2 大鎌の使い方
初回のみの2話連続投稿です。
ちょっぴりグロい表現があるので注意。
2011/10/14 タイトル修正
2013/08/04 全面的に手入れ、話の大筋は変わっていません
ぼーっとしてても仕方がないので、今来た道を引き返してみることにする。
今なら戻れるかもしれない、そう思いその場でくるりと方向転換。後ろに向かって歩き出す。
ぽてぽてと数分間歩き続けたが、唐突に周りの景色が変わることはなく、相変わらずの光景が続くだけだった。
「参ったなぁ……」
思わず独り言が口からこぼれ落ちる。
ここを歩いていて分かった事だが、どうやら今の私は人から普通に見えているようだ。
道端並んでる商店(露店?)の売り子さんから声を掛けられたり、道行く人が私を避けるようにして通り過ぎたりと、普通の人としてそこに存在してるような扱いだ。
今この現状をまとめると───。
お仕事を終えて歩いてたらいつの間にか知らない場所にいました。しかも今まで幽霊っぽかった私が、他の人から普通に見えるようになりました?
なにそれ、意味分かんない。
いつの間にか死神解任されて、あの世にでも召されたとか? んで、さっきの人達はここの住人?
いやいや、まさかね。あの先輩だって60年間死神やってるんだし、わずか3年の私がそうなるとは思えない、ん、だけど……。
いかん、なんだか本気で心配になってきた。なにもかもがワケ分からんこの状況で、絶対にそうじゃないとは言い切れないし。
ああもう、自分がどうなったかすら分からないこの現状がもどかしい。
そこまで考えてからふと閃いた。大鎌を出してみればいいじゃない。
死神といえば大鎌、大鎌といえば死神ってぐらい、大鎌は死神の象徴だ。少なくとも私はそう思ってる。もし私がまだ死神として存在しているのなら、大鎌だってまだ使えるはず。無論これだけでなにかが分かるわけではないが、ひとつの指針にはなるはずだ。
よし、そうと決めたら早速……、と大鎌を具現化しかけて途中でやめた。
よくよく考えればここは町中だ。人目だって少なからずある。
ここがどこであれ、町中で大鎌なんてモンを持ち出すのは危ない人と相場が決まってる。そんな人を見掛けたら、私なら絶対に近寄ったりせずに大人しく110番通報するだろう。
通報されるのは勘弁です、という事で。
よし、まずは人気のない場所を探しますか。確認するのはその場所で。
辺りを見回し大まかな人の流れを把握すると、それとは逆に向かって歩き出した。
人の流れに逆らいながら、歩き続けること約30分。続いていた石畳の道が土へと変わり、なだらかな坂と緑の草に覆われた草原に出た。
眺めているだけ心が落ち着いてくるような雰囲気を持ったいい場所だ。事情がなければここでのんびりするのも悪くないかもしれない。
まあ、今はそれどころじゃないんだけどさ。
ちょうどここは町と外との境目といったところだろうか。遠くには小高い丘もあり、そこまで行けば町を一望に収めることも出来そうだ。
ここまで来るとさすがに辺りに人気はなく、こっそり試すにはもってこいの環境だ。
……別に悪いことするわけじゃないんだけどね。
ぽてぽてと歩きながらいつも通り、ん……っと念じて大鎌を出そうとする。
同時に手に感じるわずかな重み。無事出せたようだ。
やたらと手に馴染むこの大鎌は、しっかりとした造りのくせに重さをほとんど感じない。
だからこそ非力な私でも振り回せるわけなんだけど……、一体どんな素材で出来てるのやら。
ひゅんひゅんと2~3度大鎌を振り回してから、続けて今度は消えるように念じる。
それに合わせてまるで空気に溶けるようにして消える大鎌。
この辺についてはいつも通りだ。どうやら死神をクビになったわけではないらしい。
次はここがどこなのかだが、これがさっぱり見当も付かない。少なくとも現代日本じゃないのは確かだろう。やたらとカラフルな頭髪はまだ染めてると言えなくもないが、道行く人の顔立ちが日本人という感じではないからだ。
うーん、先輩と連絡取れないかなぁ。
なんせ死神暦60年のベテラン先輩だ。ひょっとしたらこの不思議な現象に心当たりがあるかもしれない。
とはいえ……、それもかなり絶望なんだよねー。
私と先輩は活動範囲が割と被ってるため一緒に仕事をすることが多いだけで、連絡を取って落ち合うなんてことはしたことがない。
成りたての頃はそれこそ四六時中つきっきりで指導してもらったのだが、一人前と認めてもらってからはそれぞれが気ままにうろうろと動き、顔を合わすことがあれば挨拶する程度の付き合いになってしまっている。
まぁ要するに、連絡の取り方が分からないってことだ。
うーん、困った。
うんうん唸りながら歩き続けているところで、ふと感覚に引っかかるものがあった。
これは仕事前にいつも感じるあの感覚……、いや違う?
