49 先輩方の事情
スフィルから死を感じたという先輩の言葉。
それを聞いた私は少しの間、呆然となってしまった。
「その様子やとホンマに気付いとらんかってんな……繋がりっぱなしの弊害やろか?
まあ今は、それはどうでもええな」
先輩がなにやら呟いているが、全く頭に入ってこない。
スフィルが……死ぬ?
「ああもう、しっかりしいや。
ほら、呆けとる場合やないで。なんとかすんのやろ?」
その言葉ではっと我に返った。
そうだ、ここでこうしてる場合ではない。
そのまま慌てて走り出そうとした私の前に、先輩が両手を広げて立ち塞がった。
「ちょ、待ちぃな。落ち着き言うとるやろ。
それにウチの感覚やと、その時が来るのは、まだもうちょい先や。
せやから、とりあえず話を聞いてや」
「でも先輩……」
気分的に、とてもジッとなんてしていられない。
そんな私の想いが伝わったのか、先輩はふぅ、とため息をひとつ吐くと、こう提案してきた。
「まあ、この状況でジッとしてろっちゅうのも無理な話やな。
ほんなら、ハルナはんの泊まっとる宿に向かいながら話そか」
「え、話ってまだあるんですか? それに先輩も一緒に宿へ……?」
「この事を本人に伝えるか、とか、事前に決めとく事もあるやろ?
それに、ウチもあの子を助けたいんは一緒やしな」
嫌でも協力させてもらうで、と先輩。
「いいんですか? ありがとうございます、助かります」
先輩がついてくれるなら、心強い事この上ない。
「ほな、早速宿へと向かおか。
エンリはん、ウチらはこれで失礼するけど、エンリはんはどうするんや?」
「そうですね、私もお手伝いしたいのは山々なのですが……、儀式の後始末もありますし、行っても恐らくお役には立てないでしょうから、彼女が助かる事をここから祈らせていただく事にします」
あ、そーか。そういえば儀式直後だっけ。
先輩の一言が衝撃的すぎてすっかり忘れてたよ。
「もしなにか私に出来るようなことがあれば、その時は遠慮なく仰って下さい。
なにを差し置いても力にならせていただきます」
「あ、ありがとうございます」
一瞬言葉に詰まってしまった。
いや、その申し出はすごい嬉しいんだけどさ。なにを差し置いてもって……。
妙に思ったのも束の間、先輩の言葉に従い、先を急ぐ事にする。
「ほな行こか、出口はこっちや」
「……はい、それでは失礼致します」
「彼女の無事を祈らせて頂きます、お気をつけて」
その言葉に見送られ、大神殿を出た私と先輩は急ぎ足で宿へと向かった。
宿へと向かう道すがら、あの時の神殿長の言葉に少し違和感を覚えたので、その事を先輩に尋ねてみる事に。
「そういえば先輩、さっきの神殿長さんの態度、なんか変でしたね。
なにを差し置いてもって……」
「あぁ、あれな。ウチもやけど、エンリはんにも色々と思うところがあるんやろなぁ」
なんだか意味深な返事だ。
「どういう事ですか、それ?」
「ウチらの事情の話になるんやけど……そやな、一応話しとこか。
ウチがハルナはんと最初に会うた時の話やけど、死ぬはずやった人を助けられた事に驚いたのは覚えとるやろ?
あの時はうやむやになってしもうたけど、あれ、実はエライ事やねんで?」
先輩は、寿命以外で死を感じる人を見つけた時に、神殿長を通じてその人を助けるようお願いした事が何度もあったが、助けられた事はなかったと言う。
それ故に、そういった人を助けるのは無理なんだと諦めていたらしい。
「せやけど、ハルナはんは1度それをひっくり返したやろ?
あの子から死の気配を感じた時、一瞬背筋が凍った気がしたんやけど、ハルナはんが同じような人を助けたって言うとった事を思い出してな。
今度こそ、助けられるかもしらんと思ったんよ」
「そうだったんですか……」
「ちょっと長ごうなってしもたけど、ウチとエンリはんの事情はそんなとこや。
それにウチとしても、せっかく仲良うなった人が死ぬのを黙って見過ごすつもりはあらへんし」
……仲良かったっけ?
