オルティス公爵夫人との再会①
アレクセイは出てきません。
ガタン…。
「側妃さま、王子さま、離宮に到着いたしました。お足元にお気をつけてお降り下さいませ。」
迎えに来た従者がそう言うと、馬車のドアを開けました。
「ありがとう。」
ゆったりとナターリアが答えるとアルバートと共に馬車を降りました。
「お帰りなさいませ、ナターリアさま、王子さま。」
迎えに出たのはアンナと何人もの侍女たちや従者たちでした。
「元気そうね、アンナ。」
ナターリアがアルバートの手を引いて微笑んで言います。
「ナターリアさまも王子さまもお健やかにあられてよろしゅうございました。」
安心したようにアンナが答えます。
ナターリアは表向きはここ離宮で静養していることになっているので、アンナを始め何人もの侍女や従者たちが離宮に常勤しておりました。
王宮や貴族たちがご機嫌伺いに離宮に来たときのみナターリアは実家の別荘からこちらに戻る生活を送っているのでした。
離宮に常勤している者たちは詳しい事情は聞かされてはいませんでしたが、この国の第一王子とその生母である側妃でしたのでこれ以上ないほど仕えておりました。
たまに来るだけでしたし、何よりもどこかの妃と違って偉ぶらず控えめなナターリアでしたから。
「ナターリアさま、王子さま、お体が触ります。お早く中へお入り下さいませ。」
マリアが気遣うように声をかけます。
「そうですね。じゃあアルバート、行きましょうか?」
ナターリアがアルバートに優しく微笑みます。
「うん。」
アルバートもうれしそうに答えます。
二人は仲良く離宮に入り、部屋に落ち着きます。
部屋は主である国王または王妃の部屋ではなく一段下がった部屋です。
アレクセイはせめて王妃の部屋とまで行かなくても王族専用の部屋をと望んだようでしたが、ナターリアは身分に相応しい部屋をと、用意させました。
部屋に着いて、アルバートと一緒に出されたお菓子を食べてあと、ナターリアはアリスに尋ねます。
「アリス、オルティス公爵夫人はいつごろになりそうですか?」
「もうまもなくお越しかと存じます。お越しになられたら客間にご案内申し上げます。」
アンナが微笑んで答えます。
「そうですか。お帰りになられたら、アルバートと散歩に出かけますから支度をお願いね。」
ナターリアがアルバートを抱き寄せて、アリスに言います。
アルバートが期待に満ちた顔で母の顔を見ます。
「ま、王子さまとでございますか?お散歩でございましたら、私どもがお連れ申し上げますので、どうぞごゆっくりとお逢い下さいませ。」
アンナは第一王子とその生母が離宮の外での散歩と言うのは、何かあってはと思い、提案します。
それを聞いたアルバートは、むっとした表情で母の服をつかみます。
「アンナ、私はアルバートと約束したの。だから、心配は分かるけどその支度をして下さい。いいわね?」
ナターリアにしてはめずらしくきつい口調でアンナに言います。
「も、申し訳ございません。大変失礼致しました。ナターリアさま、仰せのままにお手配申し上げます。」
アンナが驚いて、平謝りします。
「ありがとう。アンナ、無理を言うけど、かわいい王子のためだから許してね。」
ナターリアはそう言うとアルバートの方を向いて、にっこり笑いました。
コンコン…。
「失礼いたします。側妃さま、オルティス公爵夫人がお越しでございます。」
「そうですか。アルバート、母は少し席を外しますので、アンナとここで待っていてくれますか?」
ナターリアはアルバートに優しく言い聞かせます。
「え~、アンナとぉ~!」
アルバートはさきほどのこともあり、アンナからぷぃと視線を外します。
「アルバート。アンナが嫌いなの?」
ナターリアはアルバートの顔を覗き込むようにして尋ねます。
「だって、おたたさま。さっき…。」
アルバートがぶ~たれて答えます。
