5 ルールマールの館にて その2
2013/08/04 全面的に手入れ 話の大筋は変わってません
3年ぶりの食事を済ませた後、私にあてがわれた客室で、セルデスさんとミロリラさんの2人とテーブルを挟んで向かい合って座っていた。テーブルの上には昼間も見たポットと3つのカップ。カップの中にはお茶が入れられている。
今、部屋に居るのはこの3人だけだ。グリックさんの姿はここにはないが、きっと部屋の外で控えてるんだろう。
なんかえらく真面目な話をする雰囲気だけど、とりあえずここがどこだか知りたいだけなんだけどなー……。
もっとも、いきなり瞬間移動しただの死神が実体化(?)してるだのといった意味不明の現象や、秘薬・魔法なんていう単語が飛び出してる今、ここは今まで居たところとは全然違う別世界ですって言われた方がしっくりくる。
まったくもう、そーゆーファンタジーに巻き込まれるのは普通生きてる人でしょうに。私みたいな死者(死神だけど)を引っ張り込まないでほしい。
それとも死神なんていうファンタジーな存在だからこそ引っ張られたのか。
原因が全く分からない以上、想像しても仕方のないことではあるのだが。
はふー……。先が思いやられるなぁ。
まぁとりあえず、順々に聞いて行くとしますかね。
「それじゃまず聞きたい事なんですけど、ここってどこなんですか? ジェイルという町の名前は伺いましたが……」
「その通り。ここはルールマール領にあるジェイルという町だ。正確に言うならば、アウンテレス王国ルールマール領首都ジェイルと言ったところか」
やっぱり全然聞いたことないです。
首を傾げる私を見て、セルデスさんが続けて口を開く。
「聞き覚えがないかね? ここは王都からも近く、それなりに有名な町でもあるのだが……。それで、どうやって事まで来たのかね」
「それが私にもよく分からないんですけど……。気がついたらこの町を歩いてたと言いますか」
「なんだね? それは」
「私にもよく分からないんですよ。私が前にいた場所で少々考え事をしながら歩いてたら、いつの間にかこの町で人とぶつかってたんです」
「ふむ。転移魔法のようなものでここまで来た、と言うことかな?」
あるんだ、転移魔法。いいなー、便利そうだなー。
「形としては多分それが一番近いと思います。もっとも、転移魔法なんて見たことも聞いたこともありませんし、使った覚えもないですが」
「では稀にあるという転移事故に巻き込まれたという事か」
「転移事故? なんですか、それ?」
「その名の通り、転移魔法を使用する際に制御を誤って、全然違う目的地に飛んでしまったり、まったく関係のない人物を転移させてしまう事故の事だ。
君の話を聞く限りでは、その事故に巻き込まれた可能性が高いと思うのだよ」
「そんなのがあるんですか……。私にはよく分かりませんけど」
「まあ、転移魔法を使える人自体、この国にも数える程しかいないからな。知らなくても不思議ではないだろう」
それ以前に魔法なんてものがありませんでしたが。
「まあ、私としては君が来てくれて助かったので運が良かったともいえる事故なのだが、君にとってはそうではないだろう。
私としては君を元居た場所まで送り返してあげたいのだが、一体どこから来たのか聞いても構わないかな?」
「えっと、日本って国から来たんですけど……、分かります?」
セルデスさんは2~3秒考え込んでから返事をしてくれた。
「ニホン……。いや、聞いたことがないな。
ミロリラ、お前はどうだ?」
「いえ、私も初めて聞く国名です。お役に立てず申し訳ありません」
「気にしないで下さい。私だってこの国のこと、全然知りませんでしたし……」
「しかし困ったな。君のいた場所が分からなくては送りようがないぞ」
「そうですよね……」
まあ、例え場所が分かったとしても、行けるかどうかはすごく微妙な気がする。
まったく聞いたことのない国、日本を知らない人達、そして当たり前のように魔法という言葉が飛び出す環境。これらを総合して考えると、ここは元居た世界じゃなく全く違う異世界と言った方がしっくり来る。
まぁ、薄々と気付いてはいたんだけどね……。なるべく信じたくなかったというかなんというか。
とりあえず、念のため確認だけはしておきますか。
「あの、ちょっといいですか?」
「む、なにかな?」
「この辺の地図ってありますかね? なるべく広い範囲が載ってるものがいいんですけど」
「地図か。あまり精密なものは機密になるため見せられんのだが……」
「大雑把なものでいいんです。知ってる地形がないか確認したいだけですので」
「ふむ、それなら構うまい。分かった、すぐに用意させよう」
「すみません、お願いします」
チリンチリンとセルデスさんが備え付けのベルを鳴らすと、それに応えるようにしてグリックさんが部屋に入ってきた。
やっぱ控えてたね、この人。
「お呼びでしょうか、セルデス様」
「私の書斎にある地図を持ってきてくれ。周辺国まで載っている一番大きいやつだ」
「かしこまりました」
お腹に手を当てて、丁寧に一礼して部屋を出て行くグリックさん。その姿はどう見ても執事だとしか思えない。
「やっぱり執事だよねぇ……」
「執事、とはなんだね?」
ポツリとつぶやいた私の言葉にセルデスさんが食いついた。
「あ、聞こえてました?
