37 王都に向けて その4
お待たせしました。3日空けてしまいましたが、37話目です。
注意:軽い流血表現があります。
2014/03/30 ふりがな表記をカタカナに修正
今日も車内でぼーっと外を眺めながら退屈な時間を過ごしている。
見える景色は木、木、木……。今馬車は森を切り開いて作ったと思われる道を走っているところだ。
木が3本で森、5本で森林だったっけ……などと下らない事を考えていると、ピィィィ!という笛の音と共に馬車が停車した。
なにかあったのかと思っていると、隣で目を閉じていたはずのスフィルが武器を掴んで馬車から飛び出して行った。
つまりこれは護衛のお仕事か。
外を見てみると、停車した馬車の前方に1匹の深緑色をした大型犬っぽい生物が、武器を抜いて構えを取った1人の男性と睨み合っている。
あれがオオカミかな? 緑ってのは見たことないけど……。
そこへもう1人の護衛と思われる男性が、武器を持って駆け寄り睨み合いに参加する。
最後にそこへ駆け寄ったスフィルが、手に持った何かを投げつけると同時に叫ぶ。
「目、閉じてっ」
その直後、パァン!と火薬が破裂したような大きな音が響くと共に、辺りが一瞬明るく輝いた。
その大きな音に驚いたのか、サッと木々の奥へと走り去るオオカミ。
へー、戦うんじゃなくてああやって追い払うんだ。
相手が逃げ帰ったので、さっきまでオオカミと睨みあってた人達も武器を収めて馬車へ戻ろうと歩きだす。
その時、近くの茂みが揺れたかと思うと、そこから飛び出した深緑色の塊が護衛の1人に飛び掛った。
油断していたのか咄嗟に避けれず、あえなく地面に押し倒される護衛の人。
もう1匹いた!?
それに咄嗟に反応したスフィルが、腰に下げたポーチから何かを取り出しオオカミと倒れてる人に向かって投げ付ける。
……ってえぇっ!?
再び響く大きな音と閃光、素早く飛び退り逃げ出すオオカミ。
うわ、あの密着した状態で爆発物(?)使うとか、スフィルってば容赦ないなー。
あの倒れてる人、大丈夫なんだろーか。
スフィルが少し慌てた様子で押し倒された人を助け起こす。
そのまま男性の様子を見ていたスフィルだが、やがてこっちを振り向くと手招きをし始めた。
「ハルナー、ちょっとお願いー!」
さっきので怪我でもしたかな?
呼ばれるままに馬車を降り、スフィルの元へと小走りで向かう。
そこではスフィルが地面に座り込んだ男性の手を、水袋の水を使って洗い流していた。
さっきの事があってか、もう1人は辺りを警戒しているようだ。
「どうしたの? 怪我人?」
「うん、この人の怪我、結構酷いみたいでさ。確かハルナって、傷治せるって言ってたよね?」
「了解、任せといて」
地面に座った男性からも頭を下げられる。
「すまんが頼む。このままでは武器が握れん」
「気にしないで下さい、護衛が居なくなったら私も困りますので。
それで、怪我してるところを見せてもらえますか?」
差し出された手を見ると、手のひらがざっくりと切れており、ダラダラと血が流れ出している。結構深そうな傷だ。
うわ、痛そー……。確かにこれじゃ武器は持てないね。
見てるだけでも痛いので、さっさと治す事にする。
「ちょっとだけ、じっとしてて下さいね」
グリモアを取り出し『負傷治癒』の魔法陣を構築し、魔力を流す。
魔法陣から光が差し、見る間に傷が癒えていく。
この魔法って、傷が高速で再生していくんだよね。
傷がうにうにと動いて再生していく様は、見てるとちょっと気持ちが悪い。
傷が完全に消えたところで魔法陣を消し、治療が終わった事を告げる。
「はい、もういいですよー」
「……すまない、助かった。後で必ず礼をさせてもらう」
むぅ、別にお礼目当てでやったんじゃないんだけど……。
「別にいいですよ? さっきも言いましたが、護衛が居なくなると私も困りますし」
「いや、それでは俺の気が済まない」
「大丈夫ですって。お礼目当てでやったわけじゃありませんので」
「そうは言ってもだな……」
あーもう、面倒な。
「分かりました。では次の宿の食事代を出して頂くという事でどうでしょう?」
「……それだけでいいのか?」
「いいんです。あ、出来れば彼女の分も出して頂けると助かりますが」
そう言ってスフィルを指差す。
「……了解した。では宿が決まったら教えてくれ。俺もそこに泊まるとしよう」
「分かりました」
馬車に戻って少しすると再び馬車が動き始めた。
そのまま少し進んだ頃に、隣に座っているスフィルが声を掛けて来た。
「ねぇ、ハルナ。なんかアタシまでご馳走になる事になっちゃったけど、よかったの?」
「いいのいいの。元々お礼なんてもらうつもりなかったんだし。
それに、ああ言わないと延々と続いてたと思うよ?」
「まあ、そうかもしんないけど。あの治療ならもっと請求してもいいのに、食事1回とかハルナらしいっていうか……」
「これで誰にも不満がなくなるんだし、別にいいでしょ?」
「ま、そうなんだけどね。それじゃ、ありがたくご馳走になりますか」
その後は大したトラブルもなく、夕方、暗くなる頃に馬車は次の村へと到着した。
スフィルと共に馬車を降りると、そこには既に、昼間治療した護衛の人が待っていた。
「待っててくれたんですか」
「ああ。礼をするためにも宿を聞かねばならんからな。
どこの宿にするのだ?」
私に聞かれても困るので、そのままスフィルへとスルーパス。
「スフィル、どこにするの?」
「えーと、黒山羊亭ってとこだよ。アタシが王都に行く時は、大抵そこに泊まるかな」
「あそこか。ふむ、了解した」
「ふーん、定番の宿なんだ」
「食事の美味しいとこだから、期待していいと思うよ?」
「おー、それは楽しみ。スフィル、案内よろしくー」
「はいはい」
宿へと向かう道すがら、護衛の人とお互いに軽く自己紹介をして名前を交換する。
よく考えたら私だけ彼の名前を知らないんだよね。
彼の名前はエルクラムといって、スフィルより1つ上のDランクだそうだ。
なんでも王都に行く用事があったのでついでに依頼を請けたんだとか。
そのあと、私が魔術師ではなくエクソシスト見習いと名乗ったら、なにやら感心されてしまった。
魔法を使える素質があるのに、わざわざ厳しい修行をしてエクソシストを目指すって人は珍しいらしい。
うーむ、話を聞く限りだと、エクソシストになるための修行って結構厳しいみたいだなー。
あれ? そうなると、宝石持ちになるための最終試験(儀式)が、石に触って光らせるだけってのは簡単すぎないか?
