ナターリアと陛下の会話
ナターリアの部屋に二人だけが残されて、少しだけ重苦しい空気が漂っています。
テーブルに座っていたナターリアが何か言いたそうにアレクセイを見つめています。
アレクセイが気まずそうにナターリアに話しかけます。
「ナターリア、座ってもよいか?」
「はい…。わざわざお越しいただいて恐れ入ります、アレク、いえ、陛下。」
ナターリアは俯いたまま答えます。
アレクセイは悲しそうに、
「アレクセイとは呼んでくれないのだな。それほど、驚いたのだな…。そなたに話さずにすめば、話したくなかったのだが…。」
「あの、陛下…。私にこのような大事なことをお話し下さらぬのはなぜでございますか?」
ナターリアは唇をかみ締めながらアレクセイに尋ねます。
「そんな顔をしないでくれないか。いつも穏やかな側妃さまに怒鳴られたと侍女が驚いていたぞ…。さて、そのわけは、ナターリアがきっとショックを受けるだろうから、体が良くなってからと思っていたのだ。現に相当ショックを受けているようだし…。」
アレクセイはナターリアを窺うように話し始めました。
「そ、それは、そうでございましょうけど…。確かに驚きましたけど、私は他の者からではなく、陛下から伺いとうございました。なぜ今日まで私に何も知らせられないのでごさいます?かの人はすでに処罰されたと、伺いました…。私は陛下との間に王子までなしておりますのに、悲しゅうございます。」
ナターリアは右手でドレスをぎゅっと握りしめながら、答えます。
「しかし、ナターリア、話しは聞いたのだろう…?それで、よいではないか。あぁ、でもこれでホッとした。何と、話したものかと、思っていたからな…。」
アレクセイは、ホッとしたように少年のような笑顔で言います。
それを聞いたナターリアは、怪訝そうな顔をして、
「陛下…?なぜ、私の気持ちを分かっていただけないのですか? 私は陛下から伺いたかったのですよ。」
「それは…、すまなかったな。」
アレクセイは仕方なさそうに言います。
「あの、陛下、私はそんなお言葉を聞きたいわけでは…。」
ナターリアは落胆したようにため息をつきながら答えました。
「それでは、どうして欲しいのだ?」
アレクセイは、困惑したように尋ねます。
それを聞いたナターリアは何も言う気がなくなりました。
「もういいですわ。それから、もう一つ伺いたいことがございます。妹のメアリーの結婚のことです。陛下のお指図と聞きました。」
「メアリー嬢の結婚のことか?あれは、そなたのためによかれと思ってしたことだ。」
「私の…?それはどういうことでございます?」
ナターリアは怪訝そうに、アレクセイに尋ねます。
「あのようなことが起こったのも、そなたに後ろ盾がないためだからな。宰相の次男が公爵の婿養子となれば宰相が後ろ盾になってくれる。後宮での地位も安泰だ。王子のためでもある。分かってくれ。まぁ、ナターリアの弟たちには悪いと思ったが…。」
アレクセイはナターリアの手をとり、話しかけます。
「そんな…。私のために妹や弟たちが犠牲になることなど、私は望んでおりません。陛下、お願いでございます。どうぞお取下げ下さいませ。」
ナターリアは哀願するようにアレクセイに言います。
アレクセイはそれを聞いて困ったように、
「すまない、ナターリア。そなたの願いなら何でも聞いてやりたいのだが、もう決まったことなのだ。もう、もとに戻すことは出来ぬ。すでにロプーヒナ公爵も承知しておることゆえ、堪えてくれ。決して悪い話しではない。これでそなたの地位も公爵家も安泰なのだよ。もしかしたら、王妃にもしてやれるかもしれぬ。」
「そんな、私は、王妃など望んでもおりませんのに…。」
ナターリアは困惑しきって答えます。
それを聞いたアレクセイは少し微笑んで、
「ナターリアは王妃になりたくないのか?そなたに欲のないことは知っているが、第一王子の母なのだ。考えて見てくれ。」
「私には王妃など荷が重うございます…。私は後宮の片隅で生きていければと、それ以上のことは望んでおりません。お許し下さいませ。相応しい方になっていただくのが一番でございます。」
ナターリアはさらに哀願するようにアレクセイに話します。
「それは、シャルロッテどののことを申しているのか?なるほど、そうすれば母君も喜ぶであろうが、私は愛する人を側妃のままにしたくない…。父君もそのことで、苦労なされていた。」
アレクセイは辛そうに話します。
「陛下の父君さまが…?」
「ああ、父君には最愛の妃がおられたが、後ろ盾がなかったため王妃にすることが出来なかった。王妃である母君に気を遣って、苦労なされていた。私の気持ちも察してくれ、ナターリア。」
アレクセイは真剣な表情でナターリアに話します。
「陛下いえアレクセイさま、私は…。あの、お気持ちは嬉しゅうございますが…。」
ナターリアはアレクセイの気持ちを知ってどうしてよいか、わからなくなりました。
そんなナターリアの様子を見たアレクセイは、ナターリアを優しく抱き寄せて、
「急なことであろうが、考えておいてくれ。」
そう言うとアレクセイはナターリアの頬にキスをしました。
そして、ナターリアから体を離して立ち上がりました。
「そろそろ行かねば…。執務を抜けて来たからな。」
「そうでしたの?」
ナターリアがぼんやりと尋ねます。
「じゃあ、また来る。」
アレクセイは執務のため、部屋を去って行きました。
アレクセイが行ってしまうと、残されたナターリアは、ため息をついて、
「私は何のために後宮に来たのかしら…。」
ぽつりと呟きました。