先輩がスフィルに一方的に話し掛けてたようなイメージしか出てこないんだけど……。
ま、いいや。
「それで、どうするんや?」
「そうですね、まずはスフィル本人に会って、におい……気配を確かめます。
先輩の事を疑ってるわけじゃないんですが、やっぱり自分で確認しないとどうも信じられなくて……」
こんな事を言うのは、私が信じたくないだけかもしれないけど。
「せやな、自分で確認するのが一番やな。
ほんで、もし気配がホンマやったら、あの子に伝えるん?」
「それはまだ分かりませんけど……言った方がいい思ったら、私が直接言う事にします」
「ほうか……。ほんなら、あの子への説明はハルナはんに任せるな。
ハルナはんが言わへんって決めたんなら、ウチも黙っとく事にするわ」
「ありがとうございます、先輩」
私達の泊まっている宿まで、あと少し。
私は足に力を込めると、一層速度を上げて歩き出した。
宿へ到着した私はその足でスフィルの部屋へと向かい、そのままドンドンと扉をノックをした。
「はーい」
「スフィル、私よ。ハルナ。
大事な用があるから、ちょっと扉、開けてもらっていい?」
「ハルナ? お帰り。早かったね」
ガタガタと閂を外す音がして、扉が開かれる。
そこにはいつもと変わらぬスフィルの姿が。
「お帰り、ハルナ。ってどうしたの? 荷物も置かずにさ……。
それに、大事な用事って?」
「えーっと、なんていうかその……。ちょっとだけジッとしててくれる?」
「? いいけど……」
目の前にいるスフィルからは、特になにも感じ……?
……なにかが引っかかった気がした。
「ちょっとゴメン!」
「え、ちょっと?」
スフィルの両肩を掴むと、目を瞑って前のスフィルに集中する。
ほんの少し、極わずかだが死のにおいを感じた。
微かに感じたにおいの元を確かめようと、そのまま前に乗り出す。
「っ……ちょ、ハルナ!?」
そんなスフィルの悲鳴のような声と共に、ゴチンと頭に衝撃。
それと同時に、目の前で火花が散る。
思わず1歩後ろに下がり、痛む頭を抱えて目を開くと、なにやら赤い顔をしたスフィルが右手でこぶしを作ってぷるぷると震わせていた。
どうやらあれで頭を殴られたらしい。
「いったぁ……なにすんのよ、スフィル」
「それはアタシのセリフでしょうが……。いきなりキスしようとしてんじゃないのっ!」
「は……?」
一瞬、頭の痛みも忘れて呆然としてしまった。
「ハルナはん……、今のは傍から見とったウチにもそう見えたで?」
先輩のその言葉に自分の取った言動を思い出してみる。
ジッとしててと言い、両肩を掴んだ上、目を瞑ってそのまま前のめりに……。
って、うわあぁっ!?
「ちちち、違う、違うからね、スフィル!?」
「じゃ、一体なんなのよ!?」
「えーと、それはその……」
「ちゃんと説明、し・て・く・れ・る・わ・よ・ね」
「ハイ……」
妙な迫力をしたスフィルに押し切られる形で、全て白状する事になってしまった。
先輩がスフィルから死を感じ取り私に知らせてくれた事、私もスフィルから死を感じた事、それをどうにかしたいと思ってる事を順を追って伝えると、一応は納得してくれたのかさっきの事は不問となった。
「アタシから死の気配、ねぇ……」
もう少し動揺するかと思ったが、スフィルの様子は特に変わったようには見えない。
「スフィル、その、大丈夫なの?」
「なにが?」
「いや、近いうちに死ぬかもしれないんだよ? 怖くないの?」
ああ、そーゆー事、とスフィルは頭をぽりぽり掻きながら答えてくれた。
「なんていうかその、まだ実感が湧かないんだよね。
いや、ハルナとテーシアさんが嘘を言ってるとかじゃなくて、まだ理解してないだけ、だと思う。
それに、寿命っていうにはまだ程遠いだろうし、別にどっか痛いってわけでもないから、尚更かな」
「そっか……」
「あとまだ、いつ死ぬか分かってないんでしょ? なんか先の話に思えちゃってるのかも」
なるほどねー……。
「あー、その事やねんけど、……それ、恐らく今夜や」
「は?」
え?
「この気配の感じ方やと、恐らく今夜が山場やで」
「……先輩、それって本当ですか?」
「こんな嘘言うてどないするんよ。ウチの感覚に間違いあらへん」
うっそ……かなり近いじゃない。
それに、そんなすぐ近くの死が感じ取れなくなってる?
「せやから、今夜は同じ部屋に居た方がええと思うで?
無論、ウチも一緒にな」
先輩のその言葉に、私は一も二もなく頷いた。
これまで明記してませんでしたが、ハルナとスフィルの身長は同じぐらいです。