人にとっては違うわけで。
「ごめん、うっかりしてたわ」
「はぁ……まあ、作っちゃったのは仕方ないと思うけど。
どーするの、これ? ギルドか教会に引き取ってもらう?」
それなりの金額になると思うよ、とスフィルが付け足すが、どうにも気乗りがしない。
「うーん、捨てるのも勿体無いし、かといって売るってのもなぁ……」
元がただの水だけに、売るってのも抵抗あるんだよね。
色々悩んだ末、この聖水達は宿で保管しながら、必要に応じて持ち出す事に決定した。
……聖水って腐らないよね?
その2へ続きます。