王太后との会話②
「当たり前ですよ。これでもかなりの努力をしたのよ。あの憎らしいクララどのの好きな花をここに植えてまでね…。いまでは、敵の娘がかけがえのかい大事な娘になっているわ。」
王太后が皮肉そうにふふっと、笑って話します。
「王太后さま…。」
ナターリアは、何と返事をしていいか分からず複雑そうな表情で王太后を見つめています。
「ああ…、ナターリアどの。ごめんなさい、つい昔話をしてしまったわね。ところで、今日は何か話しがあったのかしら?」
王太后がふと気がついたように言います。
「あ、はい。あの…、何と話してよいか分かりかねますが…。」
ナターリアは口ごもりながらも、アレクセイが王妃にと考えていることを伝えました。
「な、なんですって…!」
王太后はあまりのことに絶句してしまいました。
恐れていたことが起きて…。
いかに王子の母とはいえ…。
あら、なぜこのことをナターリアどのはわざわざ伝えに来たのかしら?
「王太后さま、私は王妃にはなることは望んでおりません。」
ナターリアは顔を上げて、はっきりと王太后に伝えました。
遠慮がちなナターリアにしては珍しいことでした。
「そして、王太后さまが私ではなく、シャルロッテさまを王妃になさりたいことも存じております。」
「…だから、私に伝えたのですか?」
王太后が窺うようにナターリアに尋ねます。
ナターリアはそれを聞いて目を伏せて、言いにくそうに、
「申し訳ございません。私の気持ちを分かっていただきたくて申し上げました。ご無礼、お許し下さいませ。」
そう言うとナターリアは深々とお辞儀をしました。
王太后さまは、私の気持ちを分かって下さるかしら…。
どのくらい時間が過ぎたのか、王太后がナターリアに話しかけました。
「ナターリアどの、もういいから顔をお上げなさい。あの、一つ聞いても言いかしら?」
ナターリアは恐る恐る顔を上げると、少し緊張しながら答えました。
「何なりとお尋ね下さいませ。」
「なぜ王妃になりたくないのかしら?王妃といえば、貴族の令嬢に生まれたからには憧れの地位なのにどうして…?」
王太后は不思議そうにナターリアに尋ねます。
ナターリアはそれを聞いてため息をついて、
「それは、私が変わっているからでしょうか。私は王妃になりたいなどと思ったことはございません。ただ、後宮の片隅で生きていければと思っているだけでございます。」
「それは答えになっていないわね。本心を聞かせていただけるかしら?」
王太后はさすがの迫力で、ナターリアに畳み掛けます。
それを聞いたナターリアは困ってしまい、
「そんな王太后さま、私は本心から申し上げておりますのに…。」
「そもそもナターリアどの、あなたはなぜ後宮に来たのかしら?」
王太后はさらにナターリアを追い詰めるように尋ねます。
ナターリアは、実家のためと言いたいところでしたが、それを言うのはなんだかとてもためらわれました。
どうしたものかと、黙っていると王太后が代わって答えます。
「実家のためでしょう?ナターリアどのが後宮が入られたころは公爵が病気に倒れたころでしたし。」
それを聞いたナターリアは図星を刺されて、動揺しながら、
「ご、ご存知でいらっしゃっいましたか…。」
「やっぱりね。夜会にもめったに来ないナターリアどのが後宮に入られるには、それしか理由がないでしょう?」
王太后がふぅ~とため息をはきながら言います。
「仰せのとおりでございます。私も父のように愛する人と結婚して幸せになりたいと願っておりました。後宮に入るなど、思いもよらぬことでございます…。」
ナターリアはもう仕方ないと思い、思っていることを告げました。
「そうでしたか。でも、実家のために後宮に入ったのなら、王妃になれば側妃よりもっと実家に援助が出来ると思うのだけれど、それを望まないのはなぜかしら?」
王太后がさらに尋ねます。
「それは、私には重荷だからでございます。私はシャルロッテさまと違って、妃としての教育を何も受けておりませんし。私はただ、後宮の片隅で静かに生きていければと思っているだけでございます。」
ナターリアは戸惑いながらも、必死に言い募ります。
そんなナターリアの様子を見ていると、王太后はなんだか昔の自分を思い出しました。
「ねぇ、ナターリアどの。もしかして、後宮に入る前に好きな人がいたの…?」
「な、なぜ…、そのことをご存知でいらっしゃっいますの?」
ナターリアはすっかり驚いて動揺してしまいました。
「あ、あの…、王太后さま、わたくしは…。」
王太后はくすっと笑って、
「心配しなくてもいいわよ。私だって、結婚前はあなたの父君に憧れていたもの…。でも、父に言われて後宮に入って、いまは王太后になっているわ。」
「お父さまに憧れて…、王太后さまがそんな恐れおおいことを…。」
ナターリアは初めて聞くことに戸惑いながら言いました。
「若いころの話しですよ。あなたの父君は、私だけでなく令嬢方の憧れの存在でしたのよ。でも、あなたの母君にとられてしまいましたけど。」
王太后がちょっと笑って言いました。