56 ルーブジュ孤児院創立祭 その2
本当にお待たせ致しました、11日ぶりの投稿です。
色々と書いた結果7,200文字まで膨れ上がりましたが、飽きずに最後まで読んでいただければ幸いです。
そして今回、最初のみ書き方を変えてみました。
たまにはこーゆー出だしもアリとゆーことで。
2014/03/30 ふりがな表記をカタカナに修正
薄暗い闇の中に光が走る。
その余波に照らされ、うっすらと見える大勢の人々。
こちらに向けられた目、目、目───。
その人達から発せられる少しムッとした空気が辺りに漂っている。
───どうしてこうなった。
魔法で作られた光の柱が私を照らしだす。
暗がりの中から急に当てられた光は非常に眩しく、思わず目を細める。
集まるたくさんの視線。
静かだが、ジッと集まるソレに足が震えそうだ。
───どうしてこうなった。
私の全身を覆う真っ黒なローブ、手には作り物の大きな鎌。
そしてその隣には、膝をついて畏まる冠を被った男性。
あーもう、緊張する、めちゃくちゃ緊張する。
緊張からくる震えを押さえ込み、出来る限り尊大な声を意識する。
「王よ、そなたに神託を伝えよう……」
「……ははっ」
今すぐ逃げ出したくなるが、もう後戻りは出来ない。
本番はとっくに始まってしまってる。
あとは覚悟を決めてやりきるのみ───。
そう、私は今、御使い様の格好で舞台の上に立っている。
話は今日、スフィルの"勇姿"を見るために、孤児院を訪れたところまでさかのぼる。
天気のいい昼下がり。少し早めに会場に到着した私が、どの観客席に座ろうかと会場内をウロウロと歩いていると、なにやら少し慌てた様子のセニア先生に捕まった。
「よかった……。ハルナさん、来ておられたんですね」
「あ、こんにちは、セニア先生」
「すみません、ちょっとお願いしたい事が……。こちらに来ていただけますか」
「え? え?」
なんだかよく分からないままセニア先生に引っ張られ、そのまま舞台裏へ。
開演時間が迫っている所為か、そこは慌しい雰囲気に包まれていた。
「えーと……いいんですか? 今ここに入っちゃって」
本番前の舞台裏なんて、関係者以外立ち入り禁止でもおかしくないと思うんだけど。
そんな事をつらつら考えていると、目の前で唐突にセニア先生が、90度腰を折り曲げ頭を下げて来た。
「ハルナさん、御使い様として舞台に出ていただけませんか!」
「……えっ!?」
びくっと体が硬直するのが自分でも分かった。
今、御使い様って言ったよね? なんで? どうして?
そんな言葉がぐるぐると頭の中で渦を巻く。
かろうじて噴き出すのはこらえたが、内心冷や汗だらだらだ。
「あ、ごめんなさい。今の言い方じゃ分からないですよね」
「え……っと。どういう事ですか?」
詳しい事情を聞いてみると、今日行う劇の役者の1人(御使い様役)が今になってもまだ来ておらず、連絡もないらしい。
予算等の関係で最低限の人員しかおらず、代役を立てるにも動ける人がいない状況なので、このままだと最悪、劇そのものを中止せざるをえないとか。
体から一気に力が抜けた。
なんだ、役としてだったんだ……。はー、驚いた。いやマジで焦った。
紛らわしい言い方しないでよ。
「そういう事ですか。そのぐらいでしたら別に構いませんけど……」
ホッとして気が緩んでいたせいか、その程度ならなんでもないとばかりに返事をしてしまった。
「本当ですか!? ありがとうございます、助かります」
あれ? ……ってなにOKしてんだ私はー!?
「いやちょっと待って下さい、私セリフとか振り付けとか全然覚えてないですよ!?」
「大丈夫ですよ。ハルナさんは昨日一通り劇を見てらっしゃいますし……、それに補助をつけるので問題ないと思います」
「補助……、ですか?」
「ええ。魔法を使った補助です。
そうですね……、今ここで説明するのは少し難しいので、実際にお見せした方が早いですね。控え室の方へ来ていただけますか?」
い、今更断れない……よね。あうぅ……。
「……分かりました。
あ、1つ質問いいですか?」
「なんですか?」
「会場では最初から私を探してたんですよね? 今の話だけですと、別段私じゃなくてもいい気がするんですけど」
あの時のセニア先生、確実に私を探してたよね。
「ええ、そうなんですけど……。
少し前、代役をどなたにお願いすればと悩んでいる時に、ある役者の方がハルナさんを推薦されまして」
推薦? ……まさか。
「スフィルさんでしたっけ、ハルナさんの友達の。
"ハルナ以上の適役はいないだろうし、多分もう会場に来てると思いますよ"と仰ってましたので、こうしてお願いに参ったのですが……」
やっぱりスフィルかぁぁっ!
