51 怒りの1発
私達は今、先輩の案内の元、宿の1階の廊下をそーっと歩いている。
静かに足を進めるのは、今がほぼ真夜中だという事もあるが、スフィルが不意打ちで一気に終わらせたいと提案したためでもある。
先輩を先頭に歩き続け、やがてある1つの扉を手で示して足を止めた。
「この部屋や」
先輩の言葉に私とスフィルが無言で頷く。
当然ながらその部屋の扉は閉じられており、おそらく鍵も掛かってるだろう。
どうするつもりなのかとスフィルの様子を見ていると、少し下がって助走をつけると、そのまま扉に向かって突進した。
え? と思う間もなく、ドガッという音と共に破片が飛び散り、内側に向かって折れ曲がる扉。
……マジ?
この扉って結構分厚かった気がするんだけど……。
唖然とする私を他所に、その勢いのままスフィルは部屋へと突入する。
「なぁ!?」
中に居た人も同じだったのだろう、驚いたような声が部屋の中から響く。
そして、どすん、ばたんともみ合うような音が少しの間続き、静かになったところで部屋の中からスフィルの声が聞こえてきた。
「ハルナ、もういいわよ。取り押さえたから入ってきて」
恐る恐る中を覗いてみると、ゆったりとした服を着た男の腕を後ろでひねり上げ、背後からベッドに押さえつけるようにして拘束するスフィルの姿が目に入った。
「スフィル、大丈夫?」
「大丈夫よ。少しぶつけたぐらいで、特に怪我らしい怪我もないしね」
「くそ、離せっ! しかもテメェなんで生きてやがる!?」
「さぁね、教えるわけないじゃない。
それより、アンタがなんでこんなとこに居るのかが知りたいんだけど?」
あれ、顔見知り?
「…………」
「だんまりね……。
ところでハルナ、確か『捕縛』の魔法あったわよね。お願いしていい?」
「おっけ、任しといて」
そう返事をして、グリモアを取り出しながら部屋の中へ足を踏み入れた時、最後のあがきか、男が思いっきり背を反らし、後頭部を使って背後のスフィルに頭突きを仕掛けた。
油断してたのか、モロにそれを顔に食らうスフィル。
「スフィル!?」
女の子の顔になにしてくれるかな、コイツは……っ。
男は力の緩んだスフィルの手を跳ねのけると、そのまま部屋の入り口に居た私に向かって、必死の形相で突進してくる。
「どけえぇぇ!」
その突進を受け止められるとは思わないので、素直に横に避ける私。
ただし、つま先をちょっとだけ残しておく。
「うぉっ!?」
足を取られ、少し近所迷惑な音を立てて、床とキスする男。
そして、倒れた男に近付きながら私は両手を振りかぶり───
「スフィルに……なにすんのっ!」
怒りの声と共に、手にしていたグリモアをその後頭部に向けて思いっきり叩きつけた。
床に倒れ伏し、そのままピクリとも動かなくなった男を眺める。
どうやら伸びてしまったらしい。
角を立てて殴ったのはマズかったかなぁ……。
そんな考えがチラリと頭をよぎったが、それより今はスフィルの事だと思い、そちらへと振り返る。
「スフィル、大丈夫?」
「あ゛ー……、一応らいじょうふよ」
片手で鼻と口を押さえながら返事をするスフィル。
その所為か、発音が微妙に怪しい。
「……ひょっとして鼻血?」
「うん、ちょっろね……」
「ちょっと待ってて、先にコイツに『捕縛』掛けてから治療するから」
「ん、ありあと」
グリモアを開き、『捕縛』の魔法を表示させる。
さっきは思わず乱暴に扱っちゃったけど、壊れなくてよかったー……。
そんな事を思いながらも魔法陣を作成、多少の恨みを込めつつ多めに魔力を流して『捕縛』の魔法を完成させた。
結果、運動会で使う綱引きの綱みたいなぶっとい半透明のロープが男に絡みつくのが見えたが、それは気にしない事にしておく。
