43 儀式とは
大変お待たせしました。
その分、今回は増量版でお届け致します。
2014/03/30 ふりがな表記を一部ルビ化、残る部分をカタカナに修正
私は今、神殿長の部屋で椅子に腰掛けている。
昨日途中で中断した、儀式についての話を聞きに来ているのである。
宿で朝食を取り、すぐにここまで来たので、今は午前9時といったところだろうか。
お茶が乗ったテーブルを挟んだ向かいには、神殿長とシア先輩が座っている。
現在、部屋の中に居るのはこの3人のみだ。
それにしても、丁寧な対応だったなぁ……。
手に持った腕輪を弄りながら、そんな事をポツリと思う。
神殿に到着した後、入ってすぐのとこに居た人を捕まえた後、名前を告げつつ腕輪を見せて、神殿長はおられますかと聞いたのだが、もの凄く丁寧な対応と共にここまで案内されてしまった。
ホントに私の正体は誰にも言ってないんだよね?
先輩の事を信じてないわけではないのだが、どうしても気になってしまう。
そんな事を思っていると、思考が顔に出てたのか、神殿長が声を掛けてきた。
「どうかされましたか? まだなにか、心配事でも?」
うーん、一応聞いとくか。
「心配事と言いますか……この部屋まで来る時に、凄く丁寧に案内していただきましたので、私の扱いはどうなっているのかと思いまして」
「神殿内でのハルナ様の扱いは、私の大事な客人という事になっています。
ハルナ様の事は公にしないでほしいと、テーシア様より伺っておりますので、客人という扱いになっておりますが……なにか不都合がありましたでしょうか?」
あ、そうなんだ。
「いえ、お気遣いありがとうございます、助かります」
「そうですか。
それではそろそろ、本題に入らせていただきます」
儀式についてだっけか。確か名前は……御の儀だったっけ。
「はい、よろしくお願いします」
では、と前置きをして神殿長が話し始める。
「儀式に参加し、無事通過された方には、証としてこのようなブローチが渡されます」
そう言って見せてくれたのは、白い石の土台に鎌の模様をあしらった、5cmぐらいのブローチ。
へー、こんなのなんだ。
「そしてハルナ様の場合は、別段儀式に参加していただく必要はなく、今この場でこのブローチをお持ちになられても別段問題はないかと思われます」
え?
「あの、さすがにそれはマズくないですか?
いくら私が必要な物だからって、そうホイホイと渡せるものではないんでしょう?」
確かこれって、厳しい修行をして儀式を通過した人だけがもらえる物だよね?
「無論そう易々と渡せる物ではないのですが、ハルナ様がお持ちになられる分には全く問題はありません。
……そうですね、ハルナ様は儀式についてどこまでご存知なのですか?」
儀式についてかー。確か……。
「この神殿にある大きな魔石に触れて祈り、御使い様に認められた人が触れた場合、魔石が光り、御使い様の力を借りれる、と。
教会の人に聞いただけですけど……」
「なるほど。教会に伝えられている話、そのままなのですね。
しかしその話は、それだけが全てではないのです」
……はい?
「そうですね……ここから先はテーシア様に説明をお願いしたいと思います。
テーシア様、よろしくお願い致します」
「ん、了解や」
そう言って頷くと、神殿長に代わり、口を開く先輩。
「ほなまずは、儀式に使う大きい魔石の話からしよか。
唐突な話になるんやけど……あれ実はな、ウチのお師匠様が作った物やねん」
え? 作った?
イキナリの告白に唖然とする私を他所に、先輩は話を続ける。
「この大陸におるウチのお仲間は、ずいぶんと昔から5人だけなんや。ウチとお師匠様を含めての5人、この数は変わらんかった」
まあ、今はハルナはんがおるから6人やけどな、と話を区切って付け加える先輩。
わざわざありがとうございます。
「ちょっと古い話になるねんけど、事の起こりは200年ぐらい前やったかな……この大陸にゴーストやデーモンが突然増え始めてなぁ。ウチら5人だけやと手が回らんようになってしもたんよ」
200年前はちょっとじゃないと思います先輩。
「なんでそんな事が起こったのか、理由は分からへん。けど、手が足らんようになったのは事実や。
そこでお師匠様の取った方法が、人の手を借りてゴーストやデーモンの対処をする事やったんよ」
人の手を借りて……?
「あの魔石はな、素質を持った人が触ると、その人にゴーストやデーモンに対抗するための能力を与えるんや。
素質のない人が魔石に触ってもなにも起きへんけど、素質のある人が触った場合、ゴーストやデーモンへの対抗する能力を感覚的に刷り込まれる。
この儀式は元々、ウチらの手を借りずに、人の手でゴーストやデーモンに対抗する能力を得るためのもんなんよ」
「それじゃ、宝石持ちのエクソシストっていうのは……」
「そうや。人の手でゴーストやデーモンに対抗するために、魔石を通じて能力を授かった人の事を指すんや」
「そうなると……魔石が光ったり、力を借りるってのは?」
「全部副次的なもんかなぁ。能力を刷り込まれる際に魔石が光るだけやし。
今までなかった力を得られるさかい、力を借りるってのは間違いやないかもしれんけど……」
な、なんか衝撃の事実が。
てゆか聞いた話だけだと8~9割ぐらい端折ってるよね!?
「……いいんですか? 私にここまで話してしまって」
「ええ。むしろ貴方様には、全てお話するべきだと思ったのですよ」
「そうなんですか……」
それにしてもまあ、エクソシスト歴史を見たって言うか……。
それに、始まりが200年前の人手不足って……。
この大陸って結構広いみたいだし、普通に考えたら5人じゃまず足りないよね……。むしろ5人でやれてたってのが不思議だわ。
って……あれ?
「先輩、ちょっと疑問なんですけど」
「ん、なんや?」
「ゴーストやデーモンが増えて手が足りないって言ってましたけど、新しく誰かを拾い上げればよかったんじゃないですか?
先輩も、そのお師匠様から拾い上げられてそうなったんですよね?」
「ウチ自身はそやねんけど……お師匠様は新しく誰かを御使い様にするって事はやらんかったなぁ。
理由は分からへんけど、魔石を作ってどうにかする方法を選んだみたいや」
「じゃ、シア先輩が誰かを拾い上げるとか……」
「お師匠様がやってへんのに、ウチが勝手にそんな事やるわけにもいかんやろ。
それにウチ自身、その誰かを拾い上げるってやり方が分からへんし……」
「え、先輩も知らないんですか?」
「そうなんや。いくらお師匠様に頼んでも教えてくれへんかってなー……。
まあ、ウチだけやのうて、お師匠様を除いた他の3人も出来へんねんけどな」
「そうですか……分かりました」
なにか理由があったんだろうけど、御使い様を増やす事はしなかったのか。
「こんなもんでええやろか? あとはエンリはん、よろしくな」
「はい、ありがとうございました。
……少々長くなりましたが、これで、すぐにでも貴方様にこのブローチをお渡し出来る理由がお分かり頂けましたでしょうか」
えーと、つまり……。
「儀式は素質のある人にゴーストやデーモンに対抗できる能力を与えるものだから、普通に対抗できる私は儀式を受ける必要はない、と?」
「その通りです。
付け加えるならば、テーシア様のお師匠様が魔石を作られた為か、この儀式により得られる能力は、貴方様方がお持ちの能力と非常に似通った部分があります。
よって、貴方様がこのブローチをお持ちになっても、なんら問題はないかと思われます」
へぇ、似たような能力ねー。
……ちょっと気になったり。
「どんな能力が得られるか、聞いてもよろしいですか?」
「そうですね、個人によって効果の程に違いはあるのですが……。
ある一定範囲内のゴーストやデーモンの存在を感じ取ったり、それらに対して有効な武器を一時的に作成したり、といったとこでしょうか。
あと、聖水を作り出す方法とかもありましたね」
うわ、それって私らの能力ほぼそのままじゃない。
最後の聖水ってのはよくわかんないけど……。
「その、聖水というのは……?」
「ゴーストやデーモンに対して効果のある、聖なる水の事です。
それらに対峙する際、普通に浴びせてもいいのですが、使用する武器に聖水を振り掛けてから使うといったやり方が主流のようですね」
へー。そんな使い方するんだ。
「また、文字通り水なので、誰にでも使えるといった利点があります。
先程も言いましたが、効果の程は作成した人によって変わりますので、高い効力を持った聖水はそれなりの値段で取引されたりもしています」
売ってるんだ、聖水って。
「私はその聖水を作るやり方を知らないんですけど……私にも作れます?」
「うーん、そうですね……」
考え込んでしまった神殿長に代わって、答えてくれたのはシア先輩だ。
「普通の作り方やと、でーっかい入れ物に水を汲んで、その中に手を突っ込みながら、太陽の位置が変わったのが分かるぐらい長い間祈るんやけど……」
う、結構手間が掛かるのね。
「……ハルナはんの場合やと、お師匠様と同じやり方で出来るかもしれへんな」
「お師匠様のやり方、ですか?」
「そうや。お師匠様は水を汲んできて、その水を少しの間、手でかき混ぜ続けるだけで聖水を作っとったで」
……え? 水を手でかき混ぜた?
私がここにくる前は、ほとんど幽霊みたいなもので、なにか物に触れるなんて事は出来なかったはずだ。
「あの、先輩のお師匠様って、水に触れたんですか?」
「あ……そやな。まだ言っとらんかったけど、ウチのお師匠様は自在に、今のハルナはんみたいに体を持つ事が出来たんよ。
昔話に残っとるウチらの話は、大抵お師匠様絡みやで?」
え────っ!?
「そやから、お師匠様やったらハルナはんの事、なにか判るかもしらんねんけど……」
「あー……今は行方不明、でしたっけ」
「そうなんや」
む、昔話の大本がこんなところに……。
しかも私の他に体を持った人が居るとはねー。是非とも会ってみたいもんだわ。
「まあ、お師匠様の話はともかく、聖水の作り方はお師匠様のやり方でいけると思うし、一度試してみたらどうや?」
「そうですね……、また今度、試してみる事にします。
でも、聖水になったかどうかなんてどうやったら分かるんですか?」
「そやなぁ、見た目が変わるわけやないから、パッと見やと分からへんし……」
見た目が変わるわけじゃないんだ。
「それでしたら、こちらでお調べしますが?」
私と先輩が顔を付き合わせて唸っていると、神殿長がそう申し出てくれた。
「え、調べられるんですか?」
「ええ、ここは神殿ですからね。ある程度の時間は掛かりますが、聖水の効果の程を調べる事も可能です」
「せやな、ここで調べるっちゅう手があったわ。
ほんならハルナはん、今ここで試してみたらどうや?」
「まあ、構いませんけど……どうやるんですか?」
「そうですね……では、これでお試し下さい」
そう言うと、神殿長はガラス製のコップを1つ取り出してきた。
そして部屋に備え付けてある水差しを傾けて、コップに水を8分目ぐらいまで注ぐ。
……これをどーしろと?
私が困った顔でコップと神殿長の顔を交互に見ていると、神殿長が説明を始めた。
「手を入れるのは無理でしょうが、その中の水を指でかき混ぜていただければよろしいかと……」
「そ、そうですか……」
いいのかこれで?
疑問に思いつつもコップの中に指を突っ込み、ぐるぐるとかき混ぜ続ける事約5分。
もうそろそろええやろ、というシア先輩の言葉に従って、かき混ぜるのを止める。
コップの中身に変化は見られず、相変らずただの水のように見える。
ホントにこんなことで聖水なんて作れるんだろうか。
「では、お預かりさせていただきます」
「はあ……お願いします?」
どうするのかイマイチよく分からないまま、神殿長にコップを渡す。
どうやって調べるんだろうかと思っていると、おもむろにコップに顔を近づけ匂いを嗅ぎだした。
ちょ……!?
「あの……それが聖水かどうかを判断する方法なんですか?」
「失礼、つい好奇心が」
違うんかい!
「エンリはん……」
神殿長を見つめるシア先輩の声も幾分冷やかだ。
「でも、こんなことでホントに聖水なんて作れるんですかね? これなら昨日宿で入った足湯とか全部聖水になってそうですけど……」
「ほう、足湯ですか」
神殿長の目がキラリと光った気がした。
「……さすがに取りに行ったりはしないですよね?」
「エンリはん……さすがにそれをやったら軽蔑するで?」
「やりませんよ!? お二方は私をなんだと思ってらっしゃるんですか!」
「いや、冗談や、冗談」
慌てる神殿長に冗談だと謝るシア先輩。
いや、さっきの事もあるし私は割と本気で心配したんだけどなー……。
「……とりあえず、これが聖水かどうか調べさせて頂きますので、少々お待ち下さい」
少し憮然とした表情で部屋を出て行く神殿長。
ここで調べるんじゃないんだ。
少し間が空いてしまったので何気なく室内を見回してみる。
すると、テーブルの上に置いてあるブローチに目が止まった。
儀式を通過した証、っか。でもそーいえば私って、普通のエクソシストの事なにも知らないんよねー。
いくら証を持ってもいいって言われても、それはちょっとマズイ気がするわ……。
そんな事を思いながらブローチをじっと見つめていると、視線に気がついたのか先輩が声を掛けてきた。
「どうかしたん? じっとブローチを見つめとるようやけど……」
「いえ、大した事じゃないんですけどね……」
そう言って、さっき思った事を先輩に話してみると、実にあっさりとした答えが返ってきた。
「そんなら、エンリはんに聞いてみたらええんとちゃう?」
なるほど、それもそーだ。
「そうですね、戻ってきたら聞いてみる事にします」
そんな話をしていると、部屋の扉ががちゃりと開き、タイミングよく神殿長が部屋に戻ってきた。
「お待たせ致しました。結果が判るまで少し時間が掛かりますので、その間は……。
そうですね、なにか聞きたい事とかありましたら、分かる範囲でお答えさせていただきますが」
聞きたい事っか、ちょうどいいかな。
「ぁ……?」
他のエクソシストについての事を質問しようと口を開き掛けたとき、ふとある事考えが頭をよぎる。
頭の中でそれを反芻し、多分大丈夫だろうと結論付けたところで、今さっき思いついたことを口に出した。
「質問といいますか、ちょっとお願いがあるんですけど」
「お願い、ですか?」
「明後日にここで行われる御の儀を、見学させてもらえませんか?」
当初から考えていた儀式のネタバレ回でした。
結局クリスマスネタはやれなかったなぁ……どこかに流用するか。
今年も残すところあとわずかとなりましたが、年内にあと1~2話は投稿したいと考えています。