35 王都に向けて その2
この手の話って、よくありそうなのにあんまり見ない気がする。
宿に着いた私達は、個室にするか2人部屋を取るかを相談していた。
スフィルとの2人部屋にすれば、宿代は個室より少々高い部屋の半分で済むからである。
「どうする? ハルナ」
「んー、そだね。2人部屋でいいんじゃない?」
なんだかんだと旅支度で散財したので、少しでも節約したいしね。
「ハルナがいいならそれでいっか。安く上がりそうだしね」
「うん。それに、旅慣れてるスフィルと居たら、寝坊しても起こしてもらえそうだし」
「アタシは目覚ましの鳥かっ!?」
そんなこんなで2人部屋を取る事に決定。
部屋代は半銀貨4枚だ。それぞれ食事付きにしたので合計半銀貨6枚である。
案内された部屋に入り、荷物を置いたところでスフィルに話し掛ける。
「暗くなるまではまだ少し時間ありそうだけど、スフィルはどうするの?」
「んー、この天気じゃあんまり外へ行く気にはなれないから、ここで大人しくしてるかな」
「そっか。
今日は馬車の中でずっと座ってたから、ちょっと動きたかったんだけどなー」
「今、外へ出ると濡れるわよー」
「分かってるよ、言ってみただけ」
濡れるのはちょっと困る。着替えの数に余裕があるわけじゃないしね。
しばらくベッドにぼーっと腰を掛けていたが、ふと思い立ち、財布を持って立ち上がる。
そのままいつもの黒いローブ姿になったところで、スフィルに呼び止められた。
「あれ、どっか行くの?」
「ちょっと喉が渇いたから、何か飲み物買ってこようかと思って」
「あ、アタシの分もお願いしていい?」
「いいよ、何にする?」
「ここのオススメで」
オススメなんてあるのか。いいなーそれ。
「りょーかい、ちょっと待ってて」
部屋を出て、ギシギシと軋む階段を降り1階へ。
確か冒険者ギルドと同じような感じで、受付カウンターの近くに食堂らしき場所があったはずだ。
1階に降りて食堂の方を見ると、こんな半端な時間にもかかわらず、食事をしている人が何人か居るようだ。
飲み物を注文するべく、食堂のカウンターに近付き声を掛ける。
「すみませーん」
「あいよ、いらっしゃい」
「ここのオススメの飲み物、2つ下さい」
「あいよ、お待ちっ」
すぐさま目の前にトンと置かれるコップが2つ。
早っ!? いつ準備したのよ。
「銅貨2枚になります」
「……あ、はい」
あまりの手際のよさに一瞬思考が止まったが、気を取り直して銅貨を2枚、取り出して支払う。
「ありがとうございましたー」
両手にコップを1つずつ持ち食堂を後にする。
2階へと上がり、部屋に向かって歩いていると、前から1人の男の子が走って来るのが見えた。馬車の中でも見かけた子だ。
ここに居るって事は、同じ宿に泊まってたんだなー。
馬車に長時間閉じ込められた挙句、ようやく宿に着いたと思ったらこの雨だ。
外に出られずきっと退屈してしまったのだろう。
あんまり走ると危ないぞー……って!?