……よし決めた。絶対あとでなんかオゴらせてやる。
「では、控え室までご案内しますね」
た、助けてえぇっ!?
物語冒頭となる一幕を終え、舞台裏から控え室に戻ると、どさっと音を立てて椅子に座り込んだ。
つ、疲れた……。たった一幕出ただけなのに、なにこの疲労感。
私にゃ役者は無理だわー、と椅子の上でぐでーっと垂れているとそこにスフィルが寄ってきた。
「ハルナ、お疲れ様」
「ほんっと疲れたわ……。スフィル、よく役者なんて出来るね」
「アタシだって緊張するわよ。ただまあ、これも依頼だからね」
「私はそこまで割り切れないかなー。舞台に立った瞬間、セリフとか全部頭から飛んじゃったし。
あの"補助"がなきゃ、初っ端から詰まるとこだったわ……」
「あはは……。まあ、アタシも最初はそうだったよ」
補助というのはセニア先生の言っていた、"魔法を使った補助"の事だ。
私の衣装である黒いローブの耳の部分には、『音声伝達』の魔法陣が仕込まれており、これを使って、舞台照明を担当しているセニア先生が舞台の様子を見ながら、私に逐一セリフと大雑把な振り付けを指示してくれるのだ。
これのお陰で、私はその通りに動くだけでよかったりする。
さすがに緊張だけは、どうにもなんないんだけど……。
あと、出番が少ないって事にも大分助けられてる気がするかな。
これで出番まで多かったら緊張で倒れる自信あるぞ。割と本気で。
「そうそう、ハルナ?
次のアンタの出番で、アタシと打ち合う場面があるでしょ?」
「あ、うん。その辺の立ち回りってどうすんの?」
「いや、特に決まってないんだけど……。
アタシの方は、受けやすいように分かりやすく動くつもりだけど、そっちはそれなりに本気で打ち込んで来てくれればいいよ。その方がらしく見えるだろうし」
「本気って、あんた素手でしょうが……。
それに、いくらあの鎌が木で出来てるからって、当たったら相当痛いと思うんだけど」
「平気平気。アタシはこれでも冒険者ギルド所属だよ? ハルナの攻撃ぐらい全部止めてみせるって」
まあ確かに、訓練なんて全くした事のない私の攻撃なんて、普通に全部止められそうではあるけど。
それはそれでなんか微妙に腹立つぞ。
「それに、鉄板を仕込んだ手袋も使うからね。受け止めても平気だよ。
あとは適当なところでこうやって……決着の合図を送るから。
そしたら、ハルナの後ろから光の矢が飛ぶようになってるから、それに合わせて飛び掛ってアタシを押さえつけてるって事で」
そう言って左手を突き出してくいくいと曲げてみせるスフィル。
きっとこれが決着の合図なんだろう。
「えーと……。
つまり私は適当に打ち込んで、光の矢が飛んだら押さえ込めばいい?」
「そうそう、簡単でしょ。
あと注文つけるとしたら、大きく振り回す感じでしてくれれば助かるかな。その方が派手に見えて盛り上がるし、止めやすくなるからね」
「ふーん、大振りで派手にね。
りょーかい、なんか考えてみるわ」
「無理にやらなくてもいいけどね。ま、よろしくー」
それじゃアタシはまだやる事が残ってるから、と立ち去るスフィル。
うーん、派手に見えるように、っか。
今まで幾度となく鎌を振ってきたけど、そんなやり方なんて考えた事なかったなー。
当たり前といえば当たり前なんだけどさ。
とりあえず次の出番まで少々時間もあることだし、少し考えてみますか。
あっという間に時間が流れ、劇もいよいよ最終局面。
再び私の出る幕がやってきた。
暗幕1枚隔てたところから、スフィルの高笑いの声が聞こえてくる。
私は現在、暗幕の裏で待機中。セニア先生からの合図と共に、暗幕の隙間から登場する手筈になっている。
舞台の後方全体に吊られているこの黒い暗幕は1枚の布に見えるが、実は数枚の黒い布を横に重ねて作られており、その隙間から自由に出入り出来るような構造だ。
周りが薄暗い上、布自体の色も黒く、パッと見切れ目なんて全然分からない。
昨日の練習で、御使い様役の人が急に舞台に現れたように見えたのは、黒いローブ姿に加え、この暗幕の隙間から登場した為らしい。
あれ全部、魔法を使った演出だと思ってたんだよなー……。