「さっきのことが気になるの?ダメよ、アルバート。アンナはね、私とアルバートの身を案じて言っただけたのよ。昨日も言ったでしょう?アルバートはこの国の王子なのだからね。さぁ、アンナと仲良く過ごしてね。」
「う~ん、おたたさまが言うなら、ね。」
いまいち不満そうでしたが、アルバートが立ち上がって、トコトコとアンナのもとへ歩いて行きました。
「アルバートはいい子ね。お母さまはうれしいわ。用事がすんだらお散歩に行きましょうね。」
ナターリアは立ち上がってアルバートに話しかけます。
「うんっ。いってらっしゃい、おたたさま。」
アルバートは手を振ってナターリアを見送ります。
「じゃあ、アンナ。アルバートをよろしく。」
ナターリアは少し寂しそうに笑って、侍女と共に客間に向かいました。
「失礼いたします。ナターリアさま、お越しでございます。」
席に座っていたオルティス公爵夫人が立ち上がりました。
「ナターリアさま、お久しぶりでございます。」
「オルティス公爵夫人、遠路はるばるお疲れでしょう。どうぞおかけになって。」
ナターリアはにこやかに笑って席に座ります。
「しばらく二人だけで話しますから。」
ナターリアが侍女にそっと告げると侍女は客間から出ました。
「本当に久しぶりですね、オルティス公爵夫人。夜会でお逢いして以来かしら?」
侍女が去って、少し安心したように話しかけます。
「そのようでございます、ナターリアさま。遅ればせながら、ご懐妊のお喜び申し上げます。もう体調はよろしいんですの?」
オルティス公爵夫人が心配そうに尋ねます。
「ありがとう。夜会では倒れてしまって心配をかけましたね。もう大丈夫なのでお気になさらず。」
ナターリアは言いづらそうに答えます。
「それはよろしゅうございました。王子さまもお健やかでいらっしゃっいますか?」
安心したようにオルティス公爵夫人が尋ねます。
ナターリアは少し警戒するように、
「ええ…。元気にしております。」
「それは何よりです。あの、ナターリアさま…。警戒なさらないで下さいまし。私は心配いるだけですのよ。」
「いえ、そんな…。あの、オルティス公爵夫人お聞きしても言いかしら?なぜわざわざ離宮までおいでに?」
ナターリアが上目遣いに尋ねます。
するとオルティス公爵夫人がハッとした表情をした後、
「さきほど申し上げたとおり心配しているだけですわ。それからナターリアさまには、申し訳なく思っておりますの。」
「それは、どういう…?」
ナターリアは怪訝そうに聞きます。
「私もだんなさまも中立派などと申して、第一王子の母であるナターリアさまがあのようなことになっているとは存じませぬとはいえ、申し訳ないことでございました。これからはナターリアさまのお力になりたいと思っております。」
オルティス公爵夫人は申し訳なさそうにそう言うと頭を下げました。
ナターリアは夜会でのオルティス公爵夫人の好意的な態度はうれしかったのですが、半信半疑のようでいまいち信じられませんでした。
しかし、この様子では本当のことのようだわ…。
「オルティス公爵夫人、お顔を上げて下さいませ。」
ナターリアはそう言って、オルティス公爵夫人の手をとります。
「ナターリアさま、お許し下さいますのか…?」
オルティス公爵夫人は顔を少し上げて尋ねます。
「許すも何も、私はたかが側妃に過ぎません。」
「側妃と申しても第一王子の母君でございます。それなりのお扱いを受けられるべきでございます。そのために私どもが協力いたします。どうぞお心を強くお持ち下さいませ。」
オルティス公爵夫人は真剣な表情で言います。
「私は、もう疲れたのです…。」
ナターリアはため息をついて、力無く答えます。
お読みいただいてありがとうございます。
ナターリアはどうするのでしょうか…。
次回答えが出るかも知れません。
たぶん。