陛下の嘆き
さて、ここは王宮の執務室、どんよりした空気に包まれております。
王太后によって数時間前に実家に帰された側妃ナターリアを 迎えに行ったはずの女官長が手ぶらで帰ってきたからです。
いや、ナターリアの父のロプーヒナ公爵の手紙を携えて戻りましたが…。
報告を聞いた陛下はがっくりと肩を落としながらも公爵からの手紙を震える手で読んでいます。
「陛下、公爵さまは何と書かれておられましたの?」
心配そうに女官長は陛下に尋ねます。
泣きそうな顔を上げて陛下は、
「公爵は、ナターリアばかり寵愛しては他の妃の嫉妬を買って今回のようなことになるから、他の妃にも配慮しろと…。」
うっうっ…、
最後は涙まじりに答えます。
女官長は心の中で、さすがは公爵さまだこと。後宮を良くわかってらっしゃると思いました。
「どうしてなんだ…。私はナターリアがいてくれるだけでいいのに。他の妃などいらないのに…。もしや、公爵は私を恨んでいるのかな、女官長?」
さきほどまで執務を威厳ある態度でこなしていた別人のように情けない態度で陛下は女官長に尋ねます。
「まあ、何をおっしゃるかと思えば…。
公爵さまが陛下をお恨み申すなど有り得ませんよ。」
含み笑いをしながら、幼い子供をなだめるように女官長は陛下に話しかけます。
「だってマーヤ、ナターリアを後宮に迎えたいと何年も前から頼んでいたのにずっと断ってきたじゃないか。公爵が病気になったとき、弱みにつけこむようで悪いとは思ったけど頼んだら、ようやく承知してくれた。そのことを恨んでるんじゃ…。」
うっうっ…
子供のように涙を流してグズグズと言う陛下はもはや威厳も何もありませんでした。
女官長は、若くても威厳のある立派な陛下にお育て出来たと自負していたのに…。この情けない姿。
どこで育て方を間違えたのかしらと思い、ため息をつきつつ、
「公爵さまはそのような方ではありませんよ、陛下。ずっとお断りなされたのはきっと何かわけがおありになったのでしょう。」
「わけって、どんなわけ?」
俯いていた陛下が顔を上げて女官長に尋ねます。
陛下に聞かれて、女官長はちょっとつまり、
「それは分かりませんが、まあ、でもよいではありませんか?今は側妃さまにお迎え出来ているのですから。」
陛下をなだめながら女官長は、なぜ公爵さまは断ってきたのかしらと思いました。側妃の実家には王宮からの援助もあるし、王妃になれるかも知れないのに…。もしかして、ナターリアさまに結婚させたい人が…。いや、まさかそんな話しは聞いたことがないし。
「確かにそうだけど…。」
うっうっ…、陛下は
さらに涙ぐみます。
女官長は、仕方ない陛下だなと思いながら、
「気にされることではありませんよ。それから、お妃は何人もおられたら、それぞれに気遣いをするのも国王陛下の勤めにございますよ。」
冷静に女官長は陛下を諭します。
陛下を諭しながら、女官長は考えていました。誰かしら?ナターリアさまのお相手は…。噂にもならない相手なんて。
「分かってるけど、どうしてもダメなの?マーヤ。」
上目遣いに陛下が尋ねます。
「はい。ナターリアさまのお為でございます。万一のことがないようにと、公爵さまは涙をのんでご助言なされたのでございますよ。」
「分かった。努力するよ。でも、今日は自分の部屋で寝るからね。」
陛下はそう言うと肩を落としてトボトボと自分の部屋へ侍従を連れて歩いて行きました。
その小さくなっていく後ろ姿を眺めていた女官長は、
気の毒だけど仕方ないわね。だけど、相手は誰だったのかしら、噂にもならない相手なんて。
確か公爵さまは公爵家の侍女だったいまの公爵夫人と結婚されたから…。
もしかして、あの、公爵家で逢ったカールとかいう青年かしら?
う~ん、でも、いまさら何も起こらないわね。
きっと…。
それから2日後、ナターリアは侍女のアリスと共に王宮に戻ってきました。
父の公爵に後宮の心得を十分にたたきこまれて。