こーゆー手品みたいな仕掛けがあったのはちょっと驚きだ。
『ハルナさん、登場して下さい』
耳元で聞こえる声を合図に、暗幕の隙間へそっと身を滑らせる。
それと同時に魔法のスポットライトが全身を照らし出した。
観客席からのたくさんの視線が集まるのを感じ、思わず暗幕の隙間から逃げ帰りたくなるが、それをぐっと我慢してセリフを紡ぎ出す。
「シュリザよ、お主の存在、もはや見過ごす事はならぬ」
「ようやくお出ましか、忌々しい神の使いが。
ちょうどいい、こいつ等と共にまとめて葬ってくれる!」
悪役っぽさ全開のそのセリフと共に、右手を振り上げ殴り掛かってくるスフィル。
それを鎌の柄をぶつけるようにして受け止める。
お返しとばかりに鎌を振り上げ、袈裟がけに振り下ろしそのまま横薙ぎに切り払う。
そしてそのままくるっと1回転して、横から叩き付けるようにして1撃を放つ。
全部易々と止められたけど。うぅ、さすがだなぁ。
スフィルからの反撃を横ステップでかわし、そのまま柄を使って突く。
これが避けたスフィルが、再び大きく右手を振りかぶる。
突き出された手を先程と同じく鎌の柄で受け止めた……と同時にベキっと鈍い音がした。
結構な勢いで舞台の端へとすっ飛んでいくナニカの破片。それはカランカランと軽い音を立てて舞台袖に転がった。
……え?
慌てて手に持った獲物を見てみると、そこには柄が半ばから折れ、ただの棒切れとなった元鎌の姿があった。
え、えぇ───っ!? 折れた? 壊れた!? ちょ、どーすんのよこれ!?
見ればスフィルも呆然とした様子で、手を振り下ろした格好のまま固まっている。
あぁ、スフィルにとっても予想外の事態なんだ、これ。
そいやこの鎌もガタがきてるとか言ってたなー。
……って冷静に現実逃避してる場合じゃないっつーの。
耳元の魔法陣に意識を傾けるも、なんの指示も聞こえてこない。あちら側からもこの光景は見えてるはずなのに……。
どうする、どうしよう、どうしたらいい?
飛んで行った部分を拾いに行く? 本番中に? 拾ってもすぐに直せるわけがない。今、劇を中断するわけにもいかない。
棒切れで劇を続ける? 無理、かなりみっともない上にアドリブの範囲を超えてる。
もういっそ逃げるか……。魅力的な案ではあるけど事態がより悪化するだけ。
えーと、えーっと……。
間を取るにしてもそろそろ限界……ああもう、なるよーになれっ。
(スフィル、適当にセリフあわせてっ)
小声でスフィルにそう指示を飛ばすと、大きく後ろへバックステップで距離を取る。
「我が獲物を砕くとは、少し見くびっていたか……」
適当にセリフを紡ぎつつ、手元に残った柄の部分を舞台袖へと放り投げる。
そしてそのまま大きな円を描くように、腕を大きくひと振りしながら自分の大鎌を具現化させた。
「ならばここからは、本気でかかるとしよう」
そう言うが早く、スフィル目掛けて柄の部分を当てるようにして殴り掛かった。
それを割と必死の形相で受け止めるスフィル。
そのまま力比べの形に持ち込むと、顔を寄せ合いこっそり会話する。
(ちょ、ハルナ、それホンモノっ!?)
(この場合しょーがないでしょ!? 今劇を中断するわけにもいかないしっ)
(だからってホンモノ持ち出さないでよっ!?)
(絶っっ対、刃には触れないでよ!)
(ちょっとおぉっ!?)
ここでお互いが跳びすさり、距離を取った。
「それが貴様の本気か。
いいだろう、神の使いよ。決着をつけよう!」
そのセリフを言いながら、左手を突き出しくいくい曲げてみせる。決着の合図だ。
その合図に了解を示すうなづきを返すと、私も黙って大鎌を構える。
「行くぞっ!」
掛け声と共にスフィルが右腕を振りかぶり走り出す。
私は構えを取ったままその場を動かない。
程なくして私の後ろから光の矢が飛び、スフィルの顔をかすめる。
「なっ!?」
思わず、といった感じで足を止めるスフィル。そこに私が飛び掛かり彼女を押さえ込んだ。
そこに、気合の雄叫びと共に駆け込んでくるメルラバルト役の男性。
「こんな……、まさか……。」
しゃがれた声をあげ、大げさな動作でうつ伏せに倒れるスフィル。
はぁぁ、なんとか乗り切った……かな?
