陛下と王太后の思い
ここ、王宮の執務室では若き国王・アレクセイが執務に励んでおりました。
「陛下、そろそろ休憩をとられてはいかがですか?」
女官長がお茶を持って入ってきました。
「そうか、ではそろそろ休憩にするか。では、そちも下がって休憩するがよい。」
陛下は近くに控えていた書記官に命令しました。
「はっ、了解しました。では失礼致します。」
書記官が下がると、陛下がお茶を用意していた女官長に向かって話しかけました。
「女官長みずからお茶を持ってくるとは、何か話しがあったのであろう?」
「アレクセイさまには隠せませんね。実は添い臥しの儀のことでございます。」
添い臥しの儀は16歳になった国王及び王太子が初めて女性とともに夜を過ごす儀式のことです。
一緒に夜を過ごした女性は王妃になることが多いと言われています。
いわば、国王の初夜です。
陛下はドキッとして、女官長から視線を逸らし、お茶を飲みはじめました。
女官長は構わずに話しを続けました。
「後宮に側妃方も入られたことですし、儀式の準備をしなくてはなりません。
陛下には、どのお方とを思し召しでございますか?」
アレクセイは恥ずかしそうに、
「いや、それはあの人に…。」
口ごもって答えます。
「もしや、初恋のお方を選ばれますのか?それは、王妃にとお考えになったうえでのことでございますか。」
女官長が心配そうに尋ねます。
「そうしたいと思っているのだが、マーヤは反対か…?」
俯いて、悲しそうに
女官長に言います。
「いいえ、陛下、反対など…。どの側妃を選ばれましても王妃にふさわしいお家柄の方でございますが。ただ、王太后さまのご意向を考えますと難しいかと存じますが。」
「母君は大臣の、何と申したか、あの令嬢を望んでおられるのはわかってはいるが…。余はあの人を王妃にしたいのだ。」
陛下ははっきりと女官長に言いました。
「アレクセイさま、かしこまりました。では、そのように手配致しましょう。ですが、王太后さまのご意向に逆らうことになることはお忘れなきように。」
ため息をつきながら女官長は陛下に言いました。
「ありがとう、マーヤ。よろしく頼むぞ。」
その後、そのことを聞きつけた王太后さまが女官長を呼びつけました。
「王太后さま、お呼びと伺いました。何用でございましょう?」
「すまぬな、わざわざ来てもらって。忙しいそなたを呼んだを他でもない、添い臥しの儀のことじゃ。陛下にはかの初恋の君を選んだとの噂じゃが、まことか?」
なぜか王太后のそばには大臣の息女の側妃・シャルロッテが控えておりました。
女官長は、きたかと思いながら答えました。
「さようでございます。陛下のご意向でございますれば、ただいまそのように準備しております。」
王太后はピクッと眉が上がり、機嫌が悪そうに
「女官長、どういうことかわかっておるのか?私がなぜこのシャルロッテどのを後宮にお迎えしたのかわかっていると思っていたが…。」
女官長に言います。
「はっ。ですが、これは陛下のご命令でございます。逆らうことなど…」
「黙れ。そなたは私に逆らうと申すか!もうよいわ。陛下には私から申し上げる。下がれ!」
王太后はシャルロッテの手前ということもあったのか、女官長を怒鳴りつけました。
それを聞いたシャルロッテはわざとらしく、おずおずと王太后に伝えます。
「あの、王太后さま、私のことでしたらお気遣いなく。女官長がお気の毒にございます。」
「まぁ、シャルロッテどの。あなたが気にされることではございませんのよ。陛下のことは私にお任せ下さいな。よいですね?」
王太后はやさしくシャルロッテに話しかけます。
シャルロッテはそれを聞いて、
「はい。王太后さま。」
と言ってはにかんで微笑みました。
女官長は内心、
猫かぶりがと、
思いながら
「では、私はこれにて失礼いたします。」
と王太后に伝え、立ち去ろうとしたら、王太后が呼び止めました。
「女官長、待ちなさい。陛下に母が話しがあるゆえ、これから参ると伝えなさい。」
「かしこまりました、王太后さま。そのようにお伝え申し上げます。」
女官長はそう言うと、下がって行きました。