大臣との謁見
対決です。
「そうか…。」
侍従に後ろ姿を向けたままアレクセイが鷹揚に答えます。
侍従に分からぬようにそっと涙を拭うと、
「では参ろう。」
そう言うとアレクセイは正面を向いて部屋を出ていこうとしました。
部屋を出ていく寸前、ふと思いついたように侍従に尋ねます。
「ところで母君はいかがなされておる?」
侍従は陛下付きのせいか後宮のことまでは分からないのか、とっさのことで答えられず恐縮しながら、
「も、申し訳ございません。私には分かりかねますので、謁見の間にて女官長がお待ちですのでそちらでお聞きいただけませんでしょうか?」
それを聞いたアレクセイは思わず眉をひそめて、
「大臣に逢う前に確認したかったのだが…?」
不機嫌そうに答えました。
「も、申し訳ございません、陛下。」
侍従は恐縮のあまり床に頭をつけんばからに謝罪します。
「陛下、私ならここに控えております。」
部屋のドアの前で女官長が現れました。
「女官長、謁見の間ではなかったのか?」
アレクセイが少し驚いたように答えます。
「その予定でしたが、陛下が王太后さまのことをお気にかけているかと存じまして、こうして参りました。」
女官長は何か心得たようにゆったりと答えます。
アレクセイはにっこりと笑って、
「さすがマーヤだな。して母君にはいかがなされておられる?」
「恐れ入ります。王太后さまには、大臣さまが面会を申し出があったようでございましたがお許しにならなかったようでございます。」
女官長は何か腑に落ちないように言います。
「はて、なぜお許しにならなかったのか?母君なら謁見の間にも押しかけて来るのではないかと思ったが…?」
アレクセイも腑に落ちないように答えます。
「はい。私もそのように思いましたが、王太后さまには謁見の間にもお越しになるご様子はございません。陛下にもご伝言も伺っておりませんし。何かおありになったのでしょうか。」
女官長は何か考え込むように言います。
「そ、うか…。何か企んでおられるようで不気味だな。」
アレクセイは我が母ながら、何を考えているか分からずに考え込んでしまいました。
母は私を国王にすることだけを生きがいにしている方だと思っていたが、父君の寵妃の子であるテオドラを父君の頼みとはいえ、我が子同様に育てた方…。
何か別の思いがあるのか…。
「なんとも申し上げかねますが…。しかし、謁見の時間が迫っております、陛下。」
女官長はなんとも言えない表情で言います。
「そうだな。しかし、母君が来ぬとなればやりやすいやもしれぬな…。」
アレクセイは些か困惑しながらも、前向きに考えます。
「その意気でございますよ、陛下。さぁ、お時間が迫っております。参りましょう。」
女官長がアレクセイを元気づけるように 言います。
「行くか…。」
アレクセイはふぅ~と深呼吸をしてから、女官長とともに大臣の待つ謁見の間に向かいました。
「陛下、しっかりなさって下さいまし。ナターリアさまのおためでございますよ。」
謁見の間にたどり着いた女官長がアレクセイに囁きました。
「分かっている…。」
少し緊張気味にアレクセイが答えました。
中にいるのは果たしてタヌキかキツネか…。
「陛下の御成りでございます。」
侍従がアレクセイの訪れを告げました。
中で待つ大臣、ロプーヒナ公爵夫妻、オルティス公爵夫妻らが一斉に頭を下げました。
「大臣を始め公爵夫妻方、待たせたな。」
アレクセイが声をかけながら、玉座に座りました。
「とんでもございません、陛下。」
「恐れ入ります、陛下。」
口々に大臣や公爵たちが答えます。
ひときしり答えた後、沈黙が謁見の間を支配します。
アレクセイの側に控えていた女官長がわざとらしく、コホンと咳をしてアレクセイの方をちらっと見ます。
アレクセイはたらりと冷や汗をかく思いで、大臣に謝罪の言葉を述べます。
「ところで大臣、昨夜のことは申し訳なかった。許せ。」
「陛下、恐れ多いことでございます。私はよろしいのですが、このような疑いをかけられて我が娘の婚約者が何とお思いになるか考えるだけで身震いがいたします。」
大臣はニヤリと笑って、恐れ入る様子をしながらもチクリと嫌味を言います。
アレクセイはうっと、つまりながら、
「そ、そのことは誠に申し訳ない。しかし、側妃がいきなり倒れたのだ。関係者に話しを聞く必要上、致し方なかったのだ。察して欲しい。」
苦しそうにアレクセイが大臣に釈明します。
「それはそうかも知れませぬが、他にも方法があったように思いますが、いかがでございましょう?」
