オルティス公爵夫人との再会②
お待たせしました。
「さようでございますか…。あの、もしや、ナターリアさまはこのままこちらでお過ごしになられるおつもりでございますか?」
オルティス公爵夫人がさすがに驚いて尋ねます。
「そう出来たらと思ってはおりますが、王子のことを思うと…。」
言いにくそうにナターリアはそう言うとため息をつきました。
「お気持ちはお察しいたします。お考えのとおりあまり長いことこちらにおいでになられては、王子さまの将来のためにはよくないことでございます。陛下もお寂しそうでいらっしゃっいますし。」
「陛下が…?まさかそのようなことは、私や王子がいなければシャルロッテさまを心置きなく王妃に出来るでしょうに。」
いろいろあったせいか、ナターリアは吐き捨てるように答えます。
「な、何を仰せられます!ナターリアさまが王宮を出られてから、陛下は後宮においでなっておられないのでございますよ。」
「それは私に関わりないことではないのですか…。」
ナターリアは信じられず、冷ややかに答えます。
「なぜそのようなことを仰せられるのではございますか…。確かにお辛い状況ではございましょうが、ナターリアさまは国王陛下の寵妃にして、第一王子の母君でまたお子をみごもっておいででございますのに。」
「そうかも知れませんが、王子ならシャルロッテさまがお生みになられることもございましょう。」
ナターリアはそう言うと、黙って紅茶を飲みました。
オルティス公爵夫人も気持ちを落ち着けるように、紅茶を口に含みました。
「…それでナターリアさまはよろしいのでございますか?別の妃が王子の母となり、ナターリアさまは王子さまとともにこちらで生涯を終えられても悔いはないと?」
「それは…。」
ナターリアは王子の将来を思うとこのままでは…とは思うものの戻りたくない気持ちもあり、苦渋に満ちた表情で答えます。
「今すぐでなくてもよろしゅうございますが、ナターリアさま王子さまのお為に王宮に戻られることをお考えになられて下さいまし。私も及ばずながら力になります。」
オルティス公爵夫人は真剣な表情で諭すように話します。
この時、大臣のしでかしたことについては、隣国への配慮もあり伏せられておりました。
オルティス公爵夫人の耳にも入っておりませんでした。
このことを伝えられたらナターリアは戻る決心がついたのかも知れません。
「はい…。お気持ち有り難く存じます。」
ナターリアは弱り切った表情で俯いて答えます。
ダンダン…。
そんな話しをしていると、扉を激しく叩く音がしました。
カチャリと扉が開いて、元気にアルバートが駆けよってきました。
「おたたさま~!」
「も、申し訳ございません、ナターリアさま。」
アンナが慌ててアルバートの後を追いかけけてきました。
「まあ、これはもしや、アルバート王子さまでございますか?」
オルティス公爵夫人はアルバートに向かって会釈をします。
「誰なの?」
不思議そうな顔でアルバートが尋ねます。
そのかわいらしい言葉に気づいたナターリアが俯いた顔を上げました。
「アルバート?」
その顔はいまにも泣きそうな顔をしていました。
「おたたさま、泣いているの?」
アルバートが心配そうな顔でナターリアの顔を覗き込みます。
ナターリアははっとして顔を手で覆うと、
「いえ、なんでもないのよ。」
そう言って息子に心配をかけまいと、慌てて取り繕います。
「おたたさま、でも泣いてた…。おまえがおたたさまを泣かしたのか?」
アルバートがオルティス公爵夫人に向かって不審そうな様子で尋ねます。
「いえ、その…。」
オルティス公爵夫人は相手は幼い子供とはいえ、この国の第一王子です。何と話したものかと戸惑ってしまいました。
「違うのよ、アルバート。この方はね、オルティス公爵夫人とおっしゃって、お母さまのお客さまよ。ご挨拶なさい。」
ナターリアは息子をなだめるように言います。
「え、でも…?」
アルバートは不審そうにオルティス公爵夫人とナターリアの顔を見比べます。
「オルティス公爵夫人、こちらがアルバート王子です。」
さきほどまでの泣きそうな顔を押し隠し、微笑んでアルバートを紹介します。
「はじめてお目にかかります。王子さまにお逢い出来て光栄でございます。」
オルティス公爵夫人は礼をして挨拶をしました。
大好きな母に紹介されては仕方ないので、アルバートもしぶしぶ挨拶を返しました。
「…それで、アルバートはなぜこちらに来たの?部屋で待っていてと言ったでしょう。」
少し顔をしかめて、ナターリアはアルバートに問い掛けます。
「え、だって…。早くお外に行きたかったから。」
首をすくめて上目遣いにアルバートは母の顔を見ます。
ナターリアはため息をついて、
「いつも言っているでしょう、アルバート。この国の王子である自覚を持ちなさいと。勝手な行動はなりませんよ。」
「ごめんなさい、おたたさま…。」
アルバートは母に言われてしゅんとなってしまいました。
そんな姿を見たナターリアは、アルバートを愛しそうにぎゅっと抱きしめました。
「次から気をつけましょうね、アルバート。」
「はい、おたたさま。」
上目遣いにアルバートは母の顔を見てにっこり笑いました。
「…オルティス公爵夫人、お話しはこれでおすみかしら?」
ナターリアはアルバートを隣に座らせて尋ねます。
「え、あ、はい…。さきほどの件についてお考えいただく存じますが、いかがでございましょうか。」
アルバートの前のせいか、遠慮がちにオルティス公爵夫人は答えます。
「分かりました。その件については考えておきます。アルバートが散歩に行きたいようなので、これで失礼いたします。」
そう言うとナターリアはこれ幸いとアルバートと一緒に部屋を出て行きました。
残されたオルティス公爵夫人は、仕方なく二人を見送った後、
「どうなってるのかしら…。」
呆然と立ち尽くしてしまいました。
「あの、オルティス公爵夫人。ナターリアさまから客室にご案内するように申しつかっております。どうぞこちらに。」
アンナが遠慮がちに声をかけます。
「ああ、アンナ。いったいこれはどうなっているの?ナターリアさまにお帰りをお勧めしたのだけれど、考えておくとおっしゃられてあまり乗り気でないご様子。お気持ちは分からないでもないですが、いつまでもこちらにおいでになるわけにも参りませんでしょうに。」
「はぁ…。それはいろいろございましたから、致し方ないことかと存じます。あとは陛下のお気持ち次第かと思われます。」
アンナは困ったように答えます。
「それは、ナターリアさまを王妃にしろということ?」
「そこまでは思いませんが、このままの状態ではお戻りになられるお気持ちになられるとは思えません。」
「確かにそうだけれど…。仕方ないわね。もうナターリアさまはこちらにお戻りではないのでしょう?ひとまずはこれで帰るとしますわ。部屋へ案内してちょうだい。」
オルティス公爵夫人はため息をついて答えます。
「はい、ご実家にお戻りのことと存じます。では、ご案内申し上げます。」
お読みいただきましてありがとうございます。
次はアレクセイの出番です。頑張りどきです。