「うわわっ!?」
私のすぐ近くを通る時になにかに躓いたのか、こっちに突っ込む形で倒れこんで来た。
思わず避ける私。
そしてびたーんと痛そうな音を立てて倒れ、軽くヘッドスライディングする男の子。
…………。
……滑り込みセーフ? いやアウトか、この場合。
いや、そうじゃなくて。
「えーと……大丈夫かな?」
避けちゃった手前、なんとなく気まずいので遠慮がちに声を掛けてみる。
いや、しょうがないじゃない。だって両手が塞がってたんだし。
「うぁぅ……」
顔を打ち付けた所為か、強打した顔を真っ赤にしながらも痛みをこらえてるようだ。
なんとなく見てられなくなったので、コップを一旦床に置き、グリモアを取り出すと
『負傷治癒』の魔法を使う。
魔法陣から漏れる柔らかな光と、痛みが引いていくのに気付いたのか、倒れたまま目をぱちくりとさせている。
「どう、まだどっか痛いとこある?」
そのままの体勢で首をぶんぶんと横に振っている。
「そ。それじゃ一人で立てる?」
今度はコクコクと頷きだす。
……そろそろ起きたらいいのに。
「それじゃ大丈夫だね。退屈なのは分かるけど、他の人の迷惑になるから、もう宿の中で走らないよーにね」
更に激しくコクコクと頷くのを見て、私はコップを持ち直すと立ち上がり、部屋へと向けて歩き出す。
「ぁ……」
男の子が何かを言いかけたようなので振り返ると、ゆっくりと起き上がりながらお礼を言ってきた。
「ありがとう、お姉ちゃん」
「どういたしまして。もう転ばないように気をつけてね」
ニコリと笑ってそう言うと、再び部屋へと向かって歩き出した。
辺りが暗くなり、やがて夜と呼べる時間帯になっても雨は上がらなかった。
「いつまで降るんだろうねー、この雨」
「うーん、朝にはやんでてほしいんだけどなぁ。雨降ってると見張りがツライし」
「割と切実だね、それって」
「まあね。
さて、そろそろご飯だと思うけど、どうする? 部屋まで持ってきてもらう?」
「へえ、持ってきてもらえるんだ」
「ええ、受付でお願いすればね。それで、どうするの?」
「別に食堂でいいんじゃない? ずっと部屋に閉じこもってるのもなんだしさ」
「まあ、それもそうね。
それじゃ食堂まで行きましょうか」
「了解ー」
2人揃って部屋を出て食堂へと向かう。
ちょうど食事時の所為なのか、食堂は賑わっていた。
食堂の隅の方に空いてる席を見つけた私達は、そこへ座る事にする。
「ずいぶん混んでるわね……。
アタシは食事を2人分取ってくるから、ハルナはここで席を押さえといてくれる?」
「了解、任せといて」
椅子に座りつつスフィルを待つ。
そういえば注文聞かれなかったけど、メニューは固定なんだろうか?
それで虫とか変なモノが出てきたらやだなぁ……。
期待半分、不安半分でスフィルを待つ。
「お待たせ、ハルナ」
スフィルが持ってきてくれた食事は、ごく普通のパンと、芋と野菜が入ったスープ、それから器に盛られたサラダだった。
ほっと息を吐いていると、不思議そうに声を掛けられた。
「どうしたの?」
「いや、注文聞かれなかったから、どんな食事が出てくるかと思って」
「ああ、なるほどね。
ここの宿は食事付きで泊まった場合、出てくる食事が決まってるのよ。他に食べたい物があったら別途注文ってわけ」
ま、その分安いんだけどね。と付け加えるスフィル。
「へぇ、そうなんだ」
「どうする、別になんか頼んでくる?」
「いいよ、それだけで十分足りそうだし」
見た感じ、パンとスープだけで十分お腹いっぱいになりそうだ。
「ん、了解。それじゃ食べましょ?」
「そうだね」
口の中で小さく、いただきますと呟くと食事に取り掛かった。
食事後、部屋に戻った私達は思い思いにくつろいでいたが、そろそろ眠くなるかなーといった辺りでスフィルが声を掛けてきた。
「ね、ハルナ。アタシは今からお湯もらってくるけど、ハルナはどうする?」
「お湯?」
「王都みたいに大きい町ならともかく、この辺りには湯浴み場なんてないからね。
体だけでも拭いとこうかと思って」
「あ、それなら私もお湯欲しいかも」
「あとそれから、受付に言えば洗濯もお願い出来るけど、そっちはどうする?」
洗濯サービスまであるんだ……でもまあ、まだ初日だしそっちは要らないかな。
「それは今はいいわ。お湯だけにしとく」
「了解、それじゃ2人分だね。ちょっと行ってくるわ」
「え、1人で大丈夫? 結構重たそうだけど……」
スフィルは顔の前で手をパタパタ振りながら否定する。
「いやいやいや、持たない持たない。
受付で言えば、ちゃんと部屋まで持ってきてもらえるから」
「あ、そーなんだ」
「そうなの。それじゃ行ってくるわ」
「あはは……、よろしく」
ひらひらと手を振って送り出す。
ちなみに、宿泊客にはお湯は無料なんだって。ラッキー。
頂いてきたお湯で一通り体を拭いたあと、明日も早いという事で、そのままベッドに入って休む事に。
「お休みー、スフィル。寝坊しないようにね」
「ハルナもね。……朝はお互い、寝過ごした相手を起こすって事で」
「それで2人とも寝過ごしたりして?」
「それはない、と思いたいけどなぁ」
まあ、そうなったら私も困る。起きる時間をしっかり意識しないと。
「それじゃ、お休み」
「お休み、ハルナ」
特に何事もない、平凡な旅の1日でした。
うーん。いつものんびり書く所為か、今回は大分端折った感が。