王太后の療養
大変お待たせいたしました。
さて、宰相とオルティス公爵が隣国に旅立たせた後、私室に残されたアレクセイはふぅ~と深いため息をついて、
「私も行動せねばならぬな…。」
そうつぶやくと、一人後宮の王太后のもとへ向かいました。
「母君はおいでか…?」
暗い表情でアレクセイが言います。
「陛下、ご機嫌麗しく存じます。」
王太后は今までにない暗い表情をしたアレクセイが気にかかりましたが、人目もあることなので決まりきった挨拶を口にします。
「母君には、ご機嫌は良いように見えるのですか?」
不機嫌そうにアレクセイが答えます。
「陛下…。」
戸惑いがちに王太后が答えます。
するとアレクセイが、控えていた侍女たちに向かって言います。
「王太后としばし話しがあるゆえ、そちたちは呼ぶまで下がってよい。よいな。」
「かしこまりましてごさいます。」
侍女たちはそう言うと、風のように下がっていきました。
そして残されたのは王太后とアレクセイの二人だけになりました。
「母君、座りましょうか?大事な話があります。」
アレクセイがそっけない様子で王太后に言います。
「はい、陛下…。」
王太后は時期が時期だけに、神妙に答え、二人は近くの席に向かい合わせに座ります。
「母君、いや本日は国王として王太后に申し述べることがあります。」
真剣な表情でアレクセイが言い放ちます。
「何でございましょうか?」
少し緊張したように王太后が尋ねます。
「王太后には体調不良の様子は見受けられますゆえ、しばらく王宮を離れて療養なされてはいかがですか?」
「療養…?何を仰せでございますか。私はこのとおり元気にしております。」
驚いた表情で王太后が反論します。
「いえいえ。母君には、お疲れのご様子が見受けられます。なにしろ、あの大臣の娘にあたるシャルロッテどのを王妃にしようとしたのですから。」
「…大臣のことで母をここから追い出そうをするのですか?幼いそなたを国王にしてここまで支えてきたこの母を!」
王太后は怒りのあまり震える声でアレクセイに訴えます。
「母君、宰相はこの問題を解決するために隣国へ旅立ちました。母君も身の処し方を考えられなくてはなりますまい。」
アレクセイは怒りを抑えるように王太后に語りかけます。
「え、宰相を隣国に行かせた言うのですか?なぜそのようなことを…。」
「何を仰せです、母君。自分のしたことの責任は自分でとらなくてはなりますまい。宰相ならば…。」
「それは、そうですが…。」
あまりのことに王太后は絶句してしまいます。
「私は少し掃除をしようと思っているのですよ、母君。ですから、しばらく王宮から退いていただきたいのです。そんなに長いことではないと思いますから、しばらくゆるりとなされて下さい。父君が亡くなってから気苦労ばかりでしょう。」
それを聞いた王太后はがっくりを肩を落とし、
「掃除をするために、私が邪魔だということなのですね…。こんな時でなければ、陛下の、アレクセイの労わりの言葉がどんなにうれしかったことでしょう。」
そんな母を見ているをなんだか切なくなってきたアレクセイですが、
「母君らしくないお言葉ですね。いつもご自分の思うようになされてきたのではないですか。私のためだと言って…。」
「アレクセイ、そなただけには分かって欲しかったが…。よいよい、こうなったら、どこへでも参りましょう。」
王太后は憑き物がとれたように答えます。
「母君。恐れ入ります。後ほど女官長から連絡をさせましょう。では、私はまだこれからすることがありますのでこれにて失礼。」
そう言うとアレクセイは席を立ちました。
「アレクセイ、体だけにはお気をつけなさい。母だけではない、この国の大切な国王なのですから。」
王太后は幼いと思っていた息子が急に頼もしく思えましたが、それでも母として心配してしまいます。
ただ一人の息子なのですから。
しかし、そんな王太后の心配をよそにアレクセイは何も言わずにその場を立ち去ってしまいました。
これからのことを思うといろいろ不安だったのでしょうか。
それとも、何か王太后に対して思いがあったのでしょうか。
それからまもなく、王太后が療養のため、王宮を出て行くことが発表されました。
療養先は離宮ではなく、王太后の実家である宰相の別荘でした。
通常は王族の療養先は離宮と決まっていましたので、誰もが首をかしげましたがナターリアがすでに療養中とのことなのでと。いう説明にそれにしてもと、いう思いはありましたが誰も表立って口にする者はおりませんでした。
国王以上の権力を持つ王太后の存在を疎ましく思っている者も少なからずいたからでした。
大臣はその権力に依存していたようでしたから、大臣がどうされるか。そのことの方がよほど気になるのでした。
それからまもなく、王太后が王宮を出て行きました。
かろうじて王宮の馬車で出て行きましたが、実家とはいえ臣下の別荘で療養とのことですからあまり多くの侍女や荷物を持ち込むことが出来ずに寂しい出立となりました。
その様子をアレクセイは執務室の窓から眺めていました。
なぜが涙があふれて止まりませんでした。
「母君…。」
疎ましく思うことのある母でしたが、それでもただ一人の母でした。
幼い私を抱えて、この王宮で生きていくことがどれほど大変か、分からない年齢ではないのですから。