1 死神のお仕事
2011/10/14 タイトル修正
2013/7/13 全体的に修正 話の流れは変わっていません
「そろそろ、か。ハルナ、準備して」
「はい」
ここは病院、目の前には様々な医療機器に繋がれてベッドに寝ている1人の老人。
そしてベッドの周りには、白衣を着たお医者様と家族と思われる人が数人、それから頭からすっぽりと黒いローブを纏った私と先輩の2人。
私と先輩の2人がやたらと浮いているが、気にする人はここには居ない。
私と先輩が人の目に留まることはないからだ。
なぜなら、私、ハルナと先輩は「死神」なのだから……。
死神ってのは一般的に思われているアレと同じものを想像してもらって構わないと思う。死者の前に現れ魂を刈り取り、あの世まで連れていくモノだ。
私達がやってる事もほぼ同等。死んだ人から"魂"と呼べるものを肉体から切り離し、向こうへと送り届けるのがお仕事だ。
まぁ、魂と言っても生前の人の形をした"霊体"のようなものなんだけど。
で、魂を切り離す時に使うのが、この身長程のサイズのでーっかい大鎌。
この大鎌は私の意思で出し入れ自在なため、意識すれば空中から染み出るように手に収まる便利なシロモノだったりする。
取り出すも消すも自由自在。どーゆー仕組みなんだろうか?
また死神は、死が近い人を知る事が出来たりもする。死が近い人からは特有の"におい"がするからだ。
別に臭いとかってワケじゃない。気配というか感覚というか、この人はもう逝ってしまうなというのがなんとなく分かるのだ。
そして、死が近ければ近いほどそのにおいは強くなる。
「ほらハルナ、ぼーっとしないで構える。そろそろよ」
おっといけない。考え事をすると周りが見えなくなるのは私の悪い癖だ。
両手で大鎌を握り直して準備完了。
「すみません、先輩。いつでもいけます」
「じゃ、カウントするからいつも通りにお願いね」
「はい」
"におい"をかなりキツく感じる。
ここまでくれば私でも分かる。この人の寿命はもうすぐ終わる。
「5、4、3、2、1、0!」
先輩の掛け声と同時に円を描くように大鎌を振るう。先輩が体に手を突っ込み引き抜くと、ぬるりと魂が抜け出てきた。
それと同時にピ──────と鳴り響く機械音。
「切り離しは問題なく完了ね。じゃ、送るわよ」
「はい」
にわかに騒がしくなる病室をよそに、私と先輩で魂を囲み送る準備を整える。
余談ではあるが、このままここで放置すると、この人はいわゆる"悪霊"というものになってしまうらしい。
今までずっと最後までやり通してるから、実物は見たことないんだけどさ。
「では、始めます……」
先輩の合図と共に大きく息を吸い込んだ。
「♪~~~~~~~」
「♪~~~~~~~」
そして吐き出されるのは、音としては聞こえるものの、なにを言っているのかすら分からないがどこか優しげな響きを持つ旋律。
私達死神はこうやって唄うことで魂を向こうへと送る。
お手軽だと思えるが、これはこれで結構大変だ。この声(?)を出すのにかなりの集中が必要なのである。私が死神として目覚めて最初に行ったのが唄の練習とか、冗談みたいな出来事もあった。
唄い続けるにつき姿が薄れ、すぅ……、と消え去った魂を見て先輩が頷いた。
「はい、お疲れ様。お仕事完了ね」
「お疲れ様です、先輩」
病室から退室しつつ、他にも送るべき人が居ないかを確認する。特になにも感じないが、先輩はどうなんだろうか。
「他に送るべき人は居なさそうですが……。先輩はなにか感じます?」
「んー……、特ににおいも感じないし、今回はここまでかな」
先輩も感じないと言ってるし、大丈夫なのだろう。
「分かりました。お疲れ様でした、先輩」
「ええ、お疲れ様。それじゃ出ましょうか」
今回も上手くいったなぁ……と思いつつ歩いてると、隣を歩く先輩がフードを下ろした。フードに隠されていた金色の髪が中から溢れ出す。お仕事モードはここまでのようだ。
ナチュラルに喋ってるけど、実はこの人、外人さんなんだよね。
先輩の見た目は金髪に青眼、おまけに色白と見た目完全に外国人で、出身も確かヨーロッパの方だったか。どういった経緯でここに流れてきたのかは知らないが、今はこの地域付近で活動して回っている。
一方私の方はといえば、黒目黒髪、生まれも育ちもここ日本のごくごく普通の日本人。職業はとある地方の会社員……いわゆるOLをしていた。
髪の毛に関しては以前は軽く染めてたこともあるのだが、どういった理由かは知らないが、死んでこうなった時には元の黒髪に戻っていた。そういった経緯の所為かもしれないが、たまに先輩の綺麗な金髪がうらやましくなってしまう。