「ところでコイツなんだったの? スフィルは知ってたみたいだけど……」
続けて『負傷治癒』の魔法を使いながら、スフィルに問いかけてみた。
「知ってるっちゃ知ってるんだけど、なんでここに居るかが分かんないんだよね。
確かに引き渡したはずなんだけど……」
「引き渡した?」
「うん、コイツね、2~3日前に魔法店でやった警備の仕事の時に、アタシが見つけて一晩かけて捕まえた泥棒よ」
そういえば以前そんな事を言ってたっけ……。
「なんでそいつがここに泊まってるわけ?」
「さぁ……。確かに騎士団に引き渡したはずなんだけど。
脱獄したのかな?」
「脱獄? そう簡単に出来るの?」
「普通に考えたら無理なんだろうけど、実際こうしてここに居たからねー……」
「そっか……まあ、それは今は置いとくとして。
コイツをどうするの?」
私が指し示すのは、縛られ床に放置されたままピクリとも動かない男。
「そうねー、このままここに放置するわけにもいかないし。
……うーん、しょうがないか。ハルナはちょっとここで見張っててよ。アタシがひとっ走り騎士団の詰め所まで走って、人を呼んでくるから」
うぇ、泥棒の見張りしなきゃいけないの?
「そんな顔しないでよ。さすがにコイツを担いで行くわけにもいかないんだしさ。
それに、テーシアさんも居るでしょ?」
そういえば先輩が居たっけ。……ってなにしてるんだろ?
室内を見渡せば、なにやらテーブルの上をじっと見つめている先輩の姿があった。
「先輩? どうしたんですか?」
「ちょっと気になるもんがな……。
スフィルはん、今から騎士団の詰め所まで走るんやろ? ほんなら、これも一緒に持ってったらええと思うわ」
そう言って先輩はテーブルの上を指で示す。
そこには、なにやら魔法陣と思われる模様の描かれた、金属製のようなプレートが1枚乗っていた。
「それは魔法陣、ですか?」
「持ち運びが利く方の魔法陣、どっちかと言うたら魔法の道具やな。多分これが、さっき使われたやつや。
ほんで、この道具やねんけど……、実はこれな、使う事はおろか、持つことも許されん道具なんや。せやから、これを持ってけばすぐに動いてくれると思うで」
所持すら禁止、っか。
まあ確かに、魔力の紐(?)で人の首を締め上げるなんて、普通じゃまず防げない魔法の道具なんて物が氾濫してたら怖すぎる。
「分かりました。じゃ、ひとっ走り行ってきます」
「……ってちょっと待った!」
スフィルがプレートを抱え、部屋を出ようとしたところで、スフィルの事が頭をよぎり待ったをかけた。
何事? といった顔をしてこっちを見てくる2人。
「先輩、念のため確認したいんですが、スフィルはもう大丈夫なんですか?」
さっきの魔法をしのいだ事ですっかり安心していたが、スフィルの安全をまだ確認出来たわけではない。
これで目を放した隙に……となったら後悔するどころの話じゃないし。
「あ、せやったな……。
……うん、もう大丈夫や。おかしな気配は感じへん」
「そうですか。よかった……ありがとうございます、先輩」
スフィルはもう大丈夫なんだ。
はぁ、よかったぁ……。
「えーっと、アタシはもう平気って事でいいんだよね?」
「あれ、嬉しくないの?
せっかく助かったってのに、いやにあっさりしてるじゃない」
「いや、そんな事はないんだけど、やっぱり実感湧かないっていうか……」
あー……、なるほどね。確かにそうかもしんない。
ヤバかったのは割と一瞬だし、そっから順調に物事が運んでたからなぁ。
「そっか。まぁ、そんなもんかもね」
「あはは……。それじゃ悪いんだけど、アタシはひとっ走り行ってくるわ」
「ほいほい、了解。
でも気をつけてよ? 怪我までは分かんないんだからね」
「ん、ありがと。じゃ行ってくるわ」
次は少しだけ時間が飛びます。