えっとですね、執事とは私のいたところの言葉で、従者たちに指示する管理職を表すもの……だったと思います。意味はおそらく使用人頭と一緒ですね」
意味は同じでも執事って言ったほうがしっくりくるんだけどねー、私的には。
「ほう、それはなかなか面白いな。使用人頭というのも長いし、次からグリーの役職を使用人頭から執事と変えてみるとするか」
「えぇえ? そんなに簡単に変えちゃっていいんですか!?」
私の一言が元で執事発足っ!?
「……ちょっとあなた、ハルナさんが困ってるわよ?」
ミロリラさんが止めに入ってくれた。
「ははは、冗談だよ、冗談。いやでも執事か、ふむ……」
セルデスさんが考え込んじゃったよ……。
グリックさんゴメンナサイ。役職が使用人頭から執事に変わったら、それは間違いなく私の所為だと思います。
そこへ響くノックの音。グリックさんが戻ってきたようだ。
「お待たせしました、セルデス様。地図を持って参りました」
なにやらでっかい革を丸めて作ったような筒を持って入ってきた。きっとあれが地図なんだろう。
「ああ、ご苦労。下がってくれ」
「はい、失礼致します」
グリックさんが部屋から出て行くと同時に、セルデスさんが地図をテーブルの上に広げる。
「これがこの国とその周辺の国が載った地図だ。わが国はここだな」
地図の一点を指差し説明するセルデスさん。
私も地図を覗き込んでみる。
地図にはなにやら横長の長方形の四隅をそれぞれ引っ張って伸ばしたような大陸が描かれており、セルデスさんの指はその右下(南西?)を指差していた。
「そしてここがソスラム、こっちがオルトーだ」
次々と地図上に置いた指を滑らせ周辺国の説明をしてくれる。
ここに書かれているのは多分地名や国名なんだろうけど……。漢字でもなくアルファベットでもない見たこともない文字で、まったく読むことが出来ない。
おまけに記憶にない陸地の形と国の名前(アウンテレスだっけ?)ときている。
認めたくはないけど、これはもう異世界確定かなぁ……。
まぁ、一応最終確認を。
「質問いいですか? ここから……この国まで、どのぐらいの時間が掛かりますか?」
ソスラムと説明された一番近い国を指差して尋ねる。
「そうだな、大体歩いて大体1巡りといったところか。馬車を使うなら、その半分ぐらいで済むがね」
あー、単位も聞いとかないと。
「すみません、私のところとは単位も違うようです。1巡りとは何日ですか?」
「なんと……。
いや、失礼した。ここの1巡りは30日となっているな」
てことは、時速4kmで1日8時間ずつ歩いたとして……1日32km。30日で960kmかー。
さすがにこのサイズの陸地が私の知ってる地図に載ってないなんてことはないだろう。
「ところで、君の知っている場所は見つかったかな? 単位までが違うという事から、ここからかなり離れた辺りが該当しそうだが」
「いえ、なんと言いますか……。
残念ながらこの地図に私の知っている場所は載ってないようです」
「なに? この地図でも足りぬと言うのか。それはまた遠くから来たのだな、君は」
「あはは……。
なにが起こってこうなったのか、私にもよく分かんないんですけどね」
ホント、一体なにがどうなったのやら。
「しかし参ったな。地図にないほどの遠距離とあっては、確実に君を送り届けるとすら言い切れん。伝を頼っても精々ノウン辺りが限界だ。
恩人に恩を返せんとは、我が身が情けなくなってくるな……」
「そんな、気にしないで下さい。相談に乗って頂けただけで十分です。それに、ここがどこかも分かりましたし」
「いや、それでは私の気が済まないのでね。なにか方法を考えさせてくれ。
それに、君の事を心配している人が向こうにもいるだろう?」
心配、心配ねぇ。
死神である私に生きてる人の知り合いなんていないし(こうなる前の友達ならいるが)、先輩含む死神仲間でも、アイツ最近見ないなーぐらいで済まされる気がする。
