陛下の密談
「オリガさま、恐れながら王子さまは王太后さまのもとにおいででございます。」
そばに控えていたマリアがナターリアに代わって答えます。
「あら、そう。ところでそなたは見かけぬ顔だが?」
オリガが不審そうにマリアに尋ねます。
「申し遅れました、オリガさま。私は陛下付きの女官マリアでございます。陛下のご指示によりこちらにお仕えしております。」
微笑んでマリアが答えます。
「まあ、陛下のご指示で…。よほど、ナターリアさまがご心配なのですね。」
オリガがマリアを一瞥して答えます。
そして、ナターリアに向かって残念そうに、
「王子さまにお逢いしたかったのに残念ですわ。王太后さまもひどいですわね。王子さまを引き離すなんて、そう思われません、ナターリアさま?」
「いえ、そのようなことは…。王太后さまは、体の具合が良くなるまで面倒を見て下さっているだけですわ。申し訳ないことでございます。」
弱々しいながらもきっぱりとナターリアが答えます。
オリガはそれを聞いて、
用心深いわね。足を引っ張ることもできやしない…。
「そうでしたか。では、私はこれにて失礼いたします。お大事になさってくださいましね。」
そう言うとオリガは部屋を下がって行きました。
「オリガさま、ありがとうございました。」
ナターリアが軽くお辞儀をして見送りました。
「オリガさま、本日はありがとうございました。」
見送りに出た侍女アリスがオリガに挨拶をしますと、
「確か、アリスでしたね?」
オリガが微笑んでアリスに尋ねます。
「はい。覚えていただいてうれしく存じます。」
パッと笑顔になったアリスが答えます。
「やはりそうでしたか。こちらに伺うといつもそばにいらした侍女だと思いましたのよ。今日はそばにはいなかったのですね。」
オリガが気の毒そうに尋ねます。
「はい…。陛下から派遣された女官方がおいでですから。」
俯いてアリスが答えます。
「そう。よく仕えてましたのにね、残念ね。ねぇ、お見舞いの品を渡すのを忘れてしまいましたの。アリスから渡して下さる?」
そう言うとふところから小さな包みをアリスに手渡しました。
「かしこまりました。確かにお渡しいたします。オリガさまのお気遣いにナターリアさまもお喜びになられますわ。ありがとうございます。」
アリスはうれしそうに包みを受け取った後、お礼を伝えました。
その様子を見たオリガは、
「あ、ねぇ、アリス。思いついたのだけど、これは私からでなく、あなたからだと言って渡してはいかがかしら?」
「えっ、そんな…。オリガさまからの贈り物でございますのに。」
戸惑うようにアリスが答えます。
「いいのですよ。ずっとナターリアさまに親身に仕えていたのですからこのくらいのことは…。お近づきのしるしよ。女官たちと一緒に仕えるなんて大変でしょう?頑張ってね。」
しんみりとオリガがアリスに語りかけます。
それを聞いたアリスは、最近ナターリアのそばで仕えられなかったせいもあって、うれしくなって、
「ありがとうございます、オリガさま。このご恩は忘れません。」
「そんな大袈裟な…。でも、これは人のいない時に渡した方がよろしいわよ。これは隣国の有名な紅茶で貴重なものですから、誰かに取られるかも知れないですから、ね。では、私はこれで。」
オリガがアリスに囁くように伝えます。
「はい、お気遣い恐れ入ります。そのようにいたします。これにて失礼いたします。」
アリスが微笑んで答え、オリガを見送りました。
部屋に戻りながらオリガは、
単純ね。うまくナターリアの手元に届くといいけれど…。
ニヤリと黒い笑みを浮かべました。
「アリスさん、どうしたの?」
見送りに行ったはずのアリスが戻ってこないのでアンナが探しにきました。
アリスは、アンナに見られてはまずいと思い、オリガから受け取った包みをあわててふところに隠し、
「何でもありません。ちょっとぼんやりしていただけです。」
「そうなの。ねぇ、ちょっと聞いてみるけど、もしかして、オリガさまから何か渡されなかった?」
