36 王都に向けて その3
念のため、食事中の方は注意です。
薄暗い中、目を覚ます。まだ太陽は上ってないようだ。
うー……眠い。日の出まであとどのぐらいだろ。
ごそごそと鞄の中から時計(仮称)を取り出す。
これは外套を買った時に購入した物の1つだ。
見た目は壁掛け温度計(赤いメーターが上下するやつ)の液体が青いバージョンだが、これは時間に反応してメーターが動くようになっている。
なんでも辺りに漂うのマナの濃度がどうこう……と難しい説明をされたが、要は真夜中に近付くほどメーターが伸び、真昼に近付くほどメーターが縮むようだ。
本当は、なにやら別の名前があるのだが、私はこれを時計と呼んでいる。
そして、この時計によると現在のメーターが指すメモリの位置は、半分より少し上。
どうやら夜明けは近いようである。
大きく伸びをし、隣のベッドを確かめると、スフィルはまだ眠っていた。
起こすのはもう少し後でもいいかと思い、とりあえず窓を開ける。
昨日まで降っていた雨は止んだようで、ひんやりとした風が開けた窓から吹き込んでくる。
少し肌寒い、かな?
そう思って窓を閉めたところで、どうやらスフィルが目を覚ましたようだ。ベッドの中で、もぞもぞと動くのが見える。
「おはよー、スフィル」
「ぅ……。おはよ、ハルナ。早いわねー……」
「さっき目が覚めたとこだけどね。それより雨、上がったみたいだよ」
「そっか。……助かるわー」
ベッドから起き出してきたスフィルが、ふらふらとした足取りでドアへと向かって歩いていく。見ていてなんだか危なっかしい。
「大丈夫? なんかふらついてるんだけど」
「……あー、大丈夫。いつも起きた時はこんな感じだから……」
あらら、実は低血圧だったよーで。
「そーなんだ……」
「とりあえず、顔洗ってくるわー……」
「あ、私も行くわ」
1人で行かせると階段から転げ落ちそうな気がしたので、私もついていく事にする。
外は少々肌寒かったのを思い出したので、いつもの黒いローブを羽織ってからスフィルを追いかける。
宿で備え付けの桶を借り、裏口から外に出て近くの井戸まで歩く。
井戸の周りでは十数人の人が、桶を抱えて順番待ちをしていた。
「うわ、混んでるね」
「これはちょっと多いわねー」
馬車の乗客だけでなく、村の人も結構混じっているようだ。
「ね、スフィル。他の井戸はないの?」
「あるけど、ちょっと遠いわね」
むぅ、そうなのか。早く顔を洗いたいんだけどなー。
……あ。
よく考えたら井戸に頼らなくても水あるじゃない。
「スフィル、ちょっとこっち来て」
「どうしたの、ハルナ?」
「いや、よく考えたら私、水出せるからさ。わざわざ並ぶ必要ないなーって」
そう言うと、スフィルはポンと手を打った。
「ああ、すっかり忘れてたわ。アンタのあの『洪水』」
「いや『湧水』だって」
「いっそ改名しない?」
「してどーする」
軽くじゃれあいながらも、グリモアを取り出し魔法陣を成作する。
「出来たよ、桶持ってきて?」
「了解ー」
流す魔力の量は、この間、手を洗うのに使った時ぐらいの量だ。
あんまり勢いよく水を出してもしょうがないし。
桶を魔法陣の下にセットし、魔法陣に魔力を流す。
青く発光する魔法陣から水が溢れ出し、見る間に桶が水で満たされてゆく。
それを見ていたスフィルが、しみじみと呟く。
「なんか色々と間違ってる気がするわ……」
「いいじゃない、便利なんだしさ」
「そうなんだけどねー。こう、なんて言うか、魔力の無駄遣い?」
「……まあ、それは否定しないけど。
あ、そろそろ桶いっぱいだよ。交換お願い」
「はいはい」
桶を交換しつつ、だばだばと水を吐き出す魔法陣を見てポツリと呟いた。
「……やっぱ改名した方がいいんじゃない?」
顔を洗った私達は、宿に戻るとそのまま食堂へと向かい、朝食を済ませると荷物を取りに部屋へと戻った。
辺りは大分明るくなってきている。もう日の出が近いのだろう。
荷物を抱えて忘れ物がないかをチェックし、部屋を出る。
最後に宿の人に部屋を出る旨を伝えると、小さな包みを渡された。
