42 元通り
2011/12/22 一部加筆修正、一部表現を修正
2014/03/30 ふりがな表記をカタカナに修正
誰かに呼ばれたような気がして、ふと目が覚めた。
あれ、なんで寝てるんだっけ……。
窓から差し込む光が、部屋の中を赤く色付かせていた。
起き抜けのボーっとする頭で今は夕方かー、などと考える。
えーと、確か1人で昼食を食べてから……。
そうそう。部屋に戻ってもなにもする気が起きなくて、ベッドで横になったんだっけ。
それから……。
「お。目ぇ覚ましたんか?」
うぉあ!?
イキナリ聞こえてきた声に慌てて振り向くと、そこには備え付けの椅子に座ったシア先輩の姿があった。
「先輩……いつからそこに」
「んー、割とついさっきやで?
なんやよう寝とったさかい、ここで待たせてもらおかと思うたとこや」
さっき呼ばれた気がしたのは、もしかすると先輩の声だったのかな。
「もう、脅かさないでくださいよ……」
「あはは、ごめんなぁ」
扉があろうが鍵を掛けてようが、するっと入って来れるんだもんなぁ……。
「それで、どうしたんですか?
昨日の話だと、ここに来るのは夜だと思ってましたけど」
「えーとやな。あれからちょっとは時間も経ったし、あの子はどうなったかなーと思うて。
あと、ちょっと気になった事があったから、その確認にな?」
スフィルかぁ。今はどうしてるのやら。
「あー……、彼女とはまだ話せてないんです。彼女、隣の部屋なんですけど……今は部屋に鍵まで掛けて閉じこもってます。
お昼、部屋を訪ねた時にノックしたんですけど、返事がなかったですし……」
「そうなんか……。なんなら、ウチが様子を見てこよか?」
確かに先輩なら、扉が閉まってても関係ないんだけど。
「いえ、いいです。様子を聞いても、待つ事しか出来ないのは変わりないですし」
「……それもそやな」
「ところで先輩、私からも少し聞きたい事があるんですけど」
「ん、なんやろか?」
「私の事を知ってるのって、まだ神殿長さんだけなんですか?
神殿長さんと先輩が話せるって聞いた時は、もうあちこちに広まってる事を覚悟したんですけど……」
神殿を去り際に渡された腕輪の件から、私の事を知ってる人は神殿長のみか、かなり少ないと思われる。
正直、助かったとは思うけど、なんでだろ?
「なんや、広めて欲しかったんか?」
「いやいやいや。それは勘弁してください」
慌てて首を振る私に、先輩は笑いながらも答えてくれる。
「あはは、冗談や、冗談。
せやな。今のところお隣の子を除いてハルナはんの事を知っとるんは、ウチと、エンリはんだけやな」
あらら、ホントに神殿長だけ?
「別に広めて欲しいわけじゃないですけど……なにか広めない理由とかあるんですか?
自分で言うのもなんですが、神殿側からしたら私の存在ってすごい貴重だと思うんですけど」
「ああ、それはやな。簡単に言うと、信じてもらえへんからや」
信じてもらえない?
「ちょっと想像してみ? この人が『御使い様』やで~って宣伝したとして、ウチが直接説明した人らならともかく、ウチの事が見えへん人達からすると、いくら神殿長の言葉やいうたかて、そう簡単には信じられんやろ?」
「確かに……そうですね」
「まあ、ハルナはんが宣伝する気満々なら、ある程度は信じてもらえるかもしれへんけど……」
「イヤですよ。そんな面倒になりそうな事は御免です」
「まあ、せやろな。だからハルナはんの事をどうするかは、本人の意思に任せよう、ってう事になっとるんや。
まあ、この分やと、宣伝されるっちゅう事は無いやろうから、安心しとき」
「そうですか、分かりました。……いや、ホッとしましたよ」
ホント、一時はどーなるかと思った……。
「よっぽど心配やってんなぁ」
「下手すると外に出れなくなりますからねー。
とりあえず、今まで通りやっていけそうで安心しました」
最悪、逃げるかと思ってたしなぁ……。
そんな事にならずに済みそうだし、よかったよ。
私が内心胸をなでおろしたところで、先輩が話し掛けてきた。
「安心したところで、ウチの方からもええやろか? さっき言うた、ちょっと気になることやねんけど」
そういえば言ってたっけ。
「なんですか?」
「ハルナはん、エンリはんの部屋で魔術師やって言うたやろ?」
「ええ、言いましたね」
確かあの時、エクソシスト見習い兼魔術師と言ったはずだ。
「ほんなら、魔法が使えるんやろ? 魔法の種類はなんでもええから、ちょっと見せて欲しいんやけど」
魔法が見たい?
「そのぐらいなら別に構いませんけど……。先輩からすると、魔法なんて珍しいものでもなんでもないでしょう?」
「うん、別に魔法自体は珍しくないんやけど……ハルナはんが魔法を使うって聞いて、ちょっとな」
なにか疑問でもあるんだろーか。
「そうですか……。それじゃとりあえず『光源』の魔法でも」
とりあえずやってみよう、とグリモアを取り出したところで、ノックの音がそれを遮った。
「ハルナ、居るー?」
聞こえてくるのはスフィルの声。
先輩の方を見ると頷いてくれたので、私は急いで扉に近付くと、勢いよく開く。
そこには少々驚いた顔をしたスフィルが立っていた。
「なにもそんなに慌てなくても……」
「いや、あんな別れ方したあとだから気になっちゃって……。それに、部屋を訪ねても返事がなかったしさ」
「あー……ごめん。訪ねて来てくれたんだ。
それより、ここで話すのもなんだしさ、中、入っていいかな?」
「う……今はシア先輩が来てるからなぁ」
「ウチならもう引き上げるさかい、気にせんでええよ?」
突然聞こえた声に振り向けば、そこには先輩の姿が。
「え、でも魔法の……」
「それは別に急ぎやないし、今はそっちの子と話す方が大事やろ?
ウチの方はまた、日を改めるわ。
ほなまたー」
言うだけ言うとさっさと立ち去ってしまう先輩。
私とスフィルはしばらく呆然としていた。
「あの人、テーシアさん、だっけ? 来てたんだ」
「うん、なんか気になることがあったらしくて……。
それより、せっかく先輩が気を使ってくれたんだし、中に入らない?」
「あ、うん。そうするわ」
部屋に入って椅子に座り、机を挟んでスフィルと向かい合って座る。
まず、なにから話そうか……と思案していると、スフィルが先に口を開いた。
「ごめんね、訪ねてきてくれたみたいだけど、返事出来なくって」
「あー……うん。どうしてたの?」
「いや、実は単に寝てただけなんだけど……」
はい?
「神殿から帰ったあと、事態を整理しようとしてたんだけどさ。
事が色々と大きすぎて、飲み込むまでに時間が掛かりそうだったから、ベッドで仰向けにひっくり返ってたんだけど……いつの間にか寝ちゃってたみたいで」
「え、じゃお昼頃、私が訪ねた時にはもう?」
「うん、多分もうぐっすりと。声も聞こえないぐらい」
……そいやスフィルってば寝起きが悪かったっけ。
「で、さっき起きたんだけど、寝て起きたら、色々考えてたのがなんかどうでもよくなっちゃってさ。
いつの間にか夕方になってるし、ハルナはもう帰ってるかなーと思って」
「そうだったんだ……」
スフィルはもうすっかり大丈夫のようだ。
そう思うとなんかホッとしたっていうか、色々と心配したのが全部無駄だったっていうか……。
少し微妙な気分だったが、一気に気が楽になっていくのを感じる。
私はいつの間にか、ふーと大きく息を吐いていた。
肩の荷が下りたってのは、きっとこんな気分の事なんだろう。
「ハルナ、どうしたの? なんかホッとしたって感じだけど」
「いや、ちょっと色々考えすぎたっていうか、空回りしたっていうか……。
あんな別れ方した上に、部屋に閉じこもって返事がないって状況だったから、ヤな方向に考えが行っちゃってさ」
「あー……ごめん、心配掛けちゃったかな」
「ううん、私なら平気だよ。
それよりスフィルの方はもう大丈夫なの?」
「大丈夫だよ。さっきも言ったけど、寝て起きたらなんかスッキリしたし。
ハルナの事も色々考えはしたけど、ハルナがなんであれ、特に今の関係が変わるわけじゃないんだしさ」
「そっか……そうだよね」
だから、これからもよろしくね? と差し出してくるスフィルの手を、こちらこそよろしく、と私も握り返した。
「ところで、あれからどうなったの? お昼に訪ねて来たって事はずいぶん早く終わったみたいだけど」
「えーとね、あの後先輩が早とちりした事を気にして、とても話が出来る雰囲気じゃなくなったから、落ち着くまで延期って事になったよ。
まあ、こっちはひと段落したから、また明日にでも訪ねてみるつもり」
「そうなんだ。じゃ明日また行くんだね」
「うん、スフィルはどうするの?」
「アタシはパスかな。今日1日寝ちゃってギルドに行けなかったから、明日早目に行っておきたいし」
「じゃ、明日は別行動かー」
「そうなるね。ところで……」
ここで一旦言葉を切るスフィル。どうかしたんだろうか。
「ちょっと早いけど夕食にしない? お昼食べそびれたから、なんかお腹空いちゃって……」
「あー……、そいやそだね。
じゃ、ちょっと早い夕食に行きましょうか」
「ありがと。それじゃ準備してくるからちょっと待っててね」
「りょーかい」
「あとついでに、色々話聞かせてよ。『御使い様』の話とかさ」
「り、りょーかい」
「んじゃ、サッと準備してくるからー」
それだけ言い残すと、スフィルは部屋を出て行ってしまった。
……さて、どこまでなら話してもいいんだろーか?
少々あっさりしすぎ……かな?