ナターリアの里帰り
そのころ、ナターリアと侍女アリスは、王太后の手配した馬車によりロプーヒナ公爵家に到着しておりました。
「お帰りなさいませ、側妃さま…。」
ナターリアを迎える母の公爵夫人も連絡があったとはいえ、後宮に入ったはずの娘が突然帰ってくるのですから戸惑いがちに挨拶をしました。
「お母さま、あの…、ただいま戻りました。」
ナターリアも見舞いとはいえ突然帰されたのですからこちらも戸惑っていました。
お互いしばらくの沈黙ののち、公爵夫人が心配そうに、
「あの、ナターリアさま、何かあったのですか?側妃になられた方が父君の見舞いとはいえ実家に帰られるとは…。」
「私にもよくわからないのです。実は今日、王太后さまに呼ばれて参りましたの。そうしましたら、父君のお見舞いに実家に帰りなさいと突然仰せられて、あっという間に馬車に乗せられてアリスと一緒にここに帰りましたの。」
困惑した表情でナターリアが答えます。
「どうして急にそんなことに…」
それを聞いた公爵夫人は後宮はいろいろなことがあると聞いていましたが娘がつらい目にあっているのではないかと心配になり、絶句してしまいました。
「奥さま…、申し訳ございません。」
ナターリアと一緒に帰ってきた侍女のアリスがおずおずと公爵夫人に言います。
「アリス、あなたのせいではないわ。気にしないで。」
公爵夫人は泣きそうなアリスを気遣うように話しかけます。
「ありがとうございます、奥さま。何の役にも立てずに申し訳ございません。」
アリスは任せて下さい、とこの屋敷を出て王宮に行ったのにこんなことになり情けない気持ちでいっぱいになりました。
「そうだわ。だんなさまがナターリアさまが帰ってくると聞いて心配していましたの。逢いに行きましょう。」
公爵夫人は暗くなった雰囲気を振り払うように、病気療養中の公爵のもとに二人を連れていきました。それというのも、いまは公爵夫人とはいえナターリアの母は商家の娘で公爵家の侍女に過ぎませんでしたから、後宮のことは分かりません。夫の公爵なら何か解決策があるのではないかと考えたのです。
コンコン…
「エレナか?」
「はい、だんなさま。側妃さまがお見舞いに参られました。」
「そうか。恐れおおいが、ここに通してくれ。」
ナターリアはなつかしい父の声に家に帰ってきたと実感していました。
「かしこまりました。さあ、ナターリアさまどうぞ。」
母はそう言うと、ドアを開けて父に引き合わせてくれました。
久しぶりに見るベッドに横たわる父は以前に比べて少し健康を取り戻したように見えました。
「久しぶりです、お父さま。ご気分はいかがですか?」
ナターリアはおずおずと父に話しかけます。
「側妃さま、わざわざのお見舞い有り難く存じます。おかげさまで、今日は気分が良いようでございます。」
突然帰ってきた久しぶりに見る娘は以前より綺麗になったようでした。
「それはよろしゅうございました。」
ナターリアは少し元気になった父の姿を見て安心しました。
公爵は綺麗になった娘の姿を見て、これは陛下のご寵愛を受けて何かあって、帰されたのかと感じました。そこで、ナターリアに探るように尋ねました。
「ところで側妃さまには、いつ王宮にお戻りになられるご予定にございますか?」
聞かれたナターリアも突然帰されたのですから、いつと聞かれてもどう返事をしていいかわからず、
「あの、お父さま、私…。」
そばで聞いていた母のエレナが公爵に見かねて話しかけます。
「あの、だんなさま。今回のことは王太后さまのご意向のようでございます。」
「王太后さまの?それでは、大臣の指しがねやも知れるな…。」
少し考え込むように公爵が呟きました。
「あの、お父さま、私、今日突然お見舞いにと帰されたのでいつ帰っていいのか分かりませんの…。」
戸惑った表情で父に助けを求めるようにナターリアは言います。
その様子を見た公爵は、娘に重荷を背負わせて悪かったと思いつつ、詳しい話しを聞かなければならないなと思いました。
「ナターリアさま、ご苦労をおかけして申し訳ない。至らぬ父ではあるが、あなたさまのためにお力になれることもあるかも知れぬから、後宮に入ってからのことを話してはもらえぬか?」
それを聞いたナターリアは父に話すのは恥ずかしいとは思いましたが、どうしてよいか分からなかったので後宮であったことを話しました。
それを聞いた公爵はやはり大臣の指しがねだと確信しました。
そして、娘のナターリアに語りかけました。
「ナターリアさま、これから父の申すことをよく聞いて下さい。」
「はい、お父さま。」
話そうとしたそのとき、侍女が王宮からナターリアの迎えの使者が来たと伝えてきました。
「何?迎えの使者が…。では、ここにお連れするように。ナターリアさま、父が話しますからご自分の部屋にてお待ち下さいますようお願いしてもよろしいか。」
ナターリアは父の言うことだからと頷き、以前暮らしていた部屋に行くことにしました。
そして、迎えの使者が公爵の部屋に入ってきました。
「お使者どの、わざわざのお越し恐れ入ります。」