26 閉じられた扉
だんだんと気が緩み掛けてきたのを「よしっ」と気合を入れ直し、スフィルに続いて隣の部屋へと向かう。
扉を開けて部屋に入ると、この部屋もさっきの客室と似たような物だった。
ただ大きく違うのは、左手の奥にある壁が崩れており、そこから木の枝が天上に向けて張り出している事か。
恐らくここが外から見た時に見えた、木の枝が壁を貫いてる部分なのだろう。
「あー……スフィル? なんかすごい事になってるけど、あの崩れた部分も調べるの?」
「うーん、あそこの手前までかな。あんまり近寄って今度は床が崩れたりしたら冗談じゃ済まないし」
「なるほど。それじゃ早速やりますか」
「ハルナ、無理しないでね」
「りょーかい」
早速私がテーブルを持ち上げスフィルが絨毯を剥がす。
作業の傍ら、ある事が少し気になったのでスフィルに疑問を投げ掛けてみる。
「ねえ、スフィル。こんな壁が崩れるまで家がボロボロになってるのに、リーベルって人は何も対処しなかったのかな?」
「何もしないって事はないでしょ、さすがに」
そう言ってから、スフィルは少し考え込んで口を開いた。
「これはアタシの予測になるんだけど……壁が崩れたのはごく最近じゃないかな?
それこそリーベルさんが死んだあとってぐらい」
「え、どうして?」
「崩れた付近の絨毯とか床とかが、他の部分とほぼ変わりないもの。
崩れたままずっと放置してたって程の時間が経ったのなら、もうちょっと汚れたりしててもおかしくはないでしょ」
「なるほど。それでまだ、それほど時間は経ってないと」
「そういう事。本当かどうかは分かんないけどね」
その後も色々とお喋りしながら絨毯を剥がす作業を続けたが、この部屋でも魔法陣を見つけることは出来なかった。
客室には仕掛けてないのかな?
絨毯を剥がしたあと、スフィルの調査が終わるのを待って再びロビーへ戻る。
あと調査が終わってない部分は、階段上がってすぐ左手にある扉だけだ。
「この部屋で最後かな?」
「うーん、どうだろ? ひょっとしたら奥にもう1~2部屋あるかもね」
「まあ、終わりは近いって事で」
「ん、さっさと終わらせましょ」
扉を開けて中を覗き込む。この部屋の壁は無事らしく、部屋の中は暗い。
明かりを掲げて部屋の中を見てみると、色々な物が乱雑に置かれている倉庫(物置き?)といった感じの部屋だった。
部屋の壁沿いに大きな棚がいくつも置かれており、様々な物が乗っている。
他にも大きなテーブルや椅子、黒板、大きな桶、丸められた絨毯、果てはホウキとちり取りまで無造作に置かれている。
なんか使わない物を片っ端から放り込みましたって感じだなー。
部屋の奥には相変らずの閉じられた窓があり、その左手の壁にはなにやら模様の付いた扉が1枚見えていた。
「うわ、こりゃ凄いわね……」
後から入ってきたスフィルも部屋の中を見て率直な感想を漏らす。
これらの物全てを調査するとしたらかなり大変だろう。
ニャー……。
……またなんか聞こえた。
そして再び硬直するスフィル。
でも今のって……。
私は部屋の左手の壁に近付くとドンドン、と叩いてみる。
ニャー、ニャー、ニャー。
入ってますよーと言わんばかりに響く鳴き声。
「スフィル、隣の部屋だわ。部屋にネコちゃんが入ってきてるみたい」
「なんだ。もう脅かさないでよ……」
ほっと息を吐くスフィル。
「でもどこから入ってきたのかしら? 今まで見た部屋の窓は全部閉まってたわよね」
「それは分かんないけど……ひょっとしたらさっきの客室みたいに壁が崩れてる場所が他にあるとか?」
「あー……、確かにありそう」
「まあ、次の部屋を調べてみれば分かるって」
「そうね」
鳴き声の謎(?)が解けたところで部屋の中を見回して一言。
「ところでこれ、部屋の中の物全部調べるの?」
「うーん、そうなるわね。これはちょっと時間掛かるかなぁ」
「うわ、お疲れ様。なんか手伝おうっか?」
「そうねー……、その辺の物を整理してくれると助かるかな」
「その辺の物って……」
部屋の中を見回しため息を1つ。
まあ、大きい物が多いしなんとかなるか……って、あれ?
奥に見えている扉の模様が揺らめいてる気がしたので、扉に近付いてみる事に。
よく見ると扉の模様と思った物は、扉の正面に貼り付いている半透明の魔法陣だった。
魔法陣……って事はこの扉、なんか魔法が掛かってる?
「どうしたの、ハルナ?」
急に扉を注視しだした私にスフィルが声を掛けてくる。
「なんかこの扉、魔法が掛かってるみたいでさ」
「魔法? ってハルナ、その前に足元気をつけなさいよ」
足元?