心の内で大きく息を吐いていると、ようやく再起動したのか、セニア先生からの指示が再開された。その指示に従って、メルラバルト役の人との向き合い、お互いのセリフを交互に吐きつつ会話を進めていく。
指示があるって気が楽だわ……。
そんな事を思いながらひと通りの会話を終えると、暗幕の隙間から舞台裏へと退場した。
「ここにおられたんですか、ハルナさん。
今日はありがとうございました、本当に助かりました」
無事に劇が終わり、屋外での食事会(ちなみに立食、バイキング形式)が始まってすぐ。
私の元にセニア先生がやって来た。
どうやら舞台の後片付がひと段落したようだ。
「お疲れ様です、セニア先生。
最後はちょっと焦りましたけど、無事に終わってホッとしてますよ」
うん、あれはマジで焦った……本気で逃げようかと考えたぐらい焦った。
「ええ、ハルナさんの機転のおかげですね。本当に助かりました」
「あんな形で魔法が役に立つとは思いませんでしたけど……」
空中から大鎌を出現させた件については、宝石持ちのエクソシストが使える魔法の1つだと、劇の関係者の方々には説明してあったりする。
ちゃんとブローチを見せながら説明したので、話を聞きに来た人全員が納得してくれたのだが……。スフィルと同じく冒険者ギルドから雇われた人がかなり居たので、その系統の依頼を請けた際には協力を求めるかもしれないとまで言われてしまった。
うーん、早まったかな、やっぱ……。
まあ、これは私の仕事に繋がるかもしれないので良しとしておく。
あと、観客側については特に問題なしだと思っている。他にも魔法を使った演出が色々とあったので、あれもその内の1つに見えるはずだ。幸い(?)鎌のデザインとかもそっくりだったし。
「魔法だと分かっていてこんな事を言うのはおかしいかもしれないんですけど───」
ん?
「───わたしにはあの時、ハルナさんが本当の御使い様に見えたんですよ?」
「そ、それは光栄なことで……」
アハハと笑ってごまかしているところで、足の後ろに誰かがぶつかったような軽い衝撃が走った。
見れば私の足にしがみつく5~6歳の男の子が1人。
しゃがんで目線を合わせ、どうしたのかと聞いてみる。
「あのデーモンのお姉ちゃんが『食べちゃうぞー』って……」
その子が指差す方を見れば、舞台衣装のままサンドイッチをパクつくスフィルの姿があった。
なぜ舞台衣装のままかというと、この食事会がそういった触れ合いの場として用意されているから、だったりする。
他の役者さんたちも皆、舞台衣装+小道具といったナリでこの食事会に参加している。
私も御使い様の舞台衣装そのままですよ? 折れた鎌はスフィルが応急手当(簡単に釘でくっつけて布を巻いただけ)を施し、これも見た目は元通りだ。
そんなわけで、御使い様役の私にしがみついてきたんだろうけど……。
スフィル、子供驚かせてどーすんのよ。
「あらら、かわいそうに。
そうだね……、あのお姉ちゃんとは私がお話してくるから、キミは向こうで遊んでてくれるかな?」
「うん、分かった。絶対負けないでね!」
いや、負けないでって言われてもなぁ……。
駆け出す子供を見送りつつ、スフィルに近寄り声を掛ける。
「スフィルー、なに子供を怯えさせてんのよ」
「あ、ハルナ。お疲れ様。
子供……って事はさっきの子がそっちに行った?」
「あんたに驚かされたって子がしがみついて来たんだけど……一体なにしたのよ?」
「んー、最初はこのサンドイッチを摘まみながら普通に相手をしてたんだけど……。
途中からアタシをやっつけるんだって、殴ったり蹴ったりしはじめて、おちおち食べてらんなくなってさ。つい」
あー、なるほど。
「なんかその光景が目に浮かぶわ……」
「分かってくれた?」
「なんとなくね。でもま、驚かせるのも程々にしなさいよ?」
「分かってるって」
そう返事をして再びサンドイッチを齧るスフィル。
とりあえず、これで色々とひと段落したことだし、しばらくはここでのんびりと食べる事にしますか。
ほのぼのとしたところで創立祭の話は終わりです。
この展開は読んでた、って人が結構居そうな予感……。
ありきたりな展開ですみません。