中身はお弁当だそうで。
オプションである食事の半銀貨+1枚で夕食、朝食、お弁当までつくって素晴らしい。
スフィルがいい宿を教えてくれてよかったわー。
宿を出て、この村にある馬車ギルドへと向かう。
ギルドの前には既に馬車にが止まっており、荷台には乗客の姿が何人か見える。
馬車の方も準備は万端のようだ。
割符を見せて馬車に乗り、適当な席に座って出発を待つ。
スフィルは打ち合わせだそうで、御者席の方で他の護衛らしき人と話をしている。
やがてスフィルは戻ってくると、隣の席へと腰を下ろした。
「お帰り、スフィル」
「ただいま。あーあ、参ったなぁ」
「どうかした?」
「見張り、3番目になっちゃってさ。最後って一番しんどいのよねー」
「そうなんだ……、ご愁傷様」
カランカランとハンドベルの音が聞こえ、馬車が動き出す。
どうやら出発のようだ。
昨日と同じく、途中で休憩を挟みながら馬車は進んでいく。
スフィル曰く、今日は雨で道がぬかるんでいるため速度があまり出せてないらしい。
ひょっとすると今日は村への到着が、暗くなってからになるかもしれないとのこと。
交通事情に文句を言うつもりはないけど、退屈な時間が増えるのはやだなぁ。
本格的に何か暇つぶしを考えた方がいいかもしんない。
何度目かの休憩に合わせての昼食中、少し思ったことをスフィルに聞いてみる。
「馬車の旅って退屈だねー。言っちゃなんだけど、ここまでのどかだと護衛って要るの? って思うわ」
「まあ、襲われる事なんてそう無いからね。たまに群れからはぐれたオオカミが、食料を狙ってか1~2匹出たりはするんだけど、すぐに追い払えるし」
「ふーん、そうなんだ。でも油断して怪我とかしないでよ?
まあ、もし怪我しても治せるけどさ」
「へー、それって治癒魔法?」
「そうだよ」
「あれってもの凄く魔力を消費……って、ハルナなら平気っか」
「そーゆー事。蟻騒動の時に1度使ったけど、なんともなかったし」
「便利ねー……」
そんな呆れた風に感心しないでよ。
それから2~3時間経った頃、特に話す事もなくなり外をぼーっと眺めていると、スフィルが軽く伸びをしながら声を掛けてきた。
「うーん、そろそろ交代の時間だと思うから、行ってくるわ」
「りょーかい、お仕事頑張って」
「この時間って眠気が辛いのよねー……」
そう言いながらもこの揺れの中、しっかりとした足取りで御者席に向けて歩いていく。
3交代の最後なので、多分このまま次の村に着くまで戻ってこないだろう。
仕事だからしょうがないんだけど。また退屈になるなぁ……。
何気なく車内を見回してみるが、やはり皆退屈そうである。
そうしていると、こっちをじっと見つめている男の子と目が合った。
あれ? 昨日宿で盛大に転んだ子?
私と目が合うと、嬉しそうに手を振ってきたので私も小さく手を振り返す。
そうすると今度は立ち上がってこちらに向かってきた。
「こんにちは、お姉ちゃん」
「こんにちは」
私のすぐ近くまでやって来たところでまずは挨拶をする。
なかなかしっかりした子だ。
とりあえず、立ったままだと危ないので、さっきまでスフィルが座ってた席に座らせる。
「どうしたの? 1人じゃないでしょ?」
「お母さん、寝ちゃって退屈なんだ」
なるほど。それでたまたま見つけた私のところへ来たと。
まあ、退屈なのは私も同じなのでしばらくお喋りする事にする。
マレス君(男の子の名前、自己紹介した)が言うには、今は王都に住んでる親戚の家に行く途中なのだそうだ。
久しぶりに会う幼馴染が居るとか、ラーズを使った料理が楽しみだとか、お爺ちゃんお婆ちゃんに渡すお土産があるとか、色々話をしてくれた。
私の方からは、王都に用事があって行く事や、友達が同行してくれている事などを話していたのだが、なんだか途中からマレス君の様子がおかしくなってきた。
心なしか顔が青ざめてる気がするし、息も荒くなってきている。
「どうしたの、大丈夫?」
「うん……、なんか気持ち悪くなってきちゃって……」
いやそれは大丈夫じゃないからっ!?