よく見れば、窓の下(つまり私の足元すぐ側)の床に魔法陣が描かれていた。
「うわわっ!?」
「うっかり踏まないようにね」
近くの床を見てみれば、他の窓の下の床にも直接魔法陣が描かれている。
窓から侵入するとちょうど着地点になる辺りだ。
「ありがと。危なく踏むとこだったよ」
「気を付けてね。それで、魔法って?」
「えーと、何の魔法かまでは分かんないんだけど、扉に魔法が掛かってるみたい」
「扉に魔法ね……ちょっと替わって?」
「うん?」
スフィルと立ち位置を交代し、スフィルが扉の前に立つ。
そしておもむろにドアノブを掴んで開けようとした。
「ちょ……触って大丈夫!?」
「平気よ。大体何の魔法かは見当ついてるしね。
それに自宅に危ない魔法を仕掛ける人なんて居ないって」
それもそーか。うっかりしてたら自分に被害がくるわけだし。
「んー……やっぱりね」
扉を開けようとしたり、叩いたりしていたスフィルが頷いている。
「なんか分かったの?」
「ええ。これは多分『施錠』の魔法ね。しかも扉全体に掛かるタイプ」
「『施錠』?」
「簡単に言えば鍵を掛ける魔法ね。しかもこれは扉全体を強化して、扉を破られないようにする強力なやつみたい」
「鍵って事は……ここから進めないって事? 向こうの部屋の調査はどうするの?」
「こればっかりはどうしようもないからね、なにか扉を開ける方法あるならいいんだけど。無いなら調査はここまでかな、そのままギルドに報告しておしまいね」
確かに扉を開ける方法が無い以上、調査は不可能となる。でも……。
「隣の部屋にいるネコちゃんはどうするの?」
「どうにかしたいんだけどなぁ。最悪このままギルドに報告するしかないし」
「報告したらどうなるの?」
「どうにもならないわね。
なにか対処してくれればいいけど、ホントに最悪の場合、このまま屋敷の破壊に巻き込まれちゃうかも」
「う、それはちょっと遠慮したいかな……」
「アタシも後味悪いからそれはちょっとね……。
ハルナ、アタシがこの部屋の調査してるからさ、その間にその扉どうにかする方法ちょっと考えてみてよ」
「了解。放っとけないしね、なんか考えてみるよ」
部屋の調査に戻っていくスフィルを見送り、扉を開ける方法を考える。
真っ先に思いついた方法は魔法で対抗するだが、私の持ってる魔法にはこうした魔法で封じられた扉を開くような魔法は無い。
いっそ『火炎弾』を全力で放って撃ち抜くとか……。
いやいやいや。さすがにそれはマズイ。
扉の向こうがどうなってるか分からないし、その後火事にでもなったりしたら目も当てられない。
その他使える魔法は『光源』、『湧水』、『送風』、『発火』、『負傷治癒』。
どれも扉を開けれるようには思えない。
うーん、お手上げかなこりゃ?
…………。
……って待て。何普通に考えてんだ私は。
あの扉に貼り付いた魔法陣が『施錠』の魔法なら、あの魔法陣をどうにかしてしまえば魔法は解けるはず。
あの魔法陣は魔力で作られてる物である以上、魔力に直接触れる私は魔法陣にも触れるはず。それなら後は力づくで魔法陣に干渉してしまえばいいはずだ。
それならばと早速扉の前に立ち、半透明の魔法陣へと手を伸ばす。
魔法陣の一部に手を掛けぐいっと引っ張ると、魔法陣の一部が千切れてしまった。
扉の前に残るのは、一部の欠けたややみっともない魔法陣。
よっし、いけるいける。
気をよくした私は更に魔法陣に手を伸ばすが、手が届く前に魔法陣が霧散し始めた。
どうやら魔法陣の一部が崩れた事で魔法陣を維持できなくなったようだ。
効果の割には意外と繊細だなぁ……。
そのまま見ていると、すーっと溶けるようにして魔法陣は霧散してしまった。
目の前に残るのは魔法陣の消えた普通の扉が1枚のみ。
これで魔法は解けたかな?
試しに扉を開こうとしてみると、さっきスフィルが試した時とは違いあっさりと扉は開いた。
よしよし、解除成功。
扉が開く音に気付いたのかスフィルが声を掛けてくる。
「あれ、開けれたの?」
「うん、なんとかね」
「へー、どうやったの?」
う、どーしよ。魔法陣を手で掴んでぶっ壊しました……なんて言えないし。
「え、えーと。秘密?」
「なによその疑問系は。教えてよ?」
そう言われても説明する気がないし、出来る気もしない。
「うーん、やっぱりダメ、教えられない」
「えー、どうしてよ?」
私の秘密についてはまだ話すつもりは無いので、少しまじめな顔をして返事をする。
「ちょっと理由があって……いつか私が教えても問題ないって思ったら教えるから、それまではゴメン」
「……了解、分かったわ」
「ん、ごめんね」
「いいわよ。それより扉開いたんでしょ、こっちの部屋の調査終わらせたらそっちに行くから、先に向こうの部屋見ててくれない?」
「りょーかい、先に行ってるね」
「ネコちゃんによろしくー」
結局は力づくで解決するハルナちゃんでした。
次話は1日空けて11月16日の予定です。