感じたのはいつもの死のにおいではなく、似ているようで違うナニカ。いつも感じる感覚を濃くして少々の甘ったるさを足した感じだろうか。
自分でもなにを言ってるかよく分からないが、大体そんな感じだ。
大体こっちの方向かな……?
においを頼りに草原を横切って坂を登り、遠くに見えていた小高い丘の頂上に辿りついたところで、草むらの中にうずくまるようにして倒れている人影を発見。
一瞬、触れられるのかという疑問が頭をよぎったが、今は考えるより行動だと思い手を伸ばす。
「大丈夫ですか、しっかり……!?」
助け起こそうとして伸ばしかけた手を一瞬にして引っ込めた。
「うぇ、あ? えぇ!?」
思わず変な声が出た。この人の体のいたるところから、ぐにょぐにょとうごめく半透明の触手っぽいものが生えていたからだ。
「うっわ、なにこれ。気持ちワル……」
私の目の前で触手はうねうねと動き、生えている本体(?)へ戻ろうとするかのようにアーチを作り再び体内へと沈んでいく。まるで自分で自分を食べているような感じだ。
触手が体内へ沈むたびに体がぴくぴくと動き、う、うぅ……、と苦しげな声が漏れ聞こえてくる。
「……いや、ぼーっと見てる場合じゃないって!? 明らかにオカシイでしょこれ」
苦しげなうめき声にはっと我に返った。
こんな触手モドキは見たことないが、この現実味のない半透明状態のモノには心当たりがある。これって、引っ張り出した人の魂とそっくりだ。
そんなモノがうねうねと体から生えている。
これってつまり要するに。この触手っぽいものはこの人の魂から生えてるって事に他ならないわけで。
ないわー。うん、これはない。
私達死神は、死に行く人が無駄に苦しむことのないように肉体の死に合わせて魂を切り離し、綺麗なままの状態で向こうへ送る事を命題としている。
これは私が先輩から一番最初に叩き込まれた死神としての理念だ。もちろん私もこの考えに賛同している。誰だって汚れたまま向こうに逝きたいなんて思わないだろうしね。
そんなわけで、こんな気持ちの悪いモノが付いた(憑いた?)ままの人を放置するのは、死神としても許せんのですよ。
こんなものは即除去です、除去。
とりあえず、今しがた出来たばかりのアーチを手で掴んで引っ張ってみる。
ぶにっとした感触に眉をしかめながらも力をこめて引っ張ると、ぬぷりとした感覚と共に頭と思われる部分が抜けてきた。
うへぇ、気持ち悪りー。
このまま引っこ抜けるかなと更に力を込めて引っ張るも、根っこ(?)の部分がなかなか頑強なようで、いくら力を込めて引っ張っても、抜けたり千切れたりするような事はなかった。
このまま無理やり引っ張って、魂本体がコンニチワしても困るので方法を変えることにする。
引いてダメなら切ればいいじゃない。というわけで、取り出したのはさっき仕舞ったばかりの大鎌。
触手モドキを引っ張って、ぴんと張ったところで根元の部分に刃を入れる。
あっさりと切り離された触手は、しばらく私の手の中でうねうね元気よく動いていたが、やがてくたっとなったかと思うと、まるで蒸発するかのように溶けて消えた。
なんなんだこの触手は……。
疑問に思いながらも2本目3本目を切り離し、続けて反対側を切り取るために倒れてた人の向こう側へと回り込む。
ここで初めて倒れてる人の顔が見えた。
見た感じ、歳は40台半ばぐらいだろうか。金髪をオールバックにした口ひげを生やした渋い感じのオジ様だ。その顔は今、苦しみに歪められている。
そりゃこんな触手がワサワサと体(魂)から生えてて異常ないわけがないか。
これでこのオジ様が治るという保障はないが、こんなモンが生えてるよりはマシのはずだと信じて手を進める事にする。
切り離しにはまだしばらく掛かりそうだが、もう少し我慢して欲しい。
「お……?」
オジ様の体が強張り声が聞こえた。見ればうっすらとだが目を明けている。
「聞こえます? 大丈夫ですか?」
声を掛けてみるも反応はなく、再び目を閉じてしまうオジ様。
ひょっとすると、切り離す時に痛みで目が覚めたのかもしれない。麻酔なんて持ってるはずもないので、このまま続行するしかないのではあるが。
1本1本丁寧に切り離し、大体2~30本ぐらい処理し終えると、やっとオジ様の体から触手が出てこなくなった。これで終わりなのだろうか。
オジ様に先程までの苦しそうな様子はなく、穏やかに息をしている。
甘ったるいようなにおいもいつの間にか消えているし、穏やかな彼の様子からして、これでなんとかなったと思いたい。
あとは触手を切り取ったことによる妙な後遺症が残ってないかが気になるけど……。まぁ、それを確かめるのはこのオジ様が目を覚ましてからだ。
……ちゃんと目、覚めるよね?