まあ、死神の髪を染める染髪料なんてあるはずもなく、今のお手入れなしでもつやつやな髪の毛は気に入っているので、特にどうにかしたいとは思わないのだが。
先輩と2人並んで歩き続け、病院の入ったビルから出る辺りで先輩がそれにしても、と言い出した。
「ハルナももう、鎌の扱い方は大丈夫のようねー。最初のアレを見た時は人選誤ったかと思ったけど……」
「あぁぁぁ、アレはもう忘れて下さい先輩っ!」
「あんなの早々忘れらんないわよ」
アレをまだ覚えてますか先輩はっ。
事の起こりは3年前、私がまだ死神として成りたての頃の話である。
死神として活動を始めてから2~3件先輩にくっついて死神の仕事を見学したあとで、いよいよ実践という事で、私が鎌を振るう事になったのだ。
今回と同じく、先輩がカウントを行い私が鎌を振るって魂を切り離すという予定だったのだが、0のカウントと同時に思いっきり振るった鎌は目測を誤り、大鎌の刃の部分ではなく柄の部分で死者(予定)を強打してしまったのだ。
めきょ、という、やたら鈍い手応えと共に飛び出す半透明の中身。
大慌てで先輩が魂を切り離して送る事で事無きを得たものの、ちょっぴり歪んだ死者の顔と魂は気のせいだと思いたい……。
その後数日に渡り、先輩につきっきりで仕事と大鎌の扱いについて仕込まれる事になってしまった。
あれは先輩の中で忘れられない事件となったらしく、事あるごとにそのことで私をからかってくる。
「それじゃ私はこっちに行くから」
「はい、お疲れ様でした、先輩」
「また会ったらよろしくね」
「こちらこそまた、よろしくお願いします」
死神には別に活動範囲が決められているわけではない。テキトーに巡回して死者のにおいを感じ取ったらそこへ向かって活動をする。そこで先輩のような別の死神と会うことも間々あることだ。
私と先輩は行動範囲が被るのか、割とよく顔をあわせたりもする。
「もう3年かぁ……」
先輩と別れた私はぶらぶらとしつつ我が身に起こった事を振り返る。
死者を送ったあとは、こうやってよく考え込んでしまう。
3年前、交通事故で死んだ私を死神としてスカウトしてきたのが先輩だ。
無論、誰でも死神になれるわけではなく、私には死神としての素質があるから、らしいのだが当然私にはなにも分かるはずはなく。
先輩に死神としての話を聞き、このまま消え去るのもなんだかなぁと思ったので死神として第2の人生(?)を歩む事に。
生きている人からは見えない触れない聞こえないの状態に最初は戸惑ったものの、今では大分慣れてきた。
寂しくはあるんだけど、こればかりはどうしようもないしね。
死期が近い人を見つけるたびに、どうにかしたいという思いは今でも燻り続けている。
だから、どうやっても手出しが出来ない今の状況は少々悔しくもある。
だって、病気や寿命で死ぬならいざ知らず、事件事故はなるべく防ぎたいじゃない。
先輩も昔はそうだったらしいけど、60年以上も死神やってると慣れてくるらしい。
私もいつかそのうち慣れてしまうのかな? ……などと考え込んでいると体に軽い衝撃。
「ひきゃっ」
……え、なにごと?
見下ろすと、白いエプロンをつけた銀色の髪の毛の実体ある女の子が地面に倒れてる。
え? 銀色? てゆかこの子今私にぶつかった?
内心パニックになりつつ、とにかく謝らねばと思い声を掛けることに。
「あ、ごめんなさい。少し考え事をしてまして……」
「いたた……。
あ、はい、大丈夫です。こちらこそすみません」
声も聞こえているようである。
なんだか分からないが、とりあえず助け起こさないと。
「怪我は……なさそうですね、ホントごめんなさい」
「いえ、もう大丈夫です。ありがとうございます」
……とりあえず聞いてみるか。
「あの……私が見えるんですか?」
「……はい?」
あ、変な顔された。
「いえ、なんでもないです。失礼しましたっ」
「あ……」
それだけの言葉を残し、逃げるようにして急ぎ足で立ち去った。
うぅ、完全に変な人だったよ、今の私って。
……でもなんだったんだろう、あの子?
さっきの場所から少し離れたところで落ち着くために大きく深呼吸をし、周りの景色が目に入ったところでまたしても驚いた。
コンクリで作られた建物やアスファルト製の黒い道路はどこにも見当たらなく、地面は石畳になっており、周りに見える建物は石や木で作られているように見える。
人通りもそこそこあり、見た感じ街中のようではあるが私には全く見覚えがない。
呆然としながらもポツリとつぶやくのが精一杯だった。
「どこよ……ここ」