「うわ、参ったなぁ……。馬車に乗る時にいつも使ってる物とか、持ってないの?」
「お母さんの、鞄の中に薬草が……」
「それ、取りにいける?」
「…………」
無言で首を振るマレス君。
この揺れの中、酔った状態で動くのは無理かー。
ここで無理に動かして、車内でリバースされるのも勘弁願いたい。
マレス君はうつむき、はあはあと荒い息をしている。
いや、やばいってやばいって。
ここでやられると私も釣られるというヤな自信がある。
2人揃って……などとは考えたくもない。
こういう物は使い慣れてる物の方がいいんだろうけど、この場合はしょうがない。
慌てて鞄の中を探り、マレイトさんにもらった葉っぱを1枚取り出す。
「ほら、これを噛んで。スーッとすると思うから。
あと、なるべく遠くの方を見て」
素直に葉っぱを口に含み、視線を外へと向けるマレス君。
「そのまま落ち着くまで、あんまり喋らない方がいいかもね」
「うん……そうする」
念のため鞄から予備の水袋も取り出しておく。
最悪の場合はこれを使うつもりだ。使ったらそのまま捨てる事になりそうだけど……
しばらくそうしていると、マレス君の顔色が少しよくなってきた。
荒かった息も落ち着てきている。
「どう、大丈夫?」
「うん、大分マシになった……」
よかった……どうやら山は越えたようである。
ここでやられたらどうしようかと思ったよ。
「動けそうなら、一度席に戻って、いつもの薬草を使った方がいいかもね」
「うん、そうする……」
「それじゃほら、席まで送るから」
手を差し出すと、マレス君は遠慮がちに掴まってきたので、そのままゆっくりと手を引いて席まで送り届ける。
席に到着すると、鞄から粉薬らしき物を取り出して飲むマレス君を横目で見ながら、隣で寝ている母親らしき人を揺り起こす。
初めはかなり驚いていたが、マレス君が酔っている事を伝えると、バッチリ目が覚めたようで、慌てて対処をしながらもお礼を言われた。
ひとまずはこれで大丈夫のようなので、後を任せて私は席へと戻る事にする。
あー、なんか妙に疲れたー……。
お陰で退屈ってのは吹き飛んだけど、あんな緊張はもうゴメンだわ。
そう思いながら席に座ると、ふうぅー、と大きなため息が出た。
思ったよりも緊張してたようだ。
しばらくの間、何も考えずに休みたくなったので、ぼーっと外を眺める事にした。
その後しばらく馬車は走り続け、日が沈む頃になると馬車は次の村へと到着した。
どうやら思ったより遅くならずに済んだようだ。
カランカランと鳴るハンドベルの音を聞きながら、鞄を持って馬車を降りる。
降りた先では既にスフィルが待っていた。
「ハルナ、お疲れ様」
「スフィルもお疲れ様。暗くなる前に着いたねー」
「うん、御者の人が頑張ってくれたみたい。
まあ、それはともかく、疲れたからまず宿に行かない?」
「そだね。それで、どこに泊まるの?」
「こっち、案内するわ」
さて、今日はどの宿に泊まるのかな?
ラーズ:謎の食材。
退屈でも別の意味で緊張する馬車の旅2日目でした。
ある部分を書き直すこと3回……めちゃくちゃ苦労しました。
次は移動3日目です。
場車内は退屈でも、読み手の方まで退屈させないように頑張ります。