ナターリアとメアリーの会話
アレクセイが去ってからどのくらい時間がたったのでしょうか。
日が陰り、夕食の時間になろうとしていました。
ナターリアは人を寄せつけず、夕食も食べずに一人寝室に篭っています。
乳母に抱かれた王子がお休みの挨拶をするためにナターリアのもとを訪れましたが、いつもと違って複雑な顔をしていました。
それでも、何も知らずきゃっきゃと笑う王子の笑顔をながめて、頭を優しくを撫でて、おやすみの挨拶をしました。
その夜は、アレクセイは多忙のため、ナターリアの部屋を訪れることはありませんでした。
それを伝えられたナターリアは心のどこかでホッとしていました。
そして翌日、ナターリアは妹のメアリーと朝食後、話しをしていました。
「いろいろ苦労をかけるわね、メアリー。」
ナターリアは、複雑なそうな顔で微笑みを浮かべながら話しかけます。
「お姉さまこそご苦労なされているのでは?」
メアリーは姉を気遣うように答えます。
「そんなことは…。でも、私だけですむと思ったのに、メアリーに苦労かけることになるなんてね。弟たちも公爵家を継げなくなってしまって…。」
ナターリアは少し俯いて悲しそうに話します。
「お姉さま、お気になさらないで。私ね、お姉さまだけに苦労をかけるのは心苦しかったんです…。でもこれで、お姉さまのために私が役に立てますわ。かえって嬉しいぐらいです。」
メアリーは姉を元気づけるように答えます。
「メアリー、ありがとう…。頼りにならない姉でごめんなさい。」
ナターリアは少しだけ微笑んで言いました。
「お姉さま、謝らないで下さいませ。私たち、きっと世間から羨まれているわ。だって、お姉さまは第一王子の母君、そして私は宰相のご子息を婿に迎えるんですもの。我が家もこれで安泰ですわ。」
メアリーは姉を元気づけるように話しかけます。
「確かにそうかも知れないわね。そこまで望んでなかったけれど…。」
ナターリアは陰りのある表情で答えます。
しばらくの沈黙のあと、ナターリアはメアリーに尋ねます。
「ねぇ、もしも…、なのだけれど、私が王妃になったら…?」
それを聞いたメアリーはさすがに驚いて、
「え、お、お姉さま…!そんなお話しがあるんですの?」
「も、もしものことよ…。そんな話しあるわけないわ。でも、そうなったら私に務まると思う?」
ナターリアは上目遣いにメアリーに尋ねます。
メアリーは少し考えて、
「そうですわね。第一王子の母君だからそうなってもおかしくはないですけど…。王妃となると、外交や公務がありますから…。お姉さまは家庭的な方ですからご苦労なさるかも知れませんね。」
それを聞いたナターリアはため息をついて、苦笑いをしながら、
「そうよね。私には王妃なんて、無理に決まっているわよね…。おかしなことを聞いてごめんなさいね。」
その普段とは違う姉の様子を不思議に思ったメアリーは、
「お姉さま、あの、何かおありになったのではないですか?こんなことをお尋ねになるなんて…。」
「そ、そんなことはないわ。あまりにいろんなことがあったから…、きっと混乱しているのよ。」
ナターリアは慌てて取り繕うように答えます。
「ねぇ、お姉さま。お聞きしてもいいかしら?」
「何かしら?」
「あの、お姉さまは陛下のことを愛してらっしゃいますか?」
ナターリアは妹の突然の質問に戸惑いながら、複雑な表情で、
「あ、それは…、あの、お慕い申し上げているというべきなのでしょうけど、私、よくわからないのよ。」
「そう、なのですか…?」
メアリーは怪訝そうな表情で言います。
「あ、でも、まだお若いのに国王をおられる方だから尊敬はしているのよ。ただ、愛しているかどうかは…。」
ナターリアは困ったように答えます。
「お姉さま、もしや、まだカールどののことを…?」
メアリーは、ナターリアに対して核心を突くような質問をします。
「そ、それは…。側妃である私にはもう、許されないことだわ。でも、カールどのにはお幸せになっていただきたいと思っているわ。このたびも助けていただいて…。」
ナターリアは言葉を詰まらせながら答えます。
それを聞いたメアリーはやっぱりと思い、
「お姉さま…。もしかして、後宮に入られたことを後悔なさっています?」
「それは何とも言えないわ…。でも、もう王子もいるし、もう戻れないから。」
寂しそうにナターリアは呟きました。
「心配しないでね、メアリー。王子のことはとても愛おしい存在なのよ。だから、もう少し頑張ってみるから、メアリーもお父さまたちのことをお願いね。」
そう言ってナターリアは、メアリーの手を握って頼みこみます。
メアリーは姉のことを哀れに感じたものの、
「分かりましたわ。でも、あまりご無理なさらないでくださいませ。私に出来ることは致しますから。」
「ありがとう、メアリー。あなただけが頼りよ。お願いね。」
ナターリアは少し涙ぐんで言いました。
そして、心配そうな表情をしながらもメアリーは後宮を出て、ロプーヒナ公爵邸に帰っていきました。
その夜、アレクセイがナターリアのもとを訪れるようとしましたが、ナターリアは体調不良を理由に拒みました。
ナターリアは、なぜか逢いたくなかったのでした。逃げているのは分かっているのですが…。
それからしばらくして、意を決したように、ナターリアはに王太后に面会を申し込みました。
それは許されて、午後のお茶の時間に来るようにとの返事をいただきました。
「久しぶりですね、ナターリアどの。」
王太后がにこやかに話しかけてきました。
少し緊張しながらナターリアは、
「王太后さまにはご無沙汰を致しまして、失礼を申し上げました。ご機嫌ゆるわしくあられて、何よりでございます。」
王太后は少し微笑んで、
「ごきげんよう、ナターリアどの。さあ、こちらにおいでなさいませ。お茶の支度をさせましたゆえ。」
そう言って王太后は庭園にしつらえたテーブルにナターリアを誘います。
お読み頂きましてありがとうございます。
ナターリアには可哀そうですが、もう少し幸せになるには時間がかかりそうです。頑張って書いていきます。