アンナは周りを気にしながらアリスに尋ねます。
アリスはドキッとしましたが、
「いいえ、何もなかったですわ。でも、どうしてそんなことを?」
アンナは声をひそめて囁くように、
「そう、それならいいけど。実は、ナターリアさまの体調が悪いのはご出産のほかにわけがありそうなの。あ、これは内密だから口外しないで下さいね、絶対にね。」
「そんな、ナターリアさまが…。」
アリスは驚いて絶句してしまいました。
「しぃ~。まだはっきりしないことだから、だから私たちがここにいるのよ。アリスさんも用心してね。さ、中に入りましょう。」
アンナはそう言うと部屋の中に入りました。
アリスも続いて部屋の中に入りつつも、オリガさまのあの包みは渡しても大丈夫かしら…。
ふと不安がよぎりました。
さて、ここ国王の執務室において、アレクセイが宰相と女官長の報告を受けておりました。
「それで犯人の目星はついたのか?」
アレクセイが暗い顔をして尋ねます。
「いえ、残念ながらまだ分かっておりません。ただ、護衛や女官がついてからナターリアさまのご体調が良くなりましたことを考えますと、それ以前の出来事かと…。」
女官長が申し訳なさそうな様子で報告します。
「そうか、引き続き調査を続けよ。して、宰相の方はいかがか?」
アレクセイが宰相にも尋ねます。
「はい。噂ではございますが、ハリス伯爵がかの国と密貿易を行っているとのこと。かの国の貿易で得られる薬の症状がナターリアさまのものと酷似しているとラウル卿の返答を得ております。」
宰相が苦々しく報告します。
それを聞いたアレクセイが体を震わせて怒り、椅子から立ち上がり、叫びました。
「すぐにハリス伯爵を呼べ!真偽のほどを確かめるのだ!」
「お待ち下さい、陛下。これは噂の段階にすぎません。もし、違った場合はいかがなされます?お気持ちはお察ししますが、ご自重なされませ。」
宰相があわててアレクセイを押し止めます。
「しかし、ナターリアだけでなく、王子に危険が迫っているのかも知れないのだぞ。国王としても許してはおけぬ…。」
そう叫びながら握った手が震えておりました。
「そうですよ、アレクセイ。慎重に行わなくてはなりませんよ。」
そう言いながら入ってきたのは王太后でした。
「母君、なにゆえこちらに?まさか、王子に何か…。」
アレクセイが突然入ってきた王太后に驚きます。
「いえ、王子は無事ですよ。王太后たる私のそばにいて、手を出せるものではございませんよ。」
にこやかに王太后が答えます。
「王太后さま、ご機嫌うるわしゅうございます。」
女官長と宰相が王太后に挨拶をします。
「挨拶はいいわ。それより本題に移りましょう。」
王太后はそう言って陛下の向かいの席に座りました。
「それでうまくいきましたか、王太后さま?」
宰相が王太后に尋ねます。
「ええ、お兄さま。アレクセイ、よく聞いてちょうだい。ナターリアどのがこのようなことになったのは、後ろ盾がないせいよ。それは分かっているわね?」
王太后が話しを切り出しました。
「それは分かりますが…。母君、ご心配には及びません。ナターリアのことは私が守ります。絶対に!」
アレクセイが力強く宣言しました。
それを聞いた王太后が、眉をひそめて言い返しました。
「おだまりなさい!いま、守れてないではありませんか!国王だからと言ってすべてを掌握出来ないのですよ。後宮を甘く見ないでちょうだい。」
アレクセイはかっこよく決めたつもりが母に一蹴されてしまいました。
一緒にいた宰相も女官長も同意するように頷きます。
アレクセイはすっかりうなだれて、
「ではどうしろと…。」
「だから母の申すことを聞くのですよ。ロプーヒナ公爵どのはもう長くはありますまい。亡くなった後、跡継ぎもまだ幼いゆえナターリアどのの妹君に婿養子を迎えてはどうかと思いましてね。お相手は宰相どのの次男レオンどのです。これで後ろ盾も出来ます。いい話しでしょう?」
王太后は自分の手腕に満足そうにアレクセイに話しかけます。