大臣は丁重な言い方をしていますが、尚も不満を言い募ります。
さすがにその様子に見かねたのか、オルティス公爵が言い咎めます。
「大臣、もうよろしいのではないか?陛下も謝罪なさっておられるようですし、大臣だけがこの王宮に留まられたわけではありますまい。」
「これは、オルティス公爵。ずいぶんと寛大なお心をお持ちでいらっしゃいますな。」
眉をひそめて大臣はオルティス公爵に言い返します。
「大臣は何を言われておられるのやら…。我々は陛下にお仕えする臣下ではありませぬか。陛下が謝罪なさっている以上、それを受け入れるのが臣下としての勤めと言うもの。」
微笑んでオルティス公爵が嫌味のように大臣に語りかけます。
「それはそれは…。オルティス公爵は臣下の鏡でいらっしゃいますな。私のような者には、到底真似できませぬな。しかし、私が疑いをかけるということはシャルロッテさまや我が娘の婚約者を軽視していることに他ならぬことゆえ、到底容認いたしかねます。」
大臣も怯むことなく言い返します。
タヌキめ…。
ここに叔母君もおらぬのに叔母君を傘に着るつもりか…。
「大臣もなかなかおっしゃいますな。しかし、陛下の御前でそこまでおっしゃってもよろしいものでしょうかね。」
含みを持たせたようにレオンが割り込んできました。
大臣はこの若僧がと思いながら、
「これはレオンどのいや、ロプーヒナ公爵。聞き捨てならぬことを…!」
少し睨みつけながら言います。
「おお、怖い…。そんなに睨まないで下さいよ。」
レオンがその場の空気を読まないような軽口をたたきます。
その様子を見たメアリーが大丈夫かしらと、不安そうに見守っています。
その側にオルティス公爵夫人が、大丈夫よと言うように微笑みました。
「大臣、ロプーヒナ公爵はまだお若いのですから…。」
オルティス公爵は執り成すように大臣に言います。
「それもそうですが…。」
大臣は些か不満そうに言い募ります。
「ロプーヒナ公爵、もしや何かおっしゃりたいことがおありなのでは?」
オルティス公爵がレオンにアイコンタクトをして、尋ねます。
「そうですね。大臣は昨夜、我が義姉のナターリアさまに頭を下げさせておられましたよね?メアリーがたかがワインを断ったぐらいで…。」
ニヤリと笑って、ちらっとアレクセイの方を見ます。
それを聞いたアレクセイは、わなわなと奮えながら、
「それは本当か、大臣…!」
さすがの大臣も少し怯んで、
「ご、誤解なさらないで下さい、陛下。側にいた者が申したことで、私は止めたのですぞ。」
「おやおや、都合のいいことをおっしゃる。公衆の面前でしっかり頭を下げさせた後で止めたくせに…。」
レオンが涼しい顔で痛いところをつきます。
大臣は痛いところをつかれて、
少しやり過ぎたかと思いながら、
「な、何をおっしゃいますのやら…。突然のことで驚いていただけにございますぞ、陛下。」
「謝罪する必要はなかったかも知れぬな…。」
アレクセイが暗い表情で大臣につぶやきます。
「誤解でございます、陛下。ナターリアさまにお聞きになれば分かることにございますぞ。私はナターリアさまに謝罪を要求したことなどありませぬ。」
大臣は少し焦りながら訴えます。
「大臣さま、恐れながらナターリアさまは静養のため離宮へと出発なさいましてもう王宮にはおいでではございません。」
女官長が冷ややかに大臣に言います。
「え…!離宮に行かれたと…?」
大臣は残念そうなしかし、少し嬉しそうな表情で答えます。
「大臣、心なしか嬉しそうですね?」
嫌がらせのようにレオンが大臣に尋ねます。
「冗談が過ぎますぞ、ロプーヒナ公爵。私はただ、ご懐妊のお祝いを申し上げたかっただけですぞ。」
大臣はその場を取り繕うように、言い返します。
「それは失礼をしたな。ナターリアも大臣の気持ちは有り難く思っていることであろう。」
アレクセイは微笑んで大臣に話しかけます。
「恐れ入ります、陛下。このたびのこと、私にも手落ちがあったことですし、謝罪を受け入れなかったことに致しましょう。」大臣は丁重にアレクセイに答えます。
まあ、今回は謝罪も引き出せたし、何よりも我が娘の最大のライバルが王宮から消えてくれたのだから良しとするか。
また子供が出来たのは些か気になるが…。
「そうか。感謝するぞ、大臣。では今日は執務には及ばぬ。もう下がって休むが良い。」
アレクセイがホッとしたように大臣にそういって、下がらせました。
ふぅ~。
なんとか乗り切ったな…。
しかし、大臣め、なんてことを…。
アレクセイはふつふつと湧き出る怒りを抑え切れませんでした。