53 帰り道にて
長らくお待たせ致しました、再開させていただきます。
王都からの帰り道から開始となります。
少しだけ、痛い表現があります。苦手な方はご注意を。
王都からジェイルの町へ向けての帰り道3日目、私とスフィルは、昨日宿で食べた新作クレープの話題で色々と盛り上がっていた。
「あのハムが入ったやつ、美味しかったよね」
「それも美味しかったけど、アタシは最初に食べた果物を甘く煮たやつの方が好きかなー」
王都へ向かう途中に泊まった宿で、ちょっぴり塩味のクレープについてアドバイスしていったのだが、わずか1週間ばかりで形になってるとは思わなかった。
確かクレープは常連への隠しメニューのはずだったのだが、宿の主人が私の事を覚えており、私のアドバイスを元に作った新作の味を見てほしいと出してくれたのだ。
いやまさか、あの1回だけで顔を覚えられるとはねー……。
そんなわけで、ハムとレタスっぽい野菜に塩漬け肉をほぐしたものや、腸詰めを包んだものなど色々とご馳走になってしまった。
あとはマヨネーズがあればよかったんだけどなー。
あれってどうやって作るんだっけ。卵黄に油にお酢だったかな?
そんな事をつらつら考えていると、御者席の方から短く3回、笛の音が響き渡った。
あの音って確か……。
「ハルナ、揺れると思うからしっかりと掴まって」
「了解」
その言葉と同時に速度を上げて走り出す馬車。
いつもにも増して激しい揺れに見まわれる車内。
うぅ、お尻が痛い。
以前スフィルに聞いたところによると、短く3回笛を鳴らすのは、他の馬車が襲われているので救援へと向かう合図だそうだ。
前方に目をやると、離れた位置に立ち往生する1台の小型馬車と、その護衛らしき人影が2つ、それに相対している森オオカミ5匹が見て取れた。
相手の方が数多いのか……。
程なくして私達の乗った馬車が、立ち往生している馬車に追いつきそこで急停車する。
それと同時に飛び出していく数人の護衛と思われる人達。
今回、スフィルは護衛ではなく客として馬車に乗ってるので、私の横で座りっぱなしだ。
「ここからだと陰になってよく見えないけど、大丈夫かなぁ……」
「心配ないって。アタシらの馬車に乗ってた人達が加われば、相手より多くなるんだし」
「そっか」
その後すぐになにかを指示する鋭い声や、火薬玉の破裂する音が続けて聞こえてきたが、しばらくすると決着がついたのか、辺りは静けさを取り戻した。
「無事終わったみたいね」
「どうなったのかな?」
「そりゃ当然、無事に全部追い払ったのよ。
もし手に負えそうにない場合は、即座に大声で知らせる事になってるはずだし」
「へぇ、そうなんだ」
その時、馬車の外がにわかに騒がしくなったかと思うと、叫ぶような声が聞こえてきた。
「ヤバイぞ! 手当てを急げ! それから治癒魔法が使える者を探せ!」
「わかりました!」
思わずスフィルと顔を見合わせる。
「私、ちょっと行ってくるわ。なんかお呼びっぽいし」
「別にハルナを呼んでるわけじゃないと思うんだけど……」
そう言いながらも席を立って通り道をあけてくれるスフィル。
「ありがと。じゃ行ってくるわ」
「はいはい、頑張ってねー」
ひらひらと手を振るスフィルに見送られつつ馬車を降り、声が聞こえてきた方へと急ぎ足で進むと、すぐにうつ伏せに倒れている人と、それに付き添う2人の人が見えてきた。
そのまま近付くと、その内の1人が私に気がつき声を掛けてくる。
「あんたは……?」
「あっちの馬車の乗客です。治癒魔法が必要との声が聞こえましたので、お手伝い出来るかなーと思いまして」
そう言って手に持ったグリモアを見せる。
「あんた……魔術師か。すまんが頼む、こいつを治してやってくれ」
それを見て納得したのか、倒れてる人の側へと案内された。
意識はないようだが、ひゅーひゅーと荒い息を繰り返している。
「うっわ……」
傷を見て思わず呻く私。
うつ伏せのため顔はよく見えないが、どうやら男性のようだ。
背中にある鎧の隙間に細い棒状のなにかが突き刺さっており、鎧を赤く染めている。
「どうしたんですか、これ……」
「あぁ……さっきオオカミに飛び掛られた拍子に馬車に激突しちまってな、その時に馬車の一部が刺さって折れたらしい」
うへぇ、それでこんな事に……。しかもほぼ背中の真ん中だし。
これ、下手すると肺を貫いてないか?
