アリスの告白
「内密で、か…。それはどのような者なのだ?」
アレクセイは怪訝そうに尋ねます。
「恐れながら陛下、ロプーヒナ公爵さまならびにナターリアさまに関わることにございますれば何卒お目通りを願い上げます。」
ラウル卿は声をひそめて窺うように答えます。
「公爵とナターリアに関わる…!それは公爵家で何か起きてたということか?」
アレクセイは思わず椅子から立ち上がって尋ねます。
「はい。ここでは申し上げかねますが、お逢いいただければすべて分かります。」
ラウル卿が平伏してアレクセイに答えます。
「分かった。内密の話しなら、私室で聞こう。アンナ、女官長と宰相を呼んでくれ。」
アレクセイはそう言うとナターリアの部屋から出て行こうとしました。
そのとき、それまで黙って部屋の片隅で控えていた侍女アリスが、平伏しながら思いつめた表情でアレクセイに話しかけます。
「恐れながら、ご無礼を承知で申し上げます。」
それを見たアンナが慌てて咎めます。
「アリスさん、ご下問もないのに陛下に申し上げるなんて…。」
「いや、よい。何か話しがあるのであろう。申してみよ。」
アレクセイは最愛の妃ナターリアの侍女だからと大目に見ます。
「感謝申し上げます、陛下。実は、先日皇妃オリガさまより紅茶をいただきました。」
アリスは緊張しながら話し始めました。
「何、紅茶を?それはいつの話しだ…。」
「はい。先日、オリガさまがナターリアさまのお見舞いにおいでいただいたときでございます。」
「アンナ、このこと報告を受けておらぬが?」
アレクセイは怪訝そうな顔で、そばに控えていたアンナに尋ねます。
聞かれたアンナもわけがわからない顔で、
「いえ、オリガさまからは何も受け取ってはおりません。アリスさん、どういうことなんです?」
「申し訳ございません、マリアさま。お見送りのときにいただきましたので、私しか知らないことなんです。」
申し訳なさそうな様子でアリスが答えます。
「ではあのときに…。でも、どうして何も言ってくれないのです?」
アンナは咎めるように尋ねます。
「あの、オリガさまがナターリアさまのそばでお仕え出来ない私を気遣って下さったからです。お見舞いに持ってきたけど、あなたからだと言ってナターリアさまに差し上げなさいとおっしゃって下さって、でも、私、ナターリアさまがこんな状態だとアンナさまから伺って、渡してよいかどうか分からないので…。」
アリスは最後にはくちごもってしまいました。
それまで黙って聞いていたアレクセイが、
「いい判断だ、アリス!して、その紅茶はどこにある?」
「こちらにございます。どうぞ陛下。」
アリスはおもむろにふところから包みを取り出しました。
「この紅茶、もらっていくぞ。よいな?」
アレクセイはそう言うとアリスから包みを受け取るとラウル卿に目配せしながら手渡しました。
「ラウル、分かっているな?その紅茶の成分を調べるのだ。では行くぞ。」
「かしこまりました、陛下。」
ラウル卿は受け取ると、陛下とともに部屋を出て陛下の私室に向かいました。
陛下の私室に着くとまもなく女官長と宰相が入ってきました。
「陛下、お呼びと伺いましたが何用でございますか?」
「ああ、呼び出してすまない。実はロプーヒナ公爵の見舞いに遣わしたラウル卿が内密で話しがあるというのでな。そなたたちにも聞いてもらった方がよいと思ってな。」
アレクセイがそう言って二人を迎えます。
二人は顔を見合わせてあと、女官長が、
「ラウル卿が…!公爵さまに何かあったのですか?」
コンコン
「ラウルでございます。お連れして参りましたので、お目通りを願い上げます。」
「来たようだ。入るがよい。」
アレクセイはそう言って入室を許可します。
「失礼いたします、陛下。こちらは、ナターリアさまの妹のメアリー嬢、そしてフレデリカ男爵家のカールどのにございます。」
「お目通り感謝いたします。陛下におかれましては、ご機嫌麗しく恐悦至極に存じます。カール・フレデリカでございます。」
カールは緊張しながらアレクセイに挨拶をします。
「はじめてお目にかかります。ナタリー・ロプーヒナでございます。」
ナタリーも少し緊張しながらもアレクセイを真っすぐ見つめます。
アレクセイは意外な人物が現れたので戸惑いがちに、
「よく参った。さあ、こちらに座りなさい。ところでラウル卿、この者たちをひきあわせたわけを聞きたいのだが?」
「恐れ入りますが、まずはこちらをごらんいただきたく存じます。」
ラウル卿が差し出したのはカールが苦労して手に入れたハリス伯爵に関する資料でした。
そしてハリス伯爵がかの国と密貿易をしている事実と公爵がかの国の銀の毒に侵されたことを伝えました。そして解毒剤をカールが密貿易にて手に入れたことも…。
「何ということだ…!やはりハリス伯爵の仕業だったのか?宰相、すぐにハリス伯爵を捕らえるのだ!罪状は密貿易のと公爵の毒殺未遂だ。」
アレクセイは怒りを抑え切れずに宰相に叫びながら命令を出しました。