前にも言ったと思うが、死神は基本好き勝手に動き、死者のにおいを辿った先で顔をあわせれば一緒に仕事をする事がある程度の付き合いだ。
そのため特に姿を見せなくなっても、別の場所に行ってしまったのかな、と思われるぐらいで済んでしまう。
「んー……。それは多分大丈夫だと思います。向こうに心配してくれるような人は居ませんし、それに連絡の取りようもないですし。
少しだけ心残りはありますから、帰る方法を探すつもりではいますけど」
心残りと言っても大した事じゃない。私の親しかった人達が逝く際に、私が送ってあげたいというだけだ。もっとも、老衰以外認める気はないので、数十年先になるまでに戻れればいいといった程度だ。
「そうか……。いや、余計な詮索はすまい。
しかしそうなるとだ。帰る手段を探すにしても、君はしばらくの間ここで生活していかなければならんことになるが、なにかアテはあるのかね?」
あー、これから先どうするか考えなきゃならないのか。
「うーん……。さすがにすぐには思いつかないですね」
「私としては、このままずっとここに居てくれても構わないのだがね」
なんて事を笑いながら言うセルデスさん。いやちょっと待とうか。
「いやいやいや、ずっとは無いでしょう、さすがに」
「なにを言ってるのかね。不治の病を治すほどの『秘薬』の価値を考えれば、その程度当たり前の事だろう?」
あー……。命の値段、ってやつか。そう考えればそうかもしんないけど。
でもさすがに、ずっとってのはマズイと思うんだ。
「そうですね……。これからどうするかについては、少し考えさせて下さい」
「分かった。もしなにかをするのであれば、その時にでもまた話を聞かせてくれ。出来る範囲で力になろう」
「ありがとうございます。その時はまたよろしくお願いします」
セルデスさん達との話を終えた後、私はだだっ広いベッドの上で今日起こった事を思い返していた。
確か……、先輩と病院でひと仕事終えたあと歩いていたら、いつの間にかこの町に居て人とぶつかってたんだよね。
それでわけが分からずウロウロしてるうちにヘンなにおいがするのに気付いて、セルデスさんが倒れてるのを見つけて、触手モドキを排除(治療?)して。
アレが一体なんだったのかは未だに分かんないけど、まぁセルデスさんが助かったので問題ないはずだ。なによりあのまま放置すると、命が危なかったみたいだし。
死神が命を救う事については特に問題ない。私達の仕事は死んだ人の魂を向こうに送る事であって、人を殺して送る事ではない。ただ死ぬ時期が分かるだけだ。
今までは、ただ死が訪れるのを黙って見ている事しか出来なかったが、今は普通の人と同じように接する事が出来ている。つまり、人が死にそうな事件事故を回避できるかもしれないという事だ。私はまだ先輩みたいに割り切ってはいないのだ。
そう言えば、この世界にも死神って存在してるんだろうか?
大鎌は出せたし、セルデスさんから生えてた触手モドキも見えたし。
死神として備わった能力はそのままのようだから、多分だけど他の死神も見えるハズ。
まあ、見えたからどうしたいってわけじゃなく、挨拶しとくかなーって程度なんだけど。
もしこの世界に死神が存在してないのだとしたら、死者の魂がどうなるのかが気に掛かるところだ。
私が居た世界では、死神に送られなかった魂はその場に存続し続け、浮遊霊や自縛霊なんて存在になったりしていた。そういった存在を見つけ出して送るのも、私達の仕事のひとつだ。
今のところ、そんな幽霊みたいな存在は見てないから、ちゃんと送られてるとは思うんだけど……。それとも世界が変われば法則も変わったりするのかな。
ひょっとして死神が送らなくても自然消滅とか。そしたら死神廃業だな、私。
まあ、今は考えてもしょうがないか。全ては自分の目で見て確かめよう。
今はこの、3年ぶりにやってきた眠気に身を任せて……。
お休みなさい。
導入編はこれにて終了となります。