なんにせよ、急がないとマズそうだ。
「すぐに治療に取り掛かります。合図したらその刺さってる棒を、ゆっくりと引き抜いてもらえますか?」
「ああ、了解した」
グリモアを開いて傷口付近に手をかざし、そこに魔法陣を作成する。
魔力を流すと、柔らかな光が魔法陣から漏れ出し傷を癒していく。
「ゆっくりと引き抜いてください、傷が治る速度にあわせて……」
そろり、そろりと異物を引き抜き、傷が塞がったところでふぅ、と一息。
呼吸も落ち着いたようなので、背中の傷はもうこれで大丈夫だろう。
こんな傷まで治るって、魔法って便利だなー。
そんな事を思いながらも、ついでなので他の細かな傷も治してしまう事にする。
体の正面を確認しようと、男性を仰向けにひっくり返したところで一瞬手が止まった。
男性の腹部、胃の少し右手側に黒いもやっとしたものが、うっすらと見えたのだ。
久々に見たなぁ、これ……。
一瞬びくりとした私を不審に思ったのか、どうかしたのかと訪ねられたりしたが、なんでもないとだけ返して治療を続行する。
このままここでさりげなく治してしまおうかとも考えたが、傷もないのに腹部をナデナデするのはあまりにも不自然だ。
説明を求められても困るので、機会があれば警告だけしておこうと思い、頭の隅に留めておくことにする。
しばらく治療に専念し一通り傷を治し終えたところで、ふと後ろから視線を感じたので振り返ってみると、こちらを見ていた一人の男性と目が合った。
あれ? なんかどっかで見たことあるよーな……。
「あ、もういいかな?」
「え、えぇと……。あなたは?」
「これは失礼。僕はマーリス、彼らの雇い主かな。
僕の護衛の1人が結構な重症を負って治療中、って報告を受けたからちょっと様子を見にね。
それで、彼はもう大丈夫なのかな?」
初めて聞く名前だ。気のせいだったか?
「それでしたら、もう大丈夫だと思いますよ。
傷は全て塞がりましたし、呼吸も落ち着きましたので」
「そうか、それはなによりだ。
彼らを代表して礼を言わせてもらうよ、ありがとう」
「いえ、お役に立てたようでなによりです」
うーん、でもなんか引っかかるんだよなぁ。
微妙な引っ掛かりが頭から離れないので、改めて目の前の人に目をやってみる。
年の頃は私と同じぐらいだろうか。目の色は青く、短く切り揃えられた柔らかそうな金色の髪が風で揺れている。
……ダメだ、出てこないわ。
カッコイイ人ではあると思うんだけどなー。
「えっと……、僕の顔になにか付いてるかな?」
う。ついじっと見つめてしまった。
「あ、ごめんなさい。どこかで見たことある気がしたものですから、つい」
「そうなのかい? でも残念ながら、キミとは初対面だと思うよ。
キミのような素敵な人と会ったのなら、僕は忘れないと思うからね」
うげ。こーゆーキャラなんだこの人。
イマイチ苦手なんだよねー、こんなセリフをサラッと言える人って。
よし、さっさと引き上げよう。
「そうでしたか、失礼しました。治療も一通り終わりましたので、私はこの辺りでお暇させて頂きます。
あとついでになりますけど、あの人、内臓を少し悪くされてるようですので、一度治療院で検査してもらった方がいいと思いますよ」
それだけを早口で告げ、立ち去ろうとすると、後ろから呼び止められた。
「え? あ、ちょっと待って」
「……なんですか?」
「えっと……キミは、医者かなにかかい?」
「違いますよ。まあ、多少の知識ぐらいならありますが……。
病名とかになるとさっぱり分からないですし」
一応生前、とある学校でそれなりの事は学んでいたので、知識だけはあったりする。
「そうか……。それならキミ、僕に雇われてくれない?」
……はい?