王太后のショック
急展開です。
さて、ここは王太后の居室です。
夜会の翌朝、王太后は信じられない報告を受けておりました。
「な、なんということ…!」
あまりのことに王太后は絶句していました。
「お兄さま、それは事実なのですか?」
震える声で王太后は尋ねます。
「残念ながら事実でございます、王太后さま。」
宰相は苦々しい表情で答えます。
王太后は何を思ったのか、大臣のことを調べるようにと兄の宰相に依頼しました。
その報告の結果があの夜会の翌日にようやく届きました。
その結果は思いもよらぬことでした。
大臣は王太后の信頼をいいことに、王宮に納めるべき収入を自分のものとしていたのでした。
そのうえ…。
「それに、大臣はフレデリカ男爵の子息を罪に陥れているとの報告もございます。」
吐き捨てるように宰相が言います。
「このうえ、まだ…!それにしても、フレデリカ男爵とは、どこかで聞いたような気がしますが…?」
王太后は唇を噛み締めて、宰相に尋ねます。
「王太后さま、覚えておいでになりますでしょうか?テオドラ王女さまのお付きとして隣国に参ったカールとか申す者の実家ですよ。」
「ああ…、あの者ですか。しかし、なぜ男爵家の者を陥れる必要が…?」
王太后が不審そうに尋ねます。
「それは、もう少し調べてみませんと分かりかねますな。」
「そうですか…。あ、まさか…!」
王太后は何か思い出したように言います。
「何か思いあたることでもおありですか?」
「お兄さまもご存じでしょう?大臣にカールとか申す者をテオドラのお付きに手配を頼んだことがありましたでしょう。嫌がる者が多い役目ゆえ、どんな方法でと聞いたのです。そのとき大臣は知らぬ方が良いと申したのです…。まさか、お兄さま、これは…!」
王太后は震える手でドレスを掴みながら言います。
「はぁ…。もう少し調べてみないと何とも言えませんが、まさかやも知れませんな…。」
苦悶に満ちた表情で宰相が答えます。
「そうですか…。」
そうつぶやくと、王太后が困り果てたような顔をして椅子にもたれかかりました。
「それにしても王太后いやエリザベス、なぜ大臣を調べようと思ったのです?あれほど信頼していたのに…。」
宰相が臣下の顔で妹の王太后で接していましたが、ふっと、妹に対する態度に変わりました。
「お兄さま。その名前を呼ばれるのは久しぶりですわ。陛下が崩御されて以来かしら…。」
ふっと、懐かしそうに王太后がつぶやきました。
「…エリザベス、いまは思い出に浸っているときではないのだが?」
宰相が冷静に王太后に言います。
「お兄さま、分かっておりますわ。でも、あのころのように亡き陛下が生きていらしていたらこんなことは…。」
王太后いやエリザベスは夫が亡くなって以来、気を張り詰めて生きてきたのに、その結果がこれではなんだか情けなくなりました。
私の見る目がなかったのか。
アレクセイの即位に力を貸してくれたハリス伯爵に続いて、大臣も…。
出来るだけの待遇をしたのに、なんということ…。
あまりのことに王太后は泣き崩れてしまいました。
「エリザベス…。気持ちは分かるがしっかりしなさい。亡き陛下と約束したのだろう?陛下とテオドラ王女さまをしっかりと支えると…。」
宰相が泣き崩れた王太后を慰めるように話しかけます。
「そうでしたわね、お兄さま…。」
王太后はそう言いながらも、涙がなかなか止まりませんでした。
どれくらいたったのでしょうか。
王太后がやがて肩を震わせて、クスクスと笑いながら、
「…お兄さま、私、本当に人を見る目がありませんでした。アレクセイの方があったみたいですわ。」
宰相は妹がおかしくなってしまったのかと、
「エリザベス、どうしたのだ?」
怖れおののきながら尋ねました。
「どうもしておりませんわ、お兄さま。これをご覧になって下さいませ。」
ハンカチで涙を拭いて、王太后はそばにある引き出しの中から大切そうに一通の手紙を出しました。
「それは…?」
「前ロプーヒナ公爵からの手紙ですわ。」
複雑そうな表情で王太后が宰相の前に差し出しました。
「私が読んでもよろしいのですか?」
「ええ、お兄さまなら構いませんわ。読んで下さいませ。」
「では、失礼いたします。」
宰相はそう言うと、手紙を開いて読みはじめました。
手紙を読んだ宰相は顔を上げて、驚きを隠しきれない表情で、
「前ロプーヒナ公爵は気づいていたと言うことですか?」
「…それは分かりませんが、危険だと思ってたのでしょう。私が選んだ妃たちは 王妃に不適格で、アレクセイが選んだ妃は王妃に相応しいと言うことでしょうか。王子も生んでくれましたし。」
複雑そうな表情で王太后が答えます。
「そのようですね。それにしても、この報告がもう少し早ければ…。」
宰相が悔しそうに歯ぎしりしながら言います。
「確かに、でもあの時はああするしかなかったし…!まさか大臣がこんなことをするなんて思いもしなかったし、隣国の王族と婚約者が大臣の娘なんて…!」
王太后が頭を掻きむしるように後悔に身をよじりました。
「それは本当のことなのですか…!?」
「誰ですか!誰も通してはならないと申したはずですよ!」
苛々が募る王太后が頭を上げるとそこにいたのは、アレクセイでした。
王太后はあまりのことに絶句してしまいました。
「へ、陛下…!」
アレクセイの後ろから侍女が申し訳なさそうに、
「も、申し訳ございません、王太后さま。お止め申し上げたのですが…。」
泣きそうな顔で怖ず怖ずと言います。
力がすっかり抜けてしまい放心状態の王太后に代わって、側にいた宰相が、
「侍女どの、陛下では致し方ないでしょう。さあ、王太后さまには私から執り成すゆえ、下がってよい。また、このことは外には漏らさぬように。万が一漏れた場合は、そなたを始め家族も含め無事ではすまぬと心得よ。それと、引き続き誰も近づけないようによろしく頼みますぞ。」
侍女はそれを聞いて震え上がり、
「は、はい…!誰にも申しません。」
「よろしい。ではもう下がりなさい。」
宰相は威圧するように一睨みすると、侍女を下がらせました。
「はっ、はい。失礼いたします。」
「母君、どういうことなのですか…!」
アレクセイが驚きと怒りに満ちた表情で言います。
「陛下、落ち着いて下さい。まずはお座りを…。」
宰相は動揺しながらもアレクセイに席を勧めました。
アレクセイはジロリと宰相を睨みながら、ドサッと乱暴に席に座りました。
「叔父君も知っていたのですか、大臣のことを…?」