54 意外な繋がり
約3週間ぶり……お待たせしました。
いやいやいや。ちょっと待て。
いきなり雇われてくれない? ってなんなのよ。
通りすがりに等しい私を掴まえて雇いたいって、なによそれ。
それともなに? ひょっとして新手のナンパ?
予想外の言葉に上手く考えがまとまらず言葉を返せないでいると、私の混乱を見て取ったのかマーリスさんが謝ってきた。
「いやごめん、言い方が悪かった。
正確には、キミに診てほしい人がいるんだ。もちろん、ただでとは言わないよ」
「診てほしいって……さっきも言いましたけど、私は医者じゃないですよ?
それに、病を患ってる方がおられるのでしたら、私ではなく専門の方にお願いした方がいいと思いますが」
いやまあ、病気を治すだけなら、なんとでもなると思うんだけど。
本音を言うなら、私自身の事はなるべく伏せておきたいんだよね。
面倒な事になるのは目に見えてるしさ。
「確かにその通りなんだけど……。困った事に、その専門家でも未だに悪い箇所すら掴めないんだ」
……はい?
「いや、ちょっと待ってください。専門家が診ても分からないものを、医者でもない私にお願いしたいと言われましても……」
「無茶は承知だけど、それでもお願い出来ないかな。
結果、なにも分からなくても文句をつけたりはしないし、報酬もキチンと払うからさ」
えー……、なにそれ。
それとも、よっぽど切羽詰ってるのか?
「……1つ質問、いいですか?」
「なんだい? 僕に答えられる事なら答えさせてもらうよ」
「そこまでして、私に頼む理由ってなんですか?」
「んー、なんていうかその……」
彼は頭をぽりぽりと掻きながら、言い難そうに答え始めた。
「……キミに診てほしい人っていうのは、実は僕の父なんだ。
僕が言うのもなんだけど、立派な父でね。密かに尊敬してたりするんだけど……」
あ、これは内緒だよ、と笑って付け加える。
「それで、父の調子が悪くなり始めたのは、2巡りぐらい前だったかな。
僕は仕事柄、遠出する事がままあるんだけど、その合間を縫って医者を手配したり、様子を見に戻ったりしてるんだ。
でも、どうも芳しくなくてね。少しでもいいから、手掛かりが欲しいんだよ」
つまり、病気で苦しむ父のため、か。
そういう事なら、引き受けても特に問題はないかなー。
きっと悪いところは見て分かるだろうから、適当に診察するフリして悪い箇所を伝えるなり、こっそり治療するなりしてしまえばいいんだし。
「……分かりました。
そういう事でしたら、お引き受けしてもいいと思いますが……」
「本当かい? いや、ありがとう。助かるよ」
「それで、私はいつ、どこへ行けばいいんですか?
私にも都合がありますので、あまりにも遠い場所になると困るんですが」
「ああ、その心配はいらないと思うよ。
僕の父はジェイルに住んでるんだけど、この街道を通る馬車に乗ってるってことは、キミはジェイルか、その先にあるバレデクレスを目指してるんだよね?
僕は僕の馬車で、キミの乗った馬車に合わせて進むつもりだから、町に立ち寄った際にでも診てもらえると助かるかな」
「そうですね、分かりました。それでお願いします」
そう返事をした時、馬車の発車を告げるカランカランというベルの音が聞こえてきた。
げ。ちょ、待ってよ、私まだ乗ってないって!
「すみません、馬車が出てしまいそうなのでそろそろ失礼しますね」
「あー、急いだ方がよさそうだね。
それじゃ細かい話は今日、宿についてからでいいかな」
「はい、ではまた後ほど」
「ああ、よろしくね」
挨拶もそこそこに切り上げ、急ぎ足で馬車まで戻ると、昇降口の前でスフィルが待っていた。
「お帰り、遅かったね。
とりあえず、御者の人にお願いして待ってもらってるから、急いで乗って」
「ごめん、ありがとね」
御者の人に頭を下げつつ馬車に乗り込み、席に座ると馬車が動き出した。
置いてけぼりを喰らわずにすんでホッと一息ついてると、スフィルが話し掛けてきた。
「かなり手間取ってたみたいだけど、なんかあったの?
よっぽど重症だったとか?」
「まあ、重症っちゃ重症だったけど……。背中の真ん中に杭みたいな棒がぐっさりと刺さってたし。
でも、遅くなったのは別の理由だよ」
「別の理由?」
「そ。あっちの馬車の主から、変な勧誘受けちゃってさ。
なんか、私を雇いたいんだって」
「……なにそれ?」
「なんていうか、色々あってさ」
どこまで説明したもんかと少し悩んだが、スフィルには特に隠すような事がないので順を追って説明する。
「なるほどねぇ……それで請けちゃったわけ?」
「まあ、治すんじゃなくて診るだけって話だし。
結構切羽詰ってるみたいだから、悪い箇所教えるぐらいならいいんじゃないかなーと思って」
「ふーん。ま、アンタがいいって思うならアタシは別になにも言わないけど。
でも、慎重にやんなさいよ?」
「分かってるって。自分から厄介事のタネを増やすつもりはないしね」
その後の話し合いもつつがなく終わり、その2日後の夕方、無事にジェイルの町へと到着した。
カランカランとハンドベルの音が鳴り響き、御者の挨拶を背景に乗客が馬車から降りていく。
私もそれに混じって馬車を降りると、んーっと大きく伸びをする。
隣ではスフィルも固まった体をほぐしているようだ。
「それじゃスフィル、宿の方よろしくね」
「任せといて。ハルナこそ、宿の名前ちゃんと覚えてるよね?」
「大丈夫。『月夜の白兎亭』であってるよね?」
「ん、合ってる。それじゃしっかりね」
「はいはいー、またあとで」
スフィルにはここでの宿の確保をお願いしてあったりする。
マーリスさんの要望で、着いたその日の内に軽くでいいから診てほしいとお願いされているからだ。
泊まる場所については、セルデスさんのところを頼ろうかとふと思ったりもしたのだが、いきなり押しかけて泊めて下さいってのはさすがにどーかと思うので、普通に宿をとる事にしたのである。
ちなみに、マーリスさんに私の目的地はジェイルだと伝えてある。
だから、到着日に軽く~なんて話になったんだけど。
追ってマーリスさんの乗った馬車も到着したので、マーリスさんと合流し、今度はそっちに乗り換える。
このままこの馬車で、マーリスさんの家まで向かうそうだ。
個人用の馬車を持ってるところからして、この人ってお金持ちなんだろうか。
「いらっしゃい。
長時間の移動で疲れてるところを悪いけど、よろしくお願いするよ」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
再び馬車乗り、揺られながら移動する事体感約10分。
私は今、なにやら見覚えのある大きな屋敷の前に立っていた。
「え……っと。ここですか?」
「そう、ここが僕の家だ。広くて驚いたかい?
まあ、とりあえず中に入ろう。案内させていただくよ」
マーリスさんに案内されるがまま扉をくぐると出迎えてくれたのは、約半月ぶりとなったグリックさんだった。
「お帰りなさいませ、マーリス様、ハルナ様」
相変らずの執事さんだね、この人は。
……いや、そーじゃなくて。
なに? ここがこの人の家で、しかも誰にも分からない病気持ちの父親がいるって?
って事はなに、この人、セルデスさんの息子さん!?
えぇー……マジですか……。
道理で見たことある気がするはずだわ。セルデスさんに似てるんだ、この人。
意外な事実に硬直する私を他所に、グリックさんが私を知ってたのを不思議に思ったのか、マーリスさんが尋ねだした。
「あれ、グリー。彼女と知り合いかい?」
「知り合いといいますか、ハルナ様は以前この屋敷に滞在された事がありますので。
それよりもマーリス様、お戻りになられたのでしたら、まずはセルデス様にご挨拶を」
「ああ、分かったよ。父上は寝室かい?」
「いえ、今は執務室におられます」
「またかい? ったく、ちゃんと寝てなくちゃ駄目じゃないか……。
いい、僕が直接話をつけてくるよ。
それからハルナさん、すぐに診てほしいんで一緒に来てくれるかな」
え、えーっと。セルデスさんならとっくに治しちゃってるんだけど……。
言葉を返す間もなく、ずかずかと早足で奥に向かって歩いていくマーリスさん。
あまりの勢いにあっけに取られ、思わずそれを見送る私。
はっと我に返り、慌てて追いかけた私が見たものは、執務室の扉をノックもなしに開け放ち、中へと怒鳴り込むマーリスさんの姿だった。
「父上! 僕が家を出る際、安静にしているようあれほど言ったではないですか!」
「おお、マーリスではないか。今戻ったのか?
それから、そこに居るのはハルナ君かな? 久しぶりだね、マーリスが連れてきたのかね?」
「えと……お久しぶりです?」
「父上!!」
「そう声を上げるな、客人の前だぞ?
それに、私を心配してくれるのはありがたいが、私は既に病人ではないのだ。
ここにいても問題なかろう?」
「言い訳なら寝室で……、……。
父上、今、なんと?」
「む、私は病人ではない、のくだりの事か?
私の病なら、1巡り程前にそこのハルナ君の持っていた秘薬により完治したのだよ。
治療院でも確認済みだ」
「本当、なのですか。父上」
「ああ、本当だとも。
ところでマーリス、ハルナ君とはどこで知り合ったのかね?」
「……ここに帰る途中、彼女は負傷した僕の護衛を治療してくれたのですよ。
その際の話で、彼女には医学の心得があるそうなので、父上を診察してもらおうと思い連れてきたのですが……」
「あははは……」
なんという入れ違い。なんか乾いた笑いしか出てこないや……。
「あー……、その様子だと、マーリスが私の息子とは知らなかったようだな」
「最初、どこかで見たことあるなーとは思ってましたけど。息子さんだと気がついたのは、この家についてからですね」
「マーリス、お前はきちんと名乗らなかったのか?」
「権力を使って医者を呼ぶような真似はするなと、おっしゃったのは父上でしょう……」
あー、なるほど。それで家名を名乗らなかったのね。
「む。そう言えばそうだったな」
「……もういいです、父上。
それじゃ、改めて名乗らせてもらうよ。僕はマーリス・ルールマール、ここルールマール領の領主を務めさせてもらっている。
父の病を治してくれたこと、本当に感謝する。ありがとう、ハルナさん。
あと、無駄足を踏ませてしまったようですまない」
「いえ、お気になさらず……」
1ヶ月近く前のことで今、お礼を言われても困るだけだし。
「それにしても、今まで誰にも分からなかった病を治してしまうほどの秘薬とは……。
ハルナさん、それほどの物を一体どこで?」
「えっと……」
「ああ、その事についてはなにも聞かない、という約束がハルナ君との間にあってね。悪いがこの件については、なにも尋ねないでくれ」
答えに悩む前にセルデスさんのフォローが入る。
なるほど、そういう事にするのね。
「……分かりました、父上」
「ところでハルナ君、今日はもう遅いし泊まって行くのだろう? 部屋は前と同じでいいかね?」
「あ……いえ。今日はもう既に宿を取ってますし、友達もそこで待ってますので、今日はそっちに泊まるつもりです」
つか、こんな事になるなら宿要らなかったな。今更だけどさ。
こっちのが絶対宿より豪華なんだけどなー。
「ふむ、そうか……。
それならせめて、夕食を食べていくといい。まだ食べてないのだろう?」
「僕もそれがいいと思うよ。無駄足を踏ませてしまったお詫びも兼ねて、是非」
「そうですね……分かりました。ありがたくご馳走になります」
夕食は宿で取る予定だったんだけど……まいっか。
宿の食事より美味しい物が食べれそうだしね。
いくつかスフィルへのお土産に持って帰れないかな?