ひょっとすると、なんか別の試験があったりして……?
もしそうだとしたら、今回の試験は諦めるしかないよねー……。
そうでない事を祈るわ、ホント。
スフィルの案内に従って宿についた私達は、それぞれ部屋を取ると荷物を置いてそのまま夕食へと向かう事にした。
エルクラムさんと合流し、早速食堂へと向かう。
夕食時の時間の所為か、到着した食堂はかなりの賑わいを見せていたが、運良く空いてる席を発見したのでそこに座ることにする。
なんでも注文してくれという言葉をエルクラムさんからもらったので、早速メニューに目を走らせるスフィル。
私はメニューがさっぱり読めないので、注文は全てスフィルにお任せだ。
サンドイッチやスープといった料理名はまだ分かるのだが、素材の名前が混じると途端にダメになる。
リロの炒め物とかユブの塩焼きとか言われても、どんな物かさっぱり想像がつかないし。
「スフィル、注文決まった?」
「えーとね……」
スフィルの注文により出てきたのは、パンと肉団子のスープに野菜炒めとから揚げ、それからポテトサラダ。
いつもより少し豪華な夕食となった。
食事中、馬車での退屈しのぎの方法や、見張りをする場合のコツなどを聞いたりしていたが、話が昼間の襲撃についての話に差し掛かった時、気になってた事を思い出したので聞いてみる。
「そいやスフィル、あの襲ってきたオオカミに投げつけてた道具ってなんなの?」
「ああ、あれね。
あれは火薬玉っていう道具で、確か火の秘薬を丸めたもの……だったかな。
何かに勢いよくぶつけると破裂して、大きな音と光が出るただ驚かすだけの道具なんだけど、今回みたいに何かを追い払うのにはぴったりだから、いくつか持って来たのよ」
へー、癇癪玉みたいなもんか。
「それって、近くで使っても大丈夫なの?
エルクラムさんが押し倒された時、かなり近い位置に投げつけてたけど」
「うーん、軽いヤケドぐらいにはなるかもしれないけど……」
「いや、あの時の判断は正しかったと思うぞ。咄嗟に防ぎはしたが、あのままだと俺の喉がヤバかったからな」
「なるほど……」
注文した食事が粗方片付いたところで、エルクラムさんが口を開く。
「2人とも、まだ腹に余裕はあるか? デザートを注文しようと思うのだが」
お腹いっぱいでも甘いものは大歓迎です。
スフィルはどうするのかと思って隣を見ると、なにやら首を傾げていた。
「どしたの? スフィル」
「いや、メニューにデザートなんてあったかなーって思ってさ」
「ああ、メニューには載ってないんだ。
実はここは、俺のなじみの宿でな。常連になると頼める、ちょっとした隠しメニューのようなものだ」
へー、そうなんだ。
「でしたら遠慮なく頂きます。スフィルも食べるよね?」
「もちろん」
「それじゃ、2人前お願いしまーす」
「了解した」
注文に行くエルクラムさんを見送りながら、スフィルに聞いてみる。
「隠しメニューだって。どんなのだろね?」
「うーん。この辺は果物がよく取れるから、それを使った何かじゃないかな?」
「へぇ。ちょっと楽しみ」
そうしているうちに、エルクラムさんがお皿を2つ持って戻って来た。
「待たせたな」
そう言ってテーブルの上に置かれたデザートは……。
「クレープ?」
思わず呟く私。
お皿の上には、火を通したリンゴっぽい果物を、薄く焼かれた平べったい生地で包んだものが乗っていた。
「ん? これはクレープという名前なのか?」
「えぇと、私の地元(?)ではそう呼ばれてましたね」
「ほぅ、そうなのか。
ただこれは、この宿の主人が作った創作料理らしくてな。名前はまだないそうだ」
「へぇ……、そうなんですか。これも美味しそうですねー」
「まあ、せっかく持ってきたんだ。眺めてないで食ってくれ」
「はい、頂きます」
早速ひとくち食べてみる。ふんわりとした生地の感触と甘い味が口の中に広がった。
うーん、美味しい。クレープなんて久々に食べたわ。
スフィルもこれは気に入ったようで、ひたすらクレープを口へと運んでいる。
「気に入ったようでなによりだ」
「ええ、気に入りました。美味しいです」
「それなら後でここの主人を紹介するから、戻り際にでも感想を言ってやってくれ」
「そうですね、お願いします」
感想ついでに塩味のクレープも教えてみようかな。ここの新しい名物になるかもしんないし。
そんなことを考えつつ、ひたすらクレープを食べ続ける私だった。
クレープの生地って最初はそば粉だったらしいですね。
次話からいよいよ王都へと入る予定です。
また遅れるかもしれませんが、気長